「DX内製化」はどう進めるべきか。現場が原動力となり、全社横断型で推進したキリンの成功事例

DX(デジタルトランスフォーメーション)が意識されて久しいが、どこから手を付けるべきかと手をこまねいている企業はいまだ多い。一方でレガシーシステムの保守にも限界がある。活路はどこにあるのか。キリンホールディングスでDXの陣頭指揮を執る常務執行役員デジタル担当 経営企画部長の秋枝眞二郎氏の発言から、多数の企業に寄り添い「DX内製化」を支援するデロイト トーマツ ウェブサービス代表取締役・国本廷宣氏が、そのエッセンスを読み解く。

デロイト トーマツ ウェブサービス
国本廷宣代表取締役
システムインテグレーターにて大規模システム設計・構築、運用に従事した後、2009年にMMMを設立。クラウドネーティブ、アジャイル、DevOps領域で多くのプロジェクトを主導。21年、MMMの全株式をデロイト トーマツ リスクサービス(現デロイト トーマツ リスクアドバイザリー)に譲渡、デロイト トーマツ ウェブサービスに社名変更し現職。
キリンホールディングス デジタル担当 経営企画部長
秋枝眞二郎常務執行役員
1988年キリンビール入社。ビールの営業・営業企画に従事。2010年に台湾の販売会社である台湾麒麟啤酒社長を務めた後、メルシャン、キリンビバレッジ、キリンビールの企画部長を歴任。19年キリンホールディングス経営企画部長に就任。20年からDX戦略室長を兼務し、22年より常務執行役員としてデジタル戦略を主導。
※秋枝氏の肩書は取材当時のものです。

ぶれない現場主義貫く キリンDXの現在位置

国本 経済産業省などが定める「DX注目企業2022」にも選ばれた貴社から見て、日本のDXの現在地点をどう見ておられますか。

秋枝 以前からデジタル技術とデータの活用によってビジネスを変革しようという動きはありましたが、この4年ほどでDXという言葉が広まり、勢いがついた印象です。ただ、それぞれ異なった解釈のまま、ゴールも見定められずにいるように感じます。

国本 当社が支援を通じて感じるのは、デジタルを活用した事業変革では、いまだ北米企業に一日の長があるということです。対して日本企業は、データや業務のデジタル化(デジタイゼーション、デジタライゼーション)についてはある程度進歩があるものの、貴社が進めているような全社横断型のデジタル変革事例は多くないと感じます。改めて貴社のDXを振り返っていただけますでしょうか。

秋枝 DXに関わるようになって今年で4年目になります。当初はDXという言葉を使うべきか迷うところもありましたが、デジタル技術を使って、ビジネス変革をしようというプロジェクトを立ち上げ、進める中で徐々に方向が定まってきました。当初から見据えていたのは、DXの実動部隊はビジネスの現場のメンバーであり、経営層が主役ではないということでした。それぞれの現場の人たちが、自分たちで変えるという強い意思を持って動かない限りDXは先に進みません。グループの事業会社を巻き込みながらその軸を貫いてきました。

国本 私どもから見ても、貴社のDXには現場の勢いを感じます。DXを意識する以前の取り組みはどのようなものだったのでしょうか。

秋枝 当社は、もともと装置産業色が強いビジネスであることから、比較的早くから工場の生産現場だけでなく営業部門なども含め、メインフレーム構築を軸としたIT化による業務効率化に取り組んできました。そのため2000年代の中ごろには決裁フローは全て電子承認となり、ペーパーレスが進んでいました。

ただ、自社で整えたスクラッチのシステムは、ICT部門のリソースやケイパビリティーを使って、10年など一定期間ごとに更新し続けることを運命付けられます。当社も同様であり、「それができるだけの組織能力を維持し続けられるのか」というのが、10年代前半ごろの課題でした。

加えてその頃からスマートフォンやクラウドなど、現在主流となっている技術が登場し、それらに対応するにはいずれリプレースするしかないという状況でした。リプレースは大きな労力とコストを要することですし「使い慣れて現在は問題なく稼働しているものをどうして変えるのか」という意見もありました。将来に向けて変えなければいけないと根気強く説得するのは、骨が折れる作業でした。

検討を経て、まず経理・生産・物流の3領域を同時にSAPにリプレースしました。今後基幹システム系は、残る人事・営業・調達などを、25年までに標準ソフトに置き換える予定です。

国本 今、多くの企業が25年に向けてレガシーシステムからの脱却を目指している状況であることを考えると、相当に早い動きですね。

秋枝 基幹システムが標準化したシステムになると、今度はそこから得られる標準化されたデータをどう使うかというフェーズにシフトします。そうなれば、グローバルで同じ形式のデータが手に入り、リアルタイムで経営判断を下すことも視野に入ります。また同時に、多様なアプリやデバイスにも対応でき、時と場所を選ばず情報を手に入れたり分析したりできるようになります。

「DX道場」の目的はDX内製化にあり

国本 基盤を置き換え、本格的にDXも始動となるわけですが、貴社の現場起点・全社横断型DX推進の大きな力となっているものに、全従業員で取り組む「DX道場」があると伺っています。

秋枝 この取り組みに懸ける思いは、名前にも表れています。目指したのは、義務で受ける研修ではなく、学ぶ意欲のある人が自らの意思で門をたたいて参加する学びの場です。

国本 まさに「全社でDXの機運を盛り上げていきたい」という意識そのものの取り組みですね。

秋枝 同時に込めたのは、「いつか役立つかもしれない」知識というのではなく、自分の仕事に直結し、効果が実感できるトレーニングにしたいという思いです。21年の春に立ち上げ、22年末までで1800人余の従業員に参加してもらっています。

DX道場には、初級の白帯、上級者の黒帯、指導者レベルの師範という三つのコースがあります。その中で、師範コースはある程度プログラムが書けるレベルを目指していますが、対照的に白帯コースは、世の中にある便利なデジタルツールを使って、仕事を効率化する手法や知識を学び、成功体験を味わってもらいます。

そして1段上がった黒帯コースでは、ノーコードツールやローコードツールを使って簡単なプログラムやスマホアプリぐらいは作れるレベルを目指します。現状は白帯が最も多い状況ですが、師範も早期に100人にすることを目標に活動しています。

国本 実は私どもも、貴社の取り組みと同様、外注頼みのDXではなく自社のデジタル力を上げて取り組む「DX内製化」を支援する中で、同じ21年から、これも偶然「道場」という呼び方でパブリッククラウドベンダーと一緒に進めております。

実際に「道場」へ参加された事業会社の方々がキーパーソンとなって、内製化が促進されたと好評を得ており、大いに共感できます。

秋枝 現場の従業員たちは、課題は認識できているものの解決の方法が分かりません。役に立つツールは身近にあるのに、目利きができないのです。その状態から「手軽に入手可能なアプリで、今の仕事のいくつかのプロセスは要らなくなる」といったことに気付ける人を増やしたいと考えています。

ただ、最初は運営する側も手探り状態で「DX戦略推進室」を設置し、まずはひたすらPoC(概念実証)を行いました。年間30件ぐらいはこなしたでしょうか。トライし続ける中でメンバーが育ち、その経験が源流となってDX道場を主導する役割を担ったり、グループの事業会社に異動してDXのけん引役になったりする頼もしい人材が育ちました。

国本 お話を伺っていますと、DX道場は、ビジネスアーキテクトのスキルを身に付けた人材を自社内で育成するなど、私どもが推奨する「DX内製化」を進める上で欠かせない機能を有していると感じます。

秋枝 その意識は当初からプロジェクトに関わるメンバーと共有してきました。極論すれば、ノーコードでもプログラム開発はできるわけですから「プログラミングはできなくていい」と明言しています。それよりも、プロセスを見て、どこに課題があるのかに気付ける感度や構想力を備えた人材を生み出して増やしたい、というのが本音です。冒頭のお話に戻りますが、それにはやはり現場を体験し、現場のビジネスを理解していないと始まりません。

国本 関わるメンバーがビジネスを深く理解し、業務に密着した悩みや課題の解決からDXを本格化していく。私どもの提供する内製化支援においても、まさに最前線でビジネスに取り組む方々と、事業会社やベンダーの垣根を越えた「共創体制」を築き、新しいビジネス価値の創出に成功した事例があります。

貴社の取り組みから、私どもが共創をテーマに提供している内製化支援が、どの企業においても取り組み可能であるという示唆を頂きました。

※当記事は2023年5月8日にダイヤモンド・オンラインにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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