「DX内製化」に成功したキリンのデジタル人材育成とは
DX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性は理解していても進捗が思わしくない企業は多い。その原因の一つに、長年の習いとして染み付いた「ITベンダーへの丸投げ」があるという。キリンホールディングスでDXの陣頭指揮を執ってきた常務執行役員の秋枝眞二郎氏と、多数の企業に寄り添ってきたデロイト トーマツ ウェブサービス代表取締役の国本廷宣氏は、「DX内製化」が道を開くという。
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IT丸投げ文化がDXの足かせになる
国本 貴社は経済産業省などが定める「DX注目企業2022」にも選ばれ、デジタルを活用した業務効率向上や事業変革のロールモデルともいえる存在です。DXを進める上で大切にしていることは何でしょうか。
秋枝 当社は4年前に本格的にDXに取り組み始めましたが、その頃から貫いてきたのは、DXの実動部隊はビジネスの現場のメンバーだということです。いくらホールディングスカンパニーが号令を掛けても、それぞれの現場の人たちが強い意思を持って自らの業務を変えていく意識がない限り、前に進みません。そのため、一人一人の従業員が業務で抱える課題を明らかにし、それをデジタルの力で解決する成功体験を積むことを大切にしています。
国本 その中で重要な位置付けにあるのが「DX道場」の取り組みですね。
秋枝 そうです。道場という名前も「自ら門をたたいて参加してほしい」と、従業員の自主性に期待を込めて付けたものです。参加者のレベルに合わせて「白帯」「黒帯」「師範」と三つのコースがあり、それぞれが実際に役立つデジタルツールで業務プロセスの効率化などに取り組んでいます。この活動を通じてかなえたいのは、日々の業務を点検し、どこに課題があるのかに気付ける感度や、ビジネスの構想力を備えた人材の育成です。
国本 私どももさまざまな企業のDX支援をする中で最も大切だと申し上げているのは、DXを、社内人材を中心に推進していく「DX内製化」です。しかし、これまで日本企業で慣習となってきた「ITベンダーへの丸投げ」はそれになじみません。日本では、なぜ丸投げが多くなったとお感じですか。
秋枝 日本では多いといわれるシステム構築の丸投げですが、米国などではむしろ少ないと聞いています。これは、ソフトウエアが業界ごとに標準化されており、企業はそのソフトをそのまま使うことが一般的だからだと理解しています。導入したシステムに仕事を合わせるわけです。そのためスクラッチでシステムを作る必要がなく、丸投げも発生しません。対して日本では、各社各様の業務プロセスをそのままシステム化することが多く、個々にスクラッチでベンダーに委託、その後の保守・更新もベンダー任せになった、ということではないでしょうか。
ただ、DXでは理想的なビジネスの在り方を見定め、そこからバックキャストして今あるプロセスをどう変えていくかを考えるわけですから、今そこにあるものを「この通り作ってほしい」と発注するのでは成り立ちません。必要なのは現状の問題点を見抜き、理想のプロセスを構想する力であり、DX内製化はその力を養うことに他ならないと認識しています。
国本 おっしゃる通りです。DXでは、事業部門がいかに先々の展望をシステムやサービスに落とし込むかが問われているわけですから、ベンダーも「丸投げされたことをやるだけ」ではなく、ケイパビリティー(能力)を生かして事業会社と新しい価値を共創していく意識が必要だと感じます。
社内の分断に危機感 設置された「DX推進委員会」
秋枝 外注先の話ではないのですが、当社が4年前に本格的にDXに取り掛かることになったとき、直面したのは社内の事業部門とIT部門との間にできた溝でした。当社のIT部門は十数年前に専門家集団として独立、当初は事業部門からアサインされた人員もいましたが、その後IT人材として雇用した者も増え、今では事業の現場を知るメンバーはほとんどいなくなってしまいました。
逆に事業部門の人間も、事業のことには精通しているものの、ITを活用したらどういうことができるかが分かりません。そこで何かIT関連の依頼があると、「うまくやっといて」といった依頼になりかねません。これでは外注先への「丸投げ」と変わらず、ビジネスプロセスを変革していく際には障壁になります。この分断の解消が、最重要課題だと痛感しました。
国本 ビジネスの現場と、ITベンダーなど外部リソースも含めたIT部門との分断は、企業の大きな課題の一つです。ビジネスサイドのことを知らない、エンジニアのことが分からないというのでは、ビジネス全体のアジリティー(俊敏性)が上がりません。DX推進において行うべきことは、部門を横断して一つのカルチャーを醸成していくことであり、貴社が設置された部門横断の「DX推進委員会」は大きな意義があると感じます。
秋枝 DX推進委員会は、事業部門とIT部門の溝を埋め、全社一丸となってDXを推進するビークル(目的達成のための組織体)です。これは、ビジネスを「事業」と「機能」のマトリクス(縦軸と横軸の掛け合わせ)で捉える試みです。例えばキリンビール、キリンビバレッジという事業会社それぞれに、製造部門もあれば物流部門も営業部門もあるわけです。これを、事業を縦軸に、製造、物流などの機能を横軸に分解します。それによって、事業は違っても同じ機能同士での横連携が可能になります。
国本 ビジネスをマトリクスで捉えるDX推進委員会とDX道場は、どのようにリンクしているのでしょうか。
秋枝 道場で今後増やしていきたいと考えているのは、ある程度プログラムが書ける師範です。この師範を、DX推進委員会の中核人材として、事業×機能の交差する所に配置できたらと考えています。師範は事業部門の人材で、ビジネスの専門性7、ITの専門性3が理想と考えています。一方IT部門で求めているのは、逆にビジネスの専門性3:ITの専門性7の人材です。双方がコミュニケーションを取ってこそ、プロセス改善や事業変革につながると信じています。
国本 IT部門の3:7に当たる人材の育成はどのように進めているのでしょうか。
秋枝 IT部門については、事業部門との人材交流を進めています。ずっとIT部門にいるのではなく、事業会社の仕事を3年間ほど経験するような仕組みを作ろうとしています。こうして事業部門とIT部門を掛け合わせてデジタル人材の総数を増やすことでDX内製化を進めているわけですが、ITに関する全てを社内で賄えるとは思っていません。今後も外部のパートナーは必要です。案件ごとに最適なパートナーを選定し、対等に対話しながら、解像度の高い発注ができるようにしておかなければいけないと思っています。
国本 最後に、DXの端緒がつかめずにいる企業に、どのように声を掛けるべきか教えていただけますか。
秋枝 私たちが格別進んでいるとは思いませんが、言えることがあるとすれば、別に慌てる必要はない、ということです。すごいことを大急ぎでやらなければと思うと、足がすくみます。まず小さな一歩を踏み出すことが重要であり、私たちもそうでしたが、最初は先行者をまねることから始めればよいと思います。
※当記事は2023年5月22日にダイヤモンド・オンラインにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。
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