「サブスクリプション」は
dXの1ビジネスシナリオ

サブスクリプションへの取り組みが
真の経営改革につながる

2018年の後半から、日本でもサブスクリプション・ビジネスが注目を集めるようになってきた。海外の製造業ではサブスクリプションのビジネスモデルを構築し、売り上げの拡大や維持に成功した例が相次いでいるが、日本の製造業ではサブスクリプションで売り上げを拡大した例はまだ聞かれないのが現状だ。

サブスクリプション・ビジネスで日本企業が陥りがちな失敗とは何か。それは、提供する「モノ」を「サービス」に変化させるのみで、マネジメント手法や意思決定プロセスなどを含めた本質的なビジネス変革と捉えていなかったからだ――こう指摘するのは、グローバルに展開する製造業を中心に、多くの日本企業のビジネス改革を支援するデロイト トーマツ コンサルティング パートナーの根岸弘光だ。根岸の近著『サブスクリプション経営』を基に、「サブスク経営革命」の推進を成功させるためのポイントを探る。

既存のビジネス構造を変革してこそ
サブスクリプション・ビジネスが確立できる

日本でもITサービスにとどまらず、電化製品やその他の消耗品提供、飲食店やネット販売など、多岐にわたる定額サービスが企画・展開されてきた。日本企業でサブスクリプション・ビジネスが定着しない現状について、根岸は「顧客接点の分析がしきれていないこと」だと分析し、その結果、「次なる顧客体験を引き出せず、徐々に活動が縮小されていく」と捉えている。

顧客視点に基づいた体験について、根岸は「一昔前は『答えは顧客の中にある』という観点がありました。プロダクトアウトからマーケットインへという流れです。しかし、顧客の中にすでにあるものを引き出すだけならば、他社にもできてしまいます。サブスクリプション・ビジネスを成功させるためには、その一歩先を行かなければ」と述べる。顕在化した顧客の欲求を具現化するだけでは差別化は望めない。顧客の欲求の変遷に思いを馳せ、その先を構想しなければならない。経営層も、この視点に沿ったマインドチェンジが求められるだろう。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー 根岸 弘光

次なる顧客体験を引き出せないのは、直接の顧客接点を持っていないことも理由として挙げられる。家電メーカーを例に取ると、これまで家電量販店などを通して製品を販売していため、顧客との直接的な接点はほぼなかった。そのため、マーケティング部門がSNSなどを通して顧客の声を収集、分析し、次なるプロダクト・サービスの企画に活用していた。あくまで「間接的に」しか顧客の動向、特性をつかめていなかったのだ。

サブスクリプション・ビジネスは顧客と直接契約するため、個々の顧客の動向、特性を直接的に入手できる。海外のプラットフォーマーらは入手した顧客の情報を分析し、そこから新たな顧客体験を提供し、継続的にサービスを購入してもらうというサイクルを実現している。それはデータを分析するIT基盤の整備だけではなく、意思決定、改善のプロセスを迅速に行動に移すための組織変革が大前提だ。

「サブスクリプション・ビジネスを検討するということは、新規事業を企画することに他なりません。マネジメント手法や意思決定を含め、既存組織や業務プロセスをディスラプト(Disrupt:破壊)する必要がある。顧客分析基盤の整備、決済システムの確立、申し込みのインターフェースの整備、経営管理指標の見直しなど、本質的かつ多岐にわたる変革が不可欠です」と根岸は指摘する。これらを考慮せず、サブスクリプション・ビジネスを「良いサービスさえ企画したら売り上げが増える」と捉えるなら、撤退事例をさらに増やすだけに終わってしまうだろう。

顧客に支持され、生き残っていくために
日本企業が成功するために必要なものとは

市場において支持されるサブスクリプション・ビジネスには何が必要なのか。根岸は、「サブスクリプション・ビジネスへの取り組みを通じ、中長期的なビジョンを持つこと」の重要性を挙げる。サブスクリプション・ビジネスだけではなく、自社が中長期的にどう変わっていくのか、自社の強みはどこにあり、どんなサービスをお客様に提供できるのか。求められるのはビジネスシナリオを描く視座だ。

次のポイントは、スピード感を重視して「まずやってみる」こと。サービスを提供する基盤としては、タブレットやスマートフォンなどのアプリケーションが考えられる。そのアプリケーションを構築する際には、最低限の機能でスタートして柔軟・迅速に対応していくアジャイル型の開発手法を採用することだ。これまで、日本の製造業ではウォーターフォール型の開発手法が取られてきた。要件定義をまとめて外部に委託し、見積もりを取る。社内の稟議を経て開発に着手し、開発研修、テストという手順を踏む。しかし、この手法は年単位の期間を要し、顧客接点を重んじた迅速な開発とは相容れない。根岸は「軽微なアプリケーションであれば短期間で改変できる体制を目指すべきです。私たちのチームは3週間で開発を始められる基盤を構築し、アプリケーション開発に着手できます」と、アジリティに重点を置いた開発体制の必要性を説く。

デジタルな接点を持ち、データの取得・分析ができるケイパビリティも重要だ。例えば、BtoBの建機メーカーであれば、人や物の所在や挙動、環境の状態、測量情報といった各種データの把握が欠かせない。これらのデータをナレッジとしてプロダクト、サービスに活用する。つまり、顧客がどのようにプロダクト、サービスを利用しているかということを、データを通してつかみ、顧客のためのサービスとして還元していくサイクルを構築することが重要となる。

デジタルな接点での情報の取得・分析はもちろんのこと、サブスクリプション・ビジネスを継続的に運営していくためには、外部サービスの活用も重要だ。サービス提供までのスピードを重視し、外部APIを積極的に活用して、サービスをアジャイルに構築していくこと。そして、オープンイノベーションや外部サービスの活用、M&Aや資本関係を伴う業務提携など、「他力を使える」ことも重要だ。自前主義に拘泥することのない仕組みだからこそ、サービスを迅速に具現化できる。それがサブスクリプション・ビジネス市場における成功の要諦なのだ。

サブスクリプションはdXの1シナリオ
本質的なデジタル変革がビジネスを変える

「サブスク経営革命」とは「顧客接点をどのように構築し、顧客との関係を維持・改善するか」を前提に、このビジネスを導入することで顧客接点を大きく変え、それに合わせて組織、業務プロセス、データ分析を含むIT基盤を改革する点にある。

「新事業としてサブスクリプション・ビジネスを考えるなら、企業内の組織は必然的にd Xに直面せざるを得ない」と根岸は日本企業が取るべき進路を示す。「ビジネスの変革、新規事業の構想は今までの中期計画のように、3年単位で考えているようでは追いつけない」と警鐘を鳴らし、高いアジリティでdXを推進できる基盤づくりを提言する。

また、根岸は日本企業の支援にあたって「サブスクリプション・ビジネスもdXにおける一つのビジネスシナリオに過ぎない」とも強調する。しかし、その1シナリオを実現するだけでもAPI、アジャイルな開発基盤など、IT部門の変革が前提になる。「自分たちには何ができ、何を顧客に提供できるのか。サブスクリプション・ビジネスを契機に、自分たちだけのビジネスシナリオを描いていってほしい」と日本企業への期待を語った。

こうしたサブスクリプション・ビジネスへの取り組みが打ち上げ花火に終わっては意味がない。一定以上の売り上げを上げるだけではなく、継続してサイクルを回すことに意義がある。「サブスクリプション・ビジネスは永遠のβ版でもあります。継続課金によって顧客と継続的につながり、データを基にサービスを改善し続ける。そのためには、真に顧客視点に立つ覚悟が必要になる。自力では困難な部分は他力を借り、継続的にサービスを変化させながら顧客満足度を高め、顧客基盤と事業を成長させていく――このサイクルを回すことこそ、サブスクリプション・ビジネスなのです」と根岸は新ビジネスの本質を説く。

大きな可能性を秘める一方、企業体には大きな変革を求めるサブスクリプション・ビジネス。変革を遂行できた企業のみが生き残れる――これが「サブスク経営革命」の本質だ。

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