持続可能な都市の実現に
向け、カギ握る都市データ
活用とファイナンス

B to Aの時代に必要な都市グランドデザイン思考

「少なくとも50年から100年は持続可能な、幸せに暮らせる都市を子供たちに残したい」

現在、経済発展と社会的課題の解決を両立していく新たな社会「Society5.0」が目指すべき未来社会の姿として提唱されている。それを実現させるための一つの手法「スマートシティ」が注目を浴びている。

「今から20年くらい前でしょうか。有限責任監査法人トーマツでパブリックセクターを立ち上げる話があり、元々興味があったので参画しました。それまで監査法人は企業との関係だけでしたが、当時自治体で包括外部監査という制度が始まり、日本のデロイト トーマツ グループも取り組むことになったのです」そう話すのは、デロイト トーマツ グループの公共セクタープラクティスをリードするパートナーの香野 剛だ。

香野は、自治体向けにサービスを提供しているなかで自治体が変わって高度化・効率化しても、それだけでは都市は元気にならないことに気づかされた。

「結局、部分最適で物事は変わりづらい。全体最適を目指していく地域経営の考えが必要なのです」

全体最適を目指すためにはどうしたらいいのだろうか? 香野は次のように話してくれた。

「対組織から対アジェンダ。B(ビジネス) to BからB to A(社会アジェンダ)の時代になりつつあります。アジェンダを掲げて、官民が連携して皆で取り組むことが求められており、それこそが50年、100年続くグランドデザインを描くきっかけになるのです。私たちはその社会アジェンダの解決にカタリスト(触媒・媒介者)として貢献していきたいと考えています」

香野は今、スマートシティにグランドデザインを描くべく、邁進している。

香野 剛 / 有限責任監査法人トーマツ パートナー
パブリックセクターアドバイザリー事業ユニット長
民間企業の会計監査等に従事後、パブリックセクター部門に異動。公的機関に対する会計監査、コンサルティングサービス業務に従事。スマートシティ領域では、まちづくり構想策定、官民連携スキーム構築、データ活用、戦略特区に係る構想策定などに関するプロジェクトに多数従事。

日本の都市課題解決手段として期待される都市OS

世界各国でもスマートシティの実現に向けた挑戦は続けられている。海外の取り組みを見ると、日本が出遅れている感は否めない。日本もスマートシティについては従前から取り組んでいたはずだ。

「少し前まで日本と世界のスマートシティの歩みのスピードの差はあっても、取り組みの内容自体の差はありませんでした。しかし、このままでは日本が周回遅れになっていくと感じる幾つかの事例が出てきています」

香野は、まちづくり構想策定、官民連携スキーム構築、データ活用、戦略特区に係る構想策定など、スマートシティに関するプロジェクトに多数従事している。

「日本のスマートシティの課題は、都市機能が高度に発達成熟し、そこでの生活が海外と比べ快適で豊かであるがゆえに、逆に革新的な取組みへのインセンティブが働きにくいというパラドックスにあります。しかし、今後中長期的にその豊かさが維持できるか というとそうではない。その真の都市課題に気づくべきなのですが」

日本の都市課題とはどういうものか。一つの例が社会インフラの老朽化の問題である。高度経済成長期に集中的に整備されたため建設後30年以上経過しているものが多い。人口減少時代におけるニーズとのミスマッチが拡大する一方で、更新作業には多大なコストを要するおそれがある。

そこで、都市生活の利便性を保ちつつ、インフラ更新のコストを最小限におさえる手段としてのスマートシティに期待が高まっている。ただ、いまだ社会インフラの建設フェーズにある国がスマートテクノロジーにより容易にリープフロッグ型発展を遂げられるのに比べると、日本ではより高度な地域経営を要する。

少子高齢化に伴う構造的な課題も大きい。日本の多くの地方都市は、中長期的に基本的な機能を維持していくこと自体が困難になるリスクを抱えている。その背景として少子高齢化があるのはもちろんだが、大都市圏への人口流出という問題も複合的に作用している。地方都市、その周辺、大都市圏、全体を見渡し問題の本質を見極める俯瞰力が求められる。単一地域の一部を変えても、その効果は小さい。

「いずれの都市課題についても、都市とその周辺部を含む広域でグランドデザインを描き、都市運営・機能を最適化することが不可欠になります。ただ、行政区域の壁に加え、単一地域でさえも様々なシステムや仕組みが分野ごとに存在するなどのハードルが多い。分野や都市をまたいだデータ連係や利活用を可能にするシステムとしての都市OS(オペレーティングシステム)を導入し、仮想的に構造改革を行うことが重要な要素となってきています」

ただ、スマートシティを単純な都市のデジタル化による効率化・合理化と見るような捉え方をすれば、都市OSの構築自体が目的化しかねない。

「そうなってしまうと、都市OSは肥大化・ハコモノ化してしまいます。現在必要な都市機能は必ずしも将来必要とは限らず、一方で不足することも大いにあり得ます。グランドデザインを描くことで、都市の単位や必要な機能が有機的に変化することを見据え、様々なシステムやデータもそれに応じることのできるよう高い可変性をもたせる必要があるのです」

都市データと都市OSを活用した海外のスマートシティ事例

グランドデザインを描いた上でデータやテクノロジーを活用した事例をデロイト ポルトガルのパートナーであり、デロイトのグローバルスマートシティリーダーでもあるミゲル・エイラス・アントニュに聞いた。

「現在、取り組んでいるポルトガルの都市Cascais (カスカイス)では、私たちが開発したCitySynergy™を実際に導入し、コストと無駄を省いた結果が市民に還元されています。モビリティの運営コストを約30%削減し、それにより全ての公共の乗り物の運賃が将来的に無料になることが発表されました」

ミゲル・エイラス・アントニュ / デロイト グローバルスマートシティリーダー パートナー
ポルトガルの公共部門、輸送、自動車、インフラストラクチャなどのセクターリーダーを務め、23年にわたって様々な業界のコンサルティング業務に従事。

CitySynergy™は、デロイトが開発した都市データを監視、保護、統合、管理する都市OSだ。出来事の相関を示し、事故・事件の予測分析を行える。既存のシステムやソリューションを置き換えるのではなく、これまで都市の管理・運営で使われてきたシステムやソリューションを連携・統合する。ICT等の新技術を活かした全体最適化というスマートシティの本質を実現するツールといえる。

ミゲルはデロイトが目指すスマートシティについて、次のように話す。

「スマートシティの取り組みが目指す本質的なゴール(目的)は、都市の経済競争力の拡充、持続可能性の実現、生活の質(QOL:Quality of Life)の向上の3つです。複合的な側面を有する都市空間をデザインするためには、総合的かつ俯瞰的な視点と、テクノロジーの力を活用した都市機能向上が必要なのです。それゆえ、CitySynergyTMを導入すれば良いということではなく、あくまでこの本質的なゴールを達成するための一つの手段として捉えなければいけません。グランドデザインを描いたうえで、CitySynergyTMのようなテクノロジーをどの部分にどう活用するか、この視点が重要なのです」

スマートシティプロジェクトを支えるファイナンス

グランドデザインを描いていく上で、都市データの活用に加えもう一つ大切な要素があると、香野は話す。

「都市を持続可能なものにするためには、都市が提供する「価値」を実現するための投資が持続的になされるファイナンスの仕組みが不可欠です。従来は定性的で投資の対象外として捉えられていた社会資本に、データを活用して価値を見出すこと(見える化や定量化)が可能になっています。このようなスマートシティの実現を通じて将来的に創出される社会的価値を投資対象とすることで資金調達することが可能になります。また、純粋に金銭的リターンを求める投資家だけでなく、社会的価値の実現に意義を見出す投資家を集めることも可能になるでしょう。この“ソーシャルファイナンス”と呼ばれる社会的価値を考慮した資金供給を、公共セクターや民間セクター(事業会社・金融機関)からの通常の資金供給と組み合わせることで、スマートシティプロジェクトを支える資金調達(スマートシティファイナンス)が実現できると我々は考えています」

香野はこのように語り、スマートシティファイナンスで注目すべき手法の例を教えてくれた。

「一つは成果連動型報酬です。これは例えば、住民が健康的に過ごすことが出来るまちづくりを目指して取り組む中で、実際に節約出来た医療費(成果)に連動してプロジェクトへの支払いに充てる仕組みです。また、寄付が集まる仕組み作りにも注目すべきです。例えば、地元出身の企業経営者が地元企業を巻き込み、該当地域で得た利益のうち特定の割合を共同で寄付をすることでまちづくりの資金に充てているような事例があります。さらに税制の活用も重要です。例えば、企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)は民間企業が活用しやすいように、かつ地方自治体が地方創生事業の資金に充てられるように制度改正が行われており、ソーシャルファイナンスの一手法として官民双方にとってメリットのある仕組みとなりえます」

グランドデザインを実現するためには中長期的に継続する事業が必要であり、その事業を支えるファイナンスの計画が要る。香野が経済社会の変革のカタリストとしてスマートシティプロジェクトの刷新に挑戦できる背景には、ファイナンス面にも精通していることがあるだろう。

スマートシティのファイナンスに関する議論が日本では不足している

日本のスマートシティを持続可能なものとするためのファイナンス計画につきヒントとなる事例はあるのか、デロイト トーマツ コンサルティングの廣瀬史郎に聞いた。

「今世界で最も注目されるスマートシティプロジェクトの一つに、Googleの親会社であるAlphabet傘下のSidewalk Labsがカナダのトロントで提案しているプロジェクトがあります。そこで示されているテクノロジーが注目されがちですが、むしろファイナンスにおける提言内容に学ぶべきものが多い」と廣瀬は話す。

廣瀬 史郎 / デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネージャー
新規事業や成長戦略に関する経営コンサルティングに従事。Society5.0/スマートシティ/スマートモビリティを主テーマとしてクロスインダストリー型チームを組成。産業融合時代の新たなプロフェッショナルサービスの提供に取り組んでいる。北米および東南アジアにて4年超の駐在経験を有し、グローバルな観点を持ちつつ日本発のバリューを生み出すことをミッションとしている。公認会計士。

「1,500ページを超えるSidewalk Torontoのマスタープランを読むと、都市のイノベーションが様々なステークホルダーにとって中長期的に持続可能なものとなるために、ファイナンスの計画に多くの紙幅が割かれ重視されていることが分かります。そして、そこでは『ステークホルダーの財務的な利害の方向を一致させる(Align financial interests)』というプロジェクトの原則が貫かれています。いずれも、個別技術適用の積み上げ発想の色合いが強い日本のスマートシティでは、ほとんど聞かれない考え方です」

資金調達面の工夫の一例として、デジタルスマートシティの時代に相応しいリスクマネーの供給があると廣瀬は語る。

「次世代技術の価値を見極める力をもったインフラファンドをSidewalk Labs主導で設立することを提案しています。プランの公表後、そこに現地の教職員年金基金が加わることが決まりました。スマートシティというまちづくりは本来的に長期的なものであり、その受益者は現地の住民です。現地に根付いた長期的な資金がスマートシティのリスクマネーを供給することは理にかなっています」

資金回収面では、公共セクターと民間セクターのプロフィットシェアに注目すべきであると廣瀬は続ける。

「民間主導型のスマートシティの開発においても、その財務的利益が適切に公共セクターひいては住民に配分される仕組みが提案されています。これにより、企業が民間ならではの創意工夫で最大限の経済的インパクトを創出すべくプロジェクトを推進すること、そして公共セクターがそれを積極的に支援すること、その両方が正当化されるといえます」

トロントのプロジェクト自体は、2019年10月現在で最終的に承認されたものではなく、データプライバシーに対する住民の懸念といった問題もあり今後の成否は不明だ。しかし廣瀬は次のように話す。

「その成否にかかわらず、今回の1,500ページ超に及ぶマスタープランは、グランドデザイン型のスマートシティにおいてはファイナンスの議論は事業計画と表裏一体で不可欠のものであるという、自明だが日本において看過されがちな事実を明確に突き付けているように思います」

部分最適から全体最適へ、自身の変革にも挑戦

「都市データの活用やスマートシティファイナンスの実現は都市のグランドデザインを描くには不可欠です。ただ、そこに焦点を当てすぎないようにすることが重要です。ある種、専門家主義への自戒でもありますが、部分最適にならないように意識的に取り組まなければなりません」

香野はそう話し、都市が変革期を迎える中、自身もカタリストとして果たすべき役割の変革に挑んでいる。現在、日本のスマートシティにおいては個々の地域課題にソリューションを導入することのみを検討している事例がまだまだ多くみられる。これはまさに部分最適だ。

香野は行政だけが変わってもまちは元気にならなかった経験を糧に、グローバルを含めたデロイト トーマツの知見を集積し、都市の単位でグランドデザインを描き語ることが出来るプロフェッショナルとして、本質的な都市の変革に貢献していこうとしている。

「様々な文化からアイデアを得て、部分最適ではなく全体最適を目指すことが、イノベーションを生みだす契機になると思います」

シンガポールの初代首相で、現在の同国をデザインしたとも言われる、リー・クワンユーはその著書『リーダーシップとはなにか リー・クワンユー自選語録』の中で次のような言葉を遺している。

「一つの文化からしかアイデアを得ない会社は、イノベーション(革新)を見すごしてしまう」

香野の考えは、まさにこの考えに近いのではないだろうか。専門家目線でもなく、部分最適でもない。広い視野と様々な知見を集積して、全体最適を目指す。その先に香野たちの描く、スマートシティがイノベーションとして立ち現れてくる。

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