“脱自前”で価値循環のメカニズムをつくり、日本の成長をデザインする

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の白坂成功氏は、宇宙開発戦略本部の設置と宇宙基本計画の策定が、日本の宇宙産業の成長を加速させたと語る。それを受けて、デロイト トーマツ グループ執行役でCETL(Chief Executive Thought Leader)の松江英夫氏は、そこに日本の成功戦略のモデルがあると指摘する。

ポイントは、省庁横断・官民融合という“脱自前”と、価値循環のメカニズムにある。これを産業全体、社会全体に広げ、日本の成長戦略として結実させるには何が必要なのか。日本の成長をどうデザインすべきかについて、豊富な具体例を交えながら2人が語り合った。

宇宙開発戦略は、日本の成長戦略モデルになる

松江 白坂先生は大学院で教鞭を執るかたわら、宇宙ベンチャーを共同で起業されたり、内閣府宇宙政策委員会の委員として政策立案に携わったりと、活動が幅広いですね。

白坂 もともと民間企業で宇宙開発をやっていましたので、宇宙関係はやはり一番勘所があります。

日本の宇宙開発を振り返ると、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を中心に国主導で進められてきましたが、通信衛星は総務省、気象衛星は気象庁といったように縦割りの弊害もありました。そこで、一部の有志のメンバーが分野横断で大学や民間の研究者に声をかけて、「100人委員会」という会議体を立ち上げ、関係省庁も交えながらボトムアップで政策提言を行いました。

それが功を奏して2008年の宇宙基本法の成立後、全体の司令塔として内閣官房に宇宙開発戦略本部が設置されました。2010年から2012年には京都大学教授だった山川宏先生(現JAXA理事長)が事務局長に就任されました。そして、2012年には、内閣府に宇宙戦略室が設置されました。以降、この宇宙戦略室(現在は宇宙開発戦略推進事務局)が、各省庁をまとめる司令塔の役割を担っています。

縦割りの省庁をまとめる司令塔ができたことで、官民連携で10年先を見据えて宇宙政策全般にわたる基本計画を立て、工程表に基づいてテーマごとに出口戦略を明確にしたタイムリーな技術実証を推進するサイクルが回るようになってきました。近年では、スタートアップを含めた民間活力の活用を基本スタンスとしてきたことも大きいですね。

昔はかなり遠くに感じていた月や火星の探査計画が具体的に視野に入ってきました。宇宙ビジネスを国主導ではなく民間が行っていくこと、そして宇宙の安全保障上の役割も考えていくことが、この先議論していかなくてはいけないポイントになります。

松江 いまのお話の中には、日本の今後の成長戦略を考えるうえで重要な論点がいくつか含まれていて、とても参考になります。一つは、10年という時間軸です。バブル経済崩壊後の日本は、目先の短期的課題の解決に追われ、イノベーションや将来の技術への投資など、成長を牽引する長期的な視点や具体的計画が欠けていた。これが、「失われた30年」の背景にあると私は考えています。国際的な産業競争力を回復するには、もっと時間軸を長く取る必要があります。

2つ目は、縦割りではなく横串で横断的な視点です。「100人委員会」のような形で、さまざまな領域を超えて知恵を集めることで初めて、長期的な時間軸で課題に真剣に向き合うことが可能になります。

そして、もう一つ重要なのは、官民の連携のあり方です。宇宙のような新たな市場を開くには、やはり、民のパワーを積極的に活用しなければなりません。また、先ほど出た初代事務局長の例のように、民間の人材も適材適所で活かして、官と民が本当の意味で融合していくことが求められます。

松江 日本の変革を妨げているのは、内向きで部分最適なタコツボ社会、組織のタコツボ化にあり、その根底に宿っているのが“自前主義”です。宇宙開発戦略司令塔の成功例は、これからの日本に求められる“脱自前”のプロトタイプとして、宇宙以外の分野で新たな成長産業を生み出していく際にも応用できる話だと思います。

白坂 私の研究分野に照らせば、脱自前とはモジュラー化といえます。大量生産・大量消費の時代は、年齢や性別などで消費者を一くくりにして、同じものを提供していました。しかし、デジタルやデータを使い、他社のモジュールを組み合わせることで、一人ひとりの需要に対してより柔軟に、最適なサービスや価値を提供できるようになります。全体を俯瞰してとらえると、共通なところはモジュールとして活用できるのです。なので、横串でとらえることが重要となります。

すべてを自前で持つことは不可能なので、横串としてのレイヤー構造とモジュラー化により、いかに自由自在に組み合わせて、ユーザーに最適なものを提供できるかが問われるようになります。

白坂成功
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科 教授
東京大学大学院修士課程修了(航空宇宙工学)、慶應義塾大学大学院後期博士課程修了(システムエンジニアリング学)。大学院修了後、三菱電機にて15年間、宇宙開発に従事。「こうのとり」などの開発に参画。技術・社会融合システムのイノベーション創出方法論などの研究に取り組む。2008年より慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科非常勤准教授。2010年より同准教授、2017年より同教授。2018年宇宙ベンチャーのSynspectiveを共同創業。内閣府宇宙政策委員会委員などの公職も務める。

需要起点で新しい産業をつくらないと、人口減少を乗り越えられない

白坂 私が宇宙に関わり始めた頃、正直言って、宇宙分野はまだ産業として成立していませんでした。たまたまこの10年間、私たちは宇宙分野が脱自前によって「産業化」していく過程を経験したのかなと思います。

松江 私たちはいまデジタル化、グローバル化、人口減少という3つの構造変化に直面しています。なかでも人口減少は、日本が他の先進国に先立って直面している構造変化であり、需要不足・供給過剰が常態化しています。

需要起点で産業構造を組み換え、新たな産業をつくっていかないと国内市場が広がらないし、海外進出のシナリオも描けません。宇宙は白紙から成長戦略を立てることで、成長産業化できました。同じように既存産業をどう成長産業へと転換できるかが、日本が次のステージに上がるチャレンジになると思います。

白坂 宇宙開発はもともと科学技術の研究が主体であり、民間需要はわずかしかありませんでした。それだけに、ゼロから需要を見つけ、「どんな価値を創造していくべきか」という問いを立てやすかったといえます。

テクノロジーの進化が遅い時は、それを理解していなくても、新しい価値をつくり出しやすかったのですが、いまはAI(人工知能)やメタバース、NFT(非代替性トークン)といった新しいテクノロジーを理解しているかどうかで、提案できる価値が大きく異なります。

価値創造は、DX(デジタル・トランスフォーメーション)に置き換えて説明できます。デジタルなどの新たな手段で新たな目的を実現するには、いろいろな手段をうまく組み合わせる仕組み、つまりアーキテクチャーを変革しなくてはなりません。この新たな目的設定とそれにともなうアーキテクチャー変革がトランスフォーメーションであり、目的と手段をうまくカップリングして、ユーザー起点で仕組みをデザインできるのが、DX人材と定義できます。

既存の事業や技術に精通するほど、無意識の認知バイアスが邪魔をして新しい発想を退けてしまいます。松江さんは先ほど、タコツボ化と自前主義の弊害について指摘されましたが、異なる認知バイアスを持った人が組織の中に入れば相互作用が生まれ、既存の目的や価値を超える仕組みを構築することができます。

松江 新たな手段によって、新たな目的を実現する仕組みをつくるには、ほかにもいくつか大事なことがあると思います。一つはインセンティブ設計です。ほとんどの組織では既存の評価軸で、人事評価されますが、新しいチャレンジをする人たちは別の軸で評価するとか、異なるキャリアパスをつくるなど、新たなインセンティブ設計が必要です。

もう一つは、事業創造の「型」をつかむことです。日本の組織は現場主導で、需要家やユーザーに近い立場の人たちが高い能力を持って、仕事を動かしていますが、現場主導の組織は10年先を見据えて新たな事業を構想する力が弱い。

ビジネススクールの学生やクライアント企業が短期集中で事業創造にチャレンジする際、何か一つ成功体験の「型」をつかむと大きな力を発揮します。

白坂 「型」をフレームワークと言い換えていいと思いますが、私が所属するシステムデザイン・マネジメント研究科では、物事を構造化・可視化する「システム思考」と、人の感性を重視して試行錯誤しながら新しいものを創造する「デザイン思考」を組み合わせた課題解決のフレームワークを開発しています。

米国のスタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)と共同でつくり上げた授業をその後、日本流にアレンジし、日本の大学院生や企業の人たちに合わせたフレームワークをつくり上げました。「型」に沿って議論を進めていくと、従来は噛み合っていなかった点が可視化され、チームとしての課題解決能力が格段に高まりました。

つながる産業構造を前提に、本業を再定義する

白坂 新しい価値をつくるには、デジタルでつなげていくのがポイントです。たとえば、モビリティにしても、これからは車そのものの価値だけで完結する時代ではなく、病院を予約すると自動運転車が家まで迎えに来て、渋滞で遅れそうになったら病院の予約システムにつながって予約時間を変更するといったように、システム同士がつながることで新しい価値が生まれます。人起点でそれぞれに合ったつなぎ方ができるのはデジタルだけです。

アカデミアはこれまで特定の研究分野を深めるのが主な役割でしたが、これからは産学連携・業界横断で体系化する役割を担う必要があると思います。

松江 新たな価値創造のために業界をデジタルで横断的につなぐということは、産業構造そのものがつながるということです。これは、“脱自前”の大きな契機となります。自前で完結させてきたやり方を見直し、目的を共有できる相手と連携することで、みずからの本来の強みを発見するのが、脱自前の第一歩だからです。

企業は、つながる産業構造を前提に、脱自前で自社の強みに特化し、本業を再定義すること、さらに需要者起点で体験価値を創造すること、それが、日本の成長戦略に求められるのだと思います。

経済システム全体の価値循環をデザインする

松江 これからの日本において、人口減少していく中で経済成長をどう考えるか。私は“循環”がキーワードになると考えています。人の数が減っても、経済の活動量を増やす“回転”と、そのデータや知見を“蓄積”することで質を高めて価格を上げ、それによって全体の付加価値を高めていく。言わば、「回転と蓄積」によって経済の規模と質を両軸で高める成長シナリオが描けないか、と考えています。

先ほど白坂さんが触れられた、病院の予約システムの話も、まさに医療×MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)という循環の可能性を示唆する例だと思います。

高齢化が進む茨城県境町では公共交通インフラが脆弱でしたが、2020年11月から自動運転バスの運行を開始し、病院や学校、役場、ショッピングセンターなどを結ぶルートを走らせています。交通弱者の支援という目的を自動運転バスという新たな手段で実現したことで、循環モデルによって人の動きが生まれました。このケースは、経済の質と規模の両方を高めるられることを示しています。運行会社の試算によると、2021年12月までの約1年間で境町が負担したコストは2億円。これに対して、経済効果は6億円だそうです

松江英夫
デロイト トーマツ グループ 執行役 CETL(Chief Executive Thought Leader)
経営戦略・組織改革/M&A、経済政策が専門。フジテレビ『Live News α』コメンテーター、中央大学ビジネススクール客員教授、事業構想大学院大学客員教授、経済同友会幹事、国際戦略経営研究学会常任理事。著書に『「脱・自前」の日本成長戦略』(新潮社、2022年)、『日経MOOK グリーン・トランスフォーメーション戦略』(日本経済新聞出版、2021年、監修)、『両極化時代のデジタル経営——ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』(ダイヤモンド社、2020年)など多数。

白坂 境町の場合は、自動運転バスのユーザーと運行会社、地域社会などのステークホルダーの間で価値が循環し、三方よしの状況を生み出しています。人、情報、価値の循環を最初からアーキテクチャーに組み入れてデザインしたことが、大きな成功要因だと思います。

人間中心に設計されたこうした一つひとつのシステムを、大きなシステムとしてつなげるシステム・オブ・システムズを構築することができれば、政府が目指している「Society 5.0」を実現できます。その意味で、Society 5.0とは日本社会全体の循環モデル化と言うこともできます。

循環モデルは、動的に変化しながら価値が循環するシステムです。医療×MaaSが実現できれば、車だけでなく飛行機や船舶、レストランとつながるかもしれません。何と何をつなげて、どう価値を生むかがこれからの産業の主戦場であり、つながった体験価値をどう設計できるかが競争優位の核になるでしょう。

松江 まさにその通りです。循環モデルはあらゆる産業で求められると思います。

たとえば、観光産業においては、観光地の名所を“周遊”する循環モデルをつくることで、旅行者の満足度を高めながら、滞在期間を延ばし消費を喚起することもできますし、観光地の働き手にとっては効率的な稼働につながり、働く時間の繁閑の解消にもつながります。

白坂 観光業と農業のモデルをつなげる視点もあります。たとえば、ANAグループは、ワーケーションで地域に滞在しながら仕事をする人が、仕事の空き時間に農作業に従事し、収穫した野菜を大都市圏に空輸して、朝採り野菜としてプレミアムをつけて売ることを目指した「アグリ・スマートシティ」の実証を行っています。

松江 これからの日本においては、人の循環も大事です。

多くの経営者が頭を悩ませているのが、高齢者やベテラン社員の活かし方です。中高年の働き方に選択肢をもっと増やせればダイナミズムが生まれるはずです。たとえば、週3日はいまの会社で働いて、ほかの2日は、地方企業の参謀役として働いてもいいし、起業してもいい。そのように複線型でオープンな働き方が可能になれば、ベテラン社員の知見を地方企業やベンチャーで働く若手に循環させることができます。

白坂 宇宙開発は経験に裏打ちされた知識が物を言うため、宇宙ベンチャーでは大手企業出身のベテラン社員が数多く活躍しています。他の産業でも、ベテランと若手がもっと組むようになればいいですね。

松江 東京・墨田区の町工場だったプレス加工・板金メーカ−の浜野製作所は、スタートアップとコラボレーションすることで、新規事業が伸びたそうです。スタートアップには斬新なアイデアがありますが、ものづくりの技能がない。脱自前で互いの強みを組み合わせることで、ともに成長できた例です。

白坂 宇宙ベンチャーでは、浜野製作所や神奈川県茅ヶ崎市の由紀精密にお世話になっている企業が多いですよ。スタートアップと組んで新しいことに挑戦すると、中小企業の側も社員のモチベーションが上がり、入社希望者が増えるなどいろいろなメリットがあるようです。

松江 “循環”というと、一般には物の循環に注目しがちですが、私は、「モノだけでなく、ヒト、カネ、データのすべて」を循環させて、価値を創出する発想が求められていると思います。

白坂 ポイントは、目線の高さですね。サーキュラーエコノミーは物の循環であり、物を起点に環境への負荷を減らそうということですが、需要起点で経済システム全体として価値循環を同時にデザインすることが重要です。

宇宙開発戦略本部のような司令塔と、茨城県境町のような成功事例をもとに、経済システム全体のデザインと実証を両輪で進める必要があります。

松江 デジタルの力でシステム全体をつなげて価値を生む循環をつくる、その第一歩が“脱自前”で、“脱自前”と“循環”は一連の関係にあります。

これからの日本では、産官学が横断的につながりながら、経済システム全体として、需要起点で価値を生み出す「価値循環」をデザインする、そこに成長の要諦があると思います。

*境町 自動運転バス実用化 2021年度安定稼働レポート
https://www.softbank.jp/drive/set/data/press/2022/shared/20220208_02.pdf

※当記事は2022年11月2日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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