イシューの明確化から始まる
インサイトドリブン経営

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【シリーズ】 両極化時代のデジタル戦略

デジタル化の急速な進展で、ビジネスに活用可能なデータは質と量、両方の側面で飛躍的に拡大した。さらにコロナショックの影響による企業や消費者のデジタルシフトの加速は、デジタル空間に蓄積されるデータをますます多様化・重層化させている。こうした膨大なデータを組織横断的につなぎ合わせることで活用し、アナリティクスを通じて得られたインサイト(洞察、深い理解)を経営判断に生かせるかどうかが、これからの企業の競争力の源泉となる。属人的な「勘と経験と度胸(KKD)」に頼る経営から、積み重なった事実から導き出される「インサイト」によって俊敏な意思決定を実現できる経営への変革が迫られているのだ。

神津 友武 / 有限責任監査法人トーマツ パートナー Deloitte Analytics

俊敏かつ適切な経営の意思決定に不可欠なデータ活用

不確実性が増大し、市場環境の変化も激しい両極化の時代において、ビジネスに役立つインサイトを得るためには、社内外から多様なデータを収集し、統合して、リアルタイムな分析を通じて経営に反映させていく仕組み作りが欠かせない。そして、そのために必要となるデータはもはや人間の手には負えないほど大量かつ複雑化しており、AIなどのテクノロジーと人が協調する必要がある。とはいえ、データが大量にあるだけで自動的にインサイトが得られるわけではない。

1990年代以降のグローバル化とデジタル化の急速な進展で、ビジネスへのデータ活用の重要性は主に欧米のグローバル企業を中心に強く認識されるようになった。データは業界・業種の壁や国境をやすやすと越え、これまで関わりのなかった異質なもの同士をつなぎ合わせ、新たな価値を生み出す力になる。実際、社会に強い影響を及ぼすイノベーションは、例外なくデータを介して多種多様なプレーヤーがつながり合うエコシステムから生み出されている。データは英語以上の世界共通言語として機能しているのだ。

インターネットの黎明から30年。今や、あらゆる企業がデータを介して国境を越えた複数のエコシステムにいや応なく組み込まれるようになった。ビジネスへのデータ活用は、「やるかやらないか」を選択するフェーズはとうに過ぎ、未来で生き残るためには「活用していかに勝つか」という戦略的な検討が避けては通れなくなっているのである。

日本企業に多く見られる「イシューの不在」

吉沢 雄介 / デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 アソシエイトディレクター Monitor Deloitte

しかし多くの日本企業は、客観的なデータより勘や経験や度胸(KKD)といった属人的な資質に依拠した意思決定を重視しがちで、残念ながらこれまでデジタル化の動きは鈍く、価値創出につながるデータの収集が遅れていた。ここ数年はようやく重い腰を上げて一気にデジタル化へかじを切り、データから価値創出を図ろうとしている企業が目立つが、「期待したほど成果が上がらない」と嘆く経営者は少なくない。

日本企業がデータ活用に苦戦する理由は幾つか挙げられる。まず、これまで特定の業界に閉じてビジネスを展開してきたために、組織や業界の枠を越え、時には競合とも手を組み多種多様なデータをつなぎ込む動きそのものがあまり得意でないこと。そして、日本のビジネスの現場においてはデータよりも人間関係、ファクトより情熱、という価値観がまだまだ根強いこと。さらに、データ活用は「IT部門の仕事」と捉えられがちで、経営層と断絶しやすいという事情もある。

実は、これら全ての背景にもっと大きな問題がある。それは「イシューの不在」だ。データの活用は、それ自体が目的ではなく、あくまでビジネスをドライブする意思決定のツールである。つまり、データをどうするかという議論の前に、それで何の解決を目指すか、というイシューを経営層が明示することが、結果を出すための絶対条件なのだが、それが欠落している企業が多いのだ。

もし、目的をはっきりさせないまま、最新のデータ基盤や優秀なデータサイエンティストといったリソースばかりを充実させているとしたら、順序が逆だ。イシューを示さずにデータサイエンティストにとにかく結果を出すように迫るような無謀なオファーも目にするが、イシューの発見は言うまでもなく経営層の役割であり、データサイエンティストに丸投げすべきものではない。データ活用やデータからインサイトを創出するアナリティクスだけを独立した機能と考えず、事業横断的に優先度の高いビジネスイシューを経営者マターとして抽出し、それらのイシューから、データやアナリティクスを活用して解決できる対象を正しく選び、リソースを投下させていくことが大切なのだ(図表)

■インサイトドリブン経営実現に向けて、まずはイシューを明確化する

イシューを明確化するためには、データ起点では考えず、目下経営課題として最も関心を寄せる対象から経営者自身が候補を探すと良い。

その際、例えば「コスト削減」や「オペレーションの効率化」「海外法人の業務見える化」といったように、一見データやアナリティクスそのものとは無関係に思えるイシューが与えられた場合、以下のような着眼点からイシューの要素分解をしつつ、データやアナリティクスで解くべきイシューを明確にしていく必要がある。

・どちらが良いかを比較して一方を選択したいのか?
・近い将来に何が起こるかを把握したいのか?
・複数ある組み合わせの中から適切な方法を選びたいのか?

イシューが明確になれば、それに基づく仮説を立て、データで検証するプロセスが有効に機能し、インサイトドリブン経営の実現に近づくことができる。もちろん、データが仮説と異なる結果を示したときには真摯に現実と向き合い、新たな仮説を立て、より正しい意思決定に生かす姿勢が大切なことは言うまでもない。

■人とAIが協調したインサイトドリブンのアプローチ

イシューを明確化した上で、データやアナリティクスを活用するという「インサイトドリブン」のアプローチの有効性について、より具体的な事例を用いて解説したい。

工場設備産業界(工場自動化設備や工場建設そのもの)では、海外進出した際に現地での需要予測・設備投資予測が非常に難しいとされている。それは、関連する指標が膨大ということが一因にある。そのため、当該企業の営業は、クライアントの海外における工場建設が決定し各種要件が決定してから提案する「受け身型」になりがちだ。大手メーカーA社では、これが提案機会の限定化につながっているというイシューと捉え、インサイトドリブンのアプローチへの変革を実現した。

A社は、過去の営業活動データを分析し営業担当によって提案機会にバラつきがあることを抽出した。さらに、トップ営業の営業活動を分析したところ、複合的な指標を基に工場建設予兆を把握し、その予兆に合わせた地域に対して誰よりも先に適切なタイミングでアプローチをしていたことが分かった。つまり、トップ営業は「先読み型」といえるアプローチを取っていたのである。

この「先読み型」の知見を見える化すべく、トップ営業が参考にしていた指標が何か? を分析し、主に以下の指標が提案機会に影響を及ぼしていることをインサイトとして抽出した。

・市場成長程度と既存工場の稼働率
・業界トレンドから見た素材の使用割合の変動
・地政学リスクとその影響を受けるサプライチェーンの把握

さらにA社は、このインサイトをAIに学習させ、AIが出した予測結果を確認した上で全営業に「先読み型」の活動を指示する特別組織を設置した。この特別組織は、営業担当から結果のフィードバックを得て、そのフィードバックを基にAIの予測結果に修正を加えていくことで再学習させ、予測精度を向上させるサイクルまでをも構築し、予測精度をさらに高めるという取り組みをしている。人とAIが協調する仕組みによって、継続的な価値向上を実現する仕組みを構築したのである。

この事例において注目すべき点は、関連する指標が膨大だからといって、まずはデータ分析から着手するのではなく、提案機会の限定化をイシューと捉え、そのイシューを解決するアプローチを取ったことである。このアプローチによって、「先読み型」という目指すべき姿を捉えることができ、イシュー解決の実現に向けた道筋を歩むことができたのだ。

日本がコロナショックで迷走している理由

これまで、データ活用における課題として「イシューの不在」について触れてきたが、現在、コロナショックという不確実性の高い状況において、私たちはまさしく「イシューの不在」がもたらす意思決定の混迷を目の当たりにしている。

時々刻々と状況が移り変わる中、コロナショック以来のデータはすでに大量に存在するが、これらをアナリティクスで解析し、その結果を政策に生かすためのさまざまなリソースを有しているはずの国も自治体も方針決定に苦慮し、一貫性のある方針を示せないままだ。結果、いまだに多くの人が信頼して参照できる防疫のためのプロトコルも検査体制も確立されておらず、新しい行動様式のコンセンサスも取れていない。

感染防止か、経済の維持か。医学的な安全の追求か、社会的な安心の醸成か。あるいは、自由か規制か、悲観か楽観か──。コロナショックの中で一見相反するさまざまな両極の価値観は、そのいずれにも理があり、いずれかの立場に肩入れすればたちまち矛盾が露呈する。AかBかという単純な選択はできないのはもちろん、足して2で割ることも、間を取ることもできないのだから意思決定が難しいのは当然だ。しかし、だからこそまずはイシューを明確化し、そのイシューの解決に向けて、どのようなデータを活用するか、どのようにアナリティクスを活用するかというインサイトドリブンのアプローチが必要ではないか。新型コロナウイルスの感染状況に関するさまざまなデータや指標が公表されてきたが、イシューが明確になっていれば、情報の受け手も納得感を得ることができるであろう。

2020年8月7日に政府の有識者会議「新型コロナウイルス感染症対策分科会」が、新型コロナウイルスの感染状況を4段階で評価するための6つの指標を取りまとめた*。これは、重症者や死者が少ないなど第1波とは異なる状況もあり、地域ごとの課題と必要な対策を的確に見極めることをイシューとして捉えた結果であると考えられる。

コロナショックにより、デジタル化の進展に拍車がかかり、企業のみならず消費者の行動やライフスタイルにおいても、デジタル空間で実現可能なモノについては、フィジカル空間からデジタル空間に軸足を移す動きが一段と加速している。この動きによって、ますます活用可能なデータの量が拡大し、より一層重要度が高まっていく。

それ故に、まずはイシューを明確化することが、今の日本や日本企業に求められている。イシューが明確化できれば、日本企業はデータを価値あるインサイトに転換する「インサイトドリブン経営」の実現に一歩近づくことができるのだ。

*日本経済新聞朝刊(2020年8月8日)

※当記事は2020年9月18日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

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