多様なプレーヤーをつなぐ
ポストコロナのデジタル
プラットフォーム構築

【シリーズ】 両極化時代のデジタル戦略

日本企業におけるIT領域のマネジメントは、依然としてレガシーシステムの保守・管理、更新に主眼が置かれており、企業や組織の壁を越えて大量のデータや情報をつなぎ合わせ、エコシステムの形成や新規ビジネスを機動的にサポートできる体制になっていないのが実情だ。デジタル化の進展とコロナショックが、組織や業界を超えたつながりを前提とした新たなビジネスモデルの進化を加速させる中、経営者が取り組むべき課題として重要性が高まっているものが、ITアーキテクチャの再構築を前提とした、APIマネジメントだ。

根岸 弘光 / デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー

コロナショックで高まるITアーキテクチャの重要性

「所有価値から使用価値へ」「モノからサービスへ」。そんな掛け声の下、サブスクリプション(定期課金)モデルのビジネスが花盛りだ。大容量の通信回線やクラウドといったデジタルインフラの普及を背景に、ソフトウェアや音楽や映像コンテンツといったデジタル領域から火が付いたサブスクリプション化のトレンドは、いまや、モビリティ、ファッション、家電、飲食といったリアルな領域にも広がっている。業種を超えたサービスも重層的に組み込まれるようになっており、サービスの多様化と高度化が進む。

この流れを、コロナショックがさらに加速させている。世界中に広がった「ステイホーム」の大号令は、多くの人にリモートワークやオンライン授業を強制的に体験させ、デジタルシフトを強力にけん引した。その結果、ユーザー数を爆発的に増やした一部のサービスがある一方で、参入障壁の低いサービスの競争は激化し、継続的に価値を提供できないサービスは早々に市場からの退場を迫られている。これにより、サブスクリプションモデルの「質」の差が明暗を分けているわけだが、それを左右する最大の要素がITアーキテクチャだ。

新たなニーズに対応する新たなサービスを提供するには、単にこれまで提供していた「モノ」を「サービス」と言い換えて定期課金の仕組みを作ればいいというものではない。サービスのコンセプトがどれほど優れていても、ユーザーの急激な増減や、ニーズの変化への対応が後手に回れば、ユーザーはすぐ見切りをつけて去っていく。ユーザーとの継続的な関係構築を前提としたサブスクリプションのようなデジタル時代のサービスへの満足度を維持するためには、ニーズを捉えて小さく始め(Start small)、状況に応じてすぐ拡張でき(Scale fast)、さらに機敏な変化への対応が可能なテクノロジー基盤の構築が不可欠なのだ。「何を提供するか」と「どう提供するか」はもはや不可分となっており、ビジネスにおけるITアーキテクチャの重要性はかつてなく高まっているといえよう。

価値創出につながるITアーキテクチャの4要件

では、具体的に、ポストコロナを生き抜く企業のITアーキテクチャには、どんな機能が求められるのか。それは、①より顧客の近くからデータを収集・分析する力、②社内に蓄積した既存データを最大限に活用する力、③それらのデータを生かしてアジャイルにサービスを開発する力、④外部と簡単につながる力、の4つに集約できる。

最初の「より顧客の近くからデータを収集・分析する力」を得るためには、IoT機器やセンサーなどのデバイス群から発生するビッグデータを収集・処理するIoT基盤が必要だ。ただし、いたずらに大量のデータを集めることは、コスト面でもセキュリティ面でもリスクが高い。デバイスに近い場所(エッジ)で収集したデータをその場で処理して即座にサービスに活用するのか、あるいはいったん中央に集約したデータをAIで解析してサービス向上のためのインサイトを得るか。目的に応じてアーキテクチャを適切にデザインする必要がある。

2つ目に挙げた「社内に蓄積した既存データを最大限に活用する力」では、これまで多くの企業がさんざん逃げ続けてきた「レガシーシステムのモダナイゼーション(近代化)」という課題に正面から向き合う必要がある。
つまり、リスク回避という「守り」だけでなく、ビジネスを成功に導くという「攻め」の視点で本質的な改革を進める必要があるということだ。そのためには、メインフレーム上のプログラムやデータをクラウド上に移す「リプラットフォーム」で良しとせず、新しい情報技術の恩恵を十分に受けつつ、レガシーシステム内に眠るデジタル資産の活用も可能にする「次世代ERP基盤」の構築を目指す覚悟が要るだろう。

3つ目は「データを生かしてアジャイルにサービスを開発する力」だ。多様なデータを活用できる環境を生かすには、それに基づいて新サービスを迅速に打ち出し、広げていける柔軟かつ迅速な開発基盤が必要になる。そのために重要なのが、開発と運用を一体化し(DevOps)、継続的デリバリーを可能にするプラットフォームエンジニアリング力といえる。

そして最後は「外部と簡単につながる力」である。これは、端的に言えばAPI基盤の構築だ。GAFAやBATなどのメガプラットフォーマーはもちろん、イノベーティブなサービスで頭角を現したユニコーン企業は皆、他社が提供するAPIを積極的に活用して迅速にサービスを立ち上げている。外部のデータやアプリケーションを簡単につなぎ込むアーキテクチャなくして、価値ある顧客サービスを構築することはもはや不可能なのだ。

これらITアーキテクチャの4つの要件はいずれも同様に重要であるが、4つの要件のうち、大きな盲点をはらんでいるのが、最後に示した「外部と簡単につながる力」だ。

多くの企業が陥る4要件における意外な盲点とは

もはや革新的なサービスを一企業だけで生み出し、提供することが難しい状況であることは衆目の一致するところであり、そうした背景で、APIの活用に期待が集まることは当然のことといえる。しかし、自社のサービスに外部のAPIを組み込んで利用者として「使いこなす」だけでは事足りない。自社の技術資産も積極的にオープンAPIとして公開し、他社に「使いこなされる」ことで、複数のエコシステムの中にポジションを得ていくことが重要であり、それこそがデジタル化が進む両極化の時代における企業の競争力の源泉につながるのである。

しかし、まず必要なのは「使いこなす」ことができているかどうかを見つめ直すことである。APIの数が指数関数的に増大している現在の状況下では、顧客はサービスの利便性や自身の業務との親和性によってAPIを選択することが多くなっている。例えば、SNSと連動するかどうかや、すでに利用している決済サービスに対応しているか否かといったことによって、そのサービスを選択するか否かが決まる。企業はこういった顧客体験を考えるときに、さまざまな顧客の背景や要件に寄り添いながら、自社サービスの開発を実施しなければならず、さらにそこにはスピーディーさも求められる。そのためには、その企業自身の付加価値部分について、しっかり定義付けをした上で、そこに開発リソースを注力し、コストの最適化に考慮しながら進めていく必要がある。

こうした適切な開発によって、今後の競争力の源泉となる「使いこなされる」ことを実現すれば、成長スピードを指数関数的に加速させることができるであろう。そのためには、「使いこなす」「使いこなされる」という双方の視点を踏まえたAPIライフサイクルの戦略立案が重要になってくる。

この戦略立案に有効なことの一つに、APIを「自社のプロダクトの一つ」と捉え、APIのライフサイクル全体をマネジメントする視点を持つことが挙げられる。「APIライフサイクルマネジメント」においては、当然のことだがAPIの公開がゴールではない(図表)。まず開発段階で戦略的な「使いこなされ方」のデザインを織り込み、ターゲットに応じた粒度を設定し、リリース後も想定したターゲットから見つけてもらうための施策を打ち、継続的にユーザーからデータを収集し、それを分析することで随時最適化を図っていく。こうしたきめ細かいマネジメントを通じてフィードバックループを回し続け、APIという「プロダクト」を継続的に育てていくのである。こうした取り組みが、APIを「使いこなす力」と「使いこなされる力」を共に磨くことになる。

APIを公開することによって、全ての企業が必ずしも直接的な売り上げや利益を得られるわけではないが、優れたAPIマネジメントの実践は、優秀なビジネスパートナーを引き付けることになり、結果的にビジネス上で得られるメリットは非常に大きい。逆にいえば、こうした備えがない企業は、どれだけ製品やサービスのポテンシャルが高くても、同じエコシステムの一員として未来像を共有することが難しいと判断され、ビジネスパートナーから見捨てられることになるだろう。

コロナショックにより急激にデジタル化が進むビジネスの状況下においては、変化し続ける要求に応えながら新しいサービスを提供し続ける能力が必要不可欠だ。そんな中、APIマネジメント力を磨く取り組みは、時代に適応した組織の変革を促すという意味でも非常に重要だ。ITアーキテクチャの見直しは、そのための転換点であり、出発点といえる。つまり、社外と連携した新たな価値創出力の向上と、企業内部のデジタルトランスフォーメーションの推進という、両極における進化を促す取り組みといえるのだ。

IT部門に求められる、両極の視点

こうした変革に伴い、IT部門が担う役割も当然ながら変化する。従来なら、どのようなパートナーとどう組むかという戦略を描くのはビジネス部門の役割であり、IT部門の役割は、あくまでその要件を確認してプログラムとして形にすることだった。しかし、自社のプロダクトとしてAPIを広く公開し、その後のマネジメントをコントロールしようとすれば、自ら生み出したプロダクトが、どう世界に広がり、どう社会を変えていくか、という大きな夢を描く力を持つことがIT部門に求められるようになる。

つまり、ビジネス要件を理解し開発もできる、ビジネスとテクノロジーの双方のロジックを高度に理解できる人材(デロイト トーマツでは、このような人材を“Purple People〔=「ビジネス:Red」×「テクノロジー:Blue」〕”と呼ぶ)がより求められるようになるのだ。長期の視点でITアーキテクチャの未来像を描きつつ、足元ではAPIのライフスタイルを回し続ける。まさにズームアウト(長期)と、ズームイン(短期)の両極を往復しながら、ビジネス全体をデザインできる人材が必要になる。

長期の視点に立てば、企業や業界の壁がますます取り払われ、横へ横へと広がり、今まで接点のなかった組織やプレーヤーがつながり合っていく流れは止めようがない。そんな中、企業は従来の安全性と効率性を追求した閉鎖的なITシステムではなく、幅広いプレーヤーがオープンにつながり合うデジタルプラットフォームの構築を進めていく必要がある。そのためには、レガシーシステムのモダナイゼーションを前提としたITアーキテクチャの再構築は必要不可欠であり、そこで最も重要な鍵を握るのがAPIマネジメントなのである。

※当記事は2020年11月24日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

RELATED TOPICS

TOP

RELATED POST