今こそ、経営を根本から
変える真のデジタル変革を
(前編)

PROFESSIONAL

デジタル化がかつてないほど進展し、「両極化」が進む世界では、あらゆる企業が経営モデルの変革を迫られている。しかし日本企業の「デジタルトランスフォーメーション」は、既存事業をそのままリアルからデジタルに置き換えるといった部分的な「デジタル活用」にとどまっているケース(=“D”X)がまだ多い。今、経営モデルを根本的に変革する“d”Xを実現させるためには、どのようなアプローチが必要なのか。本シリーズ最終回では、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社の森亮氏に、日本企業がdXを実現させるための具体的な方策を聞いた。

日本企業に不足する「デジタルの実装力」
── 本シリーズでは、第1回で「両極化」をもたらした社会背景と日本企業の現状を松江英夫氏に、第2回では日本企業が経営変革に際して必要な3つの構えを藤井剛氏に聞きました。締めくくりとなる今回は、前回までの内容を踏まえつつ、デジタルを駆使して新しい経営モデルを実現するための具体的な方法論をお聞きしたいと思います。まず議論の前提として、デジタルトランスフォーメーション(dX)において、日本企業に今最も不足している要素は何でしょうか。
端的に言うと、経営者の「テクノロジーに対する理解」が不足しています。そして、その理解不足と表裏一体を成すものとして「実装力とスピード」の不足があると考えています。松江・藤井の論点にもあったように、社外を含めてエコシステムを形成し、いかにこれまで手にできなかった情報を手にして価値に変えられるか、ひいては優れたエクスペリエンスとして届けられるかという点が両極化の時代においては競争軸になっていきます。経営者は、その実現・実装や加速に対していかにデジタル・テクノロジーが寄与するかを正しく理解しないといけません。
── エコシステムの形成による競争優位はどのように築くべきでしょうか。
今、デジタルビジネスの世界では、自社のサービスやデータを積極的に公開し、組織や業界の壁を越えて相互利用することで外部のプレーヤーと縦横無尽につながる動きが加速しています。いわゆる「API(Application Programming Interface)エコノミー」です。
このような状況下において、多くの経営者が認識しがちな「デジタル化ありきの変革(=“D”X)」としてのデジタルトランスフォーメーションだけでは十分ではありません。デジタルは目的ではなく手段にすぎないことを強く認識し、「デジタル」より「トランスフォーメーション」に軸足を置いた「“d”X = Business Transformation with Digital」に取り組まなければならないのです。目指すべきは、デジタルの力を生かして不確かな未来に耐え得るビジネスの道筋を描くこと。デロイト トーマツではこれを「Future-proof a Business(どんな未来にも耐え得る変革)」と呼んでいます。
不確かな未来への変革に不可欠なこと
── 松江氏および藤井氏との議論を踏まえると、Future-proofを実現するためにはパーパスの再定義が必要であると思います。
未来志向で変革に取り組んでいく姿勢は必要です。そして、不確実性が増大する両極化の時代においてFuture-proofを実現するためには、ビジネスレイヤーの議論やプランニングにばかり力点を置くのではなく、その実現をいかに導いていくか、そのための実装力と変革のスピードをいかに獲得し、持続的に強化していくかに力を注いでいくべき局面に来ていると考えられます。
であれば、本来は経営者自身が自社のデジタル資産の価値を正しく理解し、経営に与える影響を適切に評価した上で指揮を執らなくてはいけません。つまり経営者には、テクノロジーがイネーブラーとしての効能を可能にすることなどの一定以上の理解が必要不可欠なのです。しかし、残念ながら多くの経営者の理解はそこに至っていません。
── それはなぜでしょう。
日本企業の構造的な問題として、ITを中心としたテクノロジー周りのシステム構築を当たり前のように外注してきたことがあります。アーキテクチャの提案からシステム構築、そして導入後の運用まで全てをアウトソースしてしまえば、社内にノウハウが蓄積されないのは当然です。テクノロジーを適切に評価する眼力も養われませんから、次から次へと登場する新たなテクノロジー群を機敏に活用できず、結局はベンダーの提案を受け入れるだけの受け身の姿勢になってしまう。しかし、経営層にも現場にも実装力が不足したままでは、ここから先に進めません。特に海外の先進企業群を中心に、デジタル化で先行する企業やテクノロジー活用に優れた企業では、必要なリソース(デジタル人材やテクノロジー洞察のできるアーキテクト)を内部に抱える動きがより進んでいる状況があります。海外の先進企業群は実装力を内包しなければ先に進めないことを理解しているのです。
── 経営層にも現場にもテクノロジー人材が不足しているのですね。
はい。しかし、デジタルの素養を持つ人材が現場に全くいないかと問われれば、答えは「No」です。自ら情熱を持ってテクノロジーについて学び、今自社に何が必要か、何が課題かを理解している人は社内の現場にも存在しているのです。ただし、経営層がテクノロジーに理解がなければ、そうしたテクノロジー人材を見いだすことも、本来の力を生かすこともできません。
大切なのは、この事実に正面から向き合い、今すぐ足りないピースを埋めるアクションを起こすことです。必ずしも大規模な投資が必要なわけではありません。組織や産業の枠を超えて必要な情報を収集し、クラウドや、他社が公開しているAPIやアルゴリズムを徹底的に活用できるように、組織を方向転換すればいいのです。
APIエコノミーを生き抜くデータと技術の「使いこなされ力」

── 実装力を付けるために、まず取り組むべきことは何でしょうか。
ビジネスやサービスをスケールさせるためには、あらゆるものをインテグレーションし、オートメーションして情報流通を促す基盤が必要です。まずは、社内外の多様なテクノロジーをつなぎ込むための関連技術を集積したデジタルプラットフォームをクラウド上に構築することを急ぐべきだと思います。自社が保有するあらゆるデジタル資産を外部にやすやすと流通できる形にトランスフォームし、他社に広く活用してもらえるような活動があらゆる産業で進んでいけば、「APIエコノミー」のような新しい経済圏のもので、更なるデジタルビジネスの創出や新しい価値創造が進んでくものと期待されます。
この際、スタートアップや新しい技術などをいかに目利きして自社につないでいくかという「使いこなし力」だけでなく、自社のデータや技術を能力のある外部のプレイヤーにいかに使ってもらうかという「使いこなされ力」を同時に磨くことも重要です。新しい経済圏において、自社のデジタル資産を如何に使ってもらえるか・価値貢献できるかが、デジタル化が拡大する両極化の時代に問われる存在意義である、というわけです。
── このたび出版された『両極化時代のデジタル経営』では、デジタルを駆使することで、これまでのような「選択と集中」ではない、ビジネスの射程を見定める意思決定の新しいモデルについて描かれています。
経営リソースは有限ですから、それを適切に配分するためにも「選択と集中」は欠かせません。しかし、デジタルの進展が、より細かく短いサイクルで機動的に「選択と集中」を繰り返すことを可能にしました。だからこそ、スモールスタートでどんどん試しながら「選択と集中」を推進していくことが重要となるでしょう。これは、松江・藤井が語っていたズームイン(短期)の視点にも合致すると考えています。
一方で、松江・藤井はズームアウト(長期)の視点も必要であり、長期と短期、双方の時間軸とそのつながりを意識する必要があると語っていました。マクロな選択においても、大きな社会課題と結びついた目標を立て、デジタルというドライバーを効かせれば、小さく始めたことが一気にスケールする可能性が高まっています。デジタルはむしろ、ビジネスにおける選択と集中の重要性と威力を増大させたといえるのではないでしょうか。
(後編につづく)
今こそ、経営を根本から変える真のデジタル変革を(後編)
※当記事は2020年12月9日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。
- RELATED TOPICS