「つながりのマネジメント」
を軸にしたデジタル経営変革
で、両極化の時代を味方に
つける(前編)

米中貿易戦争の勃発、デジタルエコノミーの進展、地球環境問題の深刻化といった世界的規模の変化は、コロナショック以前から日本企業を揺さぶってきた。そして今、不確実性はかつてないほどに高まっている。先が見通せない時代に、企業は経営モデルをどのように変革すべきか──。デロイト トーマツ グループの多彩なビジネスプロフェッショナルが専門知を結集して今年8月に発行された『両極化時代のデジタル経営―ポストコロナを生き抜くビジネスの未来図』は、こうした変化の本質を「両極化」という切り口で読み解き、ポストコロナの世界を見据えた経営改革の見取り図を示したものだ。全体監修を務め、著者の一人でもある松江英夫氏に、両極化の背景と、それにどう向き合うべきかを聞いた。

松江 英夫 / デロイト トーマツ グループ CSO(戦略担当執行役)

両極へ、振れ幅が広がってゆく世界

──『両極化時代のデジタル経営』では、「グローバルとローカル」「リアルとバーチャル」「ヒトとAI」「経済価値と社会価値」など、一見相反している事象や価値観が衝突しながらも、互いにその勢いを増幅させる「両極化」が、社会のあらゆる領域で進む様子が多面的に語られています。そもそもこの両極化は、どのような社会背景からもたらされたのでしょうか。

大きな潮流として挙げられるのが「グローバル化」「デジタル化」「ソーシャル化」の3つです。

まずグローバル化ですが、第2次世界大戦以降、ヒト、モノ、カネ、情報など、さまざまな資源が自由化され、国境を越えてどんどん広がりました。そして、デジタルテクノロジーがさらにそのスピードを上げ、グローバル化が目覚ましく進みました。その結果、さまざまな面で不均衡があらわになり、今度は揺り戻しが見られるようになりました。米国が「アメリカ・ファースト」を叫び、欧州各国でポピュリズム旋風が吹き荒れ、英国はEUを離脱し、米中貿易戦争は深刻化していく。これらは全て、グローバル化の反動としての「反グローバル化」の流れの中で起きています。グローバルとローカルという両極の対立が先鋭化しているのです。

デジタル化の進展は、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)のようなグローバルプラットフォーマーを生みました。彼らはデータを世界規模で集約し、圧倒的な支配力で市場に君臨しています。しかし今、その対極として「GAFA分割論」や「プライバシーの保護」といった動きも出てきています。メガプラットフォーマーによるデータ支配をけん制し、分散化しようという対極的な動きが目立ってきたのです。

また、近年ではソーシャル化が進み、地球温暖化の進行や格差の拡大といった地球規模の社会課題に注目が集まっています。国連が2015年に採択した「SDGs(持続可能な開発目標)」は世界に浸透し、資本市場における「ESG(環境、社会、ガバナンス)投資」の機運も世界的に高まりました。これらは経済至上主義に対するある種の反動ともいえ、自由競争の下で利潤を追求してきたはずの企業においても、事業を通じて社会価値を創出し、社会課題解決に貢献することがより強く意識されるようになっています。経済価値と社会価値という両極の両立に向き合わざるを得なくなっているのです。

── こうした「両極化」の動きに、今回のコロナショックはどのような影響を与えるでしょうか。

先ほど挙げた3つの潮流の全てで、両極化はさらに加速すると考えています。現在はまだパンデミックの終息は見通せない状態ですし、ポストコロナの世界がどうなるか、全貌は描けません。しかし、すでに多くの識者が指摘している通り、これまでとはまったく異なる社会的規範や価値観が台頭してくることは間違いないでしょう。

特にコロナショックの影響を強く受けるのがグローバル化です。実際に多くの世界の都市がロックダウンを実施し、人やモノの移動が大きく制限されたことで世界にまたがるサプライチェーンが分断されました。この混乱で可視化されたのは、これまで「グローバルサプライチェーン」と呼んでいたものが、実は特定の国に過度に依存するものだったという事実です。そして今、このゆがみを是正しようと、特定の国だけに集中しない供給網の多様化を目指すリスク分散の動きが出てきています。よりバランスの取れた真のグローバル化が進んでいるのです。

デジタル化も加速しました。世界的にステイホームが広がったことで、消費者はあらゆる商品やサービスをオンラインで購入・利用するようになりましたし、働き方においてもリモートワークやリモート会議が当たり前になりました。これまで対面でなくてはならないと信じられてきた多くのことが非対面でも十分に実現できることを、世界規模で多くの人が体験したのです。そして、それでも残る「リアル」には、バーチャルとは対極の先鋭的な意味付けがされるようになるでしょう。

企業経営におけるソーシャル化も進みました。企業はコロナショックへの対応を通じて、利潤の追求だけでなく、従業員の雇用の維持や健康・安全の確保という大きな責任に改めて向き合うことになり、それがひいては地球環境保全や医療・公衆衛生の改善に密接につながっていることを思い知らされたのです。結果、企業の社会貢献意欲はかつてないほど高まっています。

短期的な視点と長期的な視点をいかに組織に埋め込み、両立させるか

── こうした大きな変化に際して、企業はどう経営に取り組むべきでしょうか。

より長期的な視点と短期的な視点、2つの視点とその両立が求められると思います。日本企業においては、中期経営計画の3〜5年というタイムスパンを重視し、長期ビジョンが明確でない場合が少なくありません。しかし両極化の時代の企業経営では、足元の変化に機敏に対応する短期的な視点と、10〜20年先を見据える長期的な視点を併せ持たなくてはいけないのです。

── 短期と長期という2つの視点を持つためには、何が必要でしょうか。

不確実性が高まる両極化の時代において未来を語るのは難しいことですが、不確実が増大するからこそ、社会における自社の存在意義(パーパス)を明確にし、それに基づいたビジネスのグランドデザインを明示することが重要です。というのも、長期的な視点で持続可能なビジネスの未来像を描き、それをステークホルダーと共有することができれば、企業評価が向上するからです。これは企業活動のよりどころになるものですから、もし経営トップが代わっても継承されなくてはなりません。そのためには価値観を同じくする次代のリーダー層の育成も持続的経営の大きなテーマになります。また、組織全体のPDCAサイクルをパーパス実現のための長期的な時間軸を中心としたものに変えていく必要があります。

── リーダーの役割が問われます。

私は、両極化の時代の企業経営には2種類のリーダーが必要と考えています。現場を回すリーダーと、事業ポートフォリオ全体を最適化するリーダーです。現場を回すリーダーにおいては意思決定のサイクルを短期的に素早く回していくために、現場に権限移譲をして、機動的に対応していくことが求められます。一方、事業ポートフォリオ全体を最適化するリーダーにおいては、社会課題や企業全体の方向性を踏まえて長期的な変革を断行することが求められます。リーダーシップにおいても短期と長期、まさに両極的な役割が求められ、この2つを組織としてつないでいかなければなりません。そのためには、短期と長期2つの機能を混同することなく、この両者をパーパスでつないでいくことが重要でしょう。

両極化の時代においては、組織を率いる立場の役割も両極を成し、中間管理職の機能は徐々に失われていきます。そして、ボトムアップでもなく、トップダウンでもない、両者のバランスを取りながら全体を最適化していく仕組みを構築する必要があります。

「つながり」の創出が多様な価値を生む

── 持続的な企業経営のために、両極をどうつなぐかがポイントになりますね。

はい。両極化の時代における最も重要なキーワードは「つながり」です。両極的なものを分断させず、うまくつなぎ合わせて組織の中で両立させていく。「つながりをいかに構築するか」が両極化の時代における経営変革の核心なのです。新しい価値は、今までバラバラに存在していたものをつなぐことから生まれます。多様化するステークホルダーからの期待に応えるためには、組織がいかに多面的、多層的なつながりを持っているかが問われるのです。
そして、こうした変革には「デジタル」の活用が不可欠です。デジタルの本質も、まさに「データを介して異質なものをつなぐ」ことにあるからです。部分最適のためにテクノロジーを導入するだけでは新たなつながりは生まれませんし、既存のビジネスが多少効率化されたところで経営全体に大きなインパクトを与えることはできません。デジタルトランスフォーメーションに取り組む際には、全体最適の意図を持つことが非常に重要です。

 通常、デジタルトランスフォーメーションは「DX」と表記されますが、デロイト トーマツでは意図的にデジタルのdを小文字で表記し「dX」としています。dXの目的はあくまで「経営の変革」であり「デジタルへの変革」ではない、という意味を込め「dX = Business Transformation with Digital」としているのです。デジタルは目的ではなく手段にすぎません。どんなに先進的なテクノロジーを使おうと、それによって新たなつながりが生まれ、組織がトランスフォーメーションできなければ意味がない。これはぜひ強調しておきたい部分です。

(後編につづく)
「つながる力」を生かした経営革新で両極化の時代を生き残る(後編)

※当記事は2020年8月5日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

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