「つながりのマネジメント」
を軸にしたデジタル経営変革
で、両極化の時代を味方に
つける(後編)

相反するかに見える対極的な事象や価値観がクローズアップされ、共に重要な意味を持つ「両極化の時代」においては、それらをいかにつなげ、組織の中で共存させていくかが重要なキーワードとなる。そのためにはデジタルテクノロジーの力を最大限に生かして、異質なものとの重層的な「つながり」を構築していく作業が欠かせないが、残念ながら日本企業の対応は、世界に大きく立ち遅れているのが現状だ。デロイト トーマツが実施した『第四次産業革命における世界の経営者の意識調査(2020年版)』の結果も踏まえ、日本企業がポストコロナの世界で生き残っていくための経営変革の方向性と、実はポストコロナの世界こそ日本社会や日本企業が有している強みが生かせるということの真意を、松江英夫氏に聞いた。(前編はこちら)

松江 英夫 / デロイト トーマツ グループ CSO(戦略担当執行役)

世界と乖離した日本の経営者の意識

── 前編では、あらゆる領域で「両極化」が進むこれからの時代には、デジタル・テクノロジーを活用して新たなつながりを構築していくことが重要というお話を伺いました。実際に日本企業の経営の現場ではそうした時代への認識とdXの取り組み意欲は高まっているのでしょうか。

まだまだ、というのが率直なところです。というよりも、世界の意識から大きく取り残されているといった方が正確です。デロイト トーマツでは今年1月、ダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)に合わせて、調査報告『第四次産業革命における世界の経営者の意識調査(2020年版)』を発表しました。日本を含む世界19カ国の大手企業経営者を対象にしたアンケート調査なのですが、日本の経営者の回答をグローバルと比較すると、その大きな差に驚くばかりです。

例えば、デジタル・テクノロジーの活用が大前提となる第四次産業革命に対して「全組織的な戦略策定が既にある」、あるいは「着手している」と答えた経営者はグローバルでは30%超に上るのに、なんと日本企業ではゼロでした。何かしら取り組んでいるという企業でも、せいぜい「特定分野・目的ごとの戦略がある」という段階にすぎません。

また、第四次産業革命に「ポジティブな社会影響力増大」を期待していると回答した経営者はグローバルでは55%と過半数に達していますが、日本では36%と明らかに低い。このギャップから、デジタル・テクノロジー戦略を駆使すれば、経済価値と社会価値という両極なるものを同時に高められると前向きに捉える意識が、日本の経営者にはまだまだ浸透していないことが分かります。

── こうした日本企業の意識の低さは、グローバルプラットフォーマーのようなデジタル先進企業とどのような違いを生んでいるのでしょうか。

これまでの経済活動では、モノやカネをいくら持っているかが価値の源泉でしたが、これからは、データで多面的、重層的につながることこそが価値の源泉になります。いうなれば「データ資本主義」の台頭です。このデータ資本主義において、驚異的なスピードで急成長を果たす「ユニコーン」と呼ばれる多くの新興IT企業が生まれたのも、デジタル・テクノロジーが持つ「つながり」の力があったからこそです。

つまりデジタル先進企業は、質の高いデータを持てば持つほど、市場での存在感と影響力が大きくなることを理解し、データをどう経済価値化するかという課題に取り組む上で、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を徹底活用し、既存の成熟した技術やインフラとつながり、使いこなすことで機動力のある経営を実現させているのです。

情報の流れをつかみ、良質のデータを獲得して価値に変えていくためにも、日本企業もAPIに基づく「つながりのマネジメント」を駆使して、経営の機動力を上げる必要があります。

──「デジタルトランスフォーメーション」という言葉は日本でも頻繁に耳にしますが。

その実態は、2025年問題を回避するためのシステム更新や、一部の業務にRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入してコストを削減するといった部分最適の施策がほとんどで、変革よりもリスク回避が主眼になっています。本調査の結果から浮かび上がってくるのも、本質的な変革の必要性から目を背け、短期的な効率化やコスト削減、部分最適施策に躍起になっている日本企業の姿です。まさに、前編でお伝えした″D″Xにとどまっている状況なのです。

だからこそ、今後はデジタルを導入することを主目的(=大文字「D」)とした変革(DX)ではなく、デジタルをあくまでも手段(=小文字「d」)として徹底的に活用したビジネス自体の変革、異なるものや相反するものを多面的・重層的につなぎ合わせることで、ビジネスモデルやデータを意思決定に生かした経営の在り方自体を根本的に変革していく「dX = Business Transformation with Digital」が必要です。

両極化の時代こそ日本社会や日本企業の強みが生かせる時代

── 書籍の中では、「日本の強みの再定義」を強調されていらっしゃいますね。

そうです。前述の調査結果を見ても日本企業の状況は厳しい部分はありますが、私は逆にそれを好機と捉える見方をすべきだと思うのです。ポストコロナに加速化する両極化の時代こそ、日本の強みが生かせると考えています。
では日本の強みとは何なのか。一言で言えば「最適化する力」だと思います。

私は昨年、経済同友会で、2045年に向けて掲げる変革のビジョン『ジャパン2.0』の策定にメンバーとして関わりました。ここでは、「日本の強みとは何か」についてさまざまな日本の経営者と議論し、結果的に導き出されたのが「最適化する力」というキーワードです。
日本の経済社会の変革の歴史を振り返れば、外部から異質なものを受け入れ、それを自分の中に取り込み、当初とは異なる新たな形に変遷させながらも落としどころを見つける、という最適化するプロセスを繰り返しながら発展してきています。

代表的な例でいえば、日本の製造現場で行われている手法で、元来異なる考え方を柔軟に吸収して1つにまとめ上げる「擦り合わせ」などは象徴的です。それ以外にも「世界一品質に厳しい」日本の消費者の存在も特筆すべきだと思います。
日本では作り手(生産者)と使い手(消費者)という立場の違う双方が一体となって、「廉価で高品質」や「和洋テイストの融合」など複雑で相対立する概念を融合させ新たな価値「ジャパンクオリティー(日本品質)」を生み出してきたのです。このように、一見相反する「両極なるもの」から多面的・重層的なつながりを構築することは日本の伝統的な強みです。

私は、これらの背景には文化的素地も深く影響していると考えています。例えば、古くは浄土真宗僧侶・清沢満之の「二項同体」という概念もその一つです。二者択一、どちらかを切り捨てるという二項対立の概念ではなく、2つながらの関係に注目し俯瞰的に一体化するものの考え方で、変遷を遂げつつも現在の日本社会や組織に一定の影響を与えています。このような長年蓄積された日本の文化的要素も、両極化の時代においては強みになり得ると考えているのです。

── 日本企業がこの強みを生かして両極化の時代を乗り越えるための処方箋はありますか。

まず取り組むべきは、両極にあるものを多面的につなぎ合わせ、一体化していこうとする経営モデルへの転換です。経済価値と社会価値、リアルとバーチャル、グローバルとローカル……。こうした両極の価値を経済価値に変える戦略的発想を組織全体に行き渡らせなければなりません。

そのためにデジタル・テクノロジーの活用は欠かせません。なぜならば、デジタル・テクノロジーの本質に「データを介して異なる何かをつなぐこと」があるためです。先に述べた日本の強みも、現在のままではこの先の時代は生き残れません。遅れがちな日本企業のデジタル化、データを可視化し、利害を超えてオープンかつグローバルにつながる世界をつくるdXの取り組みを加速することによって、日本社会や組織の持つ潜在力が初めて生きてくると思います。

コロナショックで両極がより拡大している今こそ、自社の強みを再定義し、自分たちのありようを最適化し、リフレッシュする。日本企業の真の意味でのトランスフォーメーションはそこから始まるのではないでしょうか。

── ポストコロナの日本企業に何を期待しますか。

今の日本は「課題先進国」といわれています。日本が「課題先進国」だからこそできる課題解決に向けた取り組みの行方は、今後も世界から注目を集めるでしょう。先ほどお話しした「日本企業にとって好機と捉えるべき」との趣旨はここにあります。日本企業が「世界の進むべき道筋に『課題解決先進国』として光を照らしリードする」というビジョンを掲げ、その実現への思いを新たにすることは、世界的に見ても意義深いと考えています。

これからの日本企業は、そうした社会的大義(パーパス)を念頭に、両極が拡大する中におけるビジネスの未来図を描き、自己変革を加速させ、世界最先端の課題を抱える世界の中心的解決者になってほしいと願っています。

── ″D″Xから″d″Xへ、世界や日本社会の未来に向けて一言お願いします。

デジタル化は、人間の領域を奪い取る脅威も併せ持っています。だからこそ、データを誰のためにどのように使うのか、という人間の強い意志が求められます。これから目指すべきデジタル化はあくまで「人間中心」であるべきです。

両極化の時代の本質は、中途半端なものがそぎ落とされる中で、本来的に人間が必要とするものや将来に向けて人間が強く希求するものが顕在化することにあります。この本質を捉えなければならないのです。
それ故に、これからの両極化の時代においては、本来の「人間にとって幸せな社会とは何か」という根源的なテーマへの探求と、その価値観を具現化する未来図を描かなければなりません。

日本社会・日本企業は、歴史と伝統を重ねて磨き上げてきた「人間」としての力や営みの集積としての強みを有しています。ポストコロナの世界において、日本企業こそが、社会的な大義の下に率先してdXを推進していくことが、日本が世界で輝き続け、未来に向けた道筋を自ら切り開くことにつながるのではないでしょうか。その強い意思と覚悟をわれわれが持つことによって、両極化の時代が多くの日本企業にとって、新たな飛躍と繁栄の時代になっていくと確信しています。

(前編はこちら)
「つながりのマネジメント」を軸にしたデジタル経営変革で、両極化の時代を味方につける(前編)

※当記事は2020年8月18日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー.netにて掲載された記事を、株式会社ダイヤモンド社の許諾を得て転載しております。

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