水素革命がビジネスを変えるーデロイト トーマツが描く「すり合わせ産業としての勝ち筋」
「水素は儲かるのか?」脱炭素の鍵として注目を集める水素だが、事業としての競争力をどう確立するかは依然として不透明だ。世界各国が巨額の投資を行う中、日本はどのポジションを取るべきなのか。政府の政策支援、インフラ整備、技術開発の三位一体で進めるべき戦略とは? ここでは「すり合わせ産業としての水素」に焦点を当て、デロイト トーマツが描く勝ち筋を解説する。水素事業に関わる企業や政策立案者にとって、次の一手を考えるヒントとなるはずだ。

PROFESSIONAL
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秋本 佳希 デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 Green Transformation & Operation シニアマネジャー
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藤田 大地 デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 関西リスクアドバイザリー シニアマネジャー
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中嶋 紗希 デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 関西リスクアドバイザリー コンサルタント
目次
なぜ今、水素が求められているのか?
カーボンニュートラルの実現に向け、世界各国がエネルギー転換を進める中、二酸化炭素(CO₂)削減の新たな選択肢として「水素」が注目を集めている。水素は燃焼時にCO₂を排出しないという特性があり、脱炭素社会を目指す上で特に産業界での導入が加速している。
「高温を必要とする産業や、鉄鋼・化学製品の製造プロセスでは、電気等の他のエネルギーでは代替が難しい領域があるため、水素はカーボンニュートラル実現に向けては必要不可欠なエネルギーです」デロイト トーマツ リスクアドバイザリーの秋本佳希(以下、秋本)はこう指摘する。

これまで水素は「燃料電池車」や「工場の補助燃料」として紹介されることが多かったが、実際にはエネルギー貯蔵の分野でも極めて重要な役割を果たす。風力発電や太陽光発電は天候に左右されやすいが、水素は余剰電力を使って製造・貯蔵し、必要な時に利用できるため、エネルギー供給の安定化にも貢献する。
さらにエネルギー安全保障の観点でも水素の重要性は増している。地政学リスクにより天然ガスの供給が不安定になったことで、欧州では水素エネルギーへのシフトを急速に進めている。
現在、世界では10カ国以上が水素戦略を策定し、米国や欧州、中国といった主要国でも技術開発や政策支援が加速している。日本でも2024年に「水素社会推進法」が成立し、水素の普及と産業基盤の整備が本格化しつつある。
世界が注目する水素、日本の強みとは?
現在、世界各国が水素エネルギーの導入に向けて大きく動き出している。では、なぜ水素がこれほど注目されるのか。その背景には、以下の三つの理由がある。
① カーボンニュートラルの必然性
「2050年までのカーボンニュートラル達成を掲げる国が増える中で、既存の化石燃料だけでは脱炭素化が困難です。特に製造業や重工業では、電力だけでは解決できないプロセスも多く、水素が不可欠になります」
そう話すのはデロイト トーマツ リスクアドバイザリーの藤田大地(以下、藤田)だ。

たとえば鉄鋼業界では、高温で鉄鉱石を還元する工程に大量のエネルギーが必要とされる。従来は石炭やコークスが使用されてきたが、これらは大量のCO₂を排出する。一方で、水素を用いた直接還元法ではCO₂を大幅に削減できる革新的な方法で理論上はCO₂排出を100%削減できる可能性があり、脱炭素化実現に寄与できるため、世界中の鉄鋼メーカーがこの技術の導入を模索している。
また、化学産業でも、アンモニアなどの製造には大量の水素が必要とされる。従来の水素は化石燃料由来であったが、再生可能エネルギーを活用したグリーン水素に置き換えることで、環境負荷を大幅に削減できる。
② エネルギー安全保障の観点
中嶋は「エネルギーの地政学リスクを考えたとき、化石燃料を海外に依存しない水素の国内生産が鍵となります。特に日本のようにエネルギー輸入依存度が高い国では、水素の活用が重要になります」と話す。
日本政府はオーストラリアや中東などからの水素輸入を進めつつも、国内での水素製造技術の確立にも力を入れている。特に、北海道や東北地域では、再生可能エネルギーを活用した水素生産拠点の整備も進められている。
③ 産業競争力の強化
「水素に対応することで、日本の産業競争力の維持・強化にもつながります。例えば、自動車産業では燃料電池車(FCV)の普及に向けた取り組みが拡大しつつあり、電力や化学産業でも水素の活用が広がっています」
日本の産業競争力の強みとして「すり合わせ技術※」が挙げられる。水電解装置を例にとると、電解質膜、触媒、電極、セパレータ等の部品があるが、性能を発揮できるように部品間でのすり合わせが必要と言われています。また、水素は『つくる』、『はこぶ・ためる』、『つかう』といったサプライチェーンを構築する必要があるが、各工程においてさまざまな技術、選択肢があるため、効率的なサプライチェーン構築のためにはプレイヤー間での連携・すり合わせが必要です。こうしたすり合わせ技術こそ、日本が世界の水素市場で競争力を発揮できるポイントなのだ。
※製品を構成する部品や材料を、技術とビジネスの両輪で相互に微妙な調整をしながら組み合わせることで高品質な製品をつくりあげる手法と定義する。詳しくは「いま日本が水素技術に取り組む意義(水素Japan戦略 vol.1)」を参照。
秋本の話を受けて、藤田は「日本の産業は、垂直統合型のトレンドもありました。今後は企業同士が連携しながら技術を磨いていくことが必要で、水素産業でも、メーカー、エネルギー会社、自治体、大学などが連携しながら成長していくことが重要です」と続ける。
日本がこの強みを生かし、グローバルな水素市場でリーダーシップを発揮するには、技術開発だけでなく、政策面での支援や国際的な協力も不可欠だ。水素の大量導入に向けた具体的なロードマップ策定が求められている。
「そのためのコンパスとなりうるのが、私たちが公開をしている2050年カーボンニュートラル実現に向けた技術リストではないかと考えています。2025年2月の現時点にて第6弾を公開しているのですが、今回から掲載技術数を70件まで拡充するとともに、ARL(市場受容性の成熟度)を用いることで、市場への実装を見据えた多軸な評価を試みています。さらにTRL(技術成熟度)と合わせて技術をマッピングすることで、技術・受容性それぞれの成熟度によって普及に向けた課題や対策が異なる点を分析しています」と話すのは秋本だ。これはデロイト トーマツ グループの横断組織である科学技術イニシアチブDeloitte Tohmatsu Science and Technologyがとりまとめている。
水素普及を加速させる制度の課題と可能性
水素の普及には、技術開発だけでなく、政府の支援や国際的な制度設計が不可欠だ。特に、欧州は政策面で大きく先行している。
デロイト トーマツ リスクアドバイザリーの中嶋紗希は、「ドイツでは、水素の価格差を政府が補助する『H2グローバル』という制度が整備されています。また、イギリスではグリーン水素の普及を後押しする『CfD制度(値差支援制度)』が導入されており、これらの仕組みが市場形成を支えています」と話す。

H2グローバルとは、グリーン水素(再生可能エネルギーを使って製造された水素)と化石燃料由来の水素との価格差を埋めるために、ドイツ政府が企業に対して補助金を提供する制度である。企業が水素を積極的に活用できるよう、政府が長期契約を結ぶことで市場の安定を図っている。この仕組みは、グリーン水素の市場形成を大きく後押しし、価格競争力を向上させる狙いがある。
「制度設計が重要なのは、水素の導入にはまだコストがかかるためです。企業が投資しやすい環境を整えなければなりません。日本でも、こうした欧州の仕組みを参考にしつつ、国内市場に合わせた支援制度を構築する必要があります」と藤田は話す。
日本国内でも水素関連の補助金や制度設計の支援の動きは活発化しており、企業が参入しやすい環境は整いつつある。また、地域ごとの水素サプライチェーン構築を目指す自治体らは企業と共に水素利活用の実証事業も行っている。
「特に日本では、自治体が主体となって水素の活用を推進しているケースが増えています。地方のエネルギー供給を水素でまかなう動きや、企業と連携した実証実験が各地で行われていることも見逃せません」
たとえば、山梨県では、再生可能エネルギー由来の電力を活用して水素を製造し、地産地消する取り組みが進められている。また、秋田県では、洋上風力発電と組み合わせた水素生産プロジェクトが検討されている。こうした動きが全国に広がることで、水素の社会実装が加速することが期待されている。
一方で、課題も多い。水素の生産コストが高いことに加え、輸送インフラが十分に整備されていないため、大規模な商業利用にはハードルがある。水素のコスト削減には、技術開発の加速や、スケールメリットを生かした生産拡大が必要となる。
「水素が広く普及するためには、技術革新と制度設計が両輪となって進むことが欠かせません。デロイト トーマツでは、海外メンバーファームの専門家との連携を通じたグローバルな知見を生かし、日本の制度設計でも支援を行っています」と中嶋は話す。
政府と民間企業が連携し、適切なインセンティブを設計できれば、日本でも水素の利用拡大が現実のものとなるだろう。
大阪・関西万博で見える水素の未来
2025年に開催される大阪・関西万博では、「未来社会の実験場」というコンセプトのもと、さまざまな最先端技術の実証が行われる。その中でも、水素は重要なテーマの一つとなっている。
「万博は、単なる展示会ではなく、水素の可能性を多くの人に知ってもらう場でもあります。日本の技術を世界にアピールできる重要なチャンスです」と話すのは藤田だ。
万博会場では、水素を活用したモビリティの導入が計画されている。たとえば、万博会場へのアクセスの一つとして水素で動く次世代船が導入予定だ。また、大手企業が複数社で水素サプライチェーンを万博会場内で実証されることになっている。
「水素社会を現実のものとするには、多くの人にその可能性を理解してもらうことが大切です。万博をきっかけに、企業だけでなく自治体や消費者にも水素の魅力を知ってもらいたいですね」と藤田は続ける。藤田は自身のモチベーションの源泉は地域活性であり、水素を通じてエネルギー面から地域を活性化していくことを目指しているという。
さらに、関西エリアでは、万博後に水素インフラの継続利用も視野に入れたプロジェクトが進んでいる。たとえば、関西圏の港湾にて水素発電施設の導入が検討されており、水素を活用したエネルギー供給モデルの確立を目指している。
「水素が日本経済の成長のカギになると確信しています。日本の産官学が連携して取り組んでいる技術開発や制度設計を通じて、日本が世界でリーダーシップを発揮する未来を描いていきたい」
万博を契機に、日本の水素技術が世界に発信され、それを基盤にした新たなビジネスチャンスが生まれることが期待されている。デロイト トーマツも、企業や自治体と連携し、水素社会の実現に向けた支援を続ける。
「水素は、単なるエネルギー転換の手段ではなく、日本の産業競争力を高める大きなチャンスです。われわれは、その実現に向けて伴走していきます」
水素にかけるそれぞれの思いは、単なるビジネスの枠を超え、日本の未来を支えるエネルギーとしての可能性を信じている。そのための制度設計、技術革新、そして社会実装。すべてのピースがそろった時、日本は水素を軸とした新たな産業構造を築けるはずだ。

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