3本柱でDXを進める富士フイルムグループ
「モノからモノ+コト、
サステナビリティへ」
新しいビジネスで
勝ち抜くための道筋
PROFESSIONAL
- 中村 智行 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 ディレクター
製品・サービス、業務、人材の3本柱と土台となるインフラでDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、イノベーティブな顧客体験の創出と社会課題解決への貢献を目指す富士フイルムグループ。全社一体となった取り組みの全容と、その過程で得た“気づき”や“学び”について、富士フイルムホールディングス執行役員CDOの杉本征剛氏、メディカルシステム事業部のDX戦略を統括する鍋田敏之氏に、同グループのDX推進を支援するデロイト トーマツ コンサルティングの中村智行氏が聞いた。
「DXビジョン」の策定とともにボトムアップとトップダウンを融合した変革が始動
中村 本日は、私たちデロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)もご支援させていただいている、富士フイルムグループのDXの取り組みについてうかがいたいと思います。
そもそもDXの本来の目的の一つは、デジタル技術を活用して新たなビジネスモデルを創出することですが、多くの日本企業の取り組みは、既存の業務をデジタル技術によって効率化するデジタイゼーションの域を出ていないと言われています。
様々な原因が考えられますが、DXを単なるBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)の延長線上で捉え、部門ごとの限定的なプロセス改善活動にとどまっていることが大きな原因の一つではないかと思います。また、明確なビジョンがないことや、経営トップが活動をきちんとドライブしていないことが、全社一体となったDXが進まない大きな理由ではないでしょうか。
その点、富士フイルムグループは、グループ全体としての明確な「DXビジョン」を描き、経営トップがイニシアチブを発揮して活動を推進していらっしゃいますよね。
杉本 はい。当社は2014年からDXに取り組んでいますが、当初はボトムアップによる変革が主体でした。その後、17年にCDO(最高デジタル責任者)が全社横断的なDXを統括するようになり、21年7月には、「DXビジョン」の発表とともに、代表取締役社長CEO(最高経営責任者)をプログラムディレクターとして全社DXを推進する体制を確立しました。
ボトムアップとトップダウンを融合させて、部門ごとの取り組みに偏らない、全体最適化されたDXの推進を目指しています。
中村 DTCが支援に参加させていただいたのは、すでに「DXビジョン」が策定された後ですが、その内容には富士フイルムグループらしさを非常に強く感じました。
改めて、「DXビジョン」の内容と、それをどのように具現化しようとしているのかについて、お聞かせいただけますか。
杉本 当社が掲げている「DXビジョン」は、「わたしたちは、デジタルを活用することで、一人一人が飛躍的に生産性を高め、そこから生み出される優れた製品・サービスを通じて、イノベーティブなお客さま体験の創出と社会課題の解決に貢献し続けます」というものです。
社員の生産性が飛躍的に高まれば、お客様に新たな価値を提供し社会課題の解決に貢献する製品・サービスを創出する時間が増えます。そうした好循環を加速させるために、デジタルの技術を使って仕事のやり方を大きく変えていこうというのが基本的な考え方です。
このビジョンを具現化するため、製品・サービス、業務、人材の3本柱と土台となるインフラでDXを推進していくという方針を定めています。
さらに、部門ごとや業務ごとの個別最適化に陥らないように、富士フイルムグループ全体として共通のITインフラ整備を進めることにしました。
中村 グループ全体でビジョンを共有し、それを具現化する基盤の全体最適化を図った上で、部門ごとにDXを推進していく体制を整えたわけですね。
「モノ売り」から「モノ+コト売り」に転換
「唯一無二の医療バリューチェーン」を目指す
中村 現在、富士フイルムグループでは、グループ全体としての「DXビジョン」に沿って、各事業部門がそれぞれの課題抽出や変革方法の策定を行っています。DTCも支援させていただいておりますが、このプロセスについては、どのような難しさを感じているのでしょうか。
杉本 部門ごとの取り組みに落とし込むと、どうしても個別最適化を招いてしまう恐れがあります。そこで、方向性を見失わないようにするため、全社の「DXビジョン」を基に事業グループごとの「DXビジョン」を策定しました。
その上で、事業グループごとに、どのようなプロセスで変革を実現していくのかという戦略を描いています。例えば、メディカルシステム事業は、「DX曼荼羅(まんだら)」という絵を描き、新しい製品・サービスで「顧客の体験を変える」「モノ売りからモノ+コト売りへと転換する」「事業のビジネスモデルを変える」といったビジョン具体化に向けた切り口を組み合わせることによってDXを推進していく方向性を打ち出しています。
こうした取り組みは、他の事業グループにとっても大きな刺激となり、事業間で切磋琢磨しながら、お客様や社会により良い価値を提供しようとする好循環が生まれ始めています。
中村 とても興味深い取り組みですね。中でも「モノ売りからモノ+コト売りへ」というのは、今後の製造業が生き残っていく上で非常に重要なポイントだと思います。
デジタル化の進展によって、製品・サービスのライフサイクルはどんどん短くなっています。そうした状況においては、モノ自体よりも、その提供によってもたらされる顧客体験価値をいかに高めるかが大切です。顧客ニーズを継続的に吸い上げながら、製品・サービスを改善し続けることが、成長を促す大きな力となるからです。
杉本 おっしゃる通りです。富士フイルムの従来のビジネスは、高度な研究・開発力によって、写真用フィルムや印刷用のマテリアルなど、QCD(品質・価格・納期)の優れた製品を提供する「モノ売り」が中心でしたが、今後はお客様の利用価値を継続的に最適化する「モノ+コト売り」(=リカーリングビジネス)が重要になってくると認識しています。
その取り組みをいち早く始めている事業の一つが、メディカルシステムです。
中村 鍋田さんは、医療機器などを提供するメディカルシステム事業部のDXを統括しておられますね。「モノ売り」から継続的な「モノ+コト売り」への転換を、具体的にどのように進めているのでしょうか。
鍋田 メディカルシステム事業が目指しているのは、富士フイルムにしかできない「唯一無二の医療バリューチェーン」の形成です。
先ほど杉本がお話したように、富士フイルムは高度なR&D(研究・開発)によって優れた製品をいくつも生み出してきており、メディカルシステム事業においても、医療情報のデジタル化に対応した製品ポートフォリオがある程度確立されています。
その意味で、富士フイルムグループの中で最もDXを進めやすい事業の一つと言えますが、今後はすべての製品・サービスのデジタル化を進め、医療従事者や患者さんの体験価値を高めることで、「モノ+コト売り」を主体とするバリューチェーンを形成していきたいと考えています。
具体的には、提供するすべての医療機器に診断支援AI技術を搭載することで、単に検査画像・データを可視化するだけでなく、その結果に基づく医師の診断をサポートできるような製品・サービスの提供を目指しています。
現在、X線画像撮影装置等の状態を常時監視し、故障の兆候がある場合、迅速な修理サービスを手配するシステム・体制を築いていますが、このような取り組みをすべての医療機器に拡大していく予定です。救える命をしっかりと救うために、常に最善の医療機器を医療現場に届けることが、医師や患者さんだけでなく、社会全体にとっても大きな価値になると考えているからです。
富士フイルムは、CTやMRIなどの画像撮影装置から受信した画像情報を統合管理する医用画像情報システム(PACS)は世界でトップクラスのシェアを持っていますが、このインフラを生かして、医療従事者の負担軽減や支援を行う医療サービスをより多くの医療現場に提供していきたいと考えています。
DXビジョンへの腹落ちを重視
人材育成は外部支援活用と社内人材活用のハイブリッドで行う
中村 今、鍋田さんから「社会全体にとっての価値」という言葉をいただきました。富士フイルムグループの「DXビジョン」にも「DXを通じて社会課題の解決に貢献し続ける」ことが掲げられていますが、どのようにそれを実現するのかについてお聞かせください。
杉本 当社は17年8月に「Sustainable Value Plan
2030(SVP2030)」というCSR計画を発表しており、その中で、革新的技術・製品・サービスの提供等、事業活動を通じた社会課題の解決により一層取り組み、サステナブル社会の実現にさらに貢献する企業となることを目指しています。
これを実行するためにもDXは欠かせないと認識しており、「SVP2030」で重点分野に挙げた「環境」「健康」「生活」「働き方」のそれぞれにおいて、社会課題解決に向けた取り組みを進めています。
鍋田 メディカルシステム事業は「健康」に関する課題解決を担っており、医療課題をDXで解決し、世界中どこでも格差のない高品質な医療を提供していくことを目指しています。具体的には、新興国で健康診断サービス事業を開始しており、インドのベンガルール(バンガロール)に開設した健診センター「NURA(ニューラ)」では、高精細な診断画像を提供する当社の医療機器やAI技術を活用したITシステム等で医師の診断をサポートし、がん検診の他、生活習慣病検査サービスを提供しています。
現在、当社が医療AI技術を活用した製品・サービスを導入しているのは約70カ国ですが、これを30年度までに196カ国すべての国と地域に導入する計画です。
中村 富士フイルムグループの「DXビジョン」では、製品・サービスの他に、業務と人材の2つをDXの柱としています。この2つについては、どのような変革に取り組んでいるのでしょうか。
杉本 事業グループごとの課題を洗い出したところ、それぞれ扱う製品・サービスは違えども、業務に関する課題は「R&Dの効率化」「サプライチェーンの最適化」「工場のスマートファクトリー化」「デジタルマーケティング活用」といった、いくつかのテーマに集約できることが分かりました。
そこで、テーマごとに部門横断型のプロジェクトを立ち上げ、全体最適化された業務プラットフォームの構築を進めています。
人材育成については、外部の支援を活用した育成プログラムの実行と、なぜ当社が「DXビジョン」を掲げ、人材変革を進めようとしているのか、個々人がしっかり「腹落ち」しマインドセットして、スキルを身に付けてもらうため、自社のベテラン社員が若手を教育する方法のハイブリッドで行っています。
まずはベースとなる知識やスキルを習得させた上で、専門領域ごとの人材を育て上げていきます。具体的には、製品・サービスの変革のために、新規ビジネスモデルを構築・実装するビジネスプランナーやアーキテクト、エンジニア。同じく製品・サービス変革の支援や、業務のスピード・質の向上を実現するために、データサイエンティスト、BIツールやPythonを活用するエキスパートなどが挙げられます。
中村 ありがとうございます。DTCのようなコンサルティングファームによるDX推進支援について、どのようにお感じになっていますか?
杉本 製品・サービスや業務を抜本的に変革していくためには、より広い視野や高い視座が不可欠です。そのために中村さんをはじめとしたDTCには、クライアントとコンサルタントという関係を超えた、対等な立場でストレートに意見を言い合える関係を作り上げていただきました。
社会課題の解決は一企業だけでできることではありませんので、今後、国や他企業、研究機関なども含めたエコシステムの形成をご支援いただけると幸いです。
中村 それはまさに、当社がお役に立てる領域だと思います。デロイト
トーマツは社会課題解決のため、国や業界に働き掛けながら、規制緩和や新たなルール作りなどを支援させていただいております。そうしたコミュニティとの橋渡し役なども担いながら、これからも富士フイルムグループが目指す「DXビジョン」の実現を支援させていただきます。
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