東京海上日動火災保険が進める医療MaaS

千葉市での実証実験から
医療と地域移動の
課題解決を目指す

PROFESSIONAL

  • 福島 渉 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員
  • 高橋 敦 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネジャー

地域で暮らす高齢者にとって、移動手段の確保は大きな課題となっている。中でも慢性疾患などで定期的な通院が必要な人にとって移動の足の確保は切実だ。千葉市を舞台に、この問題の解決に挑む「医療MaaS」の実証実験が5月に始まる。東京海上日動火災保険、デロイト トーマツ コンサルティングを中心に9社団体が参加するプロジェクトはどのように進められたのか。

地域に根深く存在する医療と移動の課題

 2021年、日本政府は「地方からデジタルの実装を進め、新たな変革の波を起こし、地方と都市の差を縮めていくことで、世界とつながる『デジタル田園都市国家構想』」を掲げた。日本の都市課題については、人口減少、少子高齢化による都市サービスの低下をテクノロジーなどによって解決していくかが課題となり、スマートシティの検討と実験が進められているが、とりわけ地方都市では医療サービスと移動手段(モビリティ)の確保の問題が大きなテーマとなっている。

東京海上日動火災保険株式会社
デジタルイノベーション部
部長兼アライアンス推進室長
平山 寧氏


日系証券会社でIPO関連を中心とした投資銀行業務に従事した後、東京海上日動に入社。大企業向け営業企画、ビジネス共創等を経て現職。スマートシティ領域全般、スタートアップ探索、デジタルマーケティングソリューション開発等を統括する。

 東京海上日動火災保険(以下、東京海上日動)は、スマートシティの取り組みに関して、これまでの事業活動で蓄積したリスクに関するノウハウを活用し、地域の社会的課題解決に貢献する新たなソリューションの開発を進めている。同社デジタルイノベーション部 部長の平山寧(やすし)氏は、次のように語る。

 「当社は全国に60もの地域部店があります。各地から聞こえてくる地域の課題を解決し、地域の皆様に貢献することをパーパスとして掲げています。デジタルテクノロジーを駆使して地域の課題を解決するスマートシティ作りのご支援を私たちのミッションとして取り組んでいます。当社の主業である保険との親和性で考えると、モビリティ、ヘルスケア、そして防災・災害対策という3点が主なアジェンダだと考えています。病院への移動手段は、このうち2つが重なる大きな課題だと認識しています」

 地域の医療を支える医療機関、とくに市立・公立病院においては、交通機関の問題が解消して患者が定期的に通院することができれば業績は安定し、テクノロジーを使うことで業務を効率化できれば、コストダウンにつながるだろう。

 また、医療と地域交通の課題について、国内外でスマートシティの取り組みを進めているデロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)執行役員の福島渉氏は次のように語る。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員
福島 渉氏


保険業界の経験が豊富で、戦略立案・実行支援を得意とする。近年ではイノベーション戦略策定、組織デザイン、アライアンス、M&A、人材マネジメントなど多様な分野で活動。世界の先端ビジネスモデルにも精通し、プロジェクトをリードする。

 「日本の地域社会において、多くの高齢者は移動手段に課題を抱えています。とくに病院へのアクセスは大きな障壁となります。この問題は、多くの地域で顕在化していますが、医療と移動、この2つを組み合わせて同時に解決できる方法を常に探っていました」

 かねてからスマートシティの取り組みなどで議論や検討を重ねていた両社は、この「医療+移動」の課題を議論するうちに、地域医療を支えるMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の構想に至る。そして、サービス実現に向けた検討に入った。

 サービス開発の場は、地域医療に問題を抱えていた、国家戦略特区である千葉市に決まった。東京海上日動、千葉市と市内の2つの病院(千葉市立青葉病院、千葉市立海浜病院)、2社の地元交通事業者(千葉構内タクシー、エミタスタクシー)、DTCを中心に、医療MaaSの実証実験を行うプロジェクトがスタートした。

 プロジェクトの開始当初は、千葉市、病院、タクシー事業者からそれぞれの課題をヒアリングしながら、サービスの構想を進めていった。DTCでプロジェクトを担当したマネジャーの高橋敦氏は、次のように語る。

 「千葉市民の方々にとって求められるサービス像は何か、メンバーで侃々諤々の議論をしたのが第一歩です。同時に、どこから費用を確保していくかも考えました。ビジネスとして成立しなければ、持続可能なサービスとなりません。事業としての可能性を確認するための実証実験なので、ビジネスモデルの検討は非常に重要です」

 この医療MaaSのあるべき姿とは何か。それは病院にとっては、患者が定期的に通うことによる収益の安定化と、職員の業務の平準化などである。またタクシー事業者にとっては、運行回数、距離などが採算に乗るかがポイントとなる。事業として継続できるかはその設計にかかっている。DTCの本分が生かされる部分であり、高橋氏を中心に慎重に検討した。

課題の解決をつないで行き着いた9社団体のプロジェクト

 サービスの全体像を作り上げる過程で、必要とされるサービスが拡大し、参加する企業が次々と増えていった。平山氏はその経緯をこう説明する。

 「通院に付き添いが必要な利用者も少なくありません。会社勤めの方が家族を病院にお連れするためには、休暇を取る必要があります。休めない場合は、介助サービスを利用しなければいけません。そこで本プロジェクトに、介助士のプラットフォームを展開しているケアプロ様に参加していただきました。また、千葉市にある看護、福祉に強い淑徳大学にも協力を仰ぎ、学生にケアプロに登録していただく形で、プロジェクトのメンバーに参加していただきました」

 今回の医療MaaSのサービスは、電話からの予約も可能だが、基本は専用のスマートフォンアプリから利用する。同アプリ開発は東京海上日動が主導し、配車システムはタクシー事業者向けシステムの開発会社である電脳交通と連携した。

 また、通院とセットとなるのが院外薬局への立ち寄りだ。この動線も医療MaaSにおいては必要不可欠な要素である。ここでは、千葉で大規模に薬局チェーンを展開する千葉薬品がプロジェクトに参加している。

 「利用者にとって一番いい体験(UX)とは何かを考えた結果、アプリで事前に処方箋連携をすることで薬を受け取るまでの時間短縮ができる仕組みにしました」(平山氏)

 千葉薬品は、ドラッグストアの割引クーポンを同アプリに掲載し、病院帰りの買い物へ誘導するマーケティング施策も始める。

 「利用者のサービス体験をスムーズにつないでいくことを考慮した結果、サービス開始時点では様々な業種の事業者が集まるコンソーシアムへと発展しました」(平山氏)

 こうして、医療MaaSの取り組みは、合計9社団体が集う大きなプロジェクトとなった。



社会問題の解決へ、異業種企業が1つになる

東京海上日動火災保険株式会社
デジタルイノベーション部アライアンス推進室
課長代理
石川 沙莉氏


大規模職域保険マーケットの開拓、リテール向けの生命保険拡販責任者等を幅広く経験した後、社内公募制度を通じ現ポジションに就任。スマートシティ・防災領域でのソリューション開発や自治体・企業とのプロジェクトマネジメントを担当している。

 東京海上日動で、本プロジェクトの現場リーダーを務めたデジタルイノベーション部課長代理の石川沙莉氏は、当初の戦略策定からサービス設計およびアプリの開発をはじめ、参加企業間の調整なども担当した。

 参加企業が増える中、サービス開発時は各社から様々な思い、意見が出てくることが予想された。そこで石川氏は、9社団体で最初からすべてを議論するのではなく、個別に意見を聞きながら集約していく進め方を採ることにした。

「当初はあえて、個々の参加企業の方に寄り添うことにしました。当社とDTCがハブとして個別に意見をうかがい、それをまとめていきました」

 実証実験の開始は2022年5月9日、実験の期間は3カ月と決まった。

 石川氏は、「これまでサイロになっていた、病院、タクシー、小売りが相互送客するのが、本サービスのポイントです。実証実験が始まれば、新たな課題が出てくると思いますが、1人でも多くのお客様に使っていただけるものにしていきたいと思っています」と語る。

 主な想定課題として、本サービスの主な利用者である高齢者のデジタルデバイドがある。丁寧な説明と支援を要するため、サービス開始時には病院にダウンロード支援のブースを設置する。東京海上日動から見て、本プロジェクトにおけるDTCの存在はどんなものだったか。石川氏は次のように語る。

 「ひと言で言えば、心強いパートナーでした。当社のスマートシティ戦略の構築でも支援していただいていますが、今回も、千葉市というフィールドをどう生かしていくか、的確なアドバイスをいただきました。各事業者様、ステークホルダーの皆さんにとって今回のサービスの価値は何なのか。そこを深掘りしていく過程で、DTCの力を借りたことで、時間をかけて対応することができたと思っています」

 平山氏は、「今回の医療MaaSは、DTCの知見があったからできたサービスです。東京海上グループだけでは、こういう新しいソリューションは、形にできなかったと思います」と語る。

 また今回、DTCが産業横断の支援が可能な体制だったことも、プロジェクトにとってメリットが多かったと、石川氏は語る。

 「今回のプロジェクトは、ヘルスケアだけでなくモビリティや小売りなど、複合的な業種の事業者の課題を分析し、企画に取りまとめる必要がありました。幅広い分野にわたるDTCの支援には助けられました」

 DTCでは2年前に多様な専門性とネットワークを有した業界横断アジェンダ推進の専門の組織を立ち上げ、エコシステム形成からデジタル実装まで幅広く支援している。今回のプロジェクトではまさにそのチームがプロジェクトに参画した。



他のデジタル田園都市への展開も視野に

 東京海上グループは、今回の実証実験の結果を検証し、医療、交通の問題を解決するサービスとしてスーパーシティ・スマートシティを目指す他自治体での展開も視野に入れている。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー
高橋 敦氏


大手広告代理店で自動車メーカーを担当した後、現職。とくにセールス・マーケティング戦略立案や具体的なソリューション実行を通じた事業立案に強みを持つ。近年はスマートシティをテーマに企業や官公庁向け業務に当たる。

 「この実証実験の結果を踏まえて改善を加え、自治体や病院、タクシー事業者などに提案できるツールにしていきたいと思っています。さらに、実験のデータを基に、保険会社ならではの新サービスの開発を進めていきます」(平山氏)

 また石川氏は、「当社にとって今回の医療MaaSのソリューションは保険事業と直結するソリューションではないですが、地域の社会課題の解決のために地域の皆様の力を取りまとめるプロジェクトです。本件を通じて多くの企業の皆様と知恵を出し合い、協力することで新しい価値を生み出すことができるということを実感できました。この経験が一回りして、新しい保険やリスクマネジメントに関するサービスを作るヒントにもなると思っています」と語る。

 「医療+移動」という2つの地域課題の解決を目指して始まった医療MaaSのプロジェクトは、様々な業界の企業をつなぎ、新しい顧客体験をサービスに取り込んで1つの形となった。高橋氏はこれを、「経済的価値や公共価値でなく、それらの中間にある『社会的価値』を生み出す取り組み」と話した。この実証実験が、将来のサービス開発や人々の暮らしを変えるきっかけとなるのか。今後の行方を注視したい。



サービスに関するお問い合わせはこちら

RELATED TOPICS

TOP

RELATED POST