「日本の紙文化」を
デジタル化することが、
dXといえるのか?

「紙をデジタルにするだけ」では意味がない

河野太郎行革担当大臣による脱ハンコの大号令がかかり、官民ともにハンコレス・ペーパーレス化が急速に進んでいる。しかし、中には「紙をデジタルにするだけ」という目的と手段を取り違えた推進をしてしまうケースも多々あるようだ。紙をデジタルに置き換えるだけでは、デジタル本来の強みを損なうことになりかねず、事前の企画・設計が重要となる。

倉庫、港湾運送、国際輸送などの物流事業、船舶運航を中心とした海運事業を展開する住友倉庫は、デジタル化を推進していく中で、通関業務の一過程において企画・設計に定評のあるデロイト トーマツが開発したTrade Searchを選んだ。

煩雑で正確性とスピード感が求められる通関業務をどう変革するか

株式会社住友倉庫の執行役員東日本営業部長兼物流営業管理室長 桜井 剛氏は、社内におけるデジタル化推進について次のように話す。

「私ども住友倉庫では、物流のプロフェッショナルとしてより良いサービスを提供し続けるため、現行中期経営計画では施策の一つとして、業務のデジタル化推進を掲げています。目指すのは、最新テクノロジーの利活用における業務の効率化と省力化の推進です」

桜井 剛 / 株式会社住友倉庫 執行役員 東日本営業部長兼物流営業管理室長

貿易は、輸送の手配や各国での通関など煩雑な業務を、各国の法規制に照らし合わせながら正確性とスピード感をもって進める事が求められる。しかし、モノを取り扱う事業上の特性から、対面で行われることが多く、紙中心の業務でこれまで成り立ってきた。また、一見デジタル化が対応していると思われる業務も、紙で調べていたものがWebサイトに変わっただけというケースも多いという。本質的なデジタル化はまだまだだった。

「たとえば通関士は、お取り扱いする商品がHSコードと呼ばれる、あらかじめ定められている分類番号のどれに該当するかの判断をします。商品の用途や材質等から適合する番号を決定する重要な業務です。実はこのHSコードは、品目分類に用いるほか関税率表にも紐づいていることから、HSコードが商品の内容と合致しなければ通関手続きが滞り、輸入自体がストップしてしまうことが起こり得ます。誤ったHSコードを適用してしまうと、お客様をはじめ各方面に多大なご迷惑をお掛けしてしまうのです」

しかし、この品目を調べる作業の内容は、日本の税関のWebサイトなどで、通関士らがイチからチェックするという地道なもの。Webサイト上の掲載方式に統一感はなく、それぞれに掲載された情報を、各人が丁寧に読み解く必要があった。これでは紙の文書を参照しているのと作業内容は変わらない。

デジタルで情報を一元化することで新たなベネフィットが生まれる

この通関士の業務効率化を目指して開発されたのが、デロイト トーマツの「Trade Search」だ。今回、住友倉庫に導入を推進したデロイトトーマツ税理士法人 マネージングディレクターの松本 秀之と、運用を担当するマネジャーの趙 瞳にも話を聞いた。

「国土交通省の世界の港湾取扱貨物量ランキングを見ると、1980年は神戸が4位だったこともありました。しかし2018年には神戸は50位、横浜42位となり、1位は上海、2位はシンガポールです。日本の港のランキングがここまで落ちてしまったのはなぜかと考えた時、その理由の一つはデジタル化の遅れだと考えています※1」と金融業界に身を置き、シンガポールなど海外でも長く働いてきた松本は話す。「通関業務においては、税関のWebサイトをチェックするという業務はメディアが紙からデジタルに変わっただけで、本質的なデジタル変革(dX)とはいえません。従来、紙にあった業務をデジタル化して変革をする場合、どのように変革をするか事前の企画・設計が必要となります」

※1. 松本は金融業界におけるデジタル化の国際比較研究で2007年6月に英国ロンドン大学より博士号を受けている。

松本 秀之 / デロイト トーマツ税理士法人 マネージングディレクター

Trade Searchは、税関のWebサイトの分散された情報を集約し、通関士がHSコードを簡単に検索できるサービスだ。取り扱う商品の情報を入れると適用するHSコードの候補がでてくる。また、専門用語でなくても表示できるあいまい検索の機能も備える。

たとえば「エンジン」と税関のWebサイトで探しても、実は見つからない。正式名称である「ピストン式火花点火内燃機関」と検索しなければならないが、Trade Searchなら「エンジン」と検索しても、ピストン式火花点火内燃機関という検索結果が表示されるのだ。また英語検索にも対応している

「通関士の方の多くは税関の専門用語に詳しいかとは思いますが、一般用語でも調べられることで、まだ経験の浅い通関士にとっても有効なツールになっています」と趙は話す。

日本の発効済自由貿易協定(FTA)の利用率は、他国と比べても低い。その原因の一つは「原産地規則を満たすかを確認するための事務負担が過大」である。近年TPP11、日・EU EPA、RCEPなどのメガFTA発効に伴い、通関士の業務負担は増加傾向にある。FTAを活用するために欠かせない品目分類業務を紙から脱却することで、業務の効率化が実現できると感じた。

趙 瞳 / デロイト トーマツ税理士法人 マネジャー

労働不足問題を物流の現場でどのように解決していくのか?

なぜデジタル化の推進が必要なのか?桜井氏はその理由を次のように話し、自社だけではなく日本の企業すべての課題であることを強調する。

「日本の人口動態を見れば、労働人口が減っていくのは目に見えています。人頼みだった業務領域が多々ある物流業界において、その担い手が減少すると現場も疲弊しますし、必然的に改革を起こさなければ業務が立ちゆかなくなります」

そんな桜井氏だが、当初はデロイト トーマツと取り組みを行うことに対して懐疑的だったという。

「我々の事業は、文字通りモノを扱うサービス業で、一律に機械に置き換えることのできない業務も多く、実際に手足を動かさなければならない非常に泥臭い現場もある。それを金融系のイメージがあるデロイト トーマツの方々に、実際に分かっていただけるのか?とは思っていました。しかし、いざTrade Searchを導入してみたら、現場の通関士から便利だという声があがってきた。現場がいいというものは、積極的に取り入れるべきだと考えています」

なぜ、デロイト トーマツが通関士の求めていたサービスを企画・開発できたのか?そのことについて趙は次のように話す。

「関税などの間接税のチームは約40名。税のスペシャリストである彼らと同じくデロイトトーマツに所属するITのスペシャリストが、Trade Searchを開発しました。当社には異なるスペシャリストが多数在籍し、それぞれの知見を別の知見と組み合わせながらイノベーションを起こす土壌があります。今後もこの強みを活かして住友倉庫様の業務の効率化のお手伝いをしていきたい」

住友倉庫では、まず通関件数が最も多い東京支店で、テスト運用としてTrade Searchを導入した。今後同社は、これを全社に横展開していくことも検討している。その考えについて、桜井氏は次のように話す。

「私たちの根底にあるのは、メーカーや商社などの日本企業がワールドワイドでビジネス展開されるのを応援したいということ。それがモチベーションでもあります。この目的を遂行していくためには、デジタルやテクノロジーも積極的に取り入れていきたい。これまで紙の現場が多い業界ではありましたが、Trade Searchなどデジタル化推進の取り組みの次の段階として、デジタルデータをどのように蓄積し、取り扱うべきかを考えています。100年単位で考えると、いまは大きな変革期。将来を見据えて新しい礎を築いていくためには、Trade Searchのようなサービスを利用しながら、新しい物流業のあり方を模索していく時期といえます」

物流業はコロナ禍によってサプライチェーンの寸断が起きたのは周知の通りだ。企業は以前からサプライチェーンのデジタル化を推進してきたが、直近の出来事によって変革のスピードが早まった。桜井氏が話すように、ツールを用いてさまざまなデータを収集し、分析を行うことで従来捉えることが困難だった状況を見える化できる。

スイスの国際経営開発研究所(IMD)が発表した2020年の世界デジタル競争力ランキング※2で、日本は対象の63の国・地域中「知識部門」の「ビッグデータ活用」、「将来への準備度部門」の「デジタル人材のグローバル化」「企業の変化迅速性」で最下位となってしまった。データを活用するためには、日本の紙文化からの脱却を促し、データをデジタル化することが必要となる。データを「使えるように」デジタル化することで、初めてビックデータ活用が出来、日本企業の競争力を強めることができるのだ。松本は以下のように話す。

「日本の一人当たりGDPが4万ドル強だった95年頃、シンガポールと香港は3万ドル以下でした。ところが今シンガポールは6万ドル、香港は5万ドル、日本は4万ドルのままです。これはまさにデジタル化の立ち遅れが、ファンダメンタルに経済の伸びを鈍化させている要因の一つだと感じています。物流業界もデジタル化が遅れ気味の業界の一つ。Trade Searchが物流業界のdX化を促進する起爆剤となれば嬉しいですね。」

※2.
https://www.imd.org/wcc/world-competitiveness-center-rankings/world-digital-competitiveness-rankings-2020/

COLUMN


OCRで紙をデジタル化しても、ビジネス変革がなければ無意味となる

デロイト トーマツのメンバーから事業アイデアを募り、優秀なアイデアを会社として事業化推進をする制度「D-NNOVATOR」で、1位に選ばれたのが「DeepICR®」だ。これは紙の情報を読み取り、デジタルへ変換するサービス。これまでの「OCR」と設計思想が大きく異なり、企業の業務プロセス自体を変える可能性を秘めている。ここでは、このDeepICRの詳細、そしてその先で企業にとってどのようなメリットが生まれるのかを探る。

DeepICRをプロデュースする有限責任監査法人トーマツのRA新規事業推進 プロダクト開発部、シニアマネジャーの中村 馨は、同サービス誕生の背景を次のように話す。

DeepICR®がD-NNOVATORで授賞した時の様子。中央でトロフィーを持つのが中村。

「紙の情報の利活用は非常に難しい。会社の中にはさまざまな契約書を含めた書類が紙として保管されています。監査法人のメンバーが、企業のこうした膨大な紙の書類と日々向き合っている姿を見て、これを変革すれば監査だけでなく、経理の方も含めて大幅な生産性向上が期待できると考えました」

これまでのOCRとコンセプトが全く異なるDeepICR

会社にある膨大な資料をデジタル化する場合、多くの人の頭に「OCR」というソリューションが浮かぶだろう。しかし、OCRは紙の書類の文章部分のみまたは、指定した箇所だけを読み取みとる程度でしかできない。

「紙をデジタル化することで、得られることはたくさんあります。しかし、紙の書類の一部だけをOCRしてデジタル化すると、結局紙もバックアップとして保持しておかなければなりません。情報のアクセス方法が紙とデジタルの2つになり、混乱を招きかねない」

中村 馨 / 有限責任監査法人トーマツ リスクアドバイザリー事業本部 シニアマネジャー

紙で記録されたさまざまな情報をすべていったんデジタル化することで、有用か無用かはデジタル化した上で判断する。DeepICRはそうした設計思想で生まれている。これにより、AIが人間の目で見ているように、紙の中にある情報を「文章」「手書きのメモ」「図表」「ハンコ」など分類し、それぞれすべて認識・読み込んでいく。

「DeepICRはOCRとは考え方がまるで異なります。OCRはデータを取り出す場合、セル単位ですべての項目を定義する必要があります。つまり、どこの情報を読み取るのかということを、あらかじめ人が決めなくてはいけない。手間もコストも膨大で、本来デジタルにするメリットを享受できる前段階で疲弊してしまうこともありました。一方、DeepICRはOCRと異なり、紙の情報を画像データとしてまず認識し、そこから文書なのか表なのかをAIが判断、読み取りをすすめていきます」

たとえば多くの店舗を持つ不動産業の場合、経理はその会計処理をするにあたり不動産ごとの契約書を読み込み、計上していく必要がある。DeepICRを使えば、契約書をAIが読み込み、家賃や契約期間を自動で抜きだしてくれる。経理や会計士が膨大な時間をかけて手作業でやってきた1次処理をDeepICRがやってくれるというわけだ。

「日本企業の生産性向上は官民あげての急務です。利用者が増えることで、AIの精度はあがっていく。だからこそ多くの方々に使っていただきたい。DeepICRはEnabler(イネーブラー)としてデロイト トーマツやそことつながるお客様にとってさまざまな課題を解決するためのツール。これまで、企業内で紙だから活用できていなかったものが、DeepICRで掘り起こしが可能となる。そこからイノベーションが生まれるかもしれません」

紙を資源として価値の創出、そしてデジタルからデジタルへの利活用

DeepICRは、紙を読み込むだけではなく、デジタル化された書類に対しても有用だという。

「コロナ禍で請求書などがPDFになったケースも多いかと思いますが、結局社員がそれを経理システムに手入力することになっています。デジタルになったのだから、業務プロセスも変えられます」

DeepICRでは、請求書などのPDFを社員が会社指定のフォルダへ入れることで、自動的にそれを読み取り、文書内容を判断、経理系のSaaSやソフトウェアに自動的に登録処理を行う仕組みも用意する。

「紙をデジタル化するだけでなく、デジタル化された文書ファイルも同じようにAIがどのような情報が書かれているかを判断していきます。デジタル化とは、アナログからデジタルへツールを代替するだけではなく、どのように業務プロセスの改革が行えるのかを考えていく構想が重要です。DeepICRのようなデロイト トーマツならではのユニークなデジタルアセットを今後も開発していくとともに、デジタル業務をどのようにデザインしていくのかを提案していきたいですね」

INTERVIEW

デジタル経済加速で求められる経営戦略としての「税務戦略」

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