国際的リゾート地が
行政×市民×企業の三重奏で
スマートシティを推進

映画『女王陛下の007』の撮影にも使われた国際的なリゾート地エストリル。このエストリルのある場所が、ポルトガル・リスボンにあるカスカイス(Cascais)市だ。世界に知られる同市は、スマートシティ化による都市再構築の真っただ中にある。目指すのは、市民の生活の質(QOL:Quality of Life)を高めること、そして都市としての魅力をさらに増すことで持続的な経済競争力を拡充し、新たな投資を集めることだ。

スマートシティエキスポで一歩先んじた存在感を示したカスカイス市

2019年11月19〜21日にかけてスペイン・バルセロナで開催された世界最大規模のスマートシティ関連イベント「Smart City Expo World Congress(SCEWC)2019」で、カスカイス市の最新の取り組みがデロイトのブース内で発表された。

その状況を現地で見たデロイト トーマツ コンサルティングの中澤修平は「スマートシティと呼ばれる仕組みを、実証ではなく実際に運用しているケースは世界でもまだ少なく、その点でもカスカイス市の取り組みは注目を集めていました。スマートシティというと、企業主導型や国家(行政)主導型の取り組みがまだ強い傾向にあります。しかし、カスカイス市は行政と市民、そして企業が三重奏(トリオ)で“まちづくり”をしています」と話す。

カスカイス市は、共創体制によるスマートシティを実現している数少ない運用事例の一つだ。

デロイトのブースでは、カスカイス市と同市のスマートシティ参加企業の展示・説明も行われた。カスカイス市では、約5年前から市が企業の協力を得ながら市民と共創体制でスマートシティについて検討を重ねてきた。

「その最初のアクションは、市民との対話でした。同市にある大学や学術研究機関などと連携し、市民の声を集めていきました。市民が参加しやすい場作りも当初から行われており、『リビングラボ』として現在も同市に根付いています」と中澤は語る。

約2年前には、カスカイス市内にセンサーやカメラなどを設置し、ネットワークを通じて市側で行政のデータを一元管理できるようになった。管理ツールとして同市が採用したのは、先の市民との対話段階から協力関係にあったデロイトが提供する都市OS「CitySynergy™」だ。

CitySynergy™はダッシュボードと呼ばれる画面でまちの情報を一覧できるほか、BIツールのようにまちの情報を基に政策立案に必要な各種分析も行える。SCEWCでは、市長など行政のトップクラスが地域の状況を一画面で把握できるエグゼクティブダッシュボードも新しく発表された。

CitySynergy™はブラウザベースで各種情報へアクセスできる行政版BIツールだ

MaaSによる効率化で運賃無料化へ

カスカイス市では現在、スマートシティを構築する上で重要視されている要素の一つ「MaaS(Mobility as a Service)」に注力し、「MobiCascais」と名付けたモビリティマネジメントシステムを運営している。MaaSは、人の移動を最適化するモビリティのための交通サービスだ。そこでは、個人の自動車利用を減らし、公共交通機関を効率的に運用するとともにその利用を促す。これは環境に対する意識の高い欧州の風土を生かした“環境配慮型のまちづくり”にもつながる。

公共交通機関の利用を促すためには、利便性を高める必要がある。CitySynergy™では、道路の渋滞状況や事故などの発生を迅速に把握し、関係各所へ連絡、対応を促すことで迂回路の設置や渋滞緩和などを実現。市民へより快適な環境を提供している。

デロイト ポルトガルのパートナーであり、デロイトのグローバルスマートシティリーダーでもあるミゲル・エイラス・アントニュは「取り組みの結果としてモビリティの運営コストを約30%削減でき、それにより将来的に全ての公共交通機関の運賃が無料になることが市より発表されました」と話す。

スマートシティと比べ、MaaSは企業が主体となることも多いが、実際は行政側が主体となって推進することで、都市全体の効率化を進めやすい一面もある。中澤によると、カスカイス市でMaaSを推進する企業はそのデータを市へ提供する必要があり、それにより統合的な情報管理が可能になっているという。各企業が単体のデータを扱うよりも、市のデータとともに市側がしっかりと管理できる点は効率性の面からも合理的だ。

スマートシティの目的の一つは、これまで取得できなかった都市のさまざまなデータを集積し、それを分析して都市運営の効率化を目指すことだ。そして、そのデータの中には市民の思いや声、行動も含まれるため、カスカイス市では市民一人ひとりが市の運営に参加できる仕組みも用意している。それが、InnoWave社が提供する「シティポイント」と呼ばれるサービスだ。例えば、市民が道路で問題が起きていることを発見した場合、スマートフォンのアプリ経由で行政へ報告できる。そしてその行動対価としてポイントが付与され、貯まったポイントは提携サービスに利用できる。

シティポイントは気軽に市民が利用でき、行政とつながるアプリだ

市民の思いや声、行動をデータとして集めていくことで、これまで以上に市と市民が円滑かつ迅速にコミュニケーションが行えるようになる。一部の人の声だけではなく、より多くの人の声が集まることで都市が改善され、成長し、進化していく。これは、より本質的な意味合いでの民主主義といえるだけでなく、持続可能なスマートシティの構築にもつながる。

大切なのは「都市OS」ではなく、実現・持続可能な設計

「スマートシティの実現において最も重要なのは、都市OSそのものの実装よりも、市民のQOL向上を見据え、それに基づいて市民と対話することです。そして、対話をベースにビジョンを形成し、それをどう実現していくかを検討することが重要です」と中澤はデロイトのスマートシティに対する考えを話す。

「このプロセスの中で求められるのは、幅広い視野と知見です。特にスマートシティを持続可能にするファイナンスの仕組みと、組織づくりは最重要項目です。この2つが運用を見据えてしっかりと設計されていれば、スマートシティは動き出します。今回の展示で注目を浴びたCitySynergy™も、そのプロセスで生まれたアウトプットの一つでしかありません。大切なのはその前段階である実現・持続可能な設計です」

デロイト ポルトガルは、同市のスマートシティ実現において、初期のビジョン形成の段階から都市OSの実装、運用まで一気通貫のサポートを行なってきた。カスカイス市がエキスポで先進性を感じさせたのは、企業主体でもなく、国家(行政)主体でもなく、デロイトのようなカタリスト(触媒)を通じて、行政と市民と企業が三重奏を奏でる調和型のスマートシティづくりをしている点だろう。

また欧州は、米国以上に個人情報に対してシビアな考え方を持つことも忘れてはいけない。データをフル活用するスマートシティでは、データの取り扱いに関するポリシーづくりをはじめとした礎となる部分の組み立ても重要だ。中澤によると、GDPRなども含んだ個人情報の問題も市民との対話、そして相互理解というプロセスの中で同市ではクリアになっているという。市民との対話を行政に反映させ、行政の決定を市民が納得することの難しさは、多くの人が知るところだろう。粘り強い対話で、カスカイス市はそれをやってのけたのだ。

スマートシティ化で市民のQOLを高め経済競争力を拡充、投資を集める

なぜカスカイス市は、時間と手間を掛けて他市に先駆け、このようなスマートシティへの変貌を遂げようとしているのか? その理由はカスカイス市のミッションの中にあるようだ。同市のミッションには次のようなことが記されている。

OUR MISSION

To make Cascais the best place to live for a day or a lifetime

Through innovative public policies and territorial management, attracting leading investments, fostering and managing knowledge, preservation of natural resources and heritage, engaging citizen participation and intelligent use of technology.

一日の旅行から生涯の生活まで、カスカイスを「暮らし」に最適な都市へ

革新的な公共政策とエリア管理・有力な投資の誘致・ナレッジの蓄積と管理・自然資源と遺産の保護・市民参加の向上・テクノロジー活用の高度化を通じて

市民参加とテクノロジーを活用して市民のQOLを高め、これまでにない持続可能な都市を生み出し、経済競争力を拡充、投資を集めていく目的がわかる内容だ。世界的に知られる観光地だからこそ、これまでの景観や立地だけに捉われない先進的な観光都市の形を目指した先に、スマートシティがあったのではないだろうか。

「デロイトは『Future of Cities』を掲げて世界各地でスマートシティに取り組んでおり、カスカイス市と私たちデロイトが市民を巻き込んだ三重奏の取り組みをSCEWCで紹介したのもその一つの結果です。ただ、スマートシティは常にアップデートされていくものであり、カスカイス市の事例も完成形ではありません。またグローバルの事例がそのまま日本に当てはまるものでもないため、今後もグローバルと連携を図り、世界各地の最新ナレッジを活用しながら、日本独自の調和型スマートシティの実現へ貢献していきたいです」と、中澤は日本のスマートシティ推進にも意欲を見せた。

日本でスマートシティを推進するデロイト トーマツ グループのメンバーたち、右から2人目が中澤
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