THE GREAT RESET
グレート・リセット
日本の選択

「テクノロジー・ガバナンス」で拓く
パンデミック後の世界

コロナ禍で疲弊した社会に活力を取り戻し、社会価値の追求によって成長する新たな世界を創る。その「グレート・リセット」に絶対必要とされる「テクノロジー・ガバナンス」とは何か。AIなどの先端技術の利用価値を最大限に高めるために、日本が今なすべき方策について考える。

グレート・リセットを動かす第四次産業革命テクノロジー

 「今、行動を起こして社会をリセットしなければ、私たちの未来は深刻なダメージを受ける」

 世界経済フォーラム(WEF)のクラウス・シュワブ会長はその著書COVID-19: The Great Reset(邦題『グレート・リセット』)の結論にそう記し、強い言葉で警鐘を鳴らしている。

 新型コロナウイルス感染症の脅威は言うまでもなく、世界中のあらゆる場所を未曾有の混乱に陥れ、経済や社会のあり方、生活様式、企業活動、顧客行動などを一変させた。地政学的分断と国家主義、格差社会、地球環境問題。そうしたコロナ以前からの課題を一挙に顕在化させ、より深刻な状況へと押しやった。このまま何もしなければ、世界はいずれ戦争など何らかの事変によって強制的にリセットされてしまうだろう─。

 そうさせないために、コロナ禍を変革への好機と捉え、経済、社会、国際関係、環境、産業、個人の生活に至るまで、あらゆる分野の仕組みを見直して再構築を図り、以前よりもっと公正で寛容な、誰にとっても健康な生活が優先される未来を築くこと。それが、グレート・リセットである。

香野 剛 氏 デロイト トーマツ グループ 政府・公共サービス(G&PS)インダストリーリーダー 有限責任監査法人トーマツ パートナー。上場会社や公共セクターに対する各種アドバイザリー・コンサルティング業務、会計監査等を経て現職。地方創生やスマートシティに関する数多くのプロジェクト経験を有し、地域アジェンダ解決・未来創造の官民連携プロジェクトを各地で推進中。

 WEFの戦略パートナーとして20年以上の協力関係にあるデロイトによれば、事業者にとってその変革の最たるものは「経済価値と社会価値の両極」をつなぐこと。すなわち、これまでの経済中心の事業モデルから脱却し、社会課題の解決を収益に結びつけるような成長戦略へと転換することだ。デロイト トーマツ グループで政府・公共サービス部門のリーダーを務める香野剛氏はこう話す。

 「気候変動問題に見られるように、地球を犠牲にして成長する経済活動はすでに限界に来ています。パンデミックでそれを痛感した多くの経営者が価値観を変え、一気にパラダイムシフトが進みました。

 CSV(共通価値の創造)など、経済活動と社会活動をともに重視する考え方は以前からありましたが、概してこれはビジネスと社会貢献をうまく両立させるようなもの。今求められているのは、社会価値の追求それ自体が経済価値をもたらす構造へのシフトです」

 その実現に不可欠となるのが、人工知能(AI)やIoT、ロボットといった第四次産業革命の核となる新興技術、いわゆる4IRテクノロジーである。だが、日本ではコロナ禍によってその遅れが露呈。政府がデジタル庁の創設を急ぎ、企業はデジタル・トランスフォーメーション(DX)の対応に躍起になるが、必要な法整備も追いついていないのが実状だ。

予期せぬ危機を回避するテクノロジー・ガバナンス

 遠隔医療のように、先端技術が社会課題の解決に有効であることは言うまでもない。事実、台湾ではICチップ入り保険証にひもづく医療デジタルネットワークを整備、それが感染拡大の早期回避にもつながった。アラブ首長国連邦はデータの改ざん耐性に優れるブロックチェーン技術による承認システムを構築し、政府サービスのリモート利用を実現させている。

 「ただし、こうしたテクノロジーがもたらす恩恵の裏側に、今までの法規制の枠組みではガバナンスが効かない、さまざまなリスクが存在することも事実です」と、香野氏は指摘する。そして、この「ガバナンス(統治)」こそが、グレート・リセットを実現させる極めて重要な鍵になるという。

 「先端技術の利点を最大限に引き出すためには、それに適した新しいルールが必要です。例えば、ビッグデータの解析をもとに、医療や福祉、消費などの面で高度にパーソナライズされたサービスが受け取れるスマートシティでの暮らしは魅力的ですね。ですが、それにはいかに個人情報を安全に管理し、プライバシーを守るかの仕組みを整えることが大前提となります。これがガバナンスです」

 4IRテクノロジーはパンデミック後の社会を飛躍的に進歩させる力を秘める一方、思わぬ弊害を呼び込む危険も孕むということだ。

 そのリスクを抑え込むための国際的な動きを加速させようと、WEFとデロイトは共同で、Global Technology Governance Report 2021を昨年12月に発表。AIなど5つの4IRテクノロジーに共通する課題(ギャップ)を8つに分類して示した(図参照)。

 例えば「限定的な規制、あるいは規制の欠如」の課題では、顔認識技術による誤一致やIoT端末を狙ったハッキングなどを例に挙げ、そこに生じる法的な問題や倫理的影響への対応が不十分であると指摘する。また、「テクノロジーに対する法的責任および説明責任」では、ドローンの墜落で建物が損壊した場合や、自動運転車が事故を起こした場合など、自律システムによる行動や判断に責任を課すための法整備を求めている。

 こうした課題に向けて、官民が連携して取り組むべき国際的な仕組みづくりが、「グローバル・テクノロジー・ガバナンス」だ。

「社会価値の国」日本からアフターコロナの先進事例を

 では実際、どのようなガバナンスの方向性が考えられるのか。レポートの和文要約版に「日本の見解」を寄せた香野氏は、そのポイントとして次の2点を挙げる。

 「一つは先端技術の潜在能力を引き出し、活用を促進するための施策。簡単にいえば規制緩和です。もう一つは、安全・安心の仕組みづくり。プライバシー保護のように、データを出す側にも使う側にも害が及ばないよう法体制を整えること。いわばこのアクセルとブレーキを、適切にコントロールすることが非常に重要です」

 しかし、その勘所は国の事情によっても異なる。日本はまず、どうすべきか。香野氏は続ける。

 「デジタル人材不足の解消。これが喫緊の課題です。スイスの国際経営開発研究所(IMD)昨年9月に発表した世界デジタル競争力ランキングで日本は総合27位でしたが、人材に関する項目はほとんど最下位に近い状況です。技術とニーズをつないで実装する人間が決定的に足りないのです」

 これは8つの課題すべてにかかわる大問題。人材育成・供給システムを早期に確立する必要がある。同時に、民間のテクノロジーを基に行政がモデル事業を興し、その価値を実証する。そんな産官連携の土壌づくりも大切だと香野氏は言う。そこに地域住民も巻き込んだ産官民の信頼関係があってはじめて、社会価値の創出は実現する。

 さらに、それら複雑に絡むプレイヤーの利害を調整して事業を興す触媒として、また信頼性を担保する専門家として介在する、世界の事情に通じた第三者も必要だ。

 「幸い日本には、近江商人の『三方よし』に象徴される社会連携の伝統がありますし、当社グループの創業者である等松農夫蔵もかつて、『個我を脱却して大乗に附く』の精神を説いて世界に通用する会計監査を日本に根づかせました。こうした社会価値重視の日本の視点を生かしてガバナンスを構築すれば、世界の先進モデルも創れるはずだと思っています」

 実際、シュワブ会長は経済価値に偏らない日本型の経営に早くから関心を寄せていたと聞く。それはWEFがこの4月、日本をホストとしてダボス級国際会議の「第1回グローバル・テクノロジー・ガバナンス・サミット」を開催したこととも無縁ではないだろう。

 このサミットは4IRテクノロジーの課題に向けて分野横断的な行動を促すために企画されたもので、産学官の各界から多数の参加者を集め、オンラインでも全世界に配信された。「経済復興とスマートシティ」のセッションでは赤羽一嘉国土交通大臣を交えて新興技術と都市の役割について論じるなど、パンデミック後の変革の姿を構想するさまざまな意見が交わされた。日本の行動に今、世界が注目しているのである。

Seminar Review
デロイト トーマツ発 グレート・リセットの鍵をにぎるテクノロジー・ガバナンス

 デロイト トーマツ グループは4月5日、世界経済フォーラムが6日・7日に開催した国際サミット(本文参照)を記念してオンラインセミナーを実施。テクノロジー・ガバナンスの重要性をテーマに世界へのメッセージを発信した。同グループCEOの永田高士氏が基調講演で「多様な産業分野や政府・公共セクターにまたがる叡智の結集を」と呼びかけたのを皮切りに、山本龍・前橋市長を交えてのパネルディスカッションではスマートシティの価値を最大化する方策と課題について討論。テーマ別セッションでは参議院議員で自民党デジタル人材育成・確保小委員会委員長の片山さつき氏が、官民連携によるデジタル人材育成プラットフォームの実現に意欲を示したほか、「金融デジタル化における自主規制」「自動運転とサイバーセキュリティ」などの最前線の取り組みが紹介された。

デロイト トーマツ グループにおけるWEFに関する活動はこちらから

2021年5月20日発売6月号「Wedge」掲載記事より転載

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