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AI時代、会計士に求められるのは「本質を見抜く」力

シリーズ 監査に進化を 第8回

DXやデジタルテクノロジーは、ビジネスや企業をどのように変えていくのか。そして、その結果、会計士の仕事はどのように変化し、監査人としてどのようなスキルや知識を身につける必要があるのか。有限責任監査法人トーマツのパートナーでAudit Innovation部長の外賀友明とDeloitte AI Institute(DAII)の所長を務める森正弥が、会計士の将来像について対談した。司会は、Audit Innovation部AI戦略グループの植村達生が務めた。

 

 

DXの鍵は「業務の標準化・効率化」

植村:多くの企業でDXやデジタルテクノロジーを活用した業務変革に取り組んでいますが、トーマツにおいても監査業務の変革「Audit Innovation」を推進していますよね。

外賀:はい、Audit & Assurance(A&A)ではクラウドベースの監査プラットフォームOmnia/Levviaの導入やさまざまな業務の標準化、AIやデータサイエンスといった先端的な知見の監査への適用、反復的な作業をデリバリーセンターに集約する集中化、監査ツールの導入を通じた業務効率化を図るなど、単発的にテクノロジーを導入するのではなく、テクノロジー活用を前提とした監査業務の変革に取り組んでいます。DXを通じた企業の業務変革の取り組みと我々の取り組みにどのような共通点があるのか、森さんのご意見をお聞かせください。

森:共通点はたくさんあると感じています。例えば「クラウドをどう活用するか」、「いかに業務の標準化や効率化を進めるか」などは同じ取り組みだと思います。

現在は、さまざまな業務課題を解決するクラウドサービスが、世の中にあふれています。そういったサービスを各部門が個別に導入した結果、データのサイロ化が進み、業務プロセスが見えにくくなったという話も耳にします。デジタルツールの導入を進めることで、逆に企業として統制が取れない状態になってしまっていると言えます。このような事象に陥らないためにも、デジタル化を進める上で、業務の標準化や効率化をしっかり行い、ガバナンスを効かせることが重要です。

そのようなことをしっかり理解し、さらなる取り組みを進めている企業も出てきています。業務効率化や自動化をベースとして「組織そのものを変えていく」という動きです。例えば、AIの力を活用して複数部門を横断した自動化を進め、組織改革のエンジンにするといった取り組みです。あるいはデジタル時代の消費者の変化に対応するために、顧客目線でゼロから自社事業を見つめ直し、再構成しようと取り組んでいる企業もあります。

植村:我々が取り組んでいるAudit InnovationとDXを通じた企業の業務変革に共通点がある点、よく理解できました。Audit Innovationにより業務の標準化や効率化の取り組みがどう監査品質の高度化や付加価値向上に繋がっていくのか、外賀さん教えて頂けますでしょうか。

外賀:トーマツでは以前から、グローバルツールの導入はもちろん、国内で企画開発を行っている監査ツールの導入を推進しています。これまで人の手を介していた作業が、ツールの導入によりデジタル化および業務の標準化が進むと、デリバリーセンターやロボット(RPA)による業務の代替ができるようになります。

また、標準化されたデータフォーマットを用意することができれば、不正検知や企業の滞留在庫の傾向把握など、特定の課題を評価するAIの精度も高まり、AIが導きだした情報をベースに、監査人が判断することもできるようになります。

このようにテクノロジーの活用が直接的に監査品質の高度化に役立つことはもちろん、デジタル化を通じた業務の標準化や効率化により監査業務における作業時間を減らし、代わりに被監査会社とのコミュニケーションを通じた監査の深化や、専門性を活かした助言など、より付加価値の高い業務に時間を使うことができるようになっていることを実感しています。

図1 未来の監査を実現する4つの施策

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今後、AIが活躍する分野とは

植村:昨今、生成AIを筆頭として急速にAIが進化しています。現在、AIはどのような業務で利用されており、5年後や10年後にどこまで広がっていくのでしょうか。

森:先進事例というのは、特定の領域で突出した成果をだしているようなところがあります。そのため、10年先、20年先に現在の先進事例がすべての企業に普及しているかというと、意外とそうではないのかもしれません。しかし、AIの高度な活用法もすでにいくつも出てきています。

ひとつは、今まで人間の知恵を使い行っていたことを、AIが深く掘り下げていくという使い方です。例えば、創薬や材料開発といった研究開発領域での活用がこれにあたります。これまで研究者の方々の努力や勘などに頼っていた部分を、大規模言語モデルのようなAIが肩代わりして高速に探索してくれるという特徴があります。

2つ目は、単にAIをソリューションとして使うのではなく、AIを使って組織を変えていくような動きです。これまでの話ともつながりますが、複数部門や取引先も含めたビジネスプロセスにおいて、全ての反復的な作業の自動化を進める考え方です。

3つ目の方向性は、新しい領域をAIで切り開くというものです。画像生成AIに代表されるようなクリエイティブなこと、 例えば、1枚の絵からアニメーションを生成する、小説や映画の脚本を執筆する、あるいはTVCMをAIがつくるといったことも、試みられるようになっています。これまで専門的な領域で利用されてきた技術が、専門的な知識や特別な環境を有しない一般的なユーザーに広く利用されるようになっているというのが、大きなムーブメントだと感じています。

4つ目の方向性は、Web3やメタバースとAIを組み合わせるというアイディアです。実際に、AIを使って現実空間の物理シミュレーションを作る、AIで動くアバターを生み出すといった形などですでに実現してきており、仮想世界を利用した現実の拡張といった視点で、今後より注目があつまる領域だと思います。

植村:監査領域ではどのように活用されていくのでしょうか。

外賀:環境の変化に対応するため、企業も技術の導入スピードを上げ続けています。監査人もステークホルダーのニーズに対して先んじて応えていくためには、AIとの協働や活用なくして、実現することは難しいと考えています。

例えば、すでに実現しているものとして、契約書を読み込む知見を学習させるAIの活用により数百ページある契約書の確認作業の効率化と業務の品質向上に役立てる「Audit Suite Text Reviewer」、機械学習を活用して世界に点在する子会社のデータを統合し不正を検知する「不正検知モデル」といったことができています。

今後、よりタイムリーな不正検知、非財務情報に関する開示や保証、技術に対するガバナンス整備など、社会から我々の業界に期待される領域はますます広がっていくと考えています。そういった領域について、専門家の知見だけでなく、AIやテクノロジーを活用することで、期待に応える業務を提供しつづけていきたいと考えています。

図2 AI活用による期待役割の変化

 

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テクノロジーを使って「何を実現するか」が大切

植村: DXやデジタルテクノロジーが拡がる中、経済産業省は、2022年9月、「デジタルガバナンス・コード」の改訂版を発表し、DX推進の際の経営者に求められる対応として、デジタル人材の育成・確保に関する内容が示されました。デジタル人材の育成について、企業の現場ではどのような議論が行われているのでしょうか。

森:企業の方と議論する中でもよく話題に登るのが、DX人材の育成は、デジタルスキルの修得だけでは実現できないということです。どのような価値観を大切にし、何を実現していきたいと思っているのか。こういったポイントを、いかに研修プログラムや人材育成の中に落とし込んでいくかが、DX人材育成において重要です。

人材育成における事例として、デロイト トーマツ グループのDeloitte Digitalでは、デジタル技術を使って企業の皆さまと一緒に社会課題を解決する、いわゆるプロボノのような取り組みを通じた試みをしています。

例えば愛媛県今治市のFC今治と連携したり、島根県の海士町におけるVR技術を使った遠隔VR野球教室を実施したりと、デジタル技術を使った地方創生に携わっています。プロジェクトの過程を通じ、参加する企業のメンバーが自分たちの可能性を再発見し、トレンドに踊らされず「テクノロジーを使って何を実現したいのか」、「どのように目指す姿を実現していくのか」を考える機会を提供できればと考えています。

植村:人材育成とは単なるスキル習得ではないということ、とても参考になりました。監査領域においても、DXやデジタルテクノロジーの活用によって、求められる役割が変化する中、監査人として、どのようなスキルや知識を身につけ、どう取り組んでいけば良いのでしょうか。

外賀:監査・保証業務に携わるメンバーは、テクノロジーやデータサイエンスにとどまらず、ESG・サステナビリティ、グローバル、インダストリー・セクターなど、各々が専門性を高め、組織として対応できる専門性の幅をどんどん広げています。

社会が複雑化する中で点と点を繋げることのできる人材の重要性が高まっておりますが、まさに、社会や企業の課題解決に取り組むために、さまざまな専門性を持つ人材やテクノロジーをつなぎあわせて臨むことが得意なのがトーマツの特徴だと考えています。

こういった強みを活かし、「躊躇わずやってみる」、「素早く考え行動に移す」、「学びをその場ですぐに活かす」という意識で、これまで以上の価値貢献に向けて工夫を重ね続けるべきだと考えています。

植村:最後に、現場で監査の変革に取り組むトーマツの社・職員に期待することは何でしょうか。

外賀:様々なステークホルダーの方々との対話を通じて思うことは、監査人は誰よりも企業を理解し、他の企業も知った上で客観的に眺めることができ、さまざまな角度から課題を見極め、多様な専門家との協働やテクノロジーを活用して価値貢献ができるということです。そのような存在は、他にないのではないでしょうか。私自分も含めて、自身を鍛え成長し続けることで、これまで以上に社会や企業に貢献できるという意識をもって取り組んで頂きたいと思っています。

森:AIやテクノロジーはディスラプティブ(破壊的)と言われ、社会を大きく変えるように見えます。確かに一見大きく変わるように見える部分もありますが、逆に変わらない本質的な姿も見えてきます。監査というのは、企業や社会の本質的な部分を見極めていく存在だと思います。ですから、デジタルによる変化の要諦を見抜きながら、今後の社会の進歩を支える存在になっていってほしいと思います。

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