調査レポート

米国植物工場事業の可能性

–動き出した巨大市場-

日本の植物工場が正念場を迎えています。今までは、オランダをはじめとする欧州の施設園芸先進国や、香港、シンガポールなど自給率が極めて低い国で食料安全保障対策として植物工場事業が先行してきましたが、気候変動、土壌汚染などの環境問題により、米国などの農業国においても持続的な農業の開発と発展を目指す動きが本格的になりつつあります。本内容では、急速に拡大する米国における植物工場事業化の動きを解説します。(2016年2月)

1. 環境問題を背景に急速に動き出したグローバル植物工場事業

著者:有限責任監査法人トーマツ シニアマネジャー 早川周作

急速な世界人口の増加と環境問題による耕作可能地の減少によって引き起こされる、食料需給ギャップを解決するための有力な手段の一つとして植物工場への期待が世界的に高まってきている。今までは、オランダをはじめとする欧州の施設園芸先進国や、香港、シンガポールなど自給率が極めて低い国で食料安全保障対策として植物工場事業が先行してきたが、気候変動、水不足、土壌汚染などの環境問題により、米国、中国といった農業国においても持続的な農業生産技術の開発と発展を目指す動きが本格的になりつつある。特に近年の米国における事業化の動きは目を見張るものがあり、日本以上の速度で急拡大している。
日本には人工光を使用した閉鎖系植物工場が現在200ヵ所以上あり、世界で最も商業用としての稼働実績の多い国である。しかし、その多くが補助金を利用した国内での実証レベルの展開に留まっているプレーヤーであり、前述のとおり持続的な供給力の確保が急務となっている世界市場に対して本格的に挑戦するプレーヤーは数少ない。世界的に植物工場に対する関心が高まるなか、グローバル市場への対応の遅れは日本の優位性を失わせかねない。

2. 消費者・小売り企業のルール形成によって立ち上がる植物工場の巨大市場

米国の野菜消費者は世界で最も意識が高いと言われている。オーガニック市場が急速に拡大する動きに見られるように、単に大きさや安さを重視するのではなく「地産池消」、「健康」、「非GMOなどの生産履歴」を重視する層が多く、このような付加価値に対してプレミアムを支払う消費者意識が他国に比べて高い。また、近年のカリフォルニアでの大干ばつの影響とそれによる野菜価格の高騰により、環境負荷の高い生産方法で栽培された野菜や、数千キロも離れた産地から大量の燃料を消費しながら原価の20%以上もの物流コストをかけて運ばれている野菜を購入する行動に対する疑問の声が高まっており、「Organic(オーガニック)」以上に、「Local(地産池消)」がプレミアムブランドとして認知されてきている(図表1)。

図表1 米野菜調達に関するインタビュー結果

オーガニック市場をけん引してきたWholeFoods社においては、“Responsibly Grown”というレーティングシステムを独自に策定して、農作物がどの程度人体や環境に優しいプロセスを通して作られたかを評価している。生鮮野菜の調達、売り場における全ての野菜がこのレーティングによって4段階に評価されている。レーティングは(1)農薬の未使用、(2)化学肥料の未使用、(3)資源(水・土など)の効率利用、(4)環境保全型農業の導入などの要素をより高い水準で満たしている野菜ほど評価が高くなっている。
また、Walmart社主導で設立されたサステイナビリティ・コンソーシアムにおいては、現在約80社の参加メンバーによって自然環境の持続に寄与する商品の販売を宣言しており、その商品調達において土壌汚染や資源などの環境指標を取り込んだ持続可能な測定・報告システムを開発し、サプライヤーの調達条件を決めつつある。
植物工場野菜は、非GMO認証、有機肥料によるUSDAオーガニック認証といった人体に優しい栽培認証の取得が可能であること、また、農薬不使用、資源(土地・水)の利用効率が極めて高いなどの環境に優しい野菜であることが評価され、ニューヨークやボストン、シアトルなどの一部地域では、単なるオーガニック野菜よりも高い価格で販売されており、植物工場野菜の巨大市場が一気に立ち上がってきている。

3. 米国における植物工場参入戦略

前章で述べてきたように、近年の米国における植物工場野菜市場の急拡大は、需要側の市場形成による消費の拡大によって引き起こされている。日本においても、東日本大震災以降の食の安全への関心の高まり、近年の気候変動による価格高騰の影響を受けて、小売り企業による植物工場野菜の取扱量は徐々に増えてきているものの、調達基準などのルール形成によって一気に市場が拡大している米国に比べると動きは圧倒的に小さい。
投資規模、市場規模から鑑みて、日本を追い抜く勢いで急速に拡大しているが、プレーヤーのほとんどがベンチャー企業であり、現時点では日本のプレイヤーを脅かすほどの技術やノウハウの蓄積はない。優れた栽培技術力と日産数万株以上の大規模生産の実績を有する日本の植物事業者にとって、市場が形成されつつありコンペティターが台頭する前の米国市場は、極めて魅力的である。
本章では、米国における参入戦略を、地域、チャネル、商品、収益性の観点で検証する。

1) 参入地域

地場オーガニック野菜に対する植物工場野菜の優位性はまだ限られているため、カリフォルニア州、フロリダ州など、オーガニック野菜の大産地周辺での参入を狙うことは困難であることが想定される。大産地の多い西海岸から距離的に遠く競合品が少なく一定の市場規模を有する、マサチューセッツ州、ニューヨーク州、ニュージャージー州、イリノイ州、テキサス州などが参入地域として優先ターゲットといえる。2013年以降の商業ベースでの米国での植物工場は、これらの地域に建設されているケースが多い。

2) 販売チャネル

WholeFoodsやHarvest Organic Grilleなどの高級スーパーでは、棚の半分以上をオーガニック野菜が占め、ハイドロポニック栽培のボストンレタスは既にオーガニック野菜と同等、もしくはそれ以上の価格で販売されているため、価格プレミアムを乗せやすい販売チャネルとなる。
物流については、米国は他国と比べ物流マージンが10%程度と極めて低いため、営業コストや廃棄コストを考慮すると自社物流機能を保有するメリットは低いと考えられる。生産者としてのプレゼンスが確立され大口顧客との安定契約が成立するまでは、高級スーパーとの繋がりが強いBrothers Produceや、A&J Produceなどの最大手ディストリビューターとの協業が効果的と考える。

3) 商品

2章で述べたように、既にハイドロポニック式ボストンレタスや、ベビーリーフなどの植物工場野菜がオーガニック野菜と同価格、もしくはそれ以上の価格帯で販売されており、オーガニック野菜の代替商品が優先ターゲットとなる。特に、サラダ用として用いられるリーフレタス、マイクロリーフ類の需要が増大しており、「地産池消」「無農薬」「洗わなくても良い」など、植物工場の特徴であるニーズを消費者が多く求めている。
また、高級スーパーによっては生鮮売り場に占めるカット済みの野菜(カット野菜)の割合が半数を超えているところがあるなど、将来的にはカット野菜の展開可能性も考慮すべきである。しかし、カット野菜はホール野菜(カットされていない野菜)に比べ鮮度の区別が限定的であり、価格は1.3倍程度と他国でのカット野菜価格よりも低いため、まずはホール野菜、またはリーフミックスなどのミックス野菜での展開を優先し、一定のプレゼンスが確立され価格競争力を獲得した段階でカット野菜を検討すべきである。

4) 収益性、ビジネススキーム

米国における土地代、光熱費(特に電気代)、物流費などのコストは日本より低く、プレミアムな価格で販売できることから、米国での事業性は日本よりも高いことが予想される。しかし、米国市場ではコールド物流が扱う取引量が大きいため日産数万株レベルの工場は最低限必要であり、大規模での運用力・技術力を持つ企業の他に、資本力を持つ大企業の参入、大ロットを効率よく運ぶことが可能な大手ディストリビューターなど、各社の強みを生かした戦略的なコンソーシアムを組成するなどの展開が必要と考える。

4. 終わりに

以前より、「グローバルアグリ市場で骨太な新事業機会を発掘していくためには、ビジネスの機会があることを前提とし、その地域において顕在化している社会課題を同時に解決することが求められていることを認識すべきである」と述べてきたが、本稿で紹介した米国などの巨大な農業国が社会課題解決を背景に大きな事業機会を市場側から創出してきている。植物工場に関してはここ数年が正念場と考えるが、是非とも日本の事業者が長年にわたり世界に先んじて蓄積した技術・ノウハウを活かし、植物工場事業のトップランナーとして、グローバルアグリ市場を牽引してほしいと願う。

最後に、当該記事は執筆者の私見であり、デロイト トーマツ グループの公式見解ではない。
以上

お役に立ちましたか?