体験価値の創造が優位性を生む

ナレッジ

体験価値の創造が優位性を生む

【繊研新聞2018年2~4月連載 第2回】

顧客が自社の商品を知り、興味を持って購入し、着用して、売るあるいは廃棄する一連のプロセス全体を通じて感じる「体験価値」。今後アパレル業界はどのような「体験価値」を生み出していくべきか考察する。

体験価値の創造が優位性を生む

これからのアパレル業界に求められることは、顧客が「ここで買いたい」「また使ってみたい」「これ無しの生活は考えられない」と感じるような、顧客の心をつかむ価値を生み出すことだ。

価値とは、単に優れた商品や高いコストパフォーマンス、低価格といった商品が生み出す価値や、優れた接客などのサービス面、ECや店舗の使い勝手など、いわゆる顧客接点が生み出す個別の価値を指しているのではない。顧客が自社の商品を知り、興味を持って購入し、着用して、売るあるいは廃棄する、といった一連のプロセス全体を通じて顧客が感じる価値、いわゆる体験価値が大切だ。

F1レーサーの疑似体験を売るフェラーリ

他業界の例をいくつか見てみよう。最高峰の自動車ブランドの一つと言えるイタリアのフェラーリ。彼らの生み出す製品は優れたデザイン性と走行性能、エンジン音などの官能性を持ち、もちろん商品の価値は高い。しかし、顧客がフェラーリの購入・所有を通じて得られる重要なものは、実は「F1レーサーの疑似体験」だ。

そもそもフェラーリが自動車の販売を始めたのはレースの資金集めのためだった。ゆえに、今でもオーナーにとっては、フェラーリを購入することを通じてフェラーリのF1活動を支援するという体験を味わえる。

さらに、実際にレースで使用されたF1を購入し、フェラーリのメカニックにメンテナンスや走行準備をしてもらい、身体一つでサーキットに乗り込んでF1を走らせる、ということも可能だ。

フェラーリ側も、サーキットでの走行スキル向上レッスンの提供、チャレンジレースと呼ぶアマチュアドライバー向けのレースの開催、F1レースの関係者席からの観戦など、昨今は体験価値向上につながるイベントやサービスを続々と提供している。

「写真を撮るまで」もインスタ

もう少し身近な事例を挙げよう。「インスタ映え」という言葉が一般的になるほど定着したインスタグラム。素敵な写真をアップしてリアクションを得るだけではなく、写真を撮るまでの過程、つまり友人とどこに行こうか相談したり、現地までの道のりだったり、実際に写真を撮るまでの一連のプロセスがインスタグラムの体験価値とだと言われている(アプリマーケティング研究所「スマホユーザー9つのトレンド(2017)」。

UberやAirbnbも、シェアリングエコノミーの側面だけではなく、従来よりも快適で安心な移動体験や、これまでのホテルなどの宿泊施設では体験できなかったその土地土地の文化やライフスタイルを感じられるといった体験価値が、その拡大の原動力の一つとなっている。

消費者が抱える課題を解消する体験価値を

では今後、アパレル業界では一体どのような体験価値を生み出していくべきだろうか。

一つは、消費者が抱える課題を解消するような体験価値だ。例えば、ファッションに興味がそこまでない人にとっては、実は洋服を選んで買うのはとても面倒だ。筆者もそうだ。しかし、だからと言って何でもいい訳ではない。やはりそれなりにセンスがいいと周囲に感じてもらえる服装でいたい。

今のところは、接客やコーディネートのスキルがあり、かつ相性もいい販売員に巡り合えれば、彼・彼女のおススメを買うのが一つの解決策だ。ただし、そのためには同じお店に通わなければならないし、それなりにお金もかかる。そもそも自分と相性が良く、かつ納得できるコーディネートを提案してくれるような販売員に出会うことが難しい。

しかし、これが大きく変わる可能性がある。AIを活用したリコメンデーションエンジンを構築できれば、それぞれの嗜好や体形、サイズ、ワードローブ等を踏まえた最適なコーディネート提案が自動で利用できるようになるかもしれない。そうなれば手ごろに、かつ販売員を探す手間を掛けずに、洋服選びの面倒から解消されるだろう。これで、筆者のような人間にとっては洋服選び、購入の体験が画期的に楽になる。

体験価値創出のイメージ

課題解決にとどまらない体験価値創出へ

更に、面倒から解放されつつも、自分が心地よく、かつ満足できる服装をすることで、日々の仕事や暮らしの質も高まるはずだ。これまで以上に自分に自信を持つこともできるかもしれない。つまり、購入時の面倒や手間を省くだけではなく、顧客のライフスタイルそのものの質を高めるという体験価値まで提供し得るのである。

このように、体験価値を考える際には、洋服を買うまでのプロセスを通じてユーザーが感じる価値はもちろん、洋服を着ることによってユーザーが感じられるメリットなど、幅広いシーンでの価値創造につなげていくことが大切だ。

そこまでたどり着けば、単に消費者が抱える課題解決にとどまらない体験価値を生み出せるだろう。

お役に立ちましたか?