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人工知能が日本の会計監査業務に与える影響について 

会計監査業務における人工知能の可能性とは

人工知能、自然言語処理、IoT、ロボティクスなど技術の発展するスピードが急激に加速する世界で、我々は会計監査業務にどのように向き合うべきか

本ページは、公益社団法人 日本監査役協会より転載許可を受け掲載しています。出典:矢部誠、「人工知能が日本の会計監査業務に与える影響について」、月刊監査役 660号 2016年11月号、公益社団法人 日本監査役協会

1 人は、人工知能に支配されるのか?

人工知能が支配する将来と聞いてイメージするのは、二足歩行ロボットが自我に目覚め、武器を取り地球を支配するイメージだろうか。または、猫型ロボットや人型ロボットがおっちょこちょいな子どもを助けるアニメのイメージだろうか。そのどちらも人工知能を活用しているであろうことは想像できるが、現在、または少なくとも近い将来において、人工知能と他技術の組み合わせによって実現される成果は、このようなイメージとはかなり異なるであろうと考えている。


2045年には、コンピュータの計算能力が人間の能力を超える“シンギュラリティ”を迎えると言われており1)、この頃における人工知能の可能性について功罪両面で様々な議論があることは承知している。人工知能が人類の能力を超え、これによって人類が支配される可能性があるといった話や、人類が人工知能を使うものと使われるものに分化し、極めて少数の人間が人工知能によってもたらされる富を享受するといった話。もちろん未来を予測することはできないが、私見では、依然として人類は自らの生命の安全とより豊かな生活のために、これら技術を倫理観を持って適切に制御し、活用を続けているだろうと考えているし、信じている。

人工知能を取り巻く喧騒

人工知能という言葉が広く知られ、身近な存在になっている一方、「人間の知能や直感に基づく判断や意志決定を代替し、ともすれば、より正確かつ高速にそれを行うものが人工知能である」、「人工知能は万能である」といった、イメージ先行の論調を多く目にする。


数年前の「ビッグデータ」ブームの次にやって来たのは「人工知能」と「機械学習」のようだが、これらのブームの中に身を置いて感じることは、その時々の流行りの技術が世の中を一変させてしまうという論調は、それら技術や手法が持つ本質的な価値を時に歪曲してしまう側面を持つということである。


国内外において、人工知能の技術的進展や、ビッグデータ、クラウドの浸透によって、特定の領域における職業の必要性自体が低下し、失職や産業構造転換が生じる可能性が大きく取り上げられている。例えば、「今後数十年でコンピュータに取って代わられる職業」といったテーマで、弁護士、会計士、税理士や金融機関の融資担当といった、過去の事例や一定の判断基準に基づいて見解を発する職業が人工知能に置き換えられるという論調である2)。なかなかセンセーショナルで面白いが、職業がなくなるという“0”か“1”かの議論の基礎として人工知能だけがフォーカスされていることは、物事の一面しか捉えておらず、正しいとは思わない。


人工知能に限らず、バイオテクノロジー、無線通信技術やバッテリー関連技術、モーターや電源、熱制御技術の進歩によって、職業の定義や、業務において時間を費やす内容が大きく変化することは想像に難くない。それはこれら技術の進歩によって、単にコンピュータの計算処理速度が向上し、精度が高まっていくだけではなく、物理的なサイズや電源、情報の伝送など、商品やサービスの開発において障壁となる制約が次々と解消されていくことを意味しており、職業やサービスを破壊的に変える可能性のある技術は枚挙にいとまがない。


人工知能の活用について、例えば単純な事務作業を念頭に考えてみる。従来、申込書や契約書を紙で受け取り、人手で入力していた業務をOCRに置き換えれば、入力業務自体が不要になり、OCRで識字された内容を確認する時間が相対的に増加する(OCRは近年の人工知能の進化によって高度化される画像認識の領域)。そして入力内容を確認する作業を自然言語処理や機械学習によるパターン認識と異常検知に置き換えることができれば、入力内容を確認する作業に費やしていた時間が減少し、パターン認識の精度向上と、検知する異常の定義づけに費やす時間が相対的に増加する。結果的に、同一の業務に対して必要とされる人員の絶対数が低減され、事務という業務の内容が変化していく。これは単に、人工知能が職業を壊滅するという話ではなく、企業努力として常に行われている経営の効率化であり、その1つの要素技術として人工知能を活用しているにすぎない。人工知能が持つ概念の曖昧さゆえに拡大解釈や曲解を生み、本質的な価値に焦点が当たらないまま、イメージだけが先行しているのではではないかと感じている(図表1)。

図表1 機械の活用により、人が係る業務内容が変わる

人工知能を取り巻く環境の変化

人工知能の概念は非常に広く、理論や技術としては50年以上も前から存在しており、我が家の掃除機や炊飯器にも搭載されている。当時は「マイコン制御」と記されていたものが1990年代に「ファジィ」に替わり、いつからか「人工知能(AI)」と記されるようになった。しかし、現在の人工知能が一般に想起させるイメージと、我が家の家電の実態は必ずしも同じではなく、ロボット掃除機は愚直に同じところの掃除を繰り返し、浴室に入り込んだら最後、そのまま戻ってこない場合もあるし、炊飯器は米をセットして予約時間を入力しなければ自ら炊飯はしてくれない。機械が行う作業の本質は、人工知能が搭載されていなかった頃と変わっていないと思われる。

一方で、今、人工知能がこれだけ注目されるようになったのは、近年における以下に述べる3つの技術・サービス革新により、過去に何度か足踏みした進化が再び進んだためと考えらえる。

1) コンピューティングパワーの飛躍的成長

かつては理論上、解を導出できることと、実装されたプログラムで解を得られるかどうかには、大きな隔たりがあった。しかし現在は、仮想化、クラウド化により計算処理能力が飛躍的に向上し、かつ低廉化したことで、許容時間内に膨大な演算を行い、解を導出できるだけの計算能力を得られるようになった。多くの人が手にしているスマートフォンの処理性能は、1990 年代初頭のスーパーコンピュータ並みの演算性能を有していることからも、その性能の飛躍を感じることができる。

2) 利用可能なデータの爆発的増加

2002年、人類が生成するデジタル情報は、本やフィルムなどアナログ情報を凌駕し、それ以降拡大の一途をたどっている3)。また、質的にも、人手によってデータ化されていた情報から、スマートフォンなどのデバイスから入力されるテキスト情報や、デバイスに搭載されたセンサーから出力されるログ、そして、画像や動画は、最初からデジタルで生成されたデータへと変化している。結果、情報は高頻度・リアルタイムに生成され、分析の精度を維持するためのデータの密度が向上し、デジタルイメージのように多くの属性情報(画像で言えば撮影時間、撮影日、位置情報など)がデータとともに保持されるようになったため、データを活用する上で前提となるデータ間の関連づけも容易になった。

3) ストレージの高密度化とクラウド化

磁気媒体や半導体メモリの超高密度化に伴う記憶領域の拡大と単位容量当たりの価格の低廉化、およびデジタルデバイスから生成されるような、更新頻度は高くないが大容量のデータをそのまま格納するのに適したクラウドストレージの普及によって、あらゆるデータを保存し、それらを素早く活用するアクションを可能にした。

 

これら3つの事象によって、かつては容易には実現できなかった処理や分析結果の導出が可能になったことが、近年の最大の変化であり、人工知能の可能性と実用性を大きく広げたと言えるだろう(図表2)。

図表2 人工知能と周辺技術の変化によるインパクト 

今次における人工知能の位置づけと機能

先にも述べた通り、人工知能の定義自体が非常に曖昧であるため、これが何を意味するのかを定義せずに見解を示すことは、新たな誤解を招きかねない。ここでは、人工知能そのものだけではなく、自然言語処理、機械学習、IoT、自動化などの技術を含めた変化が、今後の産業に与 える影響の考察についての概要を述べたい。

これまでも各種メディアによって、金融機関がコールセンターに人工知能を導入した事例や、住宅メーカーが人工知能を搭載した対話型ロボットを導入した事例などが紹介されている。これらは、人が通常使用する言語体系を用いて音声入力を行い、この入力に対して、機械学習を用いて音声を認識し、自然言語処理を行った上で要求されている応答を推定し、蓄積されたデータベースに対して検索をかけ、結果を返すという作業を自動化したものである(図表3)。

図表3 

一般的な処理過程では、機械学習が解析手法として多用されており、広い意味での人工知能と言える。検索に対する応答は、日々利用するインターネットの検索機能からもわかるように、相対的に見れば進化が速かった分野ではあるが、それ以外の音声認識や自然言語処理の精度が業務に適用可能な程度に向上したのは、ごく最近の出来事である。

この機能が実用に耐える状況になると、過去の事例や、体系化された情報に基づいて判断される問い合わせ応答では、人が行うより圧倒的に高速で精度の高い処理が可能になる。これは想定問答に基づく単純なやり取りだけではなく、過去の判例や会計処理、また一定の基準に基づいてある程度機械的に判断するような領域においても同様である。これが、弁護士や会計士、税理士の職業がなくなると言われる所以であり、銀行の融資担当者も同様である。

また、現在Deep Learning4)の主な適用領域である、画像認識や音声認識とパターン認識の組み合わせにおいては、人の目で認識して応答するより、はるかに高速かつ正確な認識と応答が可能になっている。

以前より自動車の自動運転や自動ブレーキとして動体識別技術は実用化されているが、技術の進展は非常に速く、レーダー(電波)技術からカメラの画像処理(またはその組み合わせ)へ進展したことで、電波を反射しないことから今までは検知できなかった人のような物体の検知も可能にし、さらにはカメラのステレオ化とカラー化が進んだことで、前方走行車両のブレーキランプの灯火まで識別することが可能になっている。人間とは違い、よそ見も居眠りもしないため性能は安定的であり、検知の結果は電気信号として各駆動装置に送られ、ブレーキや灯火など、必要な制御をミリ秒単位で行うことができる。

似た事例として、当法人が提供するサービスにおいても、Deep Learning技術を活用し、有人監視していた情報サイトへの不適正画像のアップロードを自動検知し、検知対象のみを人が判別するといったプロセスに変わりつつある。監視できる範囲が人員の数に比例する有人監視とは異なり、必要な計算量さえ確保できれば全量監視が可能であり、チューニングと、オンデマンドクラウドやGPGPU5)の活用で計算量を確保することが可能となったため、すでに実用段階になっている。

現時点では、特定の領域に限って効果を発揮するタイプの技術が実用化されている段階だが、今後は、より汎用性のある人工知能に関連した技術が開発されていくものと思われる。つまり「囲碁が打てる」や「対話ができる」といった単一の機能性を有する技術から、対面している相手の生体反応や反射、音声から感情を認識し、「どのような動作をすれば良いかを推定する」ような、よりハイレベルなコミュニケーションや、これに連動した動作の実現が予想される。

加えて技術的な進展とともに忘れてはならないのは、時間の経過とともに蓄積、学習される情報が指数関数的に増加していくことである。そして、その情報自体も新たなインプットとして解析処理や特徴量の抽出精度を向上させるため、進化の速度は一層速まっていく。

このように、人工知能に関連した技術は、着実に産業や一般社会に浸透しつつある。そして、業務の効率性は向上し、商品やサービスが消費者にとってより価値のあるものへと進化していくであろう。

人工知能の進化と浸透が日本に与える影響

それでは、人工知能は、日本の労働市場や労働生産性にどのような影響を与えるのだろうか。

人工知能に関連した技術の進歩は、労働生産性に大きな効用を生み出す可能性が高い。先に述べたように、従来人手に頼っていた業務の一部は、コンピュータによる処理で代替できると想定される。職業そのものがなくなるということではなく、業務の内容や質が変化していくという表現が適切であろう。1日の労働時間に制約なく業務をこなし続けるシステムがあれば、このような、より効率的な労働力や手段に業務を移管するのは経営者として自然な判断である。

端的な仮説として自動運転を挙げると、法整備や規制がクリアされ、公道での完全な無人自動運転が可能になった場合、トラックドライバーの仕事は、運転そのものから集中管理センターでの運行監視へと変化するかもしれない。1人の人間が、自動運転する数十台のトラックの運行状況を管理しながら、異例操作の時だけジョイスティックを握ることが実現すれば、労働生産性は飛躍的に向上する。この環境下においてはトラックの事故は相当に低減されており、かつ事故が起こった際の過失のあり方も現在から変化している可能性がある。さらには、自動車保険の形も変化し、それが損害保険会社の営業員の働き方を変化させていく可能性も否定できない。

日本の労働市場に目を向けると、2016年の現在の生産年齢人口7,597万人6)は、2030 年には6,773 万人程度となり、およそ800万人も減少すると言われている。人口減少に対応するために様々な政策が進むとは思うが、上述したような、労働の質の変化はありながらも、労働生産性の改善による効用は、日本の社会全体にプラスの変化をもたらすものだと思われる。

2  会計監査業務における潜在的な変化

次に、会計監査業務において人工知能に関連した技術の活用が代替し得る業務の可能性と、その潜在的な領域について触れていきたい。


会計監査を取り巻く環境は、人工知能やIoT、クラウド、ロボティクスに関連した技術によって今後大きく変化することが予想されるであろうことは、職業がなくなるかどうかは別にして明らかである。これは近年の技術革新が後押しする部分もあるが、会計監査における監査意見の形成に至るまでのプロセスが、これまでの歴史において、手作業で行っていたものをそのまま電子化するという側面が強く、革新的な変化があったとは言えない一方で、企業を取り巻く環境は激変しており、事業スキームから会計処理に至るまで大きく変遷してきていることからも、想像できる。


特に公認会計士が実施する財務諸表監査において、時々刻々変化する企業の事業活動・会計処理に係る判断の基礎を会計基準の改定や監査の基準などが提供しており、これらを拠り所にしながら公認会計士が重要な虚偽表示リスクの決定を行い、監査上重要となる事業活動、科目、開示を決定している。そして、その決定に基づいたサンプルベースでの証憑突合、または回帰分析に近い分析的手続を主体とした取引や会計事象の正しさを確認することで、十分かつ適切な監査証拠を入手し、監査手続を実施するという流れは数十年変わっていない。


この監査のプロセスは、昨今の技術進歩により、以下の点において今後大きく変化する可能性がある。なお、これは監査を取り巻く情報技術が与える潜在的な影響を述べたものであり、現在行われている財務諸表監査手続そのものの是非について見解を述べるものではないことにご留意いただきたい。

手続が自動化されることで、人の関与が減少する領域

過去の事例や体系化された情報に基づいて判断される問い合わせ応答を自動化するメリットが大きいことは先にも述べたが、企業会計の基準の画一的な適用によって監査手続を実施するような局面もこれに該当する。また、判断を伴うとはいえ、過去の実績等に基づいて算出される会計上の見積り、例えば貸倒引当金のような評価性の引当科目は、相当程度自動化が可能である。企業が構築したロジックを検証し、科目全体を再計算することは特段難しいことではない。これは、売上計上など多量だが定型的に処理されることが多い科目と比較すると、相対的には複雑な判断をしているとはいえ、自動化されないと言い切ることはできないということを意味する。

企業が事業運営過程において高度にシステム化された処理等を行っている場合、これを監査人が一時点の記録として提供される監査証拠から手作業で再現、検証することは、投下された経営資源量の違いを考えれば難易度が高いことは自明である。しかし、企業が実装した機能を、ある程度対称性を持って監査人が実装できたとすれば、計算処理や数理統計を用いたシミュレーションを監査人も行った上で、識別された乖離についてのみフォローするということで足りる。結果的に実証手続や内部統制の検証、評価性を持つ各種計算領域などは、多くの部分が自動化される可能性がある。

企業と監査人の常時データ連携

監査におけるコミュニケーションにおいて、単純だが多くの労力を割く証票やデータのやり取りは、今後は企業と監査人の間が物理的に分断された環境で授受を行う形から、企業と監査人の間が常時接続された環境での授受へと変化するだろう。海外も含めた当法人ネットワークファームでは、仕訳データを日次連携している監査先が実際に存在している。

監査人が企業の莫大なデータを保有し切れるのかという端的な問題は、クラウドコンピューティングが多くの部分を解決するだろう。そもそも監査人が必要とするのは、企業活動における一部のデータのみであることから、企業のシステムに対して監査人が必要とするIT資源は相対的に小さい。監査人は、監査先のデータを検索・抽出することが主で、同時多数の顧客からの接続処理や、データをリアルタイムに更新するために企業が必要とするようなリソースも必要ではない。

企業にしてみれば、特に期末を過ぎて限られた時間の中で決算を行わなければならない状況下で、監査人からの大量の資料提供依頼に対応する時間を減らすことができる一方、監査人にしても、複数の監査先を担当しながら、各企業が作成する情報の受領のタイミングを見極め業務の割り振りを行うなど、監査の本質とは遠い部分でかかる多くの負荷が、自動化されることで大きく改善できるであろう。

加えて、独立性や監査の基準をクリアできる施策やセーフガード等が前提とはなるが、監査人が提供する会計システムで企業が会計処理と決算を行うのは極めて効率的とも言え、そのような将来がないとは言い切れない(図表4)。

図表4 

取引全量を利用した監査を通じ過去実績の把握から将来予測へ

財務諸表監査における手続は、多くの場合過去の会計事象を対象としたものであり、過去の特定の期間における会計処理の適切性に対して意見表明するものだが、上述のような技術の進展によって、監査実施の時点が過去から現在へ、頻度が都度からリアルタイムに変わる可能性がある。

現在通常に財務諸表監査を実施する上では、期中往査や四半期レビューも含めると数ヶ月ごとに監査上の手続を行っている。一方で、企業側は日々取引の記帳を行っており、この記録の共有を日々受けたとすると、リアルタイムに近い形で監査先の会計処理を確認することができる。

日々取引データが共有され、これを同じく日々自動的に検証し、異例事項を検知する環境においては、出力される結果は、当日発生した事象全件に対するフォローとなる。日次で関連する全件のデータが連携されることで、監査手続実施の起点として一般的な四半期、または月次の科目別残高とはまったく異なる粒度で企業の会計処理に向き合うことが可能になる。あわせて、データの粒度が細かくなり蓄積が進むことで、分析における予測精度が向上し、高精度な異例事項の検知や、統計的な将来予測が実現される。

期末近くになって、企業が監査人から半年前の海外拠点における個別取引や会計処理の妥当性についての問い合わせを受けるのではなく、昨日の特定の取引内容と今後に与える影響について、翌日の午前中には連絡が来るといった具合に対応が変わるだろう。

これらは、個別取引データや会計処理レベルの検討に当たって有益なだけではなく、経営者の会計上の見積りについても、経営者の持つ仮定の合理性を判断する上で、実測結果に基づく検討が可能になる。「経験上売れると思うし、現場が気合いで売り切るから、在庫は収益性の低下による簿価切下げはしない」といった判断は、「過去の売上トレンドと商品ライフサイクルから時系列予測を行った結果との乖離が大きいので認めることはできない。監査人の予測では、当該商品は12月を除く毎月、概ね3%ずつ売上が減少するはずである」となるかもしれない。

継続的監査(Continuous Auditing)

自動化・機械化されるのは、外部監査に限らない。内部監査機能が現状よりも一層IT化し、IT監査機能の強化がなされる中で、Continuous Auditing(継続的監査:CA)の実装が進み、監査人は内部監査部門のモニタリングに一層依拠する領域が広がる。

このプロセスが進展していく過程においては、おそらく外部監査のCA化が進み、これを内部監査にも取り込む形で進展するものと予想する。日本企業における内部監査部門は、必ずしも潤沢なIT監査やデータ分析の専門家を抱えているわけではない。そのためCAを実装するために、外部専門家の支援や助言を受ける上で、監査人が自社の監査に対して実装しているCAを参照することは、効率的なアプローチである。

監査において新たに検証対象となるもの

企業において人工知能や機械学習の活用が進むと、商品価格や在庫水準などが統計モデルによって自動的に決定され、取引が実行される。そうすると、これまで監査において実施してきた手続では、それぞれの決定の根拠や、妥当性が説明しきれなくなっていく可能性がある。同様に、IoTの浸透で取引発生や所有権の移転の記録が、従来の発注書や契約書、納品書や検収書から、センサーが記録するログに置き換わると思われる。

例えば、小売店の物流センターのセンサーが在庫量の下限を検知して自動発注し、取引先の物流センターで自動出荷処理が行われ、製品にタグ付けされたRFID(Radio Frequency IDentification)で出荷が特定され、売上計上される。小売店の物流センターでは、RFIDで納品を検知して在庫量を修正、仕入計上する。在庫量については、販売予測システムが算出した予定在庫量が自動的に適用され、これに基づいて在庫の調整がなされる。

このようなプロセスを想定した際に、監査上の検証対象となる受発注に係る証憑に代わって、このセンサーの情報の正確性や網羅性、そして在庫高の決定に利用されるモデルが、新たな要点になってくるだろう。

報酬モデル

監査報酬モデルも、これらに応じて変化する可能性がある。企業のデータを直接的に利用し、手続を高度に自動化し、検証手続も人工知能などを活用した予測モデルで行うことが主体になる財務諸表監査においては、監査人がどれだけの時間を費やしたかという時間に対する報酬ではなく、事業における不確実性の度合いによるリスクや、監査手続における自動化の度合い、利用する予測モデルの適合度合い(適合度が低ければ手作業が増える)、内部監査部門で実施されるCAへの依拠度合いなどを勘案した報酬モデルへと変化していくことが考えられる。

 

 

監査における監査人とのコミュニケーション

財務諸表監査における監査人とのコミュニケーションにおいて、会計事象や会計処理に関する点に加え、予測モデルや不正検知ロジック、実装されたCAを検証するための技術情報などが増加し、コミュニケーションの対象も、公認会計士だけではなく、監査チームを構成する、それ以外のIT専門家やデータ分析の専門家などを対象とする割合が増えていくことになるだろう。

一方で、公認会計士とのコミュニケーションは、個別取引の検討から、経営・事業の根幹に係る戦略やビジネスリスクといった、企業活動の本質に対する内容に、より多くの時間を費やす形へと変化していくだろう。個別詳細の部分について自動化されたプロセスは検証済みであり、異例事項についても日々のやり取りの中で解消されているはずだからだ。

監査人は、経営者の持つ事業の方針や会計上の見積りについて独自のモデルや仮定を基に、より具体的な問いを投げかけるようになるだろう。グローバルに展開している会計事務所では、これを支援するツールやモデルの開発に、すでに一様に取り組んでいる。

代替されない領域

では、変わらないものはないのか。企業経営と意思決定が完全に自動化され、人間が評価・判断するべきものがなくならない限り、監査人は監査先に出向き、経営者の言葉に耳を傾け、職業専門家としての見解や判断を経営者と交わすだろう。時に前例にとらわれずリスクをとりながら戦略的に意思決定をしていく経営者の判断に対する評価や、収益性のみでは計れない価値に対する投資判断、数字には表しきれない経営者の誠実性の判断など、公認会計士・監査人としての総合的な判断は、人工知能がどこまで進歩しても、相手が人間である限り必要な存在であるだろう。

人工知能や機械学習は、与えられた問題に対する解を人間よりも極めて高速に、かつより確からしく導くことができる一方で、その問題が設定された背景を推定した上で、まったく違う問題設定と解の導出を行うことは、Deep Learning の今後の進展によっては可能であるかもしれないが、まだしばらくは時間がかかりそうな状況である。

そもそも人間の判断というのは矛盾に満ちたものであり、これはどこまで進歩してもモデルによって説明できるものばかりではない。この人工知能やIoT、クラウド、ロボティクスによる自動化・機械化を活用しながら、企業会計とビジネス全般に対する高度な専門性を持った人間味あふれる会計士が提供する会計監査業務というものは、今後も変わらず必要とされ、存在し続けるものであると信じている。

終わりに

そもそも市場に求められない商品やサービスは自然と淘汰されていくものであり、変化していく市場環境に適応できないものが残っていくことは、非常に難しい。これは、チャールズ・ダーウィンの時代から語られた言葉であり、史実であり、現実である。

会計監査、会計士といった業務・職業は、将来においても現状のままであることは恐らく進化の過程に抗うものであり、それを望むことは社会一般の利益にもそぐわないだろう。その意味では、人工知能によってであろうがなかろうが、求められるものを提供できない事業・職業は淘汰され、代替されていく。規制とて、将来において引き続き事業内容や他業参入を制約するものであるとは限らない。

昨今の会計監査を取り巻く厳しい環境の中で、その本質的価値を磨き上げるために、監査に従事する者の多くが危機意識を持って取り組んでいる。各種メディアの情報も含め危機意識を否応なく高められる状況は、前向きに捉えればチャンスでもある。技術の革新による会計監査、監査人の進化は一面に過ぎないが、より魅力ある、真に必要とされる会計監査の提供に向け、業界に身を置く人間の一人として、全力で取り組んでいく決意で日々臨んでいる。是非、監査業界、会計監査、監査人にご期待いただきたい。

【注】

  1. “シンギュラリティ”とは、機械の能力が人間を完全に上回り、コントロール不能となるある種の臨界点“技術的特異点”のことである。
    Kurzweil, R. The singularity is near:When humans transcend biology. Viking Penguin, 2006.
    レイ・カーツワイル『ポスト・ヒューマン誕生:コンピュータが人類の知性を超えるとき』井上健  監訳、小野木明恵=野中香万子=福田実共訳(日本放送出版協会、2007年)
  2. Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne:THE FUTURE OF EMPLOYMENT:HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION ?, 2013.
  3. M. Hilbert and P. Lopez:The world’s technological capacity to store, communicate, and compute information, Science, Apr. 1, 2011.
  4. 従来の手法では分析者が問題設定を理解し、様々なデータ変換(特徴量抽出)方法を試行錯誤して精度を磨き上げるが、Deep Learningでは変換方法も自動的に最適化されるため、従来の手法より高精度を達成できると言われている。
  5. GPUはCPUとは異なり、一般的に画像処理を専門とする演算装置である。このGPUの機能を使った汎用計算。
  6. 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)」の出生中位・死亡中位仮定による推計結果。

 

本記事は私見であり、有限責任監査法人トーマツの公式見解ではございません。

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