業界展望2024年 エンジニアリング&コンストラクション ブックマークが追加されました
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業界展望2024年 エンジニアリング&コンストラクション
サステナブルな手法とテクノロジーの進歩が2024年の業界を形成
本レポートは、サステナビリティ、デジタル化など、エンジニアリング&コンストラクション(E&C)業界で注目すべき主なトレンドを取り上げながら、E&C企業が不確実なマクロ経済環境の中で競争力を強化し、目の前にある機会を活用して成功するために検討すべき対応策を示している。
日本語版発行に寄せて
本レポートは、米国のエンジニアリング&コンストラクション(E&C)業界が直面している課題に対して、業界各社の成長トリガーとなる5つの観点について論じたものである。米国の動向に則したレポートではあるが、日本国内のE&C業界が直面する課題及び対応策として、以下の2点で示唆があると考える。
① 米国と日本国内の直面している課題の類似性
米国のE&C業界企業が注目する5つのトレンドとして、①サステナビリティと効率性の両立、②先進テクノロジーや生成AIの活用、③継続的な経済の不確実性による影響の回避、④コスト変動に対する戦略的な対応、⑤新たな仕事や労働規範への適応、が挙げられている。これらのトレンドは米国だけではなく、日本国内にも適用できるものであると考えられる。
例えば、脱炭素を中心としたサステナビリティに関する①は、社会的な背景も踏まえて各社の事業戦略と密接に関連した課題として日本国内でも重要視されている。また、③④⑤についてはインフレや人材不足に起因する、マーケットの状況変化や価格変動への対応、働き方改革といった文脈でこれまでと変わらず重要なテーマとして捉えられている。
② 競争力の前提となるのはデジタルトランスフォーメーション
本レポートのまとめでも述べられているが、5つの観点の中で②を除く4つのトレンドへの対応の基盤となるのが、②の先進テクノロジーやAIを活用したデジタルトランスフォーメーションだといえる。BIM活用やロボティクスの推進といったこれまでの取組みの加速に加え、さらなる効率性の追求を意図したAIを中心とするテクノロジーの応用が必須である。また、データ主導の洞察や意思決定への変革を促すことよって、4つのトレンドへの対応としての、エネルギー効率や財務パフォーマンスの向上に寄与する対応を的確に講じることを可能にする。
サステナブルな手法とテクノロジーの進歩が2024年の業界を形成
米国の建設業界は2023年に名目付加価値額で前年比7%増、名目総生産高で前年比6%増という結果であった1。さらに、2023年第3四半期の時点で、名目建設支出は安定した増加基調を維持した2。しかし、2022年以降もこれまでの実質GDPの動向が続くとすれば、売上増加の大部分が価格インフレにけん引されている可能性が高いことに留意する必要がある。進行中のインフレへの対策に加え、業界は資材価格の変動と人件費上昇に直面している。もう一つの重要な課題は継続的な熟練技術者不足であり、業界に大きな影響を与え続けている。さらに、高金利と融資基準の厳格化も建設事業に影響を与えている。
しかし、2024年に向けては、2021年および2022年に可決された3つの重要法案(インフラ投資雇用法(IIJA)、インフレ抑制法(IRA)、半導体生産向け支援インセンティブ制度(CHIPS))に関連した資金が業界に流入すると予想されるため、製造業、交通インフラ、クリーンエネルギーインフラに関する建設へ弾みがつく可能性がある3。そのため、建設業に対する信頼感は依然として高く、特に2024年上半期には利益率が上昇し労働者数が増加するとの見通しを米国の建設業界団体(Associated Builders and Contractors(ABC))が示している4。
エンジニアリング&コンストラクション(以下、E&C)企業が来年の計画を立てるにあたり、予測される業界の成長を活用し、不測の事態に対処するのに役立つ5つの主要分野は以下の通りである。
- 一層重視されるサステナビリティと効率性
- 進化するデジタル化及び生成AI
- 市場の不確実性による影響が異なる住宅・非住宅分野
- コスト/需要/顧客のボラティリティをコントロールするための事業戦略
- 人材とスキルのギャップを埋める新しい労働規範
1. サステナビリティと効率性の両立
サステナビリティは建設業界にとって引き続き経営上の必須課題である。E&C企業は、変化する市場動向や環境規制に適応し、より環境に配慮した建物を求める顧客の要望に応える一方で、建設コストの急激な上昇を防ぐという、多面的な課題に直面している。
国際エネルギー機関(IEA)によると、世界のエネルギー消費量の30%ないしエネルギー関連排出量の26%を建物が占めている5。効率の良い建材やサステナブルな建築手法の導入が進むにつれ、業界は変化を加速させ、IEAの「2050年のCO2ネットゼロ排出達成を想定したシナリオ」に合致するよう、より良い立ち位置を築くと予想している。このシナリオでは、2030年までに新築建築物の全てと既存建築物の20%のゼロカーボン対応を要請している6。米国グリーンビルディング協会の2023年報告書によると、調査対象となったほとんどのE&C企業にとって、サステナビリティは組織ミッションや事業戦略に合致するため、最優先事項となっている7。主要な建築資材のエンボディドカーボンの削減、パッシブデザインの原則、高エネルギー効率機器の使用などの戦略は、建物の建築と運用の両方に関連する二酸化炭素の総排出量を最小限に抑えることで、脱炭素化を加速させる8。
米国政府もまた、連邦バイクリーンイニシアチブを通じて、サステナブル建築を優先している。例えば、このイニシアチブにより、アスファルト、コンクリート、鉄鋼などの低炭素建設資材の調達や、連邦政府が資金を提供するプロジェクトでの使用のために、20億米ドル以上の予算が設定された。また、州政府、地方自治体、公共企業等による炭素排出量を削減した建築製品の購入を支援するために1億米ドルが割り当てられた9。
IRAでは、追加的な税額控除に加えて、17億米ドル以上の資金を提供することで、断熱材、照明、冷暖房、換気、空調システムなどのエネルギー効率改善を企業に奨励している10。効率性、つまりオペレーションを最適化する一方でリソース活用を最小限に抑える構造を実現させることが、サステナブル建築のカギになってくる。サステナブル建築に伴う初期費用は、長期的なライフサイクルコストの削減によって相殺することができる。高性能ファサードや高効率エネルギーシステムの使用によって、このようなコスト削減が見込まれる11。
さらに、企業は建物の効率を高め、エネルギー需要を削減するために様々なパッシブデザインの手法を試すことができる。これらデザイン手法には、太陽熱の遮断や取り込みのための構造物(建物)の方向付け、熱吸収の削減・断熱効果の向上を目的としたグリーンルーフの設計、エネルギー消費量の削減に向けた高エネルギー効率器具や昼光対応型照明制御の導入、室内温度安定化を目的とした効果的な断熱材と調湿材を使用した建築外皮の設計などが含まれる12。E&C企業が市場で自らの差別化を図り、顧客の優先事項を満たす上でコスト効率の高い方法でサステナブルな構造物を提供することは、最も重要である。E&C企業は、2024年においてもサステナビリティと効率性を両立させるための革新的なテクノロジーを駆使した戦略を模索し続けるだろう。
サステナビリティと効率性を両立させることに加え、ハリケーン、洪水、山火事などの悪天候の増加により、レジリエントな設計に注目が集まっている。米国グリーンビルディング協会が強調しているように、建物の所有者や顧客は、様々なレジリエンス需要に対応するグリーンビルディングのアプローチに高い関心を示している13。サステナビリティとレジリエンスの両方に対するこのような新たな需要に伴い、業界では自己修復性と高い性能を備えた、環境に優しいコンクリート、電磁鋼板、グラフェン、炭素繊維複合材料などの先進的な新素材開発機会の増加を上手に活用する態勢を整えている。これら目的ドリブン型の新素材は、自然に存在する素材の機能を凌駕するように設計されており、耐久性、柔軟性、循環性、安定性、有効性などで利点がある14。また、E&C企業が新築建築物のカーボンフットプリントの削減に取り組む中で、処理済み木材、低炭素レンガ、シリカヒューム15などのサステナブルな材料も増加する可能性がある。
サステナビリティを達成するための方法にかかわらず、E&C企業は、コンセプト段階でサステナブルな設計方針と構造的性能の優先順位付けを始めることが期待されている。このような早期の計画立案により、炭素排出量を大幅に削減することができる16。E&C企業は、設計・建設プロセスの早い段階で循環経済の原則を取り入れてもよいだろう。このような原則に基づき、企業は材料の再利用、解体を考慮した構造設計、廃棄物の削減に取り組むことで、環境問題に対処し、事業の成長を後押しすることができる。
生成デザイン、シミュレーション、ビルディングインフォメーションモデリング(BIM)によるオプショニアリングなどのテクノロジーや手法を活用することで、建設前に建物の性能やカーボンフットプリントをモデル化し、コストとスケジュールの両方を見積もることができ、結果としてシームレスなプロジェクトデリバリーがもたらされる。また、これらのテクノロジーにより、効率を向上させ、納期の信頼性を高め、リソース配分に磨きをかけ、最終的にプロジェクトの費用とリスクを低減することができる。さらに、BIM、IoTセンサー、データ分析、エネルギー最適化技術の利用は、排出量削減に寄与するだろう。
2. デジタル化と生成AIによる新たな価値の創出
近年、E&C業界は、プロセスや効率の改善に役立つデジタルテクノロジーを少しずつ導入してきた。しかし、生成AIやその他の変革をもたらすテクノロジーの台頭により、E&C業界は現在、プロジェクト設計、スケジュール最適化、コスト管理、現場検査、安全性、コンプライアンス、品質保証にわたっての改善を実現する態勢が整っているようにみえる。
Deloitte AI Instituteは、生成AIを「機械がテキスト、コード、音声、画像、動画、プロセスなどの形式で新たなコンテンツを創造する、人工知能のサブセット」と定義している17。
業界のリーダーたちは、労働力、コスト、サプライチェーンに関する継続的な課題を軽減するため、引き続きテクノロジーへの投資を優先し、効率性の向上を目指している18。生成AIの台頭は、パンデミック時に得られた勢いを起点に、業界のデジタルトランスフォーメーションにおいて極めて重要な局面となり得る。E&C企業も建設テクノロジー企業も、効率性向上における生成AIのポテンシャルを積極的に探っており、自社のビジネスニーズに合わせてこのテクノロジーを活用するソリューションの開発に取り組んでいる19。
最近のデロイトの調査によると、最高執行責任者(COO)のうち55%は、適切なユースケースを特定することが人工知能を活用してビジネス価値を創出するにあたっての主な障壁と回答している20。さらに、E&C企業にとっては、サイバーリスク、データセキュリティ、信頼の欠如に関する懸念が最大の関心事となっている21。包括的なリスク軽減戦略を策定することで、企業が生成AIの応用方法を模索する際の懸念に対処することができる。
図1は、E&C企業が2024年以降に活用を検討可能なユースケースをいくつか示したものである22。これらのシナリオでは、企業がコスト削減、建物の性能と安全性の改善、サステナビリティの向上といったメリットを実現するのに役立つ、建設の様々な段階における生成AIの多様な応用例を示している。
生成AIの実用化に向けて実証を続けている間にも、企業は他の様々なAI技術や新しいテクノロジーの進歩を加速させることができる。
これらのテクノロジーには、ドローン、自律走行車、ロボティクス、BIM、IoTセンサー、その他、価値の実現を促進するために導入されているものなどがある。例えば、基礎となるデジタルテクノロジーが既に導入されているため、ドローンや自律走行車は、検査や作業現場の監視を行う用途から、資材搬入、測量、設置などの分野における作業の最適化まで、建設現場における様々なシナリオで使用できる。
これらの新しいテクノロジーとその応用は、利益率を改善し、より強固なパートナーシップを育み、様々なステークホルダーや機能部門間の連携を支援し、透明で信頼できるデータ共有を通じて、統合されたプロジェクトデリバリーを向上させることができる。E&C企業は、生産性向上のためだけでなく、以前は非経済的であったかもしれない新しいサービスやビジネスモデルなど、より上位レイヤーの事業機会を探索するためにもテクノロジーの進歩を活用することができる23。
これらのテクノロジーは、人間の知性と管理にかかっていることを認識することが重要である。建設テクノロジーの進歩にかかわらず、業界のリーダーたちは、事実確認、詳細分析、各建設工程で必須の複雑な細部の理解といったタスクを実行するために、高度なスキルを持つ個人の関与を必要とする、人間参加型コンセプトを模索している24。さらに、新たなテクノロジーが導入され普及していくためには、企業はテクノロジー提供者、オペレーションベンダー、請負業者、オートメーションベンダーなど、強力なエコシステム連携やパートナーを築く必要がある25。
3. 継続的な経済の不確実性による影響
昨年のE&C業界の展望レポート発行以降、この1年の金利上昇と高インフレを受けて市場の細分化が進んでいる。建設業界では、さらにもう一年、景気の不透明感が長引くと予想される。2023年9月のフェデラルファンド金利は5.3%と22年ぶりの高水準を記録した。26。さらに、2023年8月の米国の全都市消費者物価指数は前年比4%上昇した27。FRBによる金融政策のさらなる引き締めは、インフレが沈静化しても景気後退の懸念を引き起こす可能性がある28。
より広範な経済状況、金融政策、市場全体の不確実性により、様々な分野に多様な影響が及んでいる。2023年8月の総建設支出は1兆9,800億米ドルで、前年から7.4%増加した。この総支出の実績は主に非住宅建設支出によるもので、2023年8月に前年比17.6%の伸びを記録した。これとは対照的に、住宅建設支出は同期間に3%減少し、住宅市場の全体的な低迷を浮き彫りにした(図2)29。
2024年の住宅分野については、より広範な経済状況に左右される。2023年1月から8月までの総住宅着工戸数は前年同期比で13%減少したが、これは主に金利とインフレ率の上昇によるものである30。米国労働統計局のデータによると、2023年8月の米国都市部の住宅インフレ率は、前年同月比5.7%に上昇し、コア消費者物価インフレ率の上昇に大きく寄与した。住宅分野が景気循環に敏感であることを考えると、金利や住宅ローン金利の高止まりは、住宅取得能力に影響を与え、需要を減退させ、同分野の活動を抑制する可能性が高い。
デロイトによる米国経済の予測では、来年までの住宅建設は小幅な伸びに止まるとしている31。
一方、非住宅分野は、2024年にチップ製造工場、バイオテクノロジー施設、EVバッテリー工場、その他クリーンエネルギープロジェクトの建設に連邦政府の資金が投入され、いくつかの大規模プロジェクトが着工することから、堅調な成長が続くと思われる32。製造業建設支出は、2023年8月時点で年間65.5%増と最大の伸びを示した。
製造業建設支出は、CHIPS法から520億米ドル以上、IRAとIIJAから約1,520億米ドルの資金が提供されることから、2024年にはさらに伸びるとみられている33。
さらに、IIJAの資金がプロジェクトに流入したことで、2023年8月の交通インフラ建設支出は前年比9.4%増となった。2024年に入ると、同法の資金の影響がさらに顕著になる可能性があり34、約5,880万米ドルが交通、ブロードバンド、気候、エネルギー関連の建設プロジェクトに充てられる35。州政府や地方政府による大幅なインフラ投資も成長を促進すると考えられる36。
最後に、IRAもまた、再生可能エネルギー発電施設や送電施設などのクリーンエネルギーインフラの拡大に対する税額控除やエネルギー優遇措置を通じて、建設業界に機会を創出し、2024年後半まで様々な資金調達の機会を提供している37。
非住宅分野の建設プロジェクトにおいては、公的資金が投入されるものの、資金調達の問題や、サプライチェーンの混乱といった市場の不確実性による、工期遅延が懸念される。また、経済の不確実性に応じて材料費や人件費が変動するため、利幅が減少する可能性がある。金利の変動により、資金調達費用が上昇し、特定のプロジェクトの実現可能性に影響を与えることも考えられる。最後に、この分野の受注残は、経済が不確実な状況でもE&C企業が事業を維持するうえで重要な要素であるが、新規プロジェクトのスケジュールや資金調達が来年も不明確なままであれば、減少する可能性がある。2023年8月現在、非住宅分野の受注残は9.2ヵ月に増加しており38、来年いっぱい同分野を支えると予想される。
不透明な経済情勢を乗り切るための打ち手として、業界でのM&A活動が活発化する可能性がある。2022年10月から2023年9月にかけて、業界は184件のM&A案件を記録し、完了した案件の推定総額は37億米ドルとなった39。これらの案件の多くは、新たな収益源の獲得を図った新市場への戦略的拡大、またはコスト効率化の実現と市場変動へのレジリエンスの強化を図った水平統合を目的としていると思われる。業界ではプライベートエクイティ投資家によるM&A案件も84件あり、その取引総額は45億米ドルに上った40。こうしたM&Aは、プライベートエクイティ投資家がインフラ資産と資本プロジェクトに引き続き投資する中で、今後も増加する可能性がある。
E&C企業は、市場の不透明さを克服するために、自社のケイパビリティに基づいて戦略的に決断を下す必要があるだろう。一部の建設会社は、コアビジネスに集中し、専門性を深め、リスクを回避することを選択するかもしれない。他方、市場が安定を取り戻したときにより大きな報酬を得られるよう、事業変革や新たなM&A活動への的を絞った投資を行うことで、改革や拡大を選択する企業もあるだろう。
4 コスト変動に対する戦略的対応
米国の建設会社は、過去数年、人件費や材料価格の頻繁な変動もあり、大きなコスト圧力に直面している。コストの変動はプロジェクトの計画立案を複雑にし、プロジェクトの中断や中止を検討する事態を招く。コスト上昇のためにプロジェクトの中止や範囲変更に至った企業も数社ある41。コスト変動の管理は、企業にとって最優先事項であり、綿密に管理しなければ着工を遅らせることになりかねない。42
建設業の平均賃金は着実に上昇している。BLSのデータによると、2023年8月の平均時給は前年比5.2%増の36.70米ドルで、2020年3月の新型コロナウイルスのパンデミックによるロックダウン開始以降、約17%上昇した(図3)43。労働需要が供給を上回る状況が続くため、2024年の建設賃金は上昇圧力に見舞われると予想される。このような状況によって、人材を惹きつけるために競争力の高い給与を提供できる大手企業に比べて、中小企業はより脆弱になる可能性がある。賃金の上昇は、特に上昇したコストを顧客に転嫁できない場合、プロジェクトの遂行や利益率にも影響を及ぼす可能性がある。
2023年も価格変動が続いたが、年初数ヵ月は主要原材料価格で少し落ち着きが見られた(図3)。しかし、2023年第3四半期には、再び価格が上昇した。価格は、新型コロナウイルスのパンデミック前の価格水準には戻っておらず、多くのプロジェクトの収益性に影響を及ぼしている44。エンジニアリング&コンストラクション企業がコスト変動を乗り切るためには、価格設定のカギとなる以下の事項を考慮する必要がある。
- 2023年8月の建設資材価格は全体で前年比0.1%上昇した45。また、2020年2月以降、40.7%上昇している46。
- 鉄鋼、木材・木製品、針葉樹材、製鉄所製品などの原材料価格は8月に下落したが、それでも新型コロナウイルスのパンデミック前の価格を大きく上回っている47。
- 建設機械・設備のコストは8月に前年同月比で6%上昇し、2020年2月以降では26%以上上昇した。同様に、コンクリート製品価格は8月に前年同月比で8%以上、2020年2月以降では32%以上上昇した48。
こうした価格水準は、入札価格とプロジェクトにかかるコストを上昇させ、E&C企業の収益性に影響を与える恐れがある。建設機械価格が上昇し、工具メーカーが近年のサプライチェーンをめぐる課題からの回復途上にある中、E&C企業は2024年に設備・工具のリースや融資にますます向かうようになる可能性がある。原材料価格は今後数ヵ月以内に安定化する可能性があるが、リードタイムが長期化しつづけるため、機械・設備価格は高止まりする可能性が高い。
2024年、E&C企業はコスト上昇分を回収するために、以下のような経営戦略を検討することができるだろう。
- 支払い条件が不規則であったり、一貫していなかったりと、会社の業績に影響を与える可能性があるため、顧客と定額支払い条件について話し合い、条件を決定。
- カテゴリーマネジメント、サプライヤーとの戦略的な契約交渉、戦略的調達などのサプライチェーン戦略を導入。
- 受注残が持続可能でない可能性があるため、規律あるコスト・間接費(つまり、顧客に請求されない業務)管理アプローチを適用。
- プロジェクトライフサイクルの早い段階で顧客と関わることで、よりよい意思決定とプランニングを行い、設計の選択の迅速化と原材料の高度な調達を実現。
- コストデータの監視・分析により業務を合理化し、最適なプロジェクトタイプを特定。
- プレハブ建築やモジュール建築の手法を活用し、材料費を抑え、人件費を削減し、プロジェクトのスケジュールを短縮し、予算超過を抑制。
5. 新たな仕事や労働規範への適応
米国のE&C業界は、不足する労働力の確保に苦慮し続けており、大幅な労働力ギャップに直面している。2023年8月の建設業界の求人総数は35万人で、前年同月比1.4%増、新型コロナウイルスのパンデミック前の水準を13%以上上回った。同時に、離職率はレイオフや解雇を上回っており、労働者自ら退職が浮き彫りになっている49。
昨年の展望で述べたように、リモートワークの増加とキャリアの柔軟性の向上がE&C分野に人材の確保・維持の問題をもたらした。現在では求人数増加の大きな要因となっている50。最近のABCの報告によると、E&C業界では2024年には34万2,000人以上の新規労働者が必要となるとのことである51。複数のセクターにおける賃金の上昇により、潜在的な労働者はより安全で肉体的負担の少ない職種、例えばサービス業界やIT業界の職種を選ぶようになっている52。さらに、多くの高校で、コンピューター学習に重点を置いた職業支援が行われるようになったため、労働者のE&C業界へのパイプラインは減少している53。
このように、熟練技術者の不足は、企業の事業運営そのものに直接的な影響を及ぼす。能力のある応募者が不足しているため、調査対象となった建設会社の68%が空いたポジションを埋めるのに苦労している54。仕事の需要に対応するため、調査対象企業の69%が、今後1年間で従業員を増やす見込みである55。
2023年の業界展望レポートで説明したように、人材の確保・維持に焦点を当てた戦略から、上記の課題によって生じた人材ギャップを埋める戦略への移行は、E&C業界の従事者の退職や高齢化によってさらに複雑になっている。建設業従事者の2割以上が55歳を超えており、現場で最も熟練した技術者であることが多い56。ABCの調査によると、調査対象の経営幹部の大多数が、高卒者、短大卒者、退役軍人、再就職者に対しても雇用の門戸を広げており、より広範で多様な労働力を採用するうえで、このような採用枠の拡大は有効な策と考えられる。
業界は労働力不足への対応を進めているが、E&C企業は以下のような多方面からのアプローチによって、来年は人材の確保・維持からリーダー的人材の活用・育成に重心を移すことができる。
- 「ギグエコノミー」を受け入れる:2023年の業界展望レポートでは、柔軟で機敏な労働力構造を確立することがE&C企業の人材の確保・維持に役立つと述べた。その延長で、多くの若者は、単一の雇用主にコミットするのではなく、複数の雇用主の下で契約社員として働くことができるギグエコノミーに惹かれているようだ。このアプローチであれば、企業はより幅広い人材を活用できるだけでなく、多くの労働者が求める柔軟性も提供できる。
- スキルアップおよびクロススキリングへの投資:実習制度や研修プログラムは、E&C企業の人材難を解決するのに役立つ。ABCによると、請負企業では、2022年に人材育成に15億米ドルを投資し、そのようなコースの受講者130万人以上に恩恵をもたらした57。建設会社では人材獲得のため、過去12ヵ月間でトレーニングや専門能力開発への支出を増やし、オンライントレーニングプログラムの利用も増やしている58。また、柔軟で効率的な労働力を生み出すため、企業は従業員を他の職務でクロストレーニングし、専門知識を広げることもできる。
- 労働者の安全の最優先:安全性を重視した労働環境の改善は、潜在的な求職者にとって建設業をより魅力的なものにする。安全教育は、2023年上半期の労働力投資総額の大半を占めている59。
- 競争力のある報酬と福利厚生の提供:競争力のある賃金と福利厚生の提供は極めて重要である。高収入が見込めれば、幅広い人材を惹きつけることができる。調査対象となった多くのE&C企業は、優秀な人材の確保・維持のため、過去1年の間に基本給、ボーナス、その他のインセンティブを引き上げ、福利厚生プログラムを開始した60。
- より広範なインセンティブの活用:登録実習生を雇用する企業が利用できるIRAの税額控除によって、実習プログラムの需要を高め、労働力訓練の機会を拡大し、雇用者に利益をもたらすことができる。
- ロボティクス、オートメーション、その他の最先端ツールの活用:ロボティクスやオートメーションは安全面でリスクの高い場所における従業員数の削減や無人化に役立つ。また、特定の職務への依存を最小化し、他の労働者のクロススキル化を支援することもできる(例:大工がロボティックソリューションを使用してレイアウト設計を行うなど)。テクノロジー主導のソリューションは、効率とコラボレーションを強化する。さらに、テクノロジーを導入することで、テクノロジーに精通した若い世代にとって、この業界がより魅力的なものになる可能性がある。調査対象となった建設会社の3社に2社が最先端ツールの使用は人材確保に役立つと回答している61。また、AIとロボティクスが労働者の安全性と生産性を向上させるという点でも、複数の企業が同意している62。
- 雇用における多様性、公平性、包括性(DEI)の促進:昨年の業界展望レポートでも述べたこの傾向は引き続き非常に重要であり、多様な労働力を雇用し、女性や過小評価されている民族に加え、退役軍人、障がい者、復職者など、新たな人材源から従業員候補を惹きつけることで、人材プールを拡大することができる。多様性はイノベーションと成功への重要な原動力である。建設会社の約77%が労働力の多様化は将来のビジネスにとって極めて重要であると考えている63。
未来への展望:デジタルトランスフォーメーションに基づくアジリティと適応性が競争力のカギ
米国のE&C業界は、持続的な圧力と景気変動に直面する中、強いレジリエンスを示してきた。2024年に向けて、経済の不確実性の中でさえ、サステナビリティと効率性への注目が高まっており、アジリティと適応性の重要性が強調されている。E&C企業は、新しいテクノロジーや分析手法を継続的に導入し、幅広い労働力を活用することで、機動性を維持することができる。デジタルトランスフォーメーションは、E&C企業が新たな相乗効果を生み出すのと同時に、効率の改善、排出量と廃棄物の削減、コストの削減、新たな価値の流れの創出、人材とプログラム管理の強化を実現するのに役立つ。生成AIなどの最先端テクノロジーの活用は、2024年のE&C企業に競争上の優位性をもたらす。さらに、E&C企業は、IRAによる政府の優遇措置、2024年に市場への流入が見込まれるIIJAによる資金、あるいはその両方を利用することで、コストと収益の両面で競争力を持つことができる。最後に、E&C企業は、単に外圧への対応としてだけでなく、不確実なマクロ経済環境の中でよりよく成功するための戦略的必須事項として、柔軟に変化に対応し続けるべきである。
E&C企業は不確実性を乗り越え、競争力を強化し、目の前にある機会を活用するために、来年の戦略のプレイブックに以下を加えることを検討すべきである。
- 高性能建材とエネルギー効率に優れたシステムの使用により、サステナブルな建設の経済性に焦点を当てること。
- BIMとロボティクスによるデジタル基盤への投資を継続し、効率性を高めるために生成AIなどの新たなテクノロジーの活用を模索すること。
- よりよい意思決定と業績維持のため、データ主導の知見を活用すること。
- 実習制度や研修プログラムによる人材育成と、自動化ツール、労働者の安全性、雇用におけるDEIに関する説明の展開に投資すること。
発行人
鈴木 淳
パートナー
デロイト トーマツ グループ
庄﨑 政則
パートナー
デロイト トーマツ グループ
原著・注意事項
本稿はDeloitte US が発表した「2024 engineering and construction industry outlook」をデロイト トーマツ グループが翻訳・加筆し、2024 年4月に発行したものです。和訳版と原著に差異が発生した場合には、原著を優先します。
執筆者
Michelle Meisels
United States
Misha Nikulin
United States
Kate Hardin
United States
Matt Sloane
United States
Kruttika Dwivedi
India
問い合わせ先(和訳版)
デロイト トーマツ グループ
Industrial Products & Construction
庄﨑 政則/Masanori Shosaki
パートナー
建設セクター リーダー
mshosaki@tohmatsu.co.jp
原 祐介/Yusuke Hara
マネジャー
建設セクター担当
yushara@tohmatsu.co.jp
小林 正典/Masanori Kobayashi
マネジャー
建設セクター担当
masanorkobayashi@tohmatsu.co.jp
編集
古山 蘭/Ran Furuyama
リサーチマネジャー
建設セクター担当
rfuruyama@tohmatsu.co.jp
文末脚注
1. Deloitte analysis of data from U.S. Bureau of Economic Analysis.
2. Deloitte analysis of data from U.S. Census Bureau.
3. Heather Boushey, “The economics of public investment crowding in private investment,” The White House, August 16, 2023.
4. Associated Builders and Contractors, “ABC’s construction backlog indicator steady in August, contractors remain confident,” news release, September 12, 2023.
5. International Energy Agency, “Buildings,” accessed October 6, 2023.
6. Ibid.
7. U.S. Green Building Council, Green building trends and sentiments, June 2023.
8. Larry Strain, “10 steps to reducing embodied carbon,” The American Institute of Architects, accessed October 6. 2023.
9. Office of the Federal Chief Sustainability Officer, “Federal buy clean initiative,” accessed October 6, 2023.
10. The White House, Building a clean energy economy: A guidebook to the Inflation Reduction Act’s investments in clean energy and climate action, January 2023.
11. Michelle Meisels, Faisal Yousuf, and Aijaz Hussain, “Sustainable buildings: Designing, building, and operating to help create a greener future,” Deloitte, 2023.
12. Ibid.
13. U.S. Green Building Council, Green building trends and sentiments.
14. David Yankovitz, Robert Kumpf, Kate Hardin, and Ashlee Christian, The future of materials, Deloitte Insights, June 2, 2023.
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