SPECIALInterview
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苫東GXHUB構想:特別鼎談

「再エネ・水素・ CCUS」脱炭素3大インフラを包括的に提供する先進的な産業地域へ(前編)

デロイト トーマツ グループは国土交通省から受託した、「苫小牧東部地域におけるカーボンニュートラルの推進等に関する調査業務」の一環として、「苫東GX HUB構想」を策定した。

苫東GX HUB構想は再生可能エネルギーの地産地消ネットワークの整備を軸に、水素サプライチェーンの構築、苫小牧で推進されているCCUS事業との連携強化により、苫小牧東部地域(以下、「苫東地域」)を日本のカーボンニュートラル実現に向けた地域産業のモデルケースとしていくことを提言したものだ。今回は、前後編にわたって苫東GX HUB構想に関わる人々の声から同構想の描く未来を読み解いていく。前編は国土交通省の橋本幸北海道局長、自然電力株式会社の磯野謙代表取締役、そして「苫東GXHUB構想」の策定に奔走したデロイト トーマツコンサルティングのシニアマネージャーである榎本哲也の鼎談。

右から国土交通省の橋本幸北海道局長、自然電力株式会社の磯野謙代表取締役、デロイト トーマツコンサルティングの榎本哲也。 右から国土交通省の橋本幸北海道局長、自然電力株式会社の磯野謙代表取締役、デロイト トーマツコンサルティングの榎本哲也。

北海道、「食」「観光」に続く三本目の柱が「ゼロカーボン」

国土交通省 北海道局長橋本 幸氏

国土交通省 北海道局長
橋本 幸氏

1992年当時の北海道開発局に入庁。2001年より中央省庁再編により国土交通省へ。2019年にJR北海道 執行役員 総合企画本部副本部長として出向後、2020年に北海道開発局建設部長、2021年より北海道開発局長を歴任し、北海道における生産空間という新たな概念を創出することで、北海道の価値向上に貢献。2022年6月より現職。北海道大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。

北海道は食と観光で日本だけでなく世界での知名度も高い場所だ。この場所が今、カーボンニュートラル推進でも注目を集めている。その背景を、国土交通省の橋本幸北海道局長が話す。

「国土交通省北海道局は、戦後に設置された北海道開発庁を出自とし、我が国の課題解決への貢献を政策目標として北海道の総合的な開発を行ってきました。北海道はこれまで主に『食』と『観光』を両輪として、日本の食糧自給率向上や観光立国の先導といった役割を果たしてきましたが、新たに北海道の持つ再生可能エネルギーのポテンシャルを活かし、国の目標である『2050年カーボンニュートラル』に対して寄与して行けるものと考えています」

北海道は2050年までに道内の温室効果ガス排出量を実質ゼロとする「ゼロカーボン北海道」の実現を目指している上、2023年4月にG7気候・エネルギー・環境大臣会合が開催(札幌)されるなど、国内でグリーントランスフォーメーション(GX)の中心地ともいえる存在になろうとしているのだ。

自然電力株式会社 代表取締役磯野 謙

自然電力株式会社 代表取締役
磯野 謙

大学卒業後、株式会社リクルート入社、広告営業を担当。その後、風力発電事業会社に転職し、全国の風力発電所の開発・建設・メンテナンス事業に従事。2011年6月、東日本大震災を機に自然電力株式会社を設立し、代表取締役に就任。主に地域産業と連携した事業開発を担当。慶應義塾大学環境情報学部卒業、コロンビアビジネススクール・ロンドンビジネススクールMBA取得。

「これから世界の産業は安くクリーンな再生可能エネルギーが使用できるところへ集まってくる。日本においては、その中心地が北海道になるでしょう」

そう話すのは、自然電力株式会社の磯野謙代表取締役だ。自然電力は自然エネルギー100%の世界をつくることをヴィジョンに据えている。

「世界では風力と太陽光の組み合わせで安定電源として提供する動きも進んでいますが、日本で土地面積や風力のポテンシャルが高いのが北海道です。日本の主要企業8社が出資し、先端半導体の国産かを目指すRapidus(ラピダス)株式会社が量産化に向けた工場を北海道千歳市に建設することを発表しましたが、これもこのポテンシャルがあってのことでしょう」

苫東GX HUB構想で見えてきた「企業が立地するだけでゼロエミッション化が実現できる産業地帯」

ゼロカーボン北海道の実現に向けて、苫東地域がどのように位置づけられているのかとの榎本の問いかけに対し、橋本氏は次のように話す。

「苫東地域は約1万ヘクタールの広大な空間を有し、新千歳空港、苫小牧港などに近接して交通条件も良く、自然環境にも恵まれています。また地域内及び周辺にメガソーラー、バイオマス発電所、アンモニア混焼が期待される石炭火力発電所、大規模蓄電設備、CCUS施設等のエネルギー関連施設が既に立地、または立地が予定されており、大規模なプロジェクトを可能とする広大な未利用産業用地を持っています。カーボンニュートラルの先導的な取組の適地の一つと考えています」

「苫東GX HUB構想」の策定のプロジェクトマネジャーを務めた榎本が次のように話す。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
エネルギーユニット 海外・官公庁チームリーダー
榎本 哲也氏

苫小牧における産業間連携によるカーボンリサイクル事業のプロジェクトマネジャー。これまで10年以上にわたり、エネルギー業界に特化して150件以上のプロジェクトを実施。とくに低炭素化技術に関する政策提言や民間企業の研究開発戦略の策定、エネルギー事業者の海外事業戦略の策定に強みを持つ。慶應義塾大学理工学部卒業、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了。

「『苫東GX HUB構想』の策定にあたっては、ゼロカーボン産業基地というこれまでにないコンセプトを掲げ、新たな産業誘致と再エネ導入をバランスよく推進することで、橋本局長もご指摘の苫東が誇る日本でも有数の広大な土地が持つ価値を最大限引き出せるよう留意しました。例えば、同地には既に約 236MW のメガソーラーが立地しています。実は、これらメガソーラーが発電する電力量は、苫東地域全体で消費されている電力にほぼ匹敵します。2035年にはこれらメガソーラーは所謂卒FIT電源になることから、卒FIT電力を地域で活用できる仕組みを作れれば、地域の産業が安価なグリーン電力を活用できるようになります」

もっとも、2035年までにまだ10年以上ある。そこで、まずは太陽光発電所を新設し、自営線やコーポレートPPA(Power Purchase Agreement:電力購入契約)によって近隣の需要家に供給していき、それらを接続していくことで大規模なマイクログリッドを段階的に構築していく戦略を榎本らは描いた(図1参照)。

2035年までにまずは太陽光発電所を新設し、自営線やコーポレートPPA(Power Purchase Agreement:電力購入契約)によって近隣の需要家に供給していく

こうして段階的に整備した広域マイクログリッドに、卒FITのメガソーラーや将来的にゼロエミッション火力への転換が期待される苫東厚真の石炭火力発電所、風力発電所などを接続することで、苫東地域をゼロエミッション電源の一大供給地に転換していく計画だ(図2参照)。

<図2:苫東GX HUB構想のイメージ> 将来的には石炭火力発電所、風力発電所などを接続することで、苫東地域をゼロエミッション電源の一大供給地に転換していく

榎本は続ける。

「構想している規模でマイクログリッドを組めれば、苫小牧地域のグリーン電力需要を大きく上回る電力を供給できることになります。余剰電力からは水素を生産し、CO2と合成し、合成燃料を作ることができます。苫東に立地する企業の多くは、電力だけでなく、化石燃料も多く消費しています。カーボンニュートラルの実現には再エネの供給だけでは不十分で、水素や合成燃料も同時に供給できるからこそ、立地するだけでカーボンニュートラルが実現できる日本初の産業基地となるのです」

デロイト トーマツでは苫小牧において水素、CCUSの社会実装プロジェクトも平行して進めている。複数のプロジェクトをカップリングした構想を描けるのは、デロイトならではと言えそうだ。

北海道のなかでもとりわけ広大な苫東地域だからこそ、ポテンシャルも大きい

自然電力は2011年6月に3人の30代前半の若者たちによって設立された。その中の一人が磯野代表だ。同氏は幼いころから長野、カリフォルニアの自然に親しみ、同時にこの地球に起こりつつある自然環境の変化や、有限のエネルギーによって引き起こされる争いを目の当たりにし、自分たちにできることを模索するうちに自然エネルギー業界に足を踏み入れたという。奥様も北海道出身で北海道には特別な思い入れがあるとも話す。北海道への本格展開にあたっては、広大な土地を持つ苫東に着目した。

同社は後編で登場する株式会社苫東と連携し、北海道の企業で苫小牧に工場を持つ株式会社ダイナックスと直接供給型のコーポレートPPAモデルを活用した太陽光発電所設備の導入を行っている。自然電力はダイナックスに対してPPA契約に基づく電力供給を行い、ダイナックスは自然電力に電気料金を支払う。

「2022年10月に、北海道内最大級の自家消費型メガソーラーを設置し、自営線による直接供給型のコーポレートPPAモデルに関する契約をダイナックスと締結しました。そこで発電された電気はすべてダイナックスの苫小牧工場で自家消費されます。比率としては同社工場の12%に相当しますので、カーボンニュートラルの推進になります。それだけでなく、最近の電気料金値上げの局面で、電気料金を一定にすることができるなど経費削減に寄与するものと考えています」

今回の取り組みでは、自然電力とダイナックスが事前に合意した価格及び期間における再エネ電力の売買契約を締結し、再エネ電源で発電された再エネ電力を、自営線などを介して当該電力の購入者へ供給する契約方式(コーポレートPPA)を採っている。事前に合意された価格で供給されるため、磯野氏の話す経費削減にもつながるのだ。

榎本が「『苫東GX HUB構想』では再エネ発電所と需要家を接続する電力ネットワークを少しずつ構築し、それらを連結していくことで地域全体に事業継続性のある再エネ供給網を作り上げることを目指しています。実際に苫東地域に発電所を持つ自然電力としては、どのように思われますか?」と問いかけると、磯野氏は次のように答える。

「立地企業が個別にPPAを実施していった場合、発電設備や自営線が無秩序に広がることになります。そうなると、地域全体での合理性を欠くことが懸念され、普及も限定的になってしまうでしょう。再エネ普及拡大のためには、GX HUB構想は必要でした。官だけに頼るわけにはいきませんが、民間同士でぶつかって解決策が見つからない、では本末転倒。目線あわせができました」

ただ、と磯野氏は続ける。

「こうした取り組みは世界中で行われていることですから、1秒でもはやく情報発信していただきたい思いはあります。苫東地域に進出すれば100%脱炭素になるということが可能となり、それを世界に知ってもらうことが重要です」

橋本局長も「現在検討中の次期北海道総合開発計画でも、苫東地域については、カーボンニュートラルを先導する産業地域化や、環境・エネルギー産業、水素関連産業等の立地の促進などを打ち出す方向で議論がなされています」と苫東地域の発展に期待を寄せる。

全国随一の再エネ導入ポテンシャルを持つ北海道、その中でも日本で唯一とも言える広大な土地を持つ苫東地域が、日本が取り組むカーボンニュートラル化の鍵となりそうだ。

<後編に続く>

令和4年度 苫小牧東部地域における カーボンニュートラルの推進等に関する 調査業務報告書(6.77MB,PDF)

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