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ケースでわかる事業再生 第5回

私的再生の何が難しいのか?(2)
-利害対立構造が浮き彫りになった私的再生事例

前回(第4回)のコラムにおいて、私的整理型事業再生(いわゆる“私的再生”)における基本的な利害対立構造に触れつつ、一般に、裁判所が関与する法的整理型事業再生(いわゆる“法的再生”)の事案に比べ、成立可能性の面でのハードルが高いことを示した。今回は象徴的なある私的再生案件の事例を紹介する。

1.案件概要・経過

専門サービス業を営む非上場中堅オーナー企業のA社は創業50年超の老舗企業として地元業界で知られていた。先代経営者(2代目)が事業領域拡大のためさまざまな本業外投資を重ねたがいずれも不採算で、本業の業績は堅調ながらも会社としての財務状況は年々悪化していた。
表面的に良好な収益状況に対し厳しい資金繰りであったことを不審に思ったメイン銀行が、地場の再生コンサル会社にA社の実態調査を依頼した結果、財務状態を糊塗するための不適切な会計処理に手を染めていたことが判明した。

A社は、この実態が判明する直前にこれまで取引のなかった銀行から新規融資を受けた。その後、A社は程なくして取引銀行全行を集めて第1回バンクミーティングを開催し、不適切な会計処理の報告と返済の一時停止を要請したため、バンクミーティングは紛糾。同席していたA社顧問弁護士らが返済再開見通しや再生スポンサー招聘の可能性など適切な根拠に基づかない“その場凌ぎ”の説明を繰り返したことで、取引銀行各行はA社に強い不信感を抱き態度を揃って硬化させた。なかには預金口座の凍結などの債権保全行為を始める取引銀行も出始め、A社はその対応に忙殺された。

私的再生計画の立案

その後数ヶ月が経ち、顧問弁護士ら既存の専門家が中心になる形でA社は独自に私的再生計画案を取引銀行に提示し同意を求めた。資金スポンサーの支援の下、超長期リスケジュールによる債務弁済(債務免除なし)を骨子とする内容であったが、複数の取引銀行が当該計画案の蓋然性(実現可能性)が不透明としてこれに不同意を表明。一方、大手再生コンサル会社による再調査をA社に強く求める声もあがったことから、財務実態判明から1年近くが経過した段階で私的再生プロセスは完全に仕切り直しとなった。
A社は大手再生コンサル会社から紹介を受けた事業再生に明るい弁護士を代理人として起用、当該3者が債務者企業チームとして一体となり、まず取引銀行各行との関係修復を優先して進めた。取引銀行各行に対し、過去のA社の不誠実な対応等を陳謝しつつ、その後の進め方と時間軸についてプランを説明し、借入契約の期限の利益(取引銀行との再生協議を安定的に進めるための基礎的条件)を確保した。それと並行して、幹部従業員向けにA社の置かれた概況を説明し、広がりつつあった不安・動揺による離職増を抑え、従業員のリテンション維持に力を注いだ。

その後、A社は大手再生コンサル会社のアドバイスを得ながら、保守的な業界環境見通しの下で最大限の自助努力施策を織り込んだ現実的な自力再生計画を策定。スポンサー型再生とのメリット・デメリット比較を行い、どういう再生の方向性を目指すのかA社自身で見つめ直す期間を設けた。

再生スポンサー企業の選定

雇用の中長期的な維持・確保を最優先に検討した結果、スポンサー型再生を目指すことでA社としての方針を再確認すると共に、取引銀行への説明力も考慮し、オークション形式で再生スポンサー候補を選定することとなった。選定活動を始めるに際、バンクミーティングで取引銀行の了承を得て、大手再生コンサル会社がファイナンシャルアドバイザー(FA)として起用された。

再生スポンサー選定プロセスの途上においては、従業員の不正問題が生じたり未払残業代が顕在化したりするだけにとどまらず、各候補企業のデューデリジェンス対応で獅子奮迅の活躍をしていたA社管理部門の従業員2名が途中で戦線離脱(1名は体調不良で入院、もう1名は退職)するなど、順風満帆には進まなかった。

また、再生スポンサー選定プロセスの進捗状況にあわせ代理人弁護士が中心になる形で、一部債務免除の金融支援協議を念頭に置いたグランドデザイン作りと取引銀行との予備的折衝も進められた。債務免除を含む事業再生計画案を念頭に金融調整のための調整機関を選定することや、過去の混乱時になされた取引銀行による債権保全行為の衡平感ある取扱い、グループ会社やオーナー家親族間の債権債務関係整理プラン作り、現経営者と前経営者の保証債務の取扱い、資金繰り見通しの精度向上、大口得意先をはじめとする風評問題対応等、検討課題は多岐にわたった。

なんとか再生スポンサー企業の内定が見えてきた段階に至り、スポンサーから提示された条件に基づく事業再生計画案の策定およびスポンサー契約案の交渉が急ピッチで進められた。調整機関による計画内容の審査、取引銀行各行との本格的な金融支援協議を経て、ようやく取引銀行に事業再生計画最終案が提示された。有事が生じてから無事に事業再生計画案が正式承諾されるまで3年弱を要した事案であった。
 

2.本件のポイント

大企業でもないA社の事業再生の道筋付けに3年弱も要したことに驚かれる読者の方も少なくないだろう。事業価値の毀損を最小限に食い止めるために、法的再生ではなく(取引銀行の全行一致が必要な)私的再生を志向した結果であるとも言えるが、私的再生プロセスが仕切り直しとなるまでの前半約1年については時間を無駄にした(初動対応が適切であればその分早期に解決可能だった)と評価せざるを得ない。
スピード感を持って対応することが再生事案の鉄則とされる中、本件が成功裏に事業再生計画成立まで辿り着いたポイントを改めて整理すると次のとおりである。

(1) 業績および資金繰りが比較的安定していた点
A社が営む専門サービス業は中長期的な観点では競争激化による業界の“新陳代謝”が進むであろうとの見方が強く、それゆえに本件でも自主再生ではなくスポンサー型再生の道が選択された。しかし、致命的な風評問題が顕在化しない限り短期的には業績および資金繰りが比較的安定している事業でもあったため、途中で資金が枯渇せずに済んだものと考えられる。

一般的には、本件よりも資金繰りがタイトな事案が多く、そのためまず資金繰りのタイムリミットをチェックし、それを制約条件として取り得る再生シナリオオプションを検討するというのが初動対応のひとつになることが多い。

(2) 利害対立関係の客観的・専門的な特定
前回(第4回)のコラムでも指摘したことであるが、利害対立関係がどのように形成されているか客観的かつ専門的な特定を適切になすことは私的再生事案において極めて重要だ。本件のように利害対立関係が多層複雑であれば、なおのことである。本件では私的再生プロセスの仕切り直し後に改めてデューデリジェンスを実施、事業・財務・税務・法務面での精査を行うとともに、A社と各取引銀行の取引経緯や各取引銀行の他行に対する思惑、連帯保証やオーナー家親族にかかる事実関係などを辿り、広範囲にわたって目詰まり箇所と発生要因の総点検を客観的・専門的に行えた。

(3) 全体感を持った利害対立解消ストーリーの構築
私的再生プロセスの仕切り直し後に発足した債務者企業チームは定期的かつ集中的に会合を持ち、最大の障害となっていた取引銀行との信頼関係再構築を起点に本件全体の運び方と時間軸について方針合わせを行った。また、過去の反省に立ち、場当たり的あるいはその場凌ぎの対応を厳に控えることも確認した。

取引銀行に対しては、定期的なバンクミーティングを開催し進捗状況を共有、要検討課題の解決の方向性とロードマップを債務者企業チームとして常に示し理解を得ながら進めたことが奏功した。従業員や大口取引先向けへの開示内容も局面に応じて作成し、風評コントロールにも備えた。また、再生スポンサー候補企業もA社におけるさまざまな突発事象や取引銀行の支援スタンスに不安を隠さなかったが、FAと代理人弁護士が中堅企業の私的再生事案の豊富な経験を活かす形で本件全体感を上手く伝えることにより、かかる不安を軽減、納得感のあるスポンサー条件を引き出すに至った。
 

最後に、語弊を恐れず数学的に例えるなら、私的再生事案は利害関係人(同士の利害対立関係)という変数をいくつも持つ「連立方程式」であり、変数自体を段階的に絞り込みつつ、残る変数の均衡解(すなわち「落とし所」)を見出していくプロセスに他ならない。変数の所在や変数同士の関係性を見誤ると均衡解が出せず、解が不定(私的再生が困難)という悲劇も起こり得る。解くべき連立方程式が最初から明確に与えられているわけでもなく、私的再生プロセスの途上で方程式が変わることすらあるだけに、解法を教科書的に暗記しているだけでは太刀打ちし難い場合が多い。私的再生により事業を守るためには、経験に裏打ちされた外部専門家・アドバイザーの適切な起用が何よりも重要である。


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
パートナー 浅尾兼平

(2016.5.30)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

執筆者
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