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未来洞察への取り組みの最新潮流 ― シナリオ・プランニングを活用した業界トップランナーの取り組み

FA Innovative Senses 第18回

不確実性の高いこの時代、皆様は未来をどのように「見通されて」いるでしょうか。本稿では、この数年で取り組んだ数十のシナリオ・プランニングプロジェクトから見えてきた、業界トップランナーたちによる未来洞察の取り組みの最新状況をお伝えします。

環境認識から企業変革へ

“VUCA(ブーカ)の世界になった”と人々が口にするようになり早や数十年、不確実性の高い世界でのビジネスを勝ち抜くためには、未来環境の認識力とそれに基づいた柔軟な戦略策定、そしてその実行力が求められている。

この認識から実行までの一連の流れは、変化に対応していくという意味において、企業変革そのものであると言えるだろう。企業変革の「効果(Effectiveness)」は「Quality(質)」と「Acceptance(受容度)」の掛け算の結果(図1)で示すことができると言われる。そのため、どちらかだけが高くても、その効果は高くならない。

VUCAの世界において各業界を牽引するトップランナーは、その企業変革の効果をいかに高めるかが重要であることを認識し、導入部の未来洞察ではシナリオ・プランニングといったツールを活用している。では、彼らは「Quality(質)」と「Acceptance(受容度)」の視点で、どのようにこのツールを上手く使いこなしているのだろうか。

トップランナーによる未来洞察の内容

まず「Quality(質)」のためには、視座・視野・視点を意識して未来洞察を進めることがポイントとなる。実際に、トップランナーはこの重要性を理解しており、この三つの点に留意した進め方を実践している。

ここでいう「視座」とは、一般的な未来ではなく、自分たちにとって意味ある未来を洞察する視座の高さと同時に、事業の定義までを見直す「大胆さ」を意味している。「視野」とは、業界や市場全体を抜け漏れなく俯瞰するスコープのことを指す。客観的に未来を洞察するのに必須な範囲のことだ。三つ目の「視点」は、未来をどのアングルから見るのかであったり、着眼するポイントであったりを指している。この三つを意識して、客観性高く「起こりうる複数の未来」を洞察することが肝要であり、これがシナリオ・プランニングのポイントでもある。(図2)。

トップランナーの視座:“技術進展”の影響を捉える視座

インテル社の共同創業者であるゴードン・ムーア氏がムーアの法則を提唱し約60年が経った1。一方、最近ではNVIDIAのCEOジェンスン・フアン氏が、現在のAI半導体の進化スピードはムーアの法則を上回ることに言及し、ハイパー・ムーアの法則を提唱している2。10年で1000倍というスピード感だ。

このように技術進展については、過去の予測よりさらに速いスピードで進んでおり、今後、既存技術の延長線上では想定しえない技術やそれを活用したビジネスが生まれる可能性が高いのは自明のことであろう。しかし、このスピード感を自社に当てはめた際に、上記の「大胆さ」を伴った視座で洞察できているだろうか。例えば、“技術進展”によるデジタルトランスフォーメーションが起こる未来を洞察した結果、“既存事業のプロセスのDX化”という既存事業の延長線上を見てしまう視座に留まっていたりしないだろうか。

トップランナーはそのような視座に留まることなく、もっと大胆に、“DXによる既存事業の再定義/ビジネスモデル変革”までを考え実行に移している。このような視座の高さの議論は、もちろんDXに限ったことではない。既存事業の延長線上に留まらない大胆な企業変革にチャレンジしているのが、トップランナーに共通した特徴だ。

1. Moore’s Law
https://www.intel.com/content/www/us/en/history/virtual-vault/articles/moores-law.html

2. NVIDIA CEO Jensen Huang Keynote at CES 2025
https://www.nvidia.com/ja-jp/on-demand/session/ces25-keynote/

トップランナーの視野:市場の変化を捉える視野

昨今では、前述の技術進展や規制緩和、グローバル競争の激化により、国や業界の垣根が曖昧となり、自社が提供している商品・サービスと「同じ価値」の商品・サービスが、業界を越えて出現しうる状況となっている。VUCAの世界では、競争優位が持続的なものから一時的な優位性の連鎖へと変わったと言われるが、まさにこうしたことが日常となっているのだ。

このような状況下で、市場の変化を捉えるためには、従前の視野から脱却し拡大する必要がある。この点に関してトップランナーは、例えば自社の将来の市場を考える場合、顧客+競合だけではなく、代替品やマクロ環境要因である社会・消費者(地域社会等)まで視野を広げ、自社のビジネスのステークホルダーを広く捉えた上で、来たる日を見据え、そのための戦略策定及び必要なアクションの実行をしている。

トップランナーの視点:小さな予兆を捉える視点

ここまで、技術進展や市場の変化といった、「どのような未来トレンドに着目すべきか」という話をしてきたが、未来洞察を行う上では「何年先の未来を見据えるか」という時間軸も重要な点である。

変化の激しいVUCAの世界においては、一見逆説的に聞こえるが、かえって長期的な期間を定めバックキャスティングを行う必要がある。日々の激しい変化に目を奪われるのではなく、大きな潮流をしっかりつかむことが肝要だからだ。では「長期的」とは何年先かということになるが、トップランナーが行う未来洞察においては、15年ほど先を設定することが増えてきている。

またその際、現時点に存在する小さな予兆(情報)からの示唆も漏らさず掬い上げ、客観性高く「起こりうる複数の未来」を洞察しているというのも、特長のひとつである。

小さな予兆(情報)を発見したとしても、小さいが故に得られた示唆を確率が低いものと扱い、そのような予兆の先にある未来は到来しないものと決めつけてしまうことはないだろうか。しかしトップランナーはむしろその逆を実践している。小さな予兆(情報)とそこからの示唆を有益なものと扱い、敢えて「起こりうる複数の未来の1つ」としてシナリオ化し、そこから得られる戦略的な示唆を、今日の企業変革に積極的に取り入れている。

「Quality(質)」については、以下のとおりにまとめられる。

  • 「視座」を自在に上下させ、特に大胆な視座でビジネスモデル変革まで考察
  • 「視野」を拡大し、代替品、社会、ステークホルダーまで検討
  • 「視点」を意識し、弱いシグナルを敢えてシナリオ化

ここからは、先述の”Effectiveness = Quality x Acceptance” のAcceptance“受容度”にフォーカスし、参加者の納得度・腹落ち感を高めるための事例を紹介する。

トップランナーによる未来洞察の進め方

当社独自調査の結果、「自組織を取り巻く環境や未来の姿について、広くステークホルダーを巻き込んで検討し、その内容を共有している」組織は全体の約10%に留まる。「未来についての検討が不十分」との回答も約50%近くある(図3)。総じて、多くの企業・組織では不確実な未来の検討および組織メンバーの巻き込みについて、未着手な状況にあると言えるのではないだろうか。

社員を巻き込んだ活動形態の例を図4に示す。社員を巻き込んだ活動というと、参加者が複数人のチームを組成し、現実を想定したケース問題を題材にしたアクションラーニング型の研修などが想像されるだろう。実際、そのような研修は増加傾向にあるが、ここで申し上げたいのは、実際に企業にとって検討が必要な事項を題材としたリアルプロジェクトによる社員の巻き込みが増加しているということである。右側に示すように、社員から答申された内容が、ビジョンや複数の個別戦略、内容を実行するための社内コミュニティの拡大など、リアルなオペレーションにまで繋がるケースが増えてきている。これには、副次的であるが人材育成の効果も出てきている。したがって、「社員を巻き込んだリアルプロジェクト」は企業変革そのものであるということができる。

また新たな潮流として、大人数を巻き込みたいというニーズも出てきているが、こちらについては、以前説明したシナリオ・プランニング プラットフォームを活用した多様なステークホルダーの巻き込みも有効である。(シナリオ・プランニング プラットフォームを活用した未来共創の取り組み:FA Innovative Senses 第15回

まとめると、リアルプロジェクトやシナリオ・プランニング プラットフォームを活用した取り組みで、自分たちの考えや意見に基づいた戦略や政策が実行に至ることにより、社員や住民などの参加者の納得感・腹落ち感が醸成され、「Acceptance(受容度)」が向上するということである。

不確実性がますます高まるこれからの時代において、シナリオ・プランニングは、企業変革の導入部での活用に留まらず、企業変革のそのものの効果を最大化するためのツールとして活用がされている。
今回はトップランナーの事例を基に、企業変革の効果の最大化の手法の例を取り上げたが、「Quality(質)」を向上させるために視座・視野・視点を意識して具体的に何を見るべきかや、「Acceptance(受容度)」の向上のためにどのような進め方をすべきか、というのは、状況に応じて異なるため、その都度カスタマイズとアップデートを行う必要がある。そのような場面に際し、当社がお役に立てそうなことがあれば、お気軽にお問合せいただければ幸いである。 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートファイナンシャルアドバイザリー シニアマネジャー 山田 貴裕
コーポレートイノベーション マネジャー 山本 佳

(2025.3.17)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

 

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