調査レポート

空港ビルの経営パフォーマンス

計量経済学的手法を用いた経営効率性の分析

空港ビル事業の特徴

日本国内には、ヘリポートおよび非公共用飛行場を除くと97の空港があります。そのうち多くの空港で、滑走路の管理や離着陸料の収受等の航空機の離着陸に直接的に関係のある事業(航空系事業)は国や地方公共団体によって、空港ビルや駐車場の営業等の事業(非航空系事業)は民間企業によって運営されています注)。このように航空系事業と非航空系事業が別々の主体によって運営されているケースは世界的には珍しく、両事業とも同一の主体によって管理されることが一般的です。その理由として、両事業の間には需要の補完性があること、航空系事業の外部経済に位置づけられる非航空系事業の内部化により供給量を最適化できることなどが挙げられます。

従来、空港事業の収入の大半は航空系事業からもたらされていましたが、空港間の国際競争が激化し、航空会社が空港使用料の安い空港を就航先として選択する傾向が強まったため、相対的に非航空系事業の重要性が高まりました。具体的には、空港管理者は着陸料や空港使用料を減額し、その分の補完を目的とした非航空系事業の拡大を行うようになりました。特に非航空系事業に関連する収入のうち、空港ビル事業からもたらされる収入(小売、賃貸、飲食)は全体の約5割を占めるというデータもあり、空港ビル事業は非航空系事業の核ともいえるでしょう(図1)。

(データソース)Graham, A. and Morrell, P. (2016) Airport Finance and Investment in the Global Economy, London: Routledge

注)会社管理空港(成田国際空港、中部国際空港、大阪国際空港、関西国際空港)とPFI法に基づくコンセッション方式により運営されている空港(新千歳空港、仙台空港、広島空港、福岡空港など19空港)を除く。

経営パフォーマンスの評価

空港ビル事業者の経営に関する概況

前述の通り、日本国内の空港ビルは民間企業によって運営されており、その数はおよそ70社に上ります。これらの企業は、航空会社や飲食店等のテナントへの空港ビル施設の賃貸業を主要な事業としています。しかし、中には旅行業や自動車賃貸業を手掛けている企業もあります。

また、2020年頃から2022年頃にかけての新型コロナウイルス感染症の拡大、いわゆる「コロナ禍」では、民間企業であるがゆえ、空港ビルの経営への打撃は甚大なものになりました。ただ現在では、旺盛なインバウンド需要も追い風に業績を回復させており(TSRデータインサイト)、とりわけ東京国際空港第1・第2ターミナルを運営する日本空港ビルデング株式会社は、2020年3月期から2023年3月にかけて3期連続で営業利益、当期純利益ともに赤字を計上していましたが、2024年3月期には黒字に転換しています(日本空港ビルグループ統合報告書2024)。

このように、経営状況を見るとどの空港ビル事業者もコロナ禍による打撃から回復しているように見えます。一方で、空港ビルの経営状況は、その空港を発着する便数や旅客・貨物の取扱い状況に大きく左右されると考えられます。では、各空港ビルの経営パフォーマンスはどのようになっているのでしょうか。

経営パフォーマンスの評価方法

本レポートでは、企業の経営効率性を評価する手法である確率的フロンティア分析(Stochastic Frontier Analysis, 以下「SFA」と表記します)を用いて、国内の空港ビルの経営パフォーマンスの評価を行います。SFAでは、投入されている経営資源から実現されると考えられる生産可能性フロンティアを推定し、フロンティアと実際の生産量との乖離を非効率性として評価することができます。ここから導き出される効率性の値を各空港ビルの経営パフォーマンス指標としてスコア化し、比較を行います。なお、評価対象は国内51の空港ビルとし、データはコロナ禍の影響を取り除くため、2012~2018年度の7か年分のものを使用します。

はじめに、モデルを定義します。SFAを用いて経営パフォーマンスの評価を行う場合、評価対象となる企業のコブ=ダグラス型生産関数を推定することが一般的であるため、ここでも各空港ビルのコブ=ダグラス型生産関数の推定を行います。コブ=ダグラス型生産関数は、「資本」と「労働力」をインプットとし、その積がアウトプットとなる関数です。ここでは、アウトプットを売上高(sales)、資本に関する変数を空港ビル延床面積(floor)、労働力に関する変数を従業員数(employee)として、生産関数を以下のように定式化しました。式中のDitは空港ビルの立地条件などの特徴をコントロールするダミー変数、uitは非効率性の大きさを表す非効率項、vitは誤差項をそれぞれ表しています。

salesit = floorit + employeesit + Dit - uit + vit

続いて、経営パフォーマンス指標となる効率値TEitの算出式を定義します。効率値のとり得る値の範囲は0<TEit≤1であり、この値が1に近いほど効率的であり、逆に0に近いほど非効率的であると判断されます。

TEit = e-uit

評価結果

森山真稔(2024)「空港ターミナルビルの所有形態と効率性」『日本経済研究』No.82,pp. 32-48.より作成

評価結果は表1の通りです。これを見ると、函館空港東京国際空港、静岡空港、宮崎空港、鹿児島空港、那覇空港の空港ビルの経営パフォーマンスが良好であることがわかります。静岡空港以外の5空港は旅客数の多い空港であることから、旅客数が経営パフォーマンスを左右している可能性が高いといえます。一方で、静岡空港は今回の評価対象としたサンプル51の中でも旅客数は少ない部類(33位)に入ります(表2)。このことから、空港ビルの経営パフォーマンスは旅客数に依存する部分が大きいものの、運営企業の努力などによって改善できる余地はあると考えられます。

森山真稔(2024)「空港ターミナルビルの所有形態と効率性」『日本経済研究』No.82,pp. 32-48.より作成

まとめ

この記事は、学術誌『日本経済研究』に掲載されている論文「空港ターミナルビルの所有形態と効率性」における分析内容を基に作成したものです(日本経済研究82-02本文)。この論文では、公的組織に所有されている空港ビルと民間企業に所有されている空港ビルのどちらが効率的であるか、という点に着目し、株式の所有形態と経営パフォーマンスの関係性について分析されています。関心のある方はこちらの論文も合わせてご覧ください。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー
インフラ・公共セクターアドバイザリー
シニアコンサルタント 森山 真稔

(2025.2.28)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

お役に立ちましたか?