事例紹介

国内主要観光地の老舗旅館に関する事業承継及び不動産売却支援

クライアント利益の最大化を図るためM&Aと不動産の双方の視点で買手探索を図った事例

有名観光地内における対象老舗旅館の立地の希少性に着目し、事業承継と不動産売買という二刀流にてクライアントの利益の最大化を図った事例を紹介します。M&Aと不動産の双方でのアプローチは、企業が保有する不動産のポテンシャルが高い場合に大変有効な手法です。

クライアントニーズおよび課題

本件は国内有数の人気観光地にて、代々旅館業を営んできたオーナーから、地元金融機関を通じて相談を受けた案件である。当旅館(以下、A旅館とする)は、国宝に指定される有名な神社の門前にある立地の良さから、多くのリピート客や修学旅行にも利用され大いに繁盛していた。さらに近年は外国人観光客の宿泊も多く、国内外から評価の高い、老舗旅館であった。一方で、オーナーは長年、後継者不在による跡継ぎ問題に頭を抱えており、他者へM&Aにより株式譲渡し、事業承継することを模索していた。この頃、当社はA旅館の融資行である地元金融機関を通じて本件の相談を受けた。

コロナ禍による影響

地元金融機関と連携し、旅館の従業員をはじめとする関係者に知られることのないよう、しばらくは水面下で事業の売却先を探索していた。そんな中、新型コロナウイルスによる相次ぐ自粛要請と海外からの渡航制限の影響を受け、旅館経営が大打撃を受ける。観光業や飲食業の客足が一気に途絶え、A旅館の事業売却先の探索も暗礁に乗り上げ、一旦中断せざるを得なくなってしまう。

1年延期された4年に一度開催される夏季国際スポーツイベントが終了し、季節が静かに秋を迎えるころ、A旅館のM&Aによる売却活動は再開した。しかし、1年半近くにわたり、旅館運営を満足に出来なかったため、宿泊客は大幅に減り、給付金による収入こそあるものの、赤字会社となってしまった老舗旅館のM&Aは、当初、全く想定していなかった困難に直面することになる。

M&Aによる株式売却と並行し不動産売買での売却も提案

そこで当社はクライアントの利益を最大化させるべく、A旅館の最大の魅力である、有名観光地内における有数の立地の希少性に着目し、M&Aでの買手探索と並行して、不動産売買による買手探索を提案したのである。目先ではコロナの収束が見通せない状況下でも、数年後、再び以前のように国内外から観光客が戻ってきて、いにしえの街が活気を取り戻す時を見据えてホテル開発を検討する不動産デベロッパーや、不動産ファンド会社も主要なターゲットになり得るとの仮説によるものであった。

 

不動産における問題点の抽出

しかしA旅館には、代々続く旅館特有の不動産にまつわる幾つかの問題点があることが判明した。A旅館が所有する土地に、公図において所在の不明な地番があり、旅館全体の範囲や面積が特定できないなど、不動産における権利関係が曖昧な状況であった。また、隣地との境界においてもほとんどが未確定のままとなっており、境界付近の構築物の所有者が判然としない状況であった。先代、先々代から十分に継承されていないことが主な理由であるが、不動産売買を進めるうえではこれらは明確にする必要があり、そのためには隣地所有者との協議が必須である。仮に協議が進まない状態、つまり権利関係が特定できていない状態では売却が進捗しないか、または価格の減額要因になりかねない。不動産の権利関係の整理、曖昧になっていた旅館の敷地範囲と面積の特定、隣地との境界確定は不動産売買においては不可欠である。

 

クライアントの利益を最大化させるための戦略

複数回にわたりA旅館オーナーと地元金融機関および当社の3者にて、A旅館を最も良い条件で売却するための協議を重ねた。不動産売買での売却も視野に入れていたことから、当社においてはM&Aチームと不動産チームとで連携する体制を敷いた。M&Aにおける買手候補と、不動産売買における買手候補をリストアップし、旅館名を特定しないようにしつつ最大の価値を引き出せる買手候補を広範に探索する、一方で、引き続き従業員や取引先などの関係者に決して察知されることのないよう、細心の注意を払わなければならなかった。

関心を示す買手候補がある程度出揃った段階で、最終候補者を2~3社に絞るための入札を提案した。候補者を絞り込むのは主に情報漏洩防止の観点と、より確度の高い交渉に集中するためである。また、入札は数値化に困難な条件を予めある程度売手側で設定するため、判断基準となるパラメーターが概ね価格に限定される。このため、A旅館のように様々な交渉材料が内に潜んでいる案件の場合には、複数の買手候補から選定するうえで大変有効な手段である。

なお、この入札では株式譲渡・不動産売買双方に対応可能な仕様とした点が特徴的である。

入札の結果、複数の買付証明書が提出されたが、全て不動産売買による購入希望であり、ラグジュアリーホテルの開発・運営を得意とする国内のデベロッパーや、ホテル・旅館をメインに国内の優良な不動産への投資を行う不動産ファンド会社が上位を占めた。入札結果をA旅館オーナーと協議し、まずは最も高い価格を提示した不動産会社(以下、X社とする)と交渉することに決定した。

しかしX社からの提案には一点懸念があった。入札要項に記載していない条件を設定していたのである。その内容は一定期間のうちに数軒の隣接地をA旅館側で纏め上げ、そのあとA旅館と合わせてX社に引き渡すというものであった。A旅館は各隣地所有者とは良好な関係を築いていたものの、X社側の条件を満たすことは困難と判断し、条件の削除を請願したが、結局交渉は不調に終わった。

 

隣地旅館と一体での不動産売買

続いて、提示価格上位2社目の不動産会社(以下、Y社とする)との交渉に入る。しかし、Y社からの提案にも入札要項に記載していない条件が設定されていた。その条件とはA旅館オーナーの親戚が営む隣接する旅館(以下、B旅館とする)との一体不可分売買であった。A旅館オーナーと地元金融機関および当社の3者による協議の結果、Y社に優先交渉権を付与し、B旅館にY社の提案を持ち掛けてみることにした。

後日、B旅館オーナーを訪問しY社の提案を説明した。当初B旅館オーナーは、売却提案を頑として受け入れなかったが、複数回にわたる交渉を続けた結果、A旅館との一体売却の提案に応じる結論に達した。実際のところB旅館オーナーは娘夫婦を後継者に考えていたが、やはりコロナの打撃を受け今後の旅館経営を危惧し、このまま旅館業を続けるか悩んでいたのである。そんな折、一体売却の提案を受け、背中を押される形となり決断したのである。Y社からの商談申入書に、従業員の再雇用を受け入れる条件が付されていたことが、従業員思いのオーナーにとって最大の決め手であった。

細かい条件交渉と、売買日程の調整、各社における社内手続きを経て、約1か月後、A旅館、B旅館の不動産売買契約は無事に完了した。A旅館、B旅館の不可分一体契約とした。不動産範囲の特定に係る公図修正と測量、及び境界確定が契約日時点で一部未了であり、売買契約の特約条項とした。

従業員の再雇用と備品の引継ぎ、不動産の引渡し

売買契約後は物件引渡に向け、旅館内の備品の数え出し、Y社に引き継ぐものと処分するものの整理、従業員再雇用のための面接対応、旅館運営に纏わる各種付帯契約の引継ぎ、引き渡す鍵や書類の確認などで慌しい日々が続いた。また、未了であった境界確定についても、土地家屋調査士と連携しながら進めていった。

売買契約から約1か月後、関係者がまた銀行の応接室に会した。不動産の決済・引渡しである。司法書士による必要書類の確認を終え、和やかな会話の時間が流れたのち、Y社からA旅館、B旅館それぞれに売買代金の残代金が振り込まれた。それぞれの旅館の所有権が新オーナーのY社に移転した。Y社による新体制での旅館運営と、ホテル開発計画がスタートした。

Y社は一定期間既存の旅館を運営したのち、各種許認可が下り次第、ラグジュアリーホテルの建設に着手する予定である。数年後、完成したホテルにまた多くの旅行者達が戻ってくる。

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