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組込型金融(Embedded Finance)普及の打ち手とは
金融エコシステムの未来 第1回
フィンテックの新たな形として注目されている組込型金融(Embedded Finance)について、動向を概説するとともに、日本での普及に向けた打ち手を考察する。
本連載の趣旨
VUCA*に代表される、非連続的で、先が見通せない状況の中、複雑なビジネスおよび社会アジェンダへ企業・産業間の壁を越えた異業種連携で取り組む必要がある。金融/決済情報およびブロックチェーンはそれらを繋ぎ、データ流通/価値創造において重要な役割を担いつつある。
本連載ではこれら背景を踏まえ、全3回にわたり、「金融エコシステムの未来」を解説する。
第1回では、非金融事業者が既存サービスに金融を組込み消費者ニーズへ訴求する「Embedded Finance(組込型金融)」について、第2回では、注目のNFT(非代替性トークン)およびWeb3.0時代での「DeFi(分散型金融)」について、第3回では、エコシステムの永続性を担保する「サステナブルトレーサビリティおよびファイナンス」について示す。
*VUCA:VOLATILITY変動制/UNCERTAINTY不確実性/COMPLEXITY複雑性/AMBIGUITY曖昧性の略
1. はじめに 金融業界の大きな変革期の到来
消費者ニーズへの訴求を志向する中で、「非金融事業者が既存のサービスに金融サービスを組み込む」ことで顧客体験を劇的に向上させるEmbedded Finance(組込型金融や埋込型金融と訳されるが、本稿では以降「組込型金融」と記載)がフィンテックの新たな形として注目されている。
昨今の、決済・BNPL(Buy Now Pay Later:後払い決済)を軸とした、Googleによるpring、PayPalによるPaidyといった大型買収にもみられる通り、日本を巻き込みグローバル規模で大きな変化となっている。
組込型金融は、エンドユーザ―が自ら金融事業者に接続しなくとも、普段利用しているサービスからの自然な導線にて様々な金融サービスを利用できるものである。特に、金融リテラシーのまだ低い金融初心者にとっては、金融メリット享受に向けた入口となり得ると考えられる。
本稿では、組込型金融の動向を概説するとともに、日本での更なる普及に向けた打ち手について考察したい。
2. 組込型金融の動向
2019年11月、米国の著名ベンチャーキャピタルAndreessen Horowitz(通称az16)のパートナーが「すべての企業がフィンテックになる(Every company will be a financial services company)」と述べた通り、2021年は組込型金融が注目を浴びた年となった。
組込型金融は、預金、決済、貸付、保険、証券の5つのサービス類型に大別することができる。先行する米国では、それぞれの類型において、ユーザーに認知された利便性の高い顧客体験の実現に成功したサービスが多数存在しており、特に顧客と相対する企業の裏側に入り、金融機能を提供する企業の活躍が目覚ましい(図1参照)。
日本においても、銀行法改正によるAPI解放、資金決済法の変更など、規制面の後押しもあり、異業種企業に金融サービス提供の機会が広まり、大手企業が次々と参入している。
また、2021年11月には「金融サービス仲介業(新仲介業)」が施行されており、一つのライセンスで、これまでそれぞれのライセンスが必要だった銀行‘(預金・貸付)、保険、証券の金融3分野すべての仲介を行えるようになった。
新仲介業においては、既存の仲介業と違い、特定の金融機関に所属する必要がなく、複数の金融機関と提携することが可能になるため、複数の金融機関の商品の中からユーザーにマッチした商品やプランの提案ができるようになる。
リスク高い商品や高額な商品など、高度な説明を要する商品は取り扱い不可であるなどの制約があるものの、新仲介業により、非金融事業者の金融サービスの組み込みが加速する可能性がある。
3. 日本での普及に向けた打ち手
まずは、サービス設計の観点であるが、先当たって組込型金融の構造について整理したい。
組込型金融の構造としては、
①ユーザーへのサービス提供者であるBrand、
②Brandに対し金融機能を提供するLicence holder、
③BrandとLicence holder両者間をつなぐシステムの提供者であるEnabler
の3種の役割で説明することができる。
米国にて、組込型金融が爆発的に増加している背景としては、Stripe、Marqeta、Green dotに代表される③Enablerの存在が大きかったといえる。
EnablerはBrand側の一定の開発体制を前提に、開発者向けの環境を構築・公開し、APIをベースとした金融機能へのスムーズなアクセスを実現しており、Brandは自社のサービスに自由に金融機能を組み込むことが可能となっている
日本においても、いくつかのEnablerによるサービスが立ち上がり、APIも整備されつつある状況にあるが、上手く使いこなされていない状況にある。そこには大きく2点の課題が存在すると考えられる。「ユースケースの構築力」と「テクノロジー人材」の確保である。
「ユースケースの構築力」についてだが、組込型金融の肝は「顧客体験にスムーズに溶け込み、顧客価値向上を図ること」であり、収益確保を目的とした事業者側の都合で金融サービスを組込んだとしても、結局のところ使ってもらえるサービスにはならない。
過去、米国で組込型金融の成功を収めている複数企業のプロダクトマネージャーにインタビューした際に、「金融サービスはあくまで、自社サービスのペインを解消するための手段である」との共通のコメントがあった。
自社サービスへ金融機能を組み込めば、すぐに金融収益を拡大できると考えるのは早計であり、まずは顧客の購買体験の向上がファーストステップとなり、その結果として顧客を介した金融収益に繫がると考えるべきである。
そのためには、顧客中心の発想でユースケースを構築することが重要であり、そのようなユースケースを構築するためには「現場×Fintech」双方の知見の融合が必要不可欠である。実際にWalmartは早くから金融知見者の採用を進めている。
実際、組込型金融 の成功事例であるWalmartにおいては、Walmart payを皮切りに、投資会社のRibbit Capitalと共同で金融商品開発を手掛けるフィンテック企業を立ち上げるなど、金融分野への投資を高めており、収益面においても期待される存在となってきている。
そのWalmartは早くから金融知見者の採用を進め「現場×Fintech」の融合を図っている。
また、日本においてはBrandに「テクノロジー人材」が不足しており、どうぞAPIを自由に利用してサービスを構築してくださいと言われても難易度が高い。
テクノロジー人材の不足は日本における課題の一つであり早期に解決することが不可欠であるものの、国主導による学校教育の変革、技術者に対する抜本的な報酬制度の改定など一定の時間がかかることが想定される。
このような状況下、日本におけるLicence holder やEnablerは、米国のようにAPIを開放し自由に利用してもらうのを待つのみではなく、ユースケースの構築を含むコンサルティング型でのサービス提供が求められると考えられる。
そしてBrandにとっては、顧客価値向上に向けたユースケースの構築力(=デザイン力)を備え一緒に伴走してくれるプレーヤーと積極的に協業することが必要であろう。
次に、サービス領域についてだが、組込型金融というと、ユーザー向けサービスへの金融サービスの組み込みが想像されることが多いが、あらゆる取引において組み込んでいくことが可能であり、広い視野を持って領域を選定することが必要である。
特に、BtoEとしての「ペイロールおよび給与前払い」、BtoBとしての「企業間決済および中小企業向け融資・ファクタリング」、BtoCとしての「報酬支払いおよび二次流通市場における代金支払い」などデジタル化が十分に進んでいない領域に大きな可能性があると考えている。
まさに、サービスだけではなく業務プロセスに金融サービスを組み込みという発想であり、中小企業の生産性の向上が大きな課題となりデジタル化の推進を国も課題としている中、取り組むべき領域であると考える。
また、近年ESG投資やSDGsの概念が広がりメガトレンドとなる中、各企業においてもESGやSDGsに対する意識が希薄な企業との見方をされて資金の引き上げや顧客離れが発生することを恐れ、双方を意識した動きを強めている。
金融サービスに加え、カーボンニュートラルへの対応に向けたCO2排出量の算出・可視化サービスやカーボンオフセットそのものが可能な金融サービスの開発など、ESGやSDGsに資するソリューションを組み込みことで更なる価値向上が期待できる。
4. おわりに 組込型金融の可能性
ロンドン・ビジネス・スクール教授リンダ・グラットン氏の著書『LIFE SHIFT(ライフシフト)』で提唱された「人生100年時代」において、いかに資産を形成するのかという点は重要な論点であり、老後に必要な資金と言われている2,000万円から3,000万円を形成するためには、金融商品をうまく活用する事が重要である。
高齢者や金融リテラシーの高くない層が金融取引から取り残されないようにする「金融包摂」の議論も高まっており、すべての人々に利便性の高い金融サービスを提供しつづけることは、社会的意義も大きく、組込型金融はこの課題に対する一つの解となるのではないかと考えている。
また、DX化からの取り残しが危惧される中小企業のDX化の第一歩となるとも言える。
組込型金融への取り組みにあたっては、前述の通りユースケース構築等ビジネスの検討、態勢整備を含めた法規制への対応、ITの活用といった様々な検討が必要である。
また、迅速な金融機能の手の内化という意味では、効率的なM&Aも選択肢に上がることが多い中、当社は様々な観点に対するサポートしており、今回はその経験に基づき、日本における組込型金融の更なる普及に向けて考察をしてきた。
本稿が読者の皆様の検討の一助となり、金融包摂の実現、しいては人生100年時代の豊かな生活の一助となれば幸いである。
執筆者紹介
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
シニアマネジャー 横田一生
マネジャー 梅村圭輝
※ 本記事にてご紹介致しましたサービスはあくまで事例であり、当社が推薦する意図はございません。