ナレッジ

平成28事務年度・金融行政方針とベンチマークの真意を探る

ベンチマークを活用したリスクアペタイト・フレームワークの構築

金融庁から、2016年9月に金融仲介機能のベンチマーク、同年10月に平成28事務年度・金融行政方針が公表されました。そこで、これらの要点を整理しつつ、その真意を探ると共にベンチマークを活用した地域金融機関のリスクアペタイト・フレームワークの解説をします。なお、本文は「リージョナルバンキング」2017(平成29)年1月号に掲載されました。

掲載:「リージョナルバンキング」2017(平成29)年1月号

はじめに

金融庁は、2016年10月に平成28事務年度・金融行政方針を公表した。同方針では、平成27事務年度・金融行政方針で示した「金融行政の目指すもの」について、継続的な改革を担保する施策を明示しているほか、引き続き、企業・経済の持続的成長と安定的な資産形成等による国民の厚生増大を掲げ、それを達成するために3つの目標を示している。

① 金融システムの安定/金融仲介機能の発揮
② 利用者保護/利用者利便
③ 市場の公正性・透明性/活力を確保

また、金融庁は、同方針に先んじて、同年9月に金融仲介機能のベンチマークを公表している。同ベンチマークは、金融機関の経営理念や事業戦略等において掲げる金融仲介機能の発揮について、自らの取組みの進捗状況や課題等を、客観的に評価するために使用されることが期待されている。
本稿では、平成28事務年度・金融行政方針の要点を解説するほか、ベンチマークを活用した地域金融機関のリスクアペタイト・フレームワークについても解説する。なお、本稿における意見はすべて執筆者の個人的な見解である。

金融行政改革の動向

金融庁は、同方針の目標を実現するためには、(1)金融当局・金融行政運営の変革、(2)国民の安定的な資産形成を実現する資金の流れへの転換、(3)「共通価値の創造」を目指した金融機関のビジネスモデルの転換といった、3つの変革が必要としている。

(1)金融当局・金融行政運営の変革

金融庁(金融監督庁)は、その発足当初は、不良債権問題等の課題に対応するために、ルール重視の事後チェック型の行政を打ち出し、厳格な個別資産査定中心の検査、法令遵守確認の徹底を基礎とした検査・監督手法を確立した。しかし、人口減少・低金利環境、顧客ニーズの多様化と金融機関を取り巻く環境が急激に変化し、金融機関のビジネスモデルに変革が求められていることを受けて、金融庁においても検査・監督手法の変革を進めている。

<金融庁が進めてきた検査・監督手法の変革>

・ルール重視とプリンシプル重視の検査・監督手法を相互補完的に運用
・個別資産査定は、金融機関の判断を極力尊重
・担保・保証に過度に依存しない、事業性評価に基づく融資への転換促進
・フォワードルッキングな問題提起と対話による自主的改善
・ベスト・プラクティスの掘り起こしと情報提供
・金融機関の顧客企業との対話による金融機関の課題抽出

しかし、金融庁では、こうした新たな検査・監督手法の枠組みが未だ十分に浸透していないと判断し、2016年8月に「金融モニタリング有識者会議」を設置して、新たな検査・監督の基本的な考え方や手法等について議論・整理を行い、浸透させていくこととしている。
 

(2)国民の安定的な資産形成を実現する資金の流れへの転換

金融庁は、国民の安定的な資産形成を促進する観点から、金融機関に対して良質な金融商品の提供を求めている。また、そうした金融商品の運用・開発、販売・管理に関わる全ての金融機関(インベストメント・チェーン)には、顧客本位の業務運営(フィデューシャリー・デューティー)の確立・定着を強く求めており、販売手数料の水準やリスクの所在を明確化した商品説明等を含め、顧客本位の取組みの自主的な開示を推奨している。
こうした中、平成27事務年度金融レポート(2016年9月公表)では、投資信託の販売姿勢について疑問が投げかけられている。ここ数年、銀行の投資信託の販売額や販売手数料等の収益は拡大を続けている一方で、投資信託の残高や保有顧客数は伸びていないことから、回転売買が相当程度行われていることが推測されると指摘している。さらに、業績目標・評価に投資信託の販売収益・販売額を設定することは、顧客利益との相反が生じやすいことを懸念として示している。

<フィデューシャリー・デューティーの概念>

フィデューシャリー・デューティーについては、平成26事務年度金融モニタリング基本方針(2014年9月公表)で掲げられ、その中で「他者の信任に応えるべく一定の任務を遂行する者が負うべき幅広い様々な役割・責任の総称」と定義されている。

(3)「共通価値の創造」を目指した金融機関のビジネスモデルの転換

金融庁は、横並びの量的拡大競争に集中するビジネスモデルに限界が近づいており、顧客向けサービス業務(貸出・手数料ビジネス)の利益率は、2015年3月期においても、地域銀行の4割がマイナスであったが、2025年3月期には6割超がマイナスとなる可能性を指摘している。金融庁としては、将来的に金融機関の健全性基準に問題が生じ、金融システムが不安定化することで生じる地域経済への影響を懸念していると考えられる。従って、金融機関自身が、積極的に創意工夫を行い、持続可能なビジネスモデルを構築することが期待されていると考えられる。
同方針では、金融機関が顧客企業の生産性向上等の本業支援を行うことで、その結果として金融機関自身の顧客・収益基盤の安定化を図るといったことを、顧客との「共通価値の創造」と表現し、持続可能なビジネスモデルの一つの有力な選択肢としている。具体的には、担保・保証に過度に依存することなく、顧客の事業内容や成長可能性等を評価(事業性評価)した融資姿勢を意味すると考えられる。
もっとも、こうした顧客との「共通価値の創造」は、多くの金融機関で経営理念や事業戦略等で掲げられているが、その取組みや達成度合いにはバラツキがあると指摘している。そこで、金融庁では、こうした実態を客観的に把握するために、「金融仲介機能のベンチマーク(2016年9月)」を公表し、同ベンチマーク等の客観的な指標を活用して、ガバナンス、業績目標・評価、融資審査態勢等を含め、金融仲介機能が発揮できているかを経営陣と深度ある対話を実施するとしている。

(4)金融仲介機能のベンチマーク

ベンチマークは、全ての金融機関が採用する共通ベンチマーク(5指標)、個々の金融機関で採用要否を判断する選択ベンチマーク(50指標)で構成され、これらは大きく4分類に整理できると考えられる(図表1)。また、金融機関自身の判断に基づく、独自ベンチマークの創作・活用も推奨されているほか、金融機関との対話を通じて将来的なベンチマークの見直しもあるとされている。
ベンチマークは、自身の金融仲介機能の発揮を客観的に評価する目的で使用されるものであり、自主的な開示を通じて、金融機関と顧客との間の情報の非対称性を解消することが期待されているほか、顧客が取引先金融機関を選択する際の有益な判断材料として活用されることも期待されている。
また、金融庁では、ベンチマークを収集することで、個々の金融機関の金融仲介機能に係る取組みの進捗状況や課題等を具体的に把握し、深度ある対話を実施するとしているほか、優良な取組みを行っている金融機関を公表・表彰することとしている。金融機関が顧客の経営改善・成長力強化を支援することを通じて、金融機関自身の経営基盤強化が図られることを期待している。
なお、ベンチマークの定義は、公表された資料上ではその多くが明確となっていないため、ベンチマークの採用に際しては、金融機関自身でその定義を考える必要がある。そのため、ベンチマークの定義は、当然に個々の金融機関でバラツキが生じると考えられ、他の金融機関が採用した定義は参考にならないことも十分に想定される。従って、ベンチマークの定義を検討する際は、その趣旨をしっかりと踏まえて、経営理念や事業戦略等に照らした上で、本当に相応しいものかどうかを、十分に吟味することが重要と考えられる。
金融庁を含むステークホルダーとの対話では、ベンチマークの選択/非選択の理由をしっかりと整理し、明確に説明できることが重要と考えられる。加えて、自主的開示においても、ベンチマーク数の多寡ではなく、自身の経営理念や事業戦略等を明確に説明するという質に拘ることが重要と考えられる。

ベンチマークの4分類

(注)表中の番号は「金融仲介機能のベンチマーク(2016年9月、金融庁)」資料に準拠している。また、番号前の「共」は共通ベンチマークを意味する。

(5)「日本型金融排除」の実態把握

金融庁では、融資の現場において、金融機関と顧客企業の間に認識のギャップがあるとしており、具体的には、金融機関では「融資可能な貸出先が少ない」とする一方、顧客企業では「担保・保証がないと貸してもらえない」といったものである。こうしたギャップが生じる背景として、金融機関が企業の事業内容を深く理解することなく、形式的な評価(担保・保証の有無、スコアリングの信用力等)で与信判断を行い、そうした形式面で問題のない一部の企業に融資が集中、逆に言えば形式面で問題のある企業には融資されないことを指摘している。
地域の中には、形式的な評価が低くとも、当該地域に必要で、かつ事業に将来性のある企業は存在するとされ、こうした企業に融資を行うことは、地域の経済・産業への貢献に繋がるだけでなく、金融機関自身の顧客基盤強化にも繋がると指摘している。同方針では、金融機関が、形式的な評価が低い企業に融資を行わず、自らのビジネスチャンスを逸している状況を「日本型金融排除」と称しており、金融庁は金融機関と企業の双方からヒアリング等を通じて、こうした実態の把握に更に努めるとしている。

(6)金融仲介の更なる発揮に向けた関係機関との連携促進

金融庁は、金融機関の取組みをサポートしつつ、企業の自主的な経営改善を通じた地域経済の活性化を図るために、地域活性化・事業再生ファンドの活用、地域経済活性化支援機構(REVIC)及び日本人材機構の活用を促すとしている。また、信用保証制度については、金融機関が企業の経営改善・支援に取組むインセンティブを持てるように制度の見直しを検討しているとしている。

ベンチマークを活用したリスクアペタイト・フレームワークの構築

(1)金融仲介機能の発揮とリスクアペタイトの有機的結合

地域の中小企業の支援・育成等といった金融仲介機能を十分に発揮するためには、地域金融機関は様々なリスクに直面することが想定され、それらを上手くコントロールすることが重要となる。例えば、融資姿勢の改革に伴う担保・保証依存の脱却や、顧客価値の向上に伴う事業再生・創業支援では、信用リスクアセットの額の増加(自己資本比率の低下)を指摘できる。また、経営改革や人材育成では投資的観点でリスクに向き合うこととなる。
もっとも、金融仲介機能の発揮には、持続可能なビジネスモデルの構築の観点で、収益面(リターン)の改善を図ることも重要となる。金融仲介機能を発揮することで、地域の経済・産業の発展とともに金融機関自身が発展することも必要となる。
従って、金融仲介機能の発揮に向けては、どの領域にどの程度のリスクを取り、そこからどの程度のリターンを見込むのかといったリスクとリターンを整理した上で、経営方針や事業戦略等を策定することが重要となるが、こうした考え方は、リスクアペタイト・フレームワークの考え方に通ずるものと考えられる。つまり、地域金融機関におけるリスクアペタイト・フレームワークの構築とは、金融仲介機能の発揮に向けたベンチマークの運用と置き換えて考えることができると言える。地域金融機関にとって朧だったリスクアペタイト・フレームワークの構築が、ベンチマークの導入で視界がクリアになり、構築に向けた具体的な検討が進め易くなったと考えられる。

(2)金融仲介機能の発揮に向けた取締役会の在り方

金融仲介機能の発揮を基礎としたリスクアペタイト・フレームワークの運用には、取締役会で経営方針の実現を目指す融資戦略等を決定することが重要と考えられる。既に、経営理念や事業戦略等において、地域経済・産業への貢献や地域の中小企業の支援・育成を掲げている金融機関も多いが、今後は掲げた内容の実行性向上が求められると考えられる。具体的には、①PDCAプロセスの導入(これまでの「地域密着金融」の総括を含む)、②実行力のある融資戦略(事業計画)の検討・策定、③融資戦略(事業計画)の実現を目指す組織や評価制度の再構築、④融資戦略(事業計画)の実現を目指すことが取締役会の重要な意思決定であることが考えられる。

<PDCAプロセス>

Plan(P): 経営方針や事業戦略の明確化、リスクアペタイトの整理
Do(D): ベンチマークの選択
Check(C): 選択したベンチマークの妥当性評価、経営上の改善点の発見
Action(A): 選択ベンチマークの変更、ベンチマーク改善に向けた施策の検討

(3)PDCAプロセスで期待される内部監査の役割

内部監査の役割としては、金融仲介機能の発揮のために取締役会が決定した経営方針や事業計画が、本部・支店の業務運営で適切に実行されているかを検証し、課題及び改善策を提言することが期待されていると考えられる。加えて、選択したベンチマークの結果を評価して、事業計画の実行性に懸念がないかをしっかりとモニタリングすることも重要と考えられる。

おわりに

平成28事務年度・金融行政方針は、金融行政運営の継続的な改革を担保するものと位置づけられており、不断の金融行政改革と実効性のある施策が示されている。こうした中、金融仲介機能のベンチマークが導入された背景には、中小企業の資金調達で地域金融機関が担う役割の重要性を改めて認識することが目的にあると考えられるほか、金融検査マニュアルにある意味縛られた当局と金融機関の意識改革を図ることも目的にあると考えられる。
また、金融仲介機能のベンチマークの導入は、地域経済の発展を通じて金融機関自身の経営基盤の強化も図ることができるため、その活用に係るインセンティブが備わっている点において、これまでの検査・監督手法とは一線を画していると言えよう。金融機関としては、ベンチマークを上手く活用することで、経営改革等を促進し、いち早く金融サービス提供力・競争力の向上を図ることが、地域にとって無くてはならない金融機関の存在価値を磐石にするための布石とすることができるのではないか。

 

著者:金融インダストリーグループ 三原治/岡崎貫治

お役に立ちましたか?