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最適資本構成を意識した財務フレームワークの模索

事業会社において、資本効率性向上への意識が昨今高まっていますが、最適資本構成を意識した財務フレームワークに関して、金融市場の状況を踏まえながら、実務的に適用可能なアプローチの考察を行うとともに、企業価値向上に向けた方策の検討を行います。

1. 概念としての理解と、実践の難しさとの間でのジレンマ

このところ毎日のように、企業(本稿においては主として事業会社を想定する)に対する大手機関投資家のROE水準向上への要求の高まりや、企業側の株主還元強化策の話題が新聞紙上を賑わせている。企業側の資本効率性への意識が、昨今急速に高まっていることは疑いようがないが、「どの程度の資本レベルが最適なのか」という問いに対して、明確な回答を具備している企業は、案外少ないのではないだろうか。

2.概念の再確認

多くの読者の方にとっては既知の内容であると考えられるが、まずモジリアーニ・ミラー、いわゆるMM理論の内容を簡単に整理しておくと、

  • 税金が存在しない
  • 情報の非対称性が存在しない
  • 倒産コストがかからない
  • ファイナンス費用がかからず、証券の売買・貸借等の流動性に制約はない

といった非現実な仮定のもとでは、図1のように、負債利用度(D/Eレシオ、負債の実額規模等が要素として考えられる)によらず、企業の価値は一定になる。

図1:モジリアーニ・ミラー(MM)理論

しかし現実の資本市場においては、法人税(負債調達を行った場合の利息の損金参入による節税効果)や倒産コストが存在することから、MM理論との対比では、

  • 負債の利用は、課税所得を圧縮し、企業価値を増加させる効果がある
  • 他方で、過度な負債の利用は、倒産確率を高めて信用リスクを増加させる

ことにより、企業価値を極大化する最適資本構成が存在するとされており(いわゆる修正MM理論)、あくまで理論としてのこの概念を示したものが、図2となる。
 

図2:修正モジリアーニ・ミラー(MM)理論

3. 最適資本構成追求にあたっての論点と実務的な適用可能性の模索

ここで議論となるのが、

  • ある企業にとっての最適資本構成を、現実のファイナンス実務においても見つけることは可能か
  • 金融市場の状況によって、最適資本構成が変化することはないか
  • 企業が直面するリスクも踏まえて、最適資本構成での資金調達を行うことが果たして最適なのか

といった点である。

まず、企業にとっての最適資本構成に関しては、上記図2における倒産コストを如何に見積もるか、ということが論点になるものと考えられる。しかし、如何にリスクマネジメントの意識が高まりつつあると言っても、自身が経営/所属する企業が倒産するシナリオまでを想定した上で日々の業務運営を行うことはあまり現実的とは考えられず、MM理論の企業財務への実務的適用にあたっての大きな制約になっているものと考えられる(言い換えれば倒産コストという概念は、主に投資家・債権者側のポートフォリオ管理的視点に依拠したものであるようにも感じる)。
これに関して筆者は、例えば財務戦略の構築コスト・手元流動性コストを要素として加味し、倒産コストに代わる概念として最適資本構成模索のためのモデルに組み込むことで、企業側にとっての実務的な適用が容易になるのではないかと考える。
 

図3:実務的な適用可能性も念頭に置いた、最適資本構成模索のためのアプローチ

図3は、この概念を示したものであるが、説明の簡略化のため、格付会社が付与する格付を柔軟な財務戦略の構築可能性・手元流動性充実度の判断基準として事業会社向けの企業価値の変化を想定した場合、現状の日本の金融市場においては、

  • シングルA格水準からトリプルB格水準に低下した場合、引き続き一定の財務戦略の柔軟性確保や手元流動性確保に問題はないものの、調達可能年限や調達可能額等に制約が生じ始め、財務戦略の柔軟性は徐々に低下し始める。
  • 投資不適格水準(ダブルB格以下)となった場合に、資金調達の柔軟性が大きく低下する。また、シンジケートローン等において、付与されるコベナンツ・担保設定等の要件も厳しくなり始めることから、裁量ある事業運営にも制約が生じ始める。

といった傾向が存在する。従って、現状の日本の金融市場の状況を踏まえてもう少し精緻化した、企業価値の変化を示す曲線としては、図4のようなイメージになるものと考えられる。

図4:現状の日本の金融市場を踏まえた、事業会社における企業価値のイメージ(簡略化)

注)本文中にも記載の通り、格付判断にあたってD/Eレシオ等はあくまで参考指標のひとつに過ぎず、実際の格付付与にあたってはその他要素も含め、総合的な判断がなされる点にご留意頂きたい。本稿においては、あくまで概念を簡略的に説明するために、D/Eレシオを利用している。

実際には、格付水準はD/Eレシオだけで判断されるものではないため、ここでは、概念を把握頂くための簡略化された物差しとして参照頂ければ幸いである。例えば、収益力等の要素も反映した格付推定モデルを構築することにより、より詳細かつ実態に即したアプローチを行うことが可能である。また、金融機関の与信(間接金融)の取扱スタンスという観点では、格付会社が付与する外部格付の推定モデルの応用として、あくまで財務面のみに依拠したものとはなるものの、格付会社の外部格付と銀行が与信判断で利用する内部格付とのマッピングモデル等も反映させることにより、直接金融・間接金融両方の動向を考慮に入れることが可能である。

次に、金融市場の状況によって、最適資本構成が変化する可能性があるかどうか、という点に関しては、例えば日本の金融市場とアメリカの金融市場を比較してみるとイメージの把握が容易になるものと考えられる。
日本と比較すると、米国においては投資不適格企業向けの社債市場(ハイイールド債市場)の厚みがあることで、仮に企業の格付が投資不適格水準にまで低下したとしても、即座に直接金融による資金調達が閉ざされるとまでは言えない状況となっている。勿論、投資不適格企業の発行する社債については、リスク・リターンに対応したスプレッドが比較的厳格に要求されることから、負債割合を増加させたとしても、企業価値の向上効果は高格付の時点と比較すると限定的になるものと考えられるが、いずれにしても米国において企業価値が急激に低下し始めるポイントが、日本よりもやや高レバレッジ(高いD/Eレシオ)の水準に存在する、といった見方もできるものと考えられる。
また、リーマンショック直後のマーケットの状況が典型的であるが、調達金利(あるいは投資家の要求スプレッド)の変化や、投資に対する許容度の変化等、市場環境によって最適資本構成が変化する可能性は十分に存在するものと考えられる。

4. 最適資本構成を意識した財務フレームワークの模索

最後に、最適資本構成での資金調達が可能かどうか、という点に関してであるが、理論上は可能ではあるものの、一定のリスクが発生した場合のバッファーも念頭に置く形で、負債の割合・実額を保守的に(抑制気味に)設定しているといったイメージが、最も多くの企業の実態、あるいは経営者の感覚に近いのではないかと筆者は考えている。では、バッファーの水準をどのように設定すればよいのであろうか。
企業においては、様々なリスクを抱えており、ヘッジを行うことなく(あるいは、ヘッジを行うことができずに)許容するリスクに見合う部分については、リスクバッファーとして資本を保有しておくことが考えられる。例えば、99%VaR(Value at Risk)を基準としてリスク量を計測するケースにおいては、1%の確率でリスクが顕在化した場合にもカバーし得る水準の資本を保有することが検討される。あるいは、目標とする格付に対して必要となる資本水準をまず想定した上で、リスクが顕在化した場合にも当該目標格付を下回らないような一定のリスクバッファーを積み増す、といったアプローチを採用しているケースも、特に事業会社においては多いものと考えられる。(図5)

図5:リスクバッファーの検討に関する考え方

上記いずれの場合においても、各々のリスクに対して、いわゆるサイロアプローチにより所要バッファーを算出した場合、企業全体として必要なリスクバッファーは個別算出ベースの積み上げに成らざるを得ない。一方で、いわゆるERM(Enterprise Risk Management)の考え方を採用した場合、各リスク間の分散効果等も考慮に入れることにより、企業全体としての必要なリスクバッファーは、個別の積み上げベースより軽減されることも想定される。次に、上記で算出されたリスクバッファーを、資本構成に応じた企業価値の推移曲線にあてはめることで、個別合算ベースでのリスクバッファーを前提とした企業価値と、ERMアプローチでのリスクバッファーを前提とした企業価値の違い(企業価値の向上効果)についても試算が可能になり、こうした分析は企業内部での自社の企業価値に関する精緻な分析や投資家との戦略的な対話へ活用できるものと考えられる(図6。ここでは目標格付確保にあたって必要な資本水準を起点とする方法を想定。いずれにしてもERMアプローチによるリスクバッファーの最適化を図る場合には、企業全体でのリスク量の計測・把握が重要となる)。

図6:ERMアプローチ導入による企業価値向上効果把握のイメージ(目標格付確保を起点とした場合)

また、冒頭に記載した現状とも重なるが、企業に対しては、資本の効率性に対する要請・期待が高まっており、こうしたアプローチを採用することにより、投資家を含めた様々なステークホルダーに対して、必要となる資本の妥当性に関して合理的な説明が可能になるとともに、余剰資金分析と組み合わせることにより、株主還元策・還元規模についての合理的な意思決定にも寄与するものと考えられる。
全社的なリスク量の計測方法等、実務上は様々なハードルに直面しているというのが多くの企業における現実と考えられるが、こうしたアプローチが企業価値の向上に寄与するものである、という認識のもとに、段階的・計画的な整備を進めていくことの意義は大きいものと考えられる。

(当該記事は筆者の私見であり、有限責任監査法人トーマツの公式見解ではないことをお断りしておく)

筆者: 有限責任監査法人 トーマツ 金融インダストリーグループ 
シニアマネジャー 粟津大史

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