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年金ガバナンス、コンプライアンスそして内部統制について

年金基金の監査の観点を含めて

企業年金のガバナンスは、企業年金を真っ当に運営する仕組みであり、それにはコンプライアンス、内部統制、内部監査といった仕掛けが不可欠だ。本稿ではそれらの仕組みを、本年度より開始された年金基金の監査の内容を含め記したい。

ガバナンスとは

金融庁はコーポレートガバナンス(企業統治)について「企業の意思決定やその決定に基づく執行などの企業行動が、どのように行なわれているか、そしてそれがどのように監督・監視(モニタリング)されているかということ。経営者、取締役、株主その他の利害関係者の間の相互関係が含まれる」 。

これを企業年金にあてはめると「企業年金の意思決定やその決定に基づく執行などの企業年金行動が、どのように行われているか、そしてそれがどのように監督・監視(モニタリング)されているかということ。事業主(プランスポンサー)、理事者、代議員その他の受益者等関係者の間の相互関係が含まれる」ということになる。

いわば、企業年金のガバナンスは、企業年金を真っ当に運営する仕組みであり、それにはコンプライアンス、内部統制、内部監査といった仕掛けが不可欠だ。本稿ではそれらの仕組みを、本年度より開始された年金基金の監査の内容を含め記したい。

ガバナンス、コンプライアンス、内部統制、内部監査についての整理

ジョークその1【人食い人種】

日本の企業が3人の探検隊を未開の地に派遣した。隊長は代表取締役社長、副隊長はコンプライアンス部長、そして隊員は営業部長だ。探検は途中まで順調だったが、人食い人種につかまってしまった。今にも食われようとしているその時に人食い人種が言った。

人食い人種「お前たち、最後にひとつだけ望みをかなえてやるぞ」

代表取締役社長は「最後にわが社の社歌を歌いたい」と言って大声で歌った。次にコンプライアンス部長が「最後にわが社のガバナンスとコンプライアンスについて講義したい」と望みを言うと、あわてた様子で営業部長が叫んだ。「その講義の前にオレを食ってくれ!」 

 

ガバナンス、コンプライアンスという文字が新聞に載らない日はないぐらい、この2つの概念は組織運営における重要性を増している。「ガバナンスの欠如」「コンプライアンス意識の低下」等々が企業や団体そして企業年金の運営に問題が生じる際に必ず指摘されている。

ガバナンスとは一体何を指しているのか。コンプライアンスが意味することは何なのか。関連して必ず顔を出す内部統制とは何か。そもそも内部とは何の内部なのか。統制ってどういう意味だ。ここまできたら内部監査についてもはっきりさせたい。特に企業年金におけるそれらの役割について考えたい。それが本稿の目的である。

ガバナンス、コンプライアンス等の概念を図1に整理した。ここでは企業年金を念頭に置いている。企業年金の目的は、加入者及び加入者であった者の「老後の所得確保」であり、そのための受給権保護のあり方が資産運用の観点からガイドライン にて整理されている。この目的を果たすために“企業年金を真っ当に運営する仕組み”が企業年金ガバナンスである。ガバナンスは統治と訳されることが多いが、統治といってもピンと来ないことも多く、“仕組み”という身近な概念を置くこととする。本稿では企業年金ガバナンスを目的達成のための最上位概念だと位置づける。

それでは“企業年金を真っ当に運営する仕組み”はどうすれば構築できるのであろうか。ここでは実務と環境に分けて考える。実務とは、日々現場で生じていることである。法令あるいはガイドラインで定められた、実施すべきことの一覧である。これら実務を必要な内容で必要な時期に実施することが真っ当な運営には欠かすことができない。

もうひとつは環境である。実施すべき実務をコンプライアンスマインドという土壌において実施するということである。コンプライアンスという土壌、すなわち環境において実務を進めてこそ、初めて真っ当な運営が可能となる。

しっかりした手順でおいしい料理を作っても、台所が衛生的でなければ台無しだ。手順通りに材料を切ったり、煮炊きをしたりすることが実務なら、手や道具を常に清潔にし、水も空気も衛生的なものにするという環境整備がコンプライアンスなのである。

企業年金ガバナンスの主目的のひとつはコンプライアンス環境を整えることであると言える。ではコンプライアンス環境を整えるためには何が必要かと言えば、企業年金の内部を管理する態勢すなわち企業年金の内部統制が必要となる。

内部統制が機能している企業年金は、コンプライアンスが担保され、したがってガバナンスが保たれているという構図となる。この重要な統制である内部統制はどのようにモニタリングされるのか。そのモニタリング役が内部監査なのである。

コンプライアンスとは持続可能性を高める手段

ジョークその2【コンプライアンスマインド】

小学校の先生から電話がかかってきた。

「大変、残念なのですがお子さんが友達の鉛筆を盗みました。家庭でのしつけをしっかりとお願いします」

その日の夜、父親は子供に懇々と説教をした。

「どうして鉛筆を盗むなんてことをしたのだ。鉛筆ぐらい、お父さんが会社からいくらでも持って帰ってやるのに」 

 

コンプライアンスとは何かと問えば、私たちはほぼ条件反射のように「法令順守」と答える。まるで英和辞典のような状態になっているが、コンプライアンスの概念は法令順守だけではなく、もう少し広い。コンプライアンスとは3つのルールを守ることで持続可能性を高める手段である。その3つのルールは「法規範」「社会規範」「内部規範」である。

クルマの運転を例にとろう。クルマで移動する目的は「行き先に到着する」というものである。ただし、到着すればいいというものではない。道中、法定速度が50キロの道路を100キロでぶっ飛ばして着いたとしても、赤信号をことごとく無視して着いたとしても、運転前にビールだのチューハイだのを楽しんで酒に勢いで運転したとしても、それはたまたま事故を起こさなかったために到着できただけのことである。法令順守をするという必要最低限のルールが守られていないから失格である。次も安定的に目的地に到着するという持続性のためには法令順守は必須である。

法令(法規範)だけがルールではない。社会規範がある。やたらとクラクションを鳴らしてみたり、巨大な音量で音楽をかけながら窓を開けて走ったりといった社会規範を逸脱した迷惑行為をしているようでは目的地に到着してもやはり失格だ。

内部規範というルールもある。禁煙のクルマの中でタバコをプカプカしていては、クルマの持ち主から怒られて二度と運転できなくされてしまう。法令、社会規範、内部規範の3つを守ることで、持続的に「行き先に到着する」という目的を達成する可能性が高まるのである。

コンプライアンスをバックアップし、徹底するのが内部統制である。内部、すなわち自分や身内という組織の内部による統制の徹底だ。クルマの例で言えば、飲酒運転をしないために、乗車前にアルコール検知器で呼気を検査し、それを独立した内部管理者が確認するといった統制を持つことが必要なのだ。呼気検査を自分で実施するだけでは、ウソをついてしまえば飲酒運転の抑止ができないし、“なあなあ”が通じる仲間内での検査確認ではやはり抑止が不可能だ。あくまでも内部ではあるが独立した管理者の確認というルールが内部統制なのである。

こういった内部統制を識別して、それらが有効に機能しているかを監査し、もっと有効にするためにはどのようにすればいいのかをアドバイスするのが内部監査の役割である。

コンプライアンスと内部統制

ジョークその3【コンプライアンス】

コンプライアンス部長が社内を大あわてで走っていた。その様子を見た営業部長が

「コンプライアンス部長、どうしましたか」

「社内に不祥事があったのだ」

「それなら部長が作ったコンプライアンス研修やコンプライアンス基準があるから大丈夫じゃないですか」

「君、これは真剣な話なのだ」

 

コンプライアンスに関するルールはともすれば「あればいいのだろう」「作っておけばいいのだろう」と考えられがちであるが、これでは意味がない。しっかりとコンプライアンスを実行するためには、内部統制の整備を欠かすことができない。内部統制が、コンプライアンスそしてガバナンスの成否の要なのである。

コンプライアンスと内部統制との関連について、大和銀行株主代表訴訟大阪地方裁判所判決(平成12年9月)より抜粋することで理解を深めたい。判決は「取締役は自ら法令を順守するだけでは十分でなく、従業員が会社の業務を遂行する際に違法な行為に及ぶことを未然に防止し、会社全体として法令順守経営を実現しなければならない」と述べ、加えて「事業規模が大きく、従業員も多数である会社において、取締役が直接すべての従業員を指導・監督することは不可能である」「そこで、取締役は、従業員が職務を遂行する際、違法な行為に及ぶことを未然に防止するための法令順守体制を確立すべき義務がある」(下線は筆者が加えたもの)としている。

判例における下線の「法令順守体制を確立すべき義務がある」における法令順守はコンプライアンスに置き換えることができる。コンプライアンス体制を確立するとは、すなわち内部統制を整えるということであり、この判例の一文が内部統制を整える根拠となっている。

企業年金においても、当然のごとくガバナンスを強固なものにするためにコンプライアンス体制が求められ、そのためには内部統制を整えなければならないという一連の論理が適用されるのだ。

ジョークその4【銀行強盗】

ある銀行に強盗が入った。ピストルを支店長につきつけ

「カネを出せ。さもなければお前の命は保証しない」

支店長は勇敢にもこう言った。

「大事な預金者のカネだ。命に代えても守る」

強盗はしばらく考えていたがこう言った。

「カネを出せ。さもなければ内部監査人を呼ぶぞ」

支店長は黙って札束を差し出した。

 

内部統制が適切に整備され、それが意図通りに機能しているかを評価・モニター・指導するのが内部監査の役割だ。内部監査なくして内部統制の継続的な効力は期待できないのだ。

企業年金の内部統制について、どのような事象が内部統制として認識(内部統制用語では識別という)されるのか、具体的に考えてみる。ここでは、公認会計士協会がまとめた「年金基金に対する監査に関する研究報告」 (以下、研究報告)を参考とすることとしたい。

いわゆるAIJ事件後、公認会計士協会ではなんらかの形で、このような事件の再発の可能性を減じる手立てはないかと検討し、年金基金の監査を実施することで財務報告について独立した第三者のチェックが可能となる仕組み、すなわち基金の監査を開始した。実際には平成25年度の年度末における財務報告の監査が可能となっている。監査の過程では、監査対象の財務報告に関する内部統制をチェックする。内部統制が整っていれば、それだけ財務報告が正しいという確率が上昇すると考えられ、内部統制は監査においても重要なのである。

研究報告は、年金基金の財務報告に関する監査に関して、その内部統制に言及しているものであるが、財務報告に限らず内部統制の理解を促進するうえで役立つと考える。

① 業務プロセス

年金基金では基本的に年金業務と資産運用業務の2つの業務が実施されている。年金業務は掛金の収受や給付の裁定及び支払いといった、まさに年金に係る業務である。事業主から拠出された掛金は年金資産として累積されると同時に、リスクを冒して市場運用されている。資産運用業務

年金基金においては、理事が理事会にて資産運用業務の執行に係る意思決定を行う。理事長は年金基金を代表して資産運用業務の執行にあたることとされている。資産運用業務の内容は多岐にわたる。

② 外部委託

年金基金では、年金の給付実務(年金給付の裁定は除く)等、多くの業務を信託銀行、保険会社等に委託することが一般的である。委託している業務については、委託先がどのような内部統制なのかを把握する必要がある。

既述のように、年金基金では、業務ごとに基金自らのあるいは外部委託先の内部統制の識別が必要になる。表‐1は主たる業務に関連する内部統制の例示である。当然のことながら内部統制は、年金基金の実情に応じて異なるものになることに留意されたい。

表1:年金基金の内部統制の識別(例)

これまでは、主に統制活動について着目した。内部統制には、統制活動以外にも構成要素が存在する。統制環境、リスク評価プロセス、情報システム、監視活動といった項目にも注意が必要である。

また、情報システムについては、使用されているアプリケーション、ソフトウェアが意図した機能を発揮しているかを確認し、意図通りの機能を発揮するためのシステムについての全般統制の整備・運用にも配慮する必要がある。これらの諸項目は財務報告に係る監査の場合であり、実際には個人情報の保護体制等にも配慮する必要がある。

企業年金には、監事が実施する監事監査、行政が実施する行政監査がある。加えて、年金基金の財務報告の監査の実施が可能となった。それぞれに意義があり、役割がある。なかでも公認会計士が実施する財務報告の監査は、内部統制に着目するために、内部監査的な役割を果たすことが期待できる。内部統制を引き締める内部監査こそが企業年金のガバナンスの高度化に有効と考える。

板ばさみ問題

掛金を負担する事業主は、「できるだけ掛金を低くする」「追加の掛金拠出は抑制する」というインセンティブが働く。一方、企業年金側には「給付の維持・安定性を堅持する」というインセンティブが働く。この点において事業主と年金基金との間に目的が不一致となる可能性が指摘されている。

この指摘は、年金基金が、事業主から特殊的に独立して運営している場合を想定したものであり、一般化した議論には適しないのではないかと考えられる。特殊的独立というのは、単純化すれば「事業主は年金基金の求めに応じて言われたとおりに掛金を役割である。一方、年金基金がどのような資産運用を実施するか、どのような給付水準を決定するかに一切関与しない」という特殊状況での独立を指している。この状況では、事業主の株主も問題提起をするであろう。

現実問題として、事業主は資産運用委員会あるいは、基金への代議員、理事の輩出を通じて密接に基金運営に携わっている。事業主が追加拠出を実施する理由として、最も多いのは年金資産運用が期待通りに推移しなかった場合である。年金資産運用は短中期的には安定しないから、追加拠出のリスクを排除することはできない。ただし、平素から事業主との、独立性を毀損しない前提での協力関係があれば、追加拠出についての理解は得られる可能性が高くなる。追加拠出を事業主が実施するインセンティブとしては、企業年金制度を維持することによる従業員の勤労意欲強化、忠誠心の醸成があり、事業主としては従業員が退職というイベントに対して不安を持つことを和らげるという退職保険の確保がある。

 

目的の不一致はない、というのが企業年金における事業主と年金基金との関係の基本的な考え方だ。事業主はすぐれた年金資産運用を企業年金や基金が実施することにより、掛金を減少させる、あるいは勤労インセンティブを高めるための給付を増額させることが可能になる。この点において「期待を満たす資産運用を実施するために、掛金を拠出する」という行為は合理的である。適切な情報が事業主に伝達されていない場合に起きる特殊なことであり、ガバナンス態勢を整理し、内部統制を整えておくことで特殊的独立構造を排除し、あるべき姿、すなわち理事長は板ばさみにならず、堂々と本来の趣旨通りに掛金の追加請求ができるのだ。

年金基金のガバナンスが問われている。不明瞭な資産運用による資産の消失、経理の不正等々の不祥事があとを絶たない。全体からすれば、このようなガバナンスの欠如はほんの一部であり、ほぼ全ての企業年金、年金基金は極めて真摯に運営に取り組んでいる。しかしながら、運営のための仕組みを高度化することなしには、真摯な姿勢は具備していてもガバナンスが整うことはない。コンプライアンス、内部統制そして内部監査という仕組みを本格的に導入し、屈強なガバナンスを持つことで、加入員等の受益者、事業主といったプランスポンサーの信頼を強化することが企業年金に求められている。

欧米では、年金基金の監査は必須 である。これは欧米の年金基金のほぼ全てにおいて、内部統制を基盤としたガバナンス、コンプライアンスがあることを示しているのだ。

 

1. 金融庁ホームページ(http://www.fsa.go.jp/fukukyouzai/nyuumon/01.html)「わたしたちの生活と金融の働き」より引用

2. おおばともみつ「世界ビジネスジョーク集」中公新書ラクレに掲載のものを筆者が一部変更

3. 確定給付企業年金に係る資産運用関係者の役割及び責任に関するガイドラインについて(通知)平成14年3月29日年発第0329009号厚生労働省年金局長から地方厚生(支)局長あて通知

4. 梅津光弘「ビジネスの倫理学」丸善株式会社に掲載のものを筆者が一部変更

5. 年金基金に対する監査に関する研究報告(平成25年3月29日)日本公認会計士協会業種別委員会研究報告第10号

6. 年金基金に対する監査に関する研究報告(平成25年3月29日)日本公認会計士協会業種別委員会研究報告第10号Ⅱ-3-(2)年金基金の決算及び監査の制度より引用「米国では、1974 年(昭和49 年)に制定されたいわゆるエリサ(Employee Retirement Income Security Act の頭文字をとってERISA)法により、従業員の受給権保護の観点から年金プランの情報開示の拡充が要請されており、その運営や財政状況について、財務省(内国歳入庁)、労働省、年金給付保証公社及び加入員に対する詳細な情報開示が義務付けられている。特に、一定規模以上の年金プランの財務諸表は公認会計士等の監査証明が要求されており、数理関係の報告書には登録アクチュアリーの承認が必要とされている。また、英国では、すべての企業年金基金について年次報告書の作成と会計監査が義務付けられている(Pensions Act 2004,Pension Schemes Act 1993,Finance Act 2004)

 

有限責任監査法人トーマツ パートナー

山本御稔

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