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東日本大震災と保険(第1回:地震保険及び類似の保険・共済)
地震保険の成立と概要、安定的に運用するための枠組及び世帯加入率と地震保険と類似の保険・共済について概観します
「東日本大震災と保険」というテーマで、地震保険(類似の保険・共済を含む)及び原子力保険等について述べていきます。 今回は、地震保険の成立と概要、安定的に運用するための枠組及び世帯加入率について述べたあと、最後に地震保険と類似の保険・共済について概観します。
1.はじめに
東日本大震災が発生してから、まもなく1年を迎えようとしています。まず、この度の震災により被災された皆様に心よりお見舞申し上げます。
東日本大震災は我が国に大きな爪あとを残しましたが、
東日本大震災関連で支払われた地震保険金の総額は2012年2月1日時点で、1兆2,081億円
(出典:社団法人日本損害保険協会2012年2月2日付ニュースリリース)
であり、保険業界にも極めて大きな影響を与えたと考えられます。
また、東日本大震災が引き起こした原子力発電所の事故は、これまで我々になじみの薄かった存在だった原子力保険に光を当てる結果になったのではないかとも考えられます。
そこで、「東日本大震災と保険」というテーマで、地震保険(類似の保険・共済を含む)及び原子力保険等について述べていきます。
今回は、地震保険の成立と概要、安定的に運用するための枠組及び世帯加入率について述べたあと、最後に地震保険と類似の保険・共済について概観します。
なお、本稿に記載された意見に関する部分は筆者の私見であり、所属する法人の公式見解ではないことをお断りしておきます。
2.地震保険の成立
地震保険は、通常の火災保険では免責(損害保険会社が保険金支払責任を負わない)とされている地震・噴火・津波を原因とする、住宅又は家財の損害を補償する専用の保険です。
2010年1月トーマツWeb掲載記事「異常危険準備金について 第1回 異常危険準備金の意義と変遷及び損害保険会社の異常危険準備金 2.異常危険準備金の意義及び変遷 (1)異常危険準備金の意義」で述べたように、発生確率が非常に低いが一旦起こった場合、その損害が甚大になるという性質を有する地震のようなリスクについては、保険の基礎である大数(たいすう)の法則が短期間では働きにくいため、一般に保険商品として成立させることが困難です。
実際、火災保険以外でも、自動車保険や傷害保険をはじめとするほとんどの損害保険において、地震、噴火、津波等については原則として免責であることが普通保険約款等で明記されています(これらを担保する特約については、本稿「6. 地震保険に類似の保険・共済 (2) 住宅・家財以外の地震損害に対する保険」参照)。
特に地震の発生の多い日本においては、
政府が招聘したドイツ人の経済学博士ポール・マイエットは、(中略)1878年(明治11年)に、地震・火災・暴風・洪水・戦乱の5つの災害について(中略)国営強制保険制度を提唱した
(出典:損害保険料率算出機構「日本の地震保険 第II章 日本の地震保険制度(PDFファイル)」(2011年5月一部差替版)第2節 地震保険の構想 p22)
に端を発し、何度か地震保険の創設が試みられましたが、実際に地震保険が創設されたのは、1966年のことです(1964年に発生した新潟地震を契機とし、「地震保険に関する法律」が制定されたことによるもの)。
3.地震保険の概要
(1) 契約方式
火災保険に付帯して契約します。つまり、地震保険単独で契約することはできません。
(2) 保険の目的
地震保険の目的、つまり、地震保険をつける対象となりうるものは、住宅(居住用建物)又は住宅に収容される家財(生活用動産)に限定され、店舗・工場・倉庫等は対象外です。また、自動車等は家財には含まれません。
(3) 保険金額
地震の保険金額、つまり、地震が生じたときに損害保険会社から保険契約者に支払われる金額の最大額は、火災保険の保険金額の30%~50%まで(ただし住宅5,000万円、家財1,000万円が限度)までとされています。
(4) 保険金
損害の程度(全損・半損・一部損)に応じて下表1の保険金が支払われます。(ただし、保険金の総額が総支払限度額を超過すると一律に削減されます。詳細は「(6) 総支払限度額」参照)。
表1 地震保険金
損害の程度 |
保険金 |
||||||||||||||||||||||
全損 |
保険金額全額(時価を限度) |
||||||||||||||||||||||
半損 |
保険金額の50%(時価の50%を限度) |
||||||||||||||||||||||
一部損 |
保険金額の5%(時価の5%を限度) |
ここで、それぞれの損害の程度の基準は住宅と家財の別に下表2-1及び2-2のとおりです。
表2-1 損害の程度と基準(住宅)
損害の程度 |
基準 |
||||||||||||||||||||||
全損 |
主要構造部(*1)の損害額が時価の50%以上 |
||||||||||||||||||||||
半損 |
主要構造部の損害額が時価の20%以上50%未満 |
||||||||||||||||||||||
一部損 |
全損・半損に至らない以下の損害 |
(*1)主要構造部・・・土台、柱、壁、屋根等
表2-2 損害の程度と基準(家財)
損害の程度 |
基準 |
||||||||||||||||||||||
全損 |
家財の時価の80%以上の損害 |
||||||||||||||||||||||
半損 |
家財の時価の30%以上80%未満の損害 |
||||||||||||||||||||||
一部損 |
家財の時価の10%以上30%未満の損害 |
(5) 保険料
地震保険の保険料は、損害保険料率算出機構が算出した基準料率に基づき算出されます。(基準料率と私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」)との関係については、下記「4. 地震保険を安定的に運営するための措置 (3) 独占禁止法の適用除外」参照)。
保険料=保険金額×基準料率(保険金額1,000円あたり)÷1,000
基準料率=基本料率(保険期間1年・保険金額1,000円あたり)(×長期係数)(×割引制度の適用)
として計算されます。
(a) 基本料率
基本料率は所在地の都道府県と住宅の構造区分(家財については家財を収納する住宅の構造区分)によって決定されます(住宅と家財で同じ基本料率を使用します)。
都道府県・構造区分別の保険期間1年・保険金額1,000円あたりの基本料率は、下表3のとおりです。
表3 都道府県・構造区分別の保険期間1年・保険金額1,000円あたりの基本料率(2007年10月1日以後の契約)
都道府県 | イ構造 | ロ構造 | 都道府県 | イ構造 | ロ構造 | 都道府県 | イ構造 | ロ構造 |
北海道 | 0.65 | 1.27 | 石川県 | 0.50 | 1.00 | 岡山県 | 0.65 | 1.27 |
青森県 | 0.65 | 1.27 | 福井県 | 0.50 | 1.00 | 広島県 | 0.65 | 1.27 |
岩手県 | 0.50 | 1.00 | 山梨県 | 0.91 | 1.88 | 山口県 | 0.50 | 1.00 |
宮城県 | 0.65 | 1.27 | 長野県 | 0.65 | 1.27 | 徳島県 | 0.91 | 2.15 |
秋田県 | 0.50 | 1.00 | 岐阜県 | 0.65 | 1.27 | 香川県 | 0.65 | 1.56 |
山形県 | 0.50 | 1.00 | 静岡県 | 1.69 | 3.13 | 愛媛県 | 0.91 | 1.88 |
福島県 | 0.50 | 1.00 | 愛知県 | 1.69 | 3.06 | 高知県 | 0.91 | 2.15 |
茨城県 | 0.91 | 1.88 | 三重県 | 1.69 | 3.06 | 福岡県 | 0.50 | 1.00 |
栃木県 | 0.50 | 1.00 | 滋賀県 | 0.65 | 1.27 | 佐賀県 | 0.50 | 1.00 |
群馬県 | 0.50 | 1.00 | 京都府 | 0.65 | 1.27 | 長崎県 | 0.50 | 1.00 |
埼玉県 | 1.05 | 1.88 | 大阪府 | 1.05 | 1.88 | 熊本県 | 0.50 | 1.00 |
千葉県 | 1.69 | 3.06 | 兵庫県 | 0.65 | 1.27 | 大分県 | 0.65 | 1.27 |
東京都 | 1.69 | 3.13 | 奈良県 | 0.65 | 1.27 | 宮崎県 | 0.65 | 1.27 |
神奈川県 | 1.69 | 3.13 | 和歌山県 | 1.69 | 3.06 | 鹿児島県 | 0.50 | 1.00 |
新潟県 | 0.65 | 1.27 | 鳥取県 | 0.50 | 1.00 | 沖縄県 | 0.65 | 1.27 |
富山県 | 0.50 | 1.00 | 島根県 | 0.50 | 1.00 |
ここで、構造区分とその基準は下表4のとおりです。
表4 構造区分と基準
構造区分 |
基準 |
|||||
イ構造 |
耐火建築物(*2)、準耐火建築物(*3)及び省令準耐火建物(*4)等 |
|||||
ロ構造 |
イ構造以外の建物 |
(*2)建築基準法第2条第9号の2に規定される建築物
(*3)建築基準法第2条第9号の3に規定される建築物
(*4)独立行政法人住宅金融支援機構の業務運営並びに財務及び会計に関する省令第39条第3項に定める耐火性能を有する構造の建物として、同機構の定める仕様に合致するものまたは同機構の承認を得たもの
(b) 長期係数
保険期間2年~5年の契約に対しては以下の長期係数が適用されます。
表5 長期係数
保険期間 |
長期係数 |
||||||||||
2年 |
1.09 |
||||||||||
3年 |
2.75 |
||||||||||
4年 |
3.60 |
||||||||||
5年 |
4.45 |
(c) 割引制度
割引制度には、建築年割引、耐震等級割引、免震建築物割引及び耐震診断割引の4種類があり、建築年や耐震性能により10%~30%の割引が適用されます(複数の割引制度を重複して適用することはできません)。
(d) 保険料計算例
-------------------------------------------------------------------------------------------------
所在地:兵庫県
住宅の構造:ロ構造(木造)
建築年月:2000年1月(建築年割引(10%)を適用可能)
火災保険の保険金額:住宅2,000万円、家財600万円
地震保険の保険金額は火災保険の保険金額の50%とし、住宅1,000万円、家財300万円
保険期間は1年
とした場合の地震保険料
兵庫県のロ構造の基本料率→1.27
基準料率:1.27×(100%-10%)→1.14
住宅の年払地震保険料:1.14×(10,000,000÷1,000)=11,400円
家財の年払地震保険料:1.14×(3,000,000÷1,000)=3,420円
-------------------------------------------------------------------------------------------------
(出典:日本地震再保険株式会社ディクローズ誌「日本地震再保険の現状2011」pp.24-25に基づき筆者作成)
(6) 総支払限度額
1回の地震で地震等によって損害保険会社全社が支払う保険金には限度額が設けられています。その額は2011年5月現在5兆5千億円(関東大震災級の地震が起こったときの保険金支払額とされる額)です。
上記(4) により算定された保険金の総額が総支払限度額を超える場合、支払保険金は、一律に削減されます。
つまり、
支払保険金
=(総支払限度額を考慮しない場合の保険金)
×(総支払限度額÷総支払限度額を考慮しない場合の保険金の総額)
となります。
4. 地震保険を安定的に運営するための枠組
地震保険を安定的に運営するための枠組として以下のようなものが挙げられます。
(1) 政府の再保険
損害保険会社が引き受けた地震保険責任の一部を、再保険(*5)を通じて政府が引き受ける仕組みをとっています。
(*5)保険会社等が、自社の引き受けた保険責任(の一部)に保険をかける(他の保険会社等に引き受けてもらう)ことを、保険の保険という意味で「再保険」といいます。引き受けた再保険責任(の一部)に対してさらに保険をかけることは「再々保険」といいます。
地震保険の場合は、再保険で、保険責任の全額を、一旦日本地震再保険株式会社(各損害保険会社が出資して設立した地震保険の再保険専門の株式会社、以下「地再社」といいます)に集中させます。それを政府、元受社(契約者から直接地震保険を引き受けた損害保険会社)及びトーア再保険株式会社(再保険の引受を専門とする損害保険会社、以下「トーア社」といいます)に再々保険し、残りの保険責任を、地再社で保有します(下図1参照)。
再保険・再々保険により、民間(元受社、トーア社及び地再社)と政府で保険責任の分担を図っています。
図1地震保険の再保険および再々保険のしくみ
損害額に応じた損害保険会社と政府の保険責任の負担割合は下表6のとおりです。
表6 地震保険における損害保険会社と政府の保険責任の負担割合
(表挿入1)
(出典:社団法人日本損害保険協会「地震再保険の概要」に基づき筆者作成)
例えば、総支払限度額5兆5千億円の地震が発生した場合の民間の負担額は、
1,150×100%+(8,710-1,150)×50%+(55,000-8,710)×5%
=1,150+3,780+2,314.5
=7,244.5億円
となります。(政府の負担額は、55,000-7,244.5=47,755.5億円)
なお、上記の負担割合は、2011年5月2日成立した第一次補正予算案により損害保険会社の負担を減らし、政府の負担を増やした後のものです。2011年5月1日以前は上表6中「8,710億円」のところが「1兆9,250億円」となっていました。(総支払限度額5兆5千億円の地震が発生した場合の民間と政府の負担額は、それぞれ、1兆1,987.5億円及び4兆3012.5億円でした。)
(2) ノーロス・ノープロフィットの原則と危険準備金
2010年1月トーマツWeb掲載記事「異常危険準備金について 第1回 異常危険準備金の意義と変遷及び損害保険会社の異常危険準備金 3.損害保険会社の異常危険準備金 (3)地震保険の危険準備金」で述べたように、地震保険は、ノーロス・ノープロフィットの原則で運営されており、
(a) 正味保険料から正味事業費を差し引き、地震保険に係る資産の運用益を加えたものを毎年危険準備金として積み立て
(b) また、正味支払保険金・支払備金に相当する額等を危険準備金から取り崩し
ます。
東日本大震災における保険金の支払は、政府の地震再保険特別会計の積立金及び危険準備金を取り崩すことにより賄われています。
具体的には、今回の東日本大震災によりそれぞれの積立金及び危険準備金が、
政府の地震再保険特別会計:約1.3兆円→0.9兆円
日本地震再保険株式会社:約5,000億円→約4,200億円
(日本地震再保険株式会社以外の)損害保険会社:約5,000億円→約700億円
(出典:財務省「地震再保険特別会計に関する論点整理に係るワーキンググループ」第4回(2011年6月21日)配付資料2 社団法人日本損害保険協会、日本地震再保険株式会社「安定的な地震保険制度の運営に向けて(その2)(PDFファイル)」p5に基づき筆者作成)
となっています。
(3) 独占禁止法の適用除外
保険業法第101条第1項第1号の規定により、地震保険契約に関する事業の固有の業務につき損害保険会社が他の損害保険会社(外国損害保険会社等を含む)と行う共同行為のうち保険業法第102条に規定による内閣総理大臣の認可を受けたものについては、独占禁止法の適用を除外されています。
認可を受けて独占禁止法の適用除外を受けているものの具体例としては、
・契約引受方法の決定
・事業方法書、普通保険約款、保険料及び責任準備金算出方法書の内容の決定
・損害査定方法の決定
・再保険取引に関する事項の決定
・地震保険の普及拡大に関する事項の決定
(出典:国土交通省 第2回住宅瑕疵担保責任研究会(2006年6月2日)資料7「保険に係る独占禁止法適用除外の現状(PDFファイル)」)
また、損害保険料率算出機構が地震保険の基準料率を算出する行為については、損害保険料率算出団体に関する法律第7条の3 の規定により、独占禁止法第8条第1号(「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」の禁止)及び第4号(「構成事業者の機能又は活動を不当に制限すること」の禁止)の規定は適用されません。
損害額 |
民間 |
政府 |
|||||||||||||||||||||||||||
1,150億円以下の部分 |
100% |
0% |
|||||||||||||||||||||||||||
1,150億円を超え |
50% |
50% |
|||||||||||||||||||||||||||
8,710億円を超え |
5% |
95% |
5. 地震保険の世帯加入率
地震保険の世帯加入率の推移は、上図2のとおりです。
6.地震保険に類似の保険・共済
(1) 損害保険会社、少額短期保険業者の補完商品
上記「3. 地震保険の概要」の「(1) 契約方式」や「(3) 保険金額」で述べた地震保険の特徴、具体的には、
(a) 火災保険に付帯して契約する必要がある。つまり、地震保険単独で契約することはできない。
(b) 火災保険の保険金額の50%が限度である
という点を補完する保険として
(ア) 火災保険の保険金額と地震保険の保険金額の差を上乗せする「特約」
(イ) 火災保険に入ることなく単独で加入できる保険
等が損害保険会社や少額短期保険業者(*6)から販売されています。
(*6)2005年の保険業法改正により新設された保険事業者の新しい形態。
少額短期保険業者には、
(a) 保険金額は原則1,000万円以下
(b) 保険期間は、生命保険は1年、損害保険は2年
(c) 生存保険や満期保険金・満期返戻金を支払う保険は不可
等の制限を課す代わりに、最低資本金の緩和(1,000万円、保険会社は10億円)や財務局への登録制(保険会社は免許制)等の措置がとられています。
(2) 住宅・家財以外の地震損害に対する保険
(a) 事業用の施設・什器・備品等に対する火災保険に対して、地震による損害を補償する特約(地震拡張担保特約)
(b) 自動車保険や傷害保険等において、地震等による損害を担保する特約(天災危険担保特約)
等を販売している損害保険会社もあります。
(3) 共済
損害保険会社以外の認可共済(根拠法を持つ共済)等にも、住宅・家財等の地震による損害を保障するものが存在します。
7.おわりに
以上のように、今回は、地震保険(類似の保険・共済を含む)について述べました。地震保険及びそれを支える枠組については、長年にわたる叡智によるものと考えられますが、東日本大震災の発生を契機として、地震保険を補完する保険・共済を含め、更なる発展が期待されます。
原子力保険については、また別の機会に述べる予定です。
以上
著者: 金融インダストリーグループ 相原 浩司