ナレッジ

最低保証オプションとインプライドボラティリティ

変額年金保険のリスク管理に関する考察(2017.08)

本稿では、変額年金保険における最低保証価値の評価を市場整合的に行うことを目指す一環として、基礎率の一つであるインプライドボラティリティに関する考察を述べます。

はじめに

日本では低金利状態が長く続いており、マイナス金利という言葉も日常の中で一般の単語として定着するようになりました。国債の利回りの低下を受けて金融機関における投資戦略の在り方は見直しを迫られています。特に生命保険会社では、超長期の負債を有することから、裏付けとなる資産としてどのようなポートフォリオを持つかということが大きな問題となっています。1990年代では国債の利回りが8%を超えていた時期もありました。その当時に約定した保険負債に対しては今では考えられないような高い水準の予定利率が付されており、現在では多くの保険会社が当時の契約について逆ざやに苦しんでいます。

マイナス金利の影響は、生命保険会社の商品戦略にも大きく影響を与えます。貯蓄性商品はイールドを稼ぐことが出来なくなったため、保険マーケットの参加者にとっては魅力の無いものとなり各社で売り止めが続出しました。

本稿では、保険契約者にとって魅力のある貯蓄性商品の可能性を探るものとして変額年金保険についての考察を述べます。また、その中でも特に特徴的な基礎率であるボラティリティに焦点を当てていくことで、市場整合的評価を行う際の留意すべき特徴を理解することを目指します。なお、本稿に記載された意見に関する部分は筆者の私見であり、所属する法人の公式見解ではないことをお断りいたします。また、本稿で述べられているブラックショールズの公式についてはAppendix(PDF)で概説します。

(PDF、215KB)

1 オプション

オプションとは、一般に「予め定められた期日に特定の資産を予め定められた価格で売買する権利(の取引)」のことを指します。例えば、ある銘柄の株式を1年後に100円(行使価格という)で買う/売る権利などが考えられます。一般に買う権利をコールオプション、売る権利をプットオプション、またオプションの対象となる資産を原資産と呼びます。

オプションは将来の権利を保証するものであるため期中でも価値が存在しますが、その価値は原資産の価格によって変動します。上述の例では、将来株式を100円で買うことのできる権利の価値は、現時点の株価が200円であった場合は、50円であった場合よりも当然に高くなります。

一般に、その時点でオプションを行使した場合に得られる利益のことを本源的価値と呼び、本源的価値が0よりも大きい状態のことをイン・ザ・マネー、反対に0よりも小さい状態のことをアウト・オブ・ザ・マネーと言います。プットオプションの場合では、原資産価格がオプションの行使価格よりも低い時にイン・ザ・マネー、高い時にアウト・オブ・ザ・マネーとなります。

2 変額年金保険と最低保証オプション

次に変額年金保険の仕組みについて概説します。変額年金保険はオプション性を持つ保険商品で、一般に日本では保険料一時払商品として販売されています。運用成果に応じて年金額や死亡時の保険金額が変動するといった特徴を持ち、投資信託と良く似た商品性を持ちますが、受取額に対して死亡時や満期生存時に何らかの最低保証が付されていることから生命保険商品に分類されています。

この最低保証は行使期間が契約者の死亡時や満期時とし、オプションの原資産を投資信託とするプットオプションに相当しますが、オプションの行使条件が保険事故や契約者行動に依存する点、さらには解約時の取引価値が無い点等が通常の金融オプションとは異なります。さらに契約者の裏付資産である投資信託に対応したオプションが市場では取引されておらず、市場整合的な評価をより困難なものとしています。

変額年金保険の基本的な仕組み

3 インプライドボラティリティ

 オプションの評価を行う際には一般に市場が無裁定であることが前提になります。市場が無裁定であり、かつ株式等の原資産過程が2項モデルの極限として考えられるという仮定を置いた場合、オプションはブラックショールズの公式によって評価可能であることが知られています1

ブラックショールズの公式を用いてオプションを評価する場合、必要となるパラメータとして株価・金利・行使価格・行使期間・ボラティリティ等が挙げられます。株価・金利・行使価格等が市場のデータから観測することが可能であるのに対して、ボラティリティはリスク中立測度の下での原資産過程の変動幅を表すものであり、直接的に市場データから観測することは出来ません。しかし、オプションが市場で取引されている場合は時価が入手できるため、その時価と他の市場データを用いて、ブラックショールズの公式からボラティリティを逆算することが可能です。このようにして求められたボラティリティを一般にインプライドボラティリティと呼んでいます。つまり、インプライドボラティリティとはブラックショールズモデルを前提としたときに取引価格と整合的な評価を与えるボラティリティだと言えます。インプライドボラティリティは行使期間や行使価格によって異なることが知られています2 。ある原資産について、新たなオプションを生成しようとする場合、既に取引の行われている同じ原資産を持つオプションから、これらのインプライドボラティリティの持つ構造を考慮して評価額が与えられます。このようにして与えられた評価額は市場の取引価格と整合性を持っていると考えられます。

1 : Appendix参照
2 : 特に行使価格についてスマイルと呼ばれる構造を持つことがしばしば確認されています。

4 最低保証オプション評価の問題点

さて、最低保証オプションに対する適正な評価について考察します。前段で述べたとおり変額年金保険の裏付資産である投資信託を原資産として持つオプションは市場では取引されておらず、オプションの時価を前提としたインプライドボラティリティは存在し得ないことになります。変額年金保険の裏付資産となる投資信託を構成する個々の銘柄に対応したプットオプションは市場で取引されているかもしれませんが、ファンドとして扱った場合のボラティリティをどのように扱うのかが問題となります。ファンド全体のボラティリティを求めようとする場合、構成銘柄同士の相関係数を求める必要が生じます。しかし、これはリスク中立的な確率空間の下での相関係数である必要があり、実際の原資産価格の変動に基づく相関係数をそのまま用いることは市場整合的とは言えない可能性があります。

日本の変額年金保険における標準責任準備金規制では、ボラティリティについて以下の標準的な基礎率が与えられています。

ボラティリティ
・国内株式(18.4%)
・外国株式(18.1%)
・邦貨建債券(3.5%)
・外貨建債券(12.1%)

(標準責任準備金の積立方式及び計算基礎率を定める件(平成八年二月大蔵省告示第四十八号)より抜粋)

また、各資産の相関は平成15年の日本アクチュアリー会の発表した資料:「変額年金保険等の最低保証リスクに係る責任準備金の積立等について」によれば0とすることが妥当であるとされているようです3

標準的な基礎率を用いるためには契約者保護が十分に履行される見通しがあることが大前提になります。保険会社は多少の不都合に至った状況でも契約時に約定した保険金の支払いを全うすることが求められており、保険債務を履行するための財産的な裏付をするために標準責任準備金を積み立てることが求められています。この観点からすると、保険会社においては市場整合的な評価よりも契約者保護が優先するとも考えられます。

しかしながら、以下の表で見られるように現行の制度では基礎率の十分性が確保されているとは言えない状況であると思われます。オプションの価値はボラティリティに対して単純増加4であることが知られていますが、実際のオプション市場におけるボラティリティのヒストリカルデータでは標準基礎率よりも高い数値が観測されており、このことは、例え標準責任準備金を積み立てていたとしてもリスク対応財源が不十分となってしまう可能性を示唆しています。

3 : www.actuaries.jp/lib/report/hennen/hennen.pdf
4 : オプション価格のボラティリティに対する感応度はVegaと呼ばれており、一般に正の値をとることが知られています。すなわち、ボラティリティが大きいほどオプション価格は高くなります。
 

日経インデックスのインプライドボラティリティ vs 標準基礎率(国内株式)

例)原資産価格100万円、行使価格 100万円、オプション期間 半年、金利 -0.01%とした場合のボラティリティごとのオプション価格曲線

 

また、日本の株式市場は米国の株式市場に連動した動きが観測されることが多く、(実際の価格変動からリスク中立的な確率空間での相関係数を直接的に観測することは出来ないものの、)相関係数が0である合理的な根拠は無いものと考えられます。相関係数が正である場合、全体のボラティリティは相関係数を0とした場合よりも真に大きくなります。すなわち、ここでも債務履行のための責任準備金の十分性が担保されているとは言えない状況だと考えられます。

相関係数 92.46%

 

他方、代替的方式としてある一定の要件を満たすことを条件として、インプライドボラティリティについて、標準基礎率ではなく過去の実績や見通しをもとに合理的な根拠に基づいて決定されたものを評価基礎率として使用しても良い事とされています。しかしながら、これまでに見てきたように、変額年金保険契約の裏付資産である投資信託を原資産とするようなオプションが市場で取引されていないこと、投資信託自体組み換えによって資産の内容が変動すること、また、相関係数の決め方に議論の余地があり非常に難しい問題になると考えられます。

また、ボラティリティだけではなく、オプションの価値が人の生死や契約者の非合理的な解約行動などに依存する点があり、評価に際しては様々な困難があるものと思われます。

まとめ

変額年金保険数理の難しさは、最低保証オプション評価の難しさだと言い換えることができると考えられます。また、それは前段で述べたとおり、ボラティリティの決定が困難であることや評価制度が不十分であることが要因であると思われます。

最低保証オプションに時価の概念を導入するための方法の一つとしては、再保険市場を充実させることや保険証券の流動化を行うことが考えられるかもしれません。再保険価格や流動化証券の取引価格を通して、時価の概念を与えることにつながるものと思われます。

また、契約者保護の充実のためにも評価基礎率ないし評価制度自体の見直しも今後の課題だと思われます。                              

著者 : 有限責任監査法人トーマツ 金融インダストリーグループ
白滝 桂太郎

お役に立ちましたか?