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FinTechの未来 第5回

【日経産業新聞 2016年6、7月連載】

2016年6月から7月まで「日経産業新聞」に『FinTechの未来』と題して寄稿した内容を5回に分けて掲載しています。最終回の今回は、日本の行政や金融機関が、FinTech技術の成長と発展に向けて今後とるべき施策を提案しています。

FinTechに関する英国の取組

英国は米国に次ぐ世界第2位のFinTech市場を有する。その背景には金融やIT(情報技術)分野の豊富な人材、新興企業の指南役となるアクセラレーターの存在などに加え、政府・行政の強いサポートがある。

象徴的な施策がFCA(金融行為監督機構)により2016年5月から運用が開始された「レギュラトリー・サンドボックス」である。

この施策は、新たなサービスを実験し、それを規制当局がモニタリングするための仕組みである。具体的には、新サービスを投入しようとする民間企業の申し込みに対し、業務内容等について制限が付いた仮の認可の付与や、事業の違法性を問わないことを確約する「ノーアクションレター」の発出等を行う。

期待される効果は3つある。第1にサービス投入までの時間やコストの削減である。早期に実践的な試行錯誤を行うことで、本格的な市場投入に耐えうるサービスを短期間に作り上げることが可能になると考えられる。

第2の効果はFinTech企業への投資の促進である。サービスを開発したが規制に適合できないリスクが減少することで、投資の不確実性が減少し、FinTech企業への資金供給が促進されると期待される。

第3の効果はイノベーティブなサービスの登場である。よいアイデアを持ちながらも、当局の判断の不確実性を理由としてサービス化を断念するケースを減らし、新たなサービスの登場を促すことを企図している。

限定的な範囲での規制緩和という点では、日本の構造改革特区と類似するが、特段の立法化はせずに行政の裁量の範囲内で行う点が異なる。黒を白にするのが特区とすると、グレーの状態を白黒に明確化する取り組みがサンドボックスである。

この新たな監督手法は、シンガポールやオーストラリアでも導入に向け検討が進んでいる。金融監督当局に課せられた命題である「顧客保護」「金融システム安定」「革新的金融サービスの促進」の3つを同時に成立させる手段として期待は高く、今後も各国に導入されていくであろう。

〔PDF, 272KB〕
(2016/07/25 日経産業新聞)

FinTechに係る規制改革のポイント

近年の国内FinTech市場は急激な成長を見せているが、足元には不安がある。それは国内を取り巻く金融規制である。国内の金融機関は金融市場の安定化等を目的とした各種の規制を受け入れてきた。この安定化目的の規制こそが、新規参入や事業連携のハードルを押し上げ、FinTech市場拡大の障壁となりつつある。

日本では2016年5月、FinTech産業の促進を柱とした改正銀行法が成立した。政府は急拡大するFinTech産業の国際競争力強化にむけて舵(かじ)を切り始めた。

改正銀行法では、許可制が前提ではあるが現行法で規制している事業内容や出資比率の拡大を許容している。これにより、事業内容や市場占有率等を考慮した適正な市場拡大を後押ししている。

しかしながら、FinTechが生み出す新たなビジネスモデルへの対応は十分とは言えず、より一層の規制改革が急務な状況にある。

例えば海外では個人間でのお金の貸借をマッチングするサービス等が拡大しているが、その一方で、マネーロンダリング(資金洗浄)やテロ等を目的とした不正資金の調達リスクも拡大している。新たなビジネスモデルへの規制は急務であるものの、現状では各国の自主規制に依存している状況にある。

日本では金融庁が「平成27年事務年度 金融行政方針」内でFinTechへの取り組み姿勢を示している。その一環として、金融庁内の制度に関する企画・立案機能である総務企画局に「FinTechサポートデスク」を設置している。これにより規制に関する情報連携の早期化等のサポート強化を図っている。

また16年4月には「FinTech・ベンチャーに関する有識者会議」を設置し、「FinTechエコシステム」の実現に向けた方策を検討するとともに、金融業に与える影響等の議論に乗り出している。

規制環境の変化は、ともすれば市場成長の阻害要因となるため慎重な議論が欠かせない。一方で、その検討スピードも大変重要である。

一歩踏み込んだ対策として、英国で既に開始されている「レギュラトリー・サンドボックス」がある。これは新たなサービスを実験し、それを規制当局がモニタリングするための仕組みである。適用範囲の見極めは論点となるが、国内でも導入が期待される。

今後日本においても、既成の概念にとらわれない規制改革の進め方を実践し、市場に対してタイムリーに刺激を与えてほしい。法令改正やガイドライン告示等の各種施策について、その対応負担やスピード感の違いを踏まえつつ、市場成長の推進力となる規制改革の実現を期待したい。

(2016/07/26 日経産業新聞)

〔PDF, 216KB〕

FinTechエコシステムの必要性

FinTechはどうすれば発展していくのか。参考となるのは、米国と英国である。ベンチャー・キャピタルによるFinTech企業への投資額で見ると、2015年は米国で78億ドル(約8200億円)、英国で11億ドルなのに対し、日本は2億ドルにも満たない。

米国と英国にはFinTechを育むエコシステムがある。エコシステムは公的な枠組みではなく、民間主導で共通の目標に向かって互いに協力関係を築くコミュニティーのことである。米国、特にシリコンバレーでは自然発生的にエコシステムが形成されてきた。シリコンバレーと言えば、言わずと知れたベンチャー企業の聖地である。

そこには、ビル・ゲイツ氏やスティーブ・ジョブズ氏ら、ベンチャー企業のロールモデルがかつて存在し、また、起業家を育成するアドバイザーが多数存在する。資金の供給元となるベンチャー・キャピタルや、起業家と技術者の供給源となるスタンフォード大学のような大学も存在し、ベンチャーを育成する大きなコミュニティーが形成されている。FinTechもこのコミュニティーで育まれ、米国で大きな成功を収めている。

FinTechに限らず、日本がシリコンバレーに学ぶところは多い。だが、日本で同様のエコシステムを形成するには長い時間がかかるため、現実的ではない。目指すべきは英国、ロンドンのエコシステムである。

ロンドンは世界的な金融都市であり、FinTechの取り組みを行政主導で進めている。カナリーワーフ地区に新金融街を形成し、金融機関だけでなく金融庁を誘致すると共に、Level39というFinTech企業を支援するアクセラレーターを設立した。

Level39はオフィスの提供、技術や規制などに関する知見やノウハウの提供に加え、金融機関とFinTech企業、行政への橋渡しを行っている。ロンドンにはほかにも金融機関やベンチャー・キャピタルが作ったアクセラレーターが多数存在し、英国のFinTechの発展に大きく貢献しているのである。

今後、日本においても米国、英国を参考に官民が連携したエコシステムが形成され、金融機関とFinTech企業双方がウィンウィンの関係を作り相互に発展することが望ましい。

〔PDF, 236KB〕
(2016/07/27 日経産業新聞)

FinTech導入に向けた金融機関の対応

FinTechを金融機関が導入するためには通常、数々の障害が存在する。多くの金融機関は支店や人が支えるリアルチャネルのビジネスモデルであるのに対し、FinTechはインターネット上での取引を前提とし、システムとデータを活用して営業や事務の効率化を図るものがほとんどであるからだ。

既存の金融機関がFinTechを導入するためには、ネットチャネルの顧客への浸透度や既存システムの柔軟性、データの活用状況のほか、社員のスキル・体制との親和性など数々の課題を解決することが求められる。

では、金融機関はどのように取り組めばFinTechを適切に導入し、顧客により良いサービスを提供できるのか。

まず必要なのは戦略の見直しである。既存の戦略にはFinTechと直接結び付くようなくだりはほとんどないはずだ。FinTechを適切に導入するためには、踏襲するわけにはいかない。顧客ニーズを再確認し、将来の社会の動向、金融ビジネスの方向性、業務・組織・システムの在り方などの絵姿を描いた上で導入領域とその是非を決める必要がある。

次に必要なのは起業家らを支援するアクセラレーターの確保である。日本にもアクセラレーターは存在するが、英国と比べると見劣りする。本来のアクセラレーターは、金融機関とFinTech企業の双方がウィンウィンの関係になるように努め、状況により行政との仲介役となることも必要である。

金融機関、FinTech企業、行政のそれぞれに中立で戦略的に立ち回れるアクセラレーターを確保することがFinTech導入の成否を分けるのである。そして、リスクを許容できる体制で取り組むことも必要である。取り組み前にFinTech企業の評価を行い、導入確度を高め、全社的な体制で取り組むことは大前提となるが、それでも失敗することはあり、常に成功とは限らない。

FinTech自体は戦略の根幹であるため、これまでの組織とは別に、経営陣がリスクを許容しつつ、推進の旗振りをできる体制を築いていく必要がある。

最後に、最も必要なことはカルチャー改革である。英国最大手の金融機関バークレイズのFinTech推進担当者が言っていたことだが、英国でFinTechが興隆した最大の要因は、社内・業界・行政のカルチャー改革が進んだことにある。

個社の利益にとらわれず、社会の利益を生み出す意思を持って改革に取り組み、他社と協業する際であっても、オープンな議論や知識の共有ができるように社内のカルチャーを変革していくことが肝要である。

今後、金融商品・サービスは米国主導で新しい技術による差別化が図られ、従前のものが破壊され、より新しいものが生み出されていく。この困難を乗り越え、日本の金融サービスが米国に比肩できるかどうかは金融機関が現実を直視し、自らを改革できるかどうかにかかっている。

2016/07/28 日経産業新聞)

〔PDF, 214KB〕
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