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海外の税務係争解決の最新動向

(月刊誌『会計情報』2018年7月号)

アジア・パシフィック地域における税務係争の環境は、現在、大きく変わりつつある。多数の海外拠点を有する日系企業は、特にアジア・パシフィック地域において税務係争リスクに直面している。その要因としては、主に、次の4つを挙げることができる。

著者:デロイト トーマツ税理士法人 弁護士・ニューヨーク州弁護士・税理士 北村 豊

1. これからのアジア・パシフィック地域における税務係争の環境

アジア・パシフィック地域における税務係争の環境は、現在、大きく変わりつつある。多数の海外拠点を有する日系企業は、特にアジア・パシフィック地域において税務係争リスクに直面している。その要因としては、主に、次の4つを挙げることができる。

第一に、OECDのBEPSプロジェクトの進展が挙げられる。多くの国においてBEPS行動計画に沿う方向で国内税制の改正が行われており、CFC税制(外国子会社合算税制)の厳格化やPE(恒久的施設)の定義の見直し等が行われている。また、今後、各国において、各企業から提出されたCbCR(国別報告書)などの移転価格文書のレビューが進行する。類似する企業の数字を比較することにより、税務調査の対象企業がより効率的に選定されるようになる。また、BEPS行動計画8~10が強調している、移転価格の算定結果が価値の創造と一致しているかどうかについて、これまで以上に深く調査されることになるだろう。関連者間における機能とリスクの分担について規定する関連者間契約のレビューを通じて、より実質的な移転価格分析が行われることになろう。

第二に、全世界の税務当局間における自動的情報交換ネットワークの確立が挙げられる。非居住者の口座情報が、各国の税務当局間において自動的に交換されることにより、各納税者の税務申告が正確になされているかどうかについての検証が、より容易になる。また、CbCRも自動的に交換されることにより、各国の税務当局が財務データの異常値を検出することが、より容易になる。これが、次の税務調査の引き金となるケースも増えてくるだろう。

第三に、AIを活用した税務調査が挙げられる。既に、各国は、大量の電子データを納税者から収集している。中国は、世界に先駆けて、データ・アナリティクスを活用して税務調査の対象企業を選定しているが、他の国もこれに続くことになるだろう。例えば、ある企業の売上が徐々に伸びているにもかかわらず、VAT(増値税)の数値が乱高下しているような場合は、何か異常なことが起きている兆候を示すものといえる。このような企業は、これまでの税務当局の担当官の知識と経験による選定作業でも対象になっていた可能性が高いが、データ・アナリティクスを活用すると、その異常検知の精度が大幅に向上することが見込まれる。したがって、これまでは選定の俎上に載らなかった企業も、中国の税務当局による新たな選定過程では、税務調査の対象として選定されるおそれが高まることになる。現在、デロイト中国は、これと同様のデータ・アナリティクスのシステムを有しており、納税者に対して、ヘルスチェック・サービスを提供している。納税者の財務データをシステムに入力することにより、どの程度税務調査リスクがあるかを簡単に分析することができる。
さらに、AI技術は、いずれ、税務調査の対象企業の選定のみならず、税務調査に先立ち、あるいはそれを経ることなく、納税者の申告の誤りの有無や、追徴すべき税額の有無を判断するために活用されることになると予想されている。そうすると、AIが、多くの納税者の財務データと申告内容等を集積し、税金を追徴すべき企業とそうでない企業に関する様々な特徴について自動的に学習して、税金を追徴すべき企業を、調査を経ずに簡単に判別できるようになるかもしれない。日本の税務当局は、AI技術を課税・徴収事務に活用する予定であることを既に公表しており、他の国もAI技術の導入に向けて動くであろう。

最後に、各国が自国の税収を上げる必要性は変わらないことが挙げられる。すなわち、実際の税務調査・徴収が、全世界において首尾一貫しない形で行われるという現実は、何も変わらないということである。各国ともに、情報の共有には協力するが、最後はいかに自国の税収を上げるかということが問題となる。したがって、各国がより多くの武器を手にすることにより、各国の税務調査はよりアグレッシブとなり、多数の海外拠点を有する日系企業は、より多くの税務係争リスクにさらされることとなるだろう。

2. インド・インドネシア・中国における税務訴訟の件数と納税者勝訴率

ところで、一口に税務係争といっても、国により、その実態は日本とは大きく異なることが多い。ここでは、日系企業が税務係争リスクに直面することが多い、インド・インドネシア・中国について、税務訴訟の件数と納税者勝訴率を比較してみよう。

まず、インドでは、日本の地方裁判所に相当する税務高等裁判所(ITAT)に係属中の税務訴訟の件数は92,338件で、納税者勝訴率は73%である(2017年3月末時点)。税務調査の期間が短いため、かなり荒っぽい課税処分が下され、毎年、ITATにたくさんの税務訴訟が提起されている。もっとも、ITATは法令と判例に従って、合理的で中立的な判断を示す傾向が強いため、納税者勝訴率が高いのが特徴である。さらに、単年度ごとに課税処分が下されるため、税務調査が不十分になるのはやむを得ないという事情がある。納税者としては、税務調査対応の延長線上に税務訴訟があると考え、自らの
ポジションに合理性があるのであれば、費用が効果に見合う限り、税務訴訟を活用すべきといえる。
次に、インドネシアでは、日本の地方裁判所に相当する税務裁判所に提起される税務訴訟の件数は年間10,153件で、納税者勝訴率は58%である(2016年)。

証拠を十分に固めずに課税処分を打ってくることが少なくないため、税務訴訟の件数はとても多くなっている。
もっとも、税務裁判所には、荒っぽい課税処分に対する一定の是正力があり、納税者勝訴率は高くなっている。
税務調査中に納税者が反論できる期間が最長で10日以内と極めて短いので、どうしても時間切れになり、結果として納得のいかない課税処分が出てしまいがちである。したがって、納税者としては、税務調査中に反論しきれなかったものを税務訴訟中に反論するくらいに構えて、税務訴訟に取り組むべきといえるだろう。

中国の非公式データによると、日本の地方裁判所に相当する初級人民法院に提起される税務訴訟の件数は年間768件で(2016年)、納税者勝訴率は8%である(直近3年平均)。税務訴訟が普及していない理由としては、人民法院が税務当局の課税に至る手続上に問題があったかどうかの判断を行っており、税務に関わる本質的な判断を行うことを期待しにくいからだといわれている。また、納税者としては、税務訴訟をするとその後の税務調査に影響するのではとの懸念もあるようである。したがって、課税処分が出る前にいかに税務当局と交渉するかがポイントとなる。もっとも、最近は日本の審査請求に相当する税務行政再審の活用が増加し、認容率も上がってきている。日系企業も、不合理な課税処分があれば、税務行政再審の活用を検討する価値が出てきている。

なお、日本では、地方裁判所に提起される税務訴訟の件数は年間126件で、納税者勝訴率は5.6% である(2017年3月期)。インド・インドネシアと日本とでは、税務係争の実態の違いは、数字上も歴然としている。インド・インドネシアにおける税務係争については、日本の常識は通用しないと考えざるを得ない。他方、中国と日本は、税務訴訟の件数と納税者勝訴率は類似している。しかし、税務係争の実態は、相当異なるものと思われる。日本の裁判所は、一般に、法令と判例に従って、合理的で中立的な判断を示す傾向が強いといえよう。日本では、他の国と比較すると、相対的に慎重な税務調査が行われ、また、税務当局による修正申告の勧奨に応じる納税者が多いことが、税務訴訟の件数と納税者勝訴率
に表れているものと考えられる。

3. 海外における税務係争リスクのマネジメント

日系企業は、典型的な欧米企業とは異なり、伝統的に、海外における税務係争リスクのマネジメントは、現地任せとすることが多かった。もっとも、今般の移転価格文書化の作業を通じて、海外における税務の環境について認識を新たにされる日系企業も増加している。今後、海外の税務係争リスクがさらに高まっていくことを考えると、日系企業の本社サイドにおいて、海外における税務係争リスクをどうマネジメントしていくかについて、真剣に検討すべき時期が来ているように思われる。例えば、重要な海外拠点の税務申告についてヘルスチェックレビューをすることにより、重要な拠点における税務係争リスクを早期に把握することが考えられる。また、海外拠点の税務調査・税務係争の状況等について定期的に情報収集することにより、本社がさらに関与すべき重要な税務係争リスクの有無を適時に把握することも必要であろう。そして、税務係争リスクのマネジメントを進めていく上で、自社にとって、どこが重要な海外拠点であり、何が重要な税務係争リスクかということについて、一定のポリシーを定めることも有益であろう。

上記のように、特にアジア・パシフィック地域においては、国によって、税務係争の実態が大きく異なる。実際には、法令や判例とは離れた税務執行が行われることがあり、その国の実情に合わせて税務処理をせざるを得ない場合もある。もっとも、税務調査のプロセスをより透明化し、株主その他の関係者への説明責任を果たす観点からは、まずは、納税者が自らの税務ポジションの合理性を法令や判例に照らして検証し、それを出発点として税務係争をマネジメントすることが求められよう。デロイトトーマツ税理士法人の税務係争解決チームは、Tax Controversy Newsletterを発行して、グローバルな税務係争解決の最新動向について情報発信しております。詳しくは、次のウェブサイトをご覧ください。

www.deloitte.com/jp/tax/controversy-nl

また、グローバルな税務係争解決の最新動向について、説明会を随時実施しております。ご希望の方は、下記のメールアドレスにご連絡ください。

デロイト トーマツ税理士法人 税務係争解決チーム
ディレクター 北村 豊
yutaka.kitamura@tohmatsu.co.jp

以 上

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