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金融庁「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」(案)の解説

(月刊誌『会計情報』2019年12月号)

本稿では、2019年9月10日に金融庁が公表したディスカッションペーパー「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」(案)の概要について、特に1999年に現行の「金融検査マニュアル」が発出されて以来、実質的に我が国の銀行等金融機関の自己査定や償却・引当に関する実務上の指針とされてきた別表に示されている内容の取扱いに関する影響に留意して解説を進めることとしたい。

監査・保証事業本部 金融インダストリー 著者:公認会計士 藪原 康雅

1.はじめに

金融庁は、2019年9月10日にディスカッションペーパー「検査マニュアル廃止後の融資に関する検査・監督の考え方と進め方」(案)*1(以下「DP案」という)を公表した。本DP案の公表経緯を振り返ると、同庁は2018年6月29日に公表した「金融検査・監督の考え方と進め方(検査・監督基本方針)」*2において、個々のテーマ・分野ごとに具体的な考え方と進め方を議論するための材料を文書の形で示すこととしていた。上記のテーマ・分野のうち、銀行等金融機関の融資に関する検査・監督については、同庁が2018年7月以降に関係者や有識者からなる「融資に関する検査・監督の実務についての研究会*3」を計4回開催して議論を重ねてきた。

本DP案は、上記研究会における議論の内容を踏まえ、融資の観点から「金融システムの安定」と「金融仲介機能の発揮」のバランスの取れた実現を目指す当局の検査・監督の考え方と進め方を整理したものと位置付けられる。本稿では、本DP案の概要について、特に1999年に現行の「金融検査マニュアル」(以下「検査マニュアル」という)が発出されて以来、実質的に我が国の銀行等金融機関の自己査定や償却・引当に関する実務上の指針とされてきた別表に示されている内容の取扱いに関する影響に留意して解説を進めることとしたい。

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2.DP案の骨子

(1)従来の検査・監督に関する当局の問題意識

金融庁は、検査マニュアルの硬直的な運用が、実態バランスシートベースの債務者区分判定と過去実績や財務データ等を重視し、金融機関による自己査定や償却・引当の検討プロセスの細目を指摘する検査の風潮を助長してきたと考えている。また、そのような風潮に対して、金融機関は担保・保証へ過度に依存した融資方針の傾向を強め、その結果として貸出先の事業に対する目利き力の低下といった影響を及ぼしたと分析している。つまり、不良債権問題を解消するために金融機関の自己査定や償却・引当を画一的に検査するために作成された検査マニュアルが、過去の貸倒実績を偏重して引当を見積る実務を広く定着させる状況を招き、金融機関が実態に即した将来の貸倒れリスクを適時適切に認識して引当へ反映する柔軟な運用が困難になったという仮説を置いている。尤も、近年の金融庁検査は、各金融機関による自己査定の結果を基本的に尊重する姿勢で実施されてきており、償却・引当に関しては、日本銀行の金融システムレポート別冊で実施したアンケート調査結果*4において示されている通り、太宗の地域金融機関が、会計ルールに準拠しつつ、将来に対する備えとして引当方法に係る何らかの見直しをすでに対応していることから、本DP案で示されている同庁の問題意識は業界サイドにおいても十分に認識されているところと推察される。

(2) DP案が志向する今後の検査・監督に関する基本的な考え方

上記の問題意識を踏まえ、金融庁は、償却・引当を含む融資全般に関する今後の検査・監督の進め方として、各金融機関のおかれた経営環境を背景に、経営理念から出発する融資ビジネスに係る一連のプロセスについて、将来を見据えたビジネスモデルの持続可能性の観点から対話を行っていく方向性を打ち出している。

銀行等金融機関は、人口減少・高齢化の進展、超低金利環境の長期化等に起因する厳しい経営環境に置かれており、従来と同じ前提で預貸業務の収益性を改善していくことは極めて困難な情勢にある。したがって、金融庁は、DP案に基づく銀行等金融機関の融資に関する検査・監督の進め方を整理した図表1の左サイドに示されている通り、各金融機関が、経営理念にまで遡って融資ビジネスに係る経営戦略、融資方針、内部管理態勢、リスク管理、融資実務、引当、経営資源の配分について再点検するよう求めている。

また、超低金利環境の長期化や比較的良好な景気状況の下で銀行等金融機関の与信コストは低位で推移してきたところ、日本銀行が公表した直近の金融システムレポート*5において「金融機関の信用コスト率(信用コスト/貸出残高)は、引き続き低水準ながら地域金融機関を中心に、上昇に転じている」旨に言及している。金融庁は、クレジット循環の局面変化も視野に入れた場合、将来的に信用状態が大きく悪化する潜在リスクにも対応できるよう、上記のプロセスの中で、多様化・複雑化する融資ポートフォリオに内在する不確実性要因に関し、これまで以上に信用リスク情報を活用することで適時適切なリスクの特定及び評価を促しているものと解される。

【図表1:融資に関する検査・監督の進め方】
【図表1:融資に関する検査・監督の進め方】

3.償却・引当に関する検討上の留意点

(1)基本的な留意点

検査マニュアルの廃止に伴い、現行の償却・引当に対する実務影響に留意してDP案の要旨をまとめると、①検査マニュアルに基づいて定着した現状の引当実務(主に過去実績を基に算定)は否定されないこと、及び②マニュアルに記載がなくとも、各金融機関の創意工夫に基づいて、足元や将来の情報に基づきより的確な引当と早期の支援を可能にすること、の2点に集約される。

①に関しては、DP案の別紙として「自己査定・償却・引当の現状の枠組み」が示され、検査マニュアルに定められた自己査定(債務者区分や債権分類等)や償却・引当(一般貸倒引当金や個別貸倒引当金の算定方法等)に関する基本ルールを再掲して、現行の引当実務を継続することを直ちに否定するものではないことを再確認している。

②に関しては、上記2.(2)の基本的な考え方で述べたように、各金融機関の置かれた経営環境を背景に、将来を見据えたビジネスモデルの持続可能性の観点から対話を行う旨が示されている。したがって、足元や将来の情報を反映して十分かつ適切に引当を計上するという最終ゴールへ到達するまでには少なくとも以下のプロセスを点検する必要がある。

 

a.経営戦略・融資方針

上記2.(2)で述べたように、融資ビジネスを取り巻く経営環境の重大な変化に対応しつつ、金融仲介機能を発揮し続けるため、まず各金融機関の経営陣は、自社の経営環境と経営理念に基づいて経営戦略、融資方針が決定されているかを再点検することが求められる。点検に当たっては、他の金融機関の動向を過度に意識する結果として、自社の融資ビジネスが包含する地域特性、顧客特性、競争環境等が適切に勘案されない事態に陥らないよう、まさに自社のポリシーを再確認することが重要である。リスクテイクの方針に基づき、リスクアペタイトの設定や収益管理・プライシング等についても見直し要否が検討されるものと考える。

b.リスク管理態勢

上記の経営戦略や融資方針を実行に移すうえで、リスク管理所管部が、融資審査、期中管理や信用リスク管理に係る基本方針や細則の見直し要否を検討することになると考えられる。リスク管理態勢の高度化を検討する際には、上記2.(2)で述べたように、特に信用リスク情報を活用することで適時適切なリスクの特定及び評価を行えるよう、利用可能な全ての情報を選定・蓄積し、その利用方法を適切に検証することが重要である。

c.引当への反映方法

上記b. で選定・蓄積した信用リスク情報のうち財務報告プロセスに利用可能である合理的で裏付け可能なものを反映しつつ、会計基準に基づいて、引当水準の十分性に留意した最善の見積り方法を検討していくことになる。詳細は下記(2)以降で考察することとする。

このように、上記a.からc.の融資ビジネスに係る一連のフローが整合的に評価された結果として適切な将来の信用損失が見積られることが最も重要であり、経営陣の将来に向けた経営ビジョンのもとで営業所管部、リスク管理所管部及び経理担当部署が連携して組織横断的に取組むべき経営課題であると考える。

【図表2:信用リスク情報の引当への反映について】
【図表2:信用リスク情報の引当への反映について】

(2)一般貸倒引当金に関する留意点

DP案が一般貸倒引当金に関して言及しているポイントとしては、a. 信用リスク情報の引当への反映に関する考え方、b. 集合的に見積もることが適切な債権に関する考え方、 c. 個社に帰属しない足元や将来の情報の引当への反映の例、d. 大口与信先債権についての考え方の4項目に大別される。以下で各項目について考察する。

a.信用リスク情報の引当への反映に関する考え方

金融庁は、引当に反映する信用リスク情報を、図表2に示すとおり、時系列の観点から「過去実績」、「足元の情報」、「将来の情報」に大別し、さらに「個社の定量情報」と「個社の定性情報」を区分して整理している。このうち、一般的に過去実績と個社の定量情報及び定性情報については、これまでの引当実務にも反映されてきたが、上記2.(1)でも述べたように、過去実績や財務データを重視した見積り方法では、信用リスクに重大な変化が生じた場合に、その影響を引当へ機動的に反映することが難しいことから、足元の情報やフォワードルッキングな観点に基づく将来の情報を見積りに反映できるよう各金融機関に創意工夫を促している。

足元の情報については、一般的に信用格付へ反映している実務が多いと考えられる一方、信用格付の検討プロセスでは補足されない情報が生じていないかという視点や、信用格付へ反映した内容が結果的として引当計算には考慮されているかという視点から見直す意味があると考える。

また、必要な場合には将来の情報を反映すべき点については、検査マニュアル(下記(参考1)に抜粋)や日本公認会計士協会(以下「JICPA」という)が公表する銀行等監査特別委員会報告第4号「銀行等金融機関の資産の自己査定並びに貸倒償却及び貸倒引当金の監査に関する実務指針」(以下「銀行等監査特別委員会報告第4号」という。下記(参考2)に抜粋)において明示されているとおり、ルール上は従前から要請されていたものである。将来の情報を引当へ反映するには実務上の検討課題が多い一方、上記2.(2)で述べたように、クレジット循環の局面変化も視野に入れた場合、将来的に信用状態が大きく悪化する潜在リスクに対応するうえで、合理的で裏付け可能な情報については引当へ反映するよう求める銀行監督上の要請を改めてアナウンスする意図があると考えられる。加えて、国際的な会計基準に着目すると、国際財務報告基準(IFRS)では、将来予測を反映した予想信用損失の算定を求めるIFRS第9号「金融商品」(2014年)が2018年1月1日以降開始される事業年度より適用されており、米国会計基準でも、予想信用損失を見積る際、キャッシュ・フローの回収可能性の評価に関連する利用可能な情報を考慮することで将来予測も反映されるよう求める会計基準更新書(ASU)第2016-13号「金融商品-信用損失(Topic326):金融商品の信用損失の測定」が(米国証券取引委員会(SEC)登録企業については)2019年12月16日以降開始する事業年度より適用される。日本基準に関しては、企業会計基準委員会(以下「ASBJ」という)が国際的に整合性のあるものとする取組みの一環として、2019年10月に予想信用損失モデルに基づく金融資産の減損についての会計基準の開発に着手することを決定している(ただし、開発の目標時期は未定)状況*6であるが、DP案はすでに国際的な会計基準の適用が開始されている中で検討及び導入される引当実務が参考にされることも念頭に置かれているものと推察する。

(参考1*7)

予想損失率は、経済状況の変化、融資方針の変更、ポートフォリオの構成の変化(信用格付別、債務者の業種別、債務者の地域別、債権の金額別、債務者の規模別、債務者の個人・法人の別、債権の保全状況別等の構成の変化)等を斟酌の上、過去の貸倒実績率又は倒産確率に将来の予測を踏まえた必要な修正を行い、決定する。

特に、経済状況が急激に悪化している場合には、貸倒実績率又は倒産確率の算定期間の採用に当たり、直近の算定期間のウェイトを高める方法、最近の期間における貸倒実績率又は倒産確率の増加率を考慮し予想損失率を調整するなどの方法により、決定する。

(下線は筆者による)

(参考2*8)

監査人は、銀行等金融機関の正常先債権及び要注意先債権の区分毎の貸倒実績率等のデータの整備・蓄積状況にも留意する。データの整備・蓄積状況が十分でないため、貸出金等の平均残存期間や、貸出金等の信用リスクの程度を勘案した期間によることができない

場合、銀行等金融機関のデータの整備・蓄積に関する状況及び今後の計画を十分に把握した上で、当面、正常先債権については今後1年間の予想損失額を、要注意先債権のうち要管理先債権については今後3年間の、その他の要注意先債権については今後1年間の予想損失額を見込んでいる場合には妥当なものとして認めて差し支えないものとする。なお、予想損失率を算定する際における算定期間の決定に当たっては、日本公認会計士協会「銀行等金融機関の正常先債権及び要注意先債権の貸倒実績率又は倒産確率に基づく貸倒引当金の計上における一定期間に関する検討」を参照すること。

また、貸倒実績率又は倒産確率による貸倒引当金の計上の具体的計算方法について、以下にその一例を示す。

  • 今後1年間の予想損失額は、1年間の貸倒実績又は倒産実績を基礎とした貸倒実績率又は倒産確率の過去3算定期間の平均値に基づき損失率を求め、これに将来見込等必要な修正を加えて算定する。
  • 今後3年間の予想損失額は、3年間の貸倒実績又は倒産実績を基礎とした貸倒実績率又は倒産確率の過去3算定期間の平均値に基づき損失率を求め、これに将来見込等必要な修正を加えて算定する。

(下線は筆者による)

なお、信用リスクに関する情報は、主観的な判断や恣意的な偏向が介入するリスクを伴うことから、DP案はこれを適切に反映するうえで以下に掲げる3つの留意点が示している。

■内外の検証可能性

事実に基づく経営陣の判断に係る適切な文書化とともに、事実については、基本的に金融機関が自ら保有しているものを用いることが考えられるが、必要に応じて、外部の共通データベース(CRITS*9、SDB*10等)の情報を利用することも想定されている。

■見積りプロセスの公正性(ガバナンス等)

ガバナンス等のポイントとして、(a)融資方針と整合した引当の見積りに関する方針の整備、(b)リスクの発生源である事業部門等における偏りや不足のない情報収集・評価、(c)リスク管理部門における、多角的な視点から引当の見積りに関する議論と経営宛報告、(d)内部監査部門における、ビジネスモデルに基づくリスク・アセスメント及び引当の見積りまでのプロセス等に関するモニタリング等の4点に言及している。

■ 財務諸表利用者にとっての比較可能性

開示に関しては、各金融機関の創意工夫に基づき、多様な償却・引当が行われると想定されることから、投資家にその内容が理解されるよう開示・注記の充実が要請されている。詳細は下記3.(4)参照。

 

b. 集合的に見積もることが適切な債権に関する考え方

所謂グルーピングは、貸倒引当金の算定対象となる個々の債権が膨大な数になる上、将来の見積りには不確実性が伴うため、統計的な手法を用いることで全体として見積りの精度を高めることを目的に行うものである。したがって、引当の見積りに当たっては、共通の信用リスク特性を有する債権群を別グループとして識別する必要があり、現状の実務を出発点とした事例として、DP案では、債務者区分の中でのグルーピング(業種、地域、資金使途、貸出商品、メイン先・非メイン先、与信額、内部格付等)や、債務者区分を横断するグルーピング(景気変動等の影響を受けて債務者区分が変動しやすい貸出先を切り出して別グループで評価)が挙げられている。

また、上記a.との関係では、各金融機関が融資ポートフォリオの重要な信用リスク情報を引当に反映し易くするような適切な方法を用いるべきである一方、債務者の数や債権額が限定的なポートフォリオを過度に細分化すると、1グループあたりの母集団の数が減少して統計的な効果が引当算定に反映されない事態に陥る可能性があることに留意する必要がある。

c.個社に帰属しない足元や将来の情報の引当への反映の例

DP案では、個社に帰属しない足元や将来の情報の類型として次の3点が挙げられている。

(ア) 内部環境の変化(金融機関内部の融資方針、管理態勢の見直し、融資ポートフォリオの変化など)

(イ) 外部環境の変化(相対的にミクロな指標(特定地域の不動産データや船舶種別傭船料等)とマクロな指標(GDP、金利、為替、失業率等))

(ウ) 貸出条件先の信用状態に大きな影響を与え得る出来事(例:大規模な災害、産業構造の変化、規制の導入、競合他社の参入等)

いずれも例示であって、必ずしも上記に限られるものではないと考えるが、上記a.で述べた検証可能性やガバナンス等の観点からは、反映する情報が引当対象のポートフォリオに内在する信用リスクとどのような関係にあるのかを客観的に疎明できるよう、選定プロセスを明確にする必要があると考える。

d.大口与信先債権についての考え方

DP案は、要管理先や景気変動等の影響を受けて債務者区分が変動しやすい貸出先等であって、経営に大きな影響を与えるような大口与信先等、他の貸出先とリスク特性が異なる場合は個別に引当を見積もることが考えられる点に言及している。個別見積りの方法については、与信額、ボラティリティ等を考慮した経営上の重要性、個別貸出のリスク特性や金融機関の方針等に照らして、適切な方法を選択すべきとし、以下の方法を例示している。

 DCF 法

 PD 法(集合的な見積りにおいて貸倒実績率法を採用している金融機関であっても、大口与信先に関しては、過去・現在・将来の信用リスク情報( 業種特性、景気感応度等) を勘案した倒産確率(Probability of Default)と倒産時損失率(Loss Given Default)を用いて個別に予想損失額を算出することが考えられる)

 債権額から市場における売却可能見込額を減じる方法

このうち、DCF法に関し、JICPAが公表する「銀行等金融機関において貸倒引当金の計上方法としてキャッシュ・フロー見積法(DCF 法)が採用されている場合の監査上の留意事項」のなかで例示する二分岐の決定モデルによる方法は、過度に複雑な見積過程を要するとの指摘もあるため、JICPAに対して一定数以上の個別見積りを行うために適した方法を検討・研究するよう要請されている。

なお、正常先であっても他の貸出とリスク特性が異なる貸出先で、(足元の財政状態や経営成績に問題がなくとも)景気サイクルの影響を受けやすく将来のキャッシュ・フローの変動性が高い場合には将来のキャッシュ・フローの変動性も考慮した見積りを行うことが適切とされている。

(3)個別貸倒引当金に関する留意点

破綻懸念先に関する評価に関し、DP案では、債務者の実質的な財政状態(債務超過性)を把握することは重要であるが、最終的には、元本及び利息の回収に重大な懸念があり、貸出の全部又は一部の貸倒れに至る可能性が高いかどうかが重要である点を明記している。

そのため、破綻懸念先かどうかの判定においては、貸出先の過去の経営成績や経営改善計画だけでなく、事業の成長性・将来性や金融機関による再生支援等も勘案した、実質的な返済可能性(将来のキャッシュ・フロー)の程度を重視すべき旨を強調すると共に、自己査定の検証に関する着目点として、(a)経済合理性のない追い貸しがなされていないか、(b)貸出先の状況を把握できているか、(c)正常先や要注意先からの突発破綻が不自然に増えていないかが例示されている。実務上は、金融仲介機能を発揮すべく事業性評価に基づく再生支援等に取組む方針と、廃業リスクの顕在化等に伴う突発破綻に備えた適切な予兆管理を求められる方針との間で悩ましい与信運営を迫られるケースが多いと思われる。

また、DP案は、検査マニュアルに基づく引当算定方法に関し、以下を含むいくつかの方法が実務上定着しており、個別貸出のリスク特性や各金融機関の方針等に合った方法を採用すべき旨を明記している。

1.個別の債務者毎に担保・保証等による回収見込額(Ⅰ・Ⅱ分類)を控除した上で、残額(Ⅲ分類額)に対して必要な引当を設定

(Ⅲ分類額に対する引当の算定方法)
予想損失率法
キャッシュ・フロー控除法

2.債権額から市場における売却可能見込額を減じる方法

3.大口与信先に対するDCF法の適用

(4) ディスクロージャーに関する留意点

信用リスク情報の引当への反映をはじめ、各金融機関が独自に創意工夫し、上記で述べた貸倒引当金に係る見積り方法や算定方法の見直しを行うと、それらの方法や引当影響額は金融機関ごとに相当のばらつきが生じると想定される。したがって、上記3.(2)aで述べたように、財務諸表利用者にとっての比較可能性の観点からは、個別債務者に関する憶測を招くような可能性に留意しつつ、引当金に係る見積り方法や算定方法の開示や注記を充実させることが重要である。

開示に関しては制度改正が予定されており、「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(平成31年1月31日内閣府令第3号)に基づき、有価証券報告書等に記載する財務情報及び記述情報の充実が要求されているところ、償却・引当の見積り方法を創意工夫する対象とされる融資ビジネスや融資ポートフォリオ等に「事業等のリスク」を識別している場合には、顕在化する可能性の程度や時期、リスクの事業へ与える影響の内容、リスクへの対応策について府令(企業内容等の開示に関する内閣府令第二号様式 記載上の注意(31)、第三号様式 記載上の注意(11)等)に基づく開示が求められることから、与信所管部や経理部門等の関係部署間で開示内容の協議を早めに進めておく必要がある。

また、財務諸表注記に関し、現行実務では、銀行法施行規則に基づいて一般社団法人全国銀行協会が作成した別紙様式のひな型に記載されている「記載上の注意」の文言を踏襲している銀行等金融機関が多いと思われるが、今後は同別紙様式の「記載上の注意」に具体的な検討事項(例えば、各金融機関固有の信用リスク管理実務、貸倒引当金算定区分ごとの計算要素の算定方法、貸倒引当金の計算方法等)を明示する必要性が高まり、金融機関毎に文言や会計上の見積りの変更に係る注記要否を検討し、財務諸表利用者の理解に資する注記内容を開示するケースが増加することから、開示と同様に関係部署間の協議や会計監査人との協議を計画的に進めるのが望ましいと考える。

上記に加えて、監査基準の改訂に伴い、監査報告書に監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters;KAM)が記載されることとなり、適用時期は2021年3月期からとされているが、監査に関する情報提供の早期の充実や実務の積上げによる円滑な導入を図る観点から、特に東証一部上場企業については可能な限り2020年3月期の監査より早期適用することが期待されている。監査上の主要な検討事項は、監査の過程で監査役等と協議した事項の中から、特に注意を払った事項を決定し、さらに、当年度の監査において、職業的専門家として特に重要であると会計監査人が判断した事項を絞り込んで決定する。KAMが制度上先行している欧州の法域では、銀行等金融機関の監査報告書において貸出金の減損がKAMとして記載される事例が多くみられる。本邦においても、本DP案を踏まえた引当対応も含めてKAMの対象となる可能性があり、会計監査人は各金融機関の対応状況を踏まえつつ検討を進める必要がある。

4.今後に向けて

DP案は、現行実務を否定するものではない旨を明確にしている一方、DP案の別紙に記載された「自己査定・償却・引当の現状の枠組み」には、検査マニュアルの該当部分と一部異なる内容が含まれていることから、パブリックコメントを踏まえた金融庁の対処方針を見極める必要がある。また、「貸出条件緩和債権関係Q&A」や「金融検査マニュアル別冊〔中小企業融資編〕」において規定されている「資本的劣後ローンの取扱い」等は、検査マニュアルの定めが実務の拠り所となっている一方、検査マニュアル廃止後の取扱いについて言及がないことから、金融庁及び関係者との協議を踏まえて存置する方向で検討していくことが望ましいと考える。

また、DP案の考え方に沿った銀行等金融機関の対応を考えると、上記2.(2)で述べたように、経営戦略や融資方針の再点検を踏まえて将来的な貸倒引当金の不足や安定性に係る課題を正しく把握することが必要になる。DP案の公表時期に照らして、2021年3月期決算に向けて今後検討を開始する銀行等金融機関が多いと推察されるが、例えば信用リスク情報を引当へ反映する際に必要となるデータの特定・蓄積をはじめ、具体的な見積り方法の検討や、検証プロセス及びガバナンス体制等の整備には相当程度の期間を要すると考えられることから、銀行等金融機関は計画的に検討を進めると共に、会計監査人と協議を実施していく必要がある。

以上

*1 https://www.fsa.go.jp/news/r1/yuushidp/yuushidp.pdf

*2 概要については、本誌2018年2月号(Vol.498)「金融庁「金融検査監督の考え方と進め方(検査・監督基本方針)」(案)の解説」参照。(リンク先: https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/get-connected/pub/atc/201802/jp-atc-kaikeijyoho-201802-05.pdf

*3 https://www.fsa.go.jp/singi/yuusiken/index.html

*4 「金融システムレポート別冊シリーズ 地域金融機関における貸倒引当金算定方法の見直し状況」(2018年4月、日本銀行 金融機構局)P2

*5 「金融システムレポート」(2019年10月、日本銀行)P47

*6 「現在開発中の会計基準に関する今後の計画」(2019年10月30日、企業会計基準委員会)

*7 「償却・引当(別表2)、1.(1) 一般貸倒引当金」(検査マニュアル、金融庁)

*8 「銀行等監査特別委員会報告第4号、Ⅵ 貸倒償却及び貸倒引当金の計上に関する監査上の取扱い(注2)」

*9 一般社団法人全国地方銀行協会が運営する信用リスク情報統合サービス(Credit Risk Information Total Service)の略称

*10 信金中央金庫が運営する信用金庫業界の中小企業信用リスクデータベース(Shinkin Data Bank)の略称

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