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ナレッジ
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による影響を受けて
月刊誌『会計情報』2021年2月号
グローバル展開を行う製造業における減損会計の留意点 (1)
マニュファクチャリング事業ユニット インダストリーナレッジチーム 公認会計士 鈴木 桃子、公認会計士 都築 俊浩
1. はじめに
新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」)の広がりは、世界各地の外出自粛や需要の減退など多くの企業の経済活動に影響を与えており、製造業の業績にもその影響が生じているが、その中でも特に重要な影響の一つに固定資産の減損会計がある。製造業は製造拠点をグローバルに展開し多額の設備投資を行う企業も多く、下図のとおり海外現地法人を通じた設備投資額はリーマンショック以降アジア及び北米地域を中心に堅調に推移している。よってこれらの海外設備を含む資産について、COVID-19拡大の影響により収益性が低下し投資額の回収が見込めなくなった場合、固定資産の減損会計が実務上大きな論点となる。
この点、固定資産の減損会計は、日本基準、国際財務報告基準、(以下、「IFRS」)又は米国会計基準(以下、「US-GAAP」)で異なる部分があるため、当該部分も念頭にCOVID-19の影響を読み解く必要がある。なお、親会社が日本基準により財務報告を行っている会社においても、実務対応報告第18号に基づきIFRS又はUS-GAAPに準拠して財務諸表が作成されている在外子会社はこの点無縁ではなく、減損会計についてもIFRS又はUS-GAAPに沿って会計処理を行うことが考えられるため留意が必要である。
本シリーズ(全3回)では、減損会計における製造業における実務上の留意点を、IFRS及びUS-GAAPとのGAAP差を交えて紹介する。本稿では、「固定資産の減損会計の全体像」を示すとともに、「減損会計の対象資産とグルーピング」、「減損の兆候」に焦点を当てる。次稿以降では、「減損損失の認識の判定」、「減損損失の測定」、「減損処理後の会計処理(減損損失の戻入れ等)」及び「開示(会計上の見積りの開示に関する会計基準等)」について紹介する。
2. 固定資産の減損会計の全体像
固定資産の減損とは、資産の収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった状態であり、減損処理とは、そのような場合に一定の条件の下で回収可能性を反映させるように帳簿価額を減額する会計処理である。日本では、バブル経済崩壊後の状況で、固定資産の価格や収益性が低下した状況がみられる中、帳簿価額が価値を過大に表示したまま将来に繰り延べているのではないかという懸念や、会計基準の国際的調和の観点から、2002年に「固定資産の減損に係る会計基準(以下、減損会計基準)」、2003年に企業会計基準適用指針第6号「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針(以下、減損適用指針)」が公表され、2006年3月期から適用された。日本基準における減損会計の一連の流れは図表2のとおりである。日本基準では、減損の兆候が生じている資産又は資産グループについて、割引前将来キャッシュ・フローの総額と帳簿価額を比較することにより減損損失の認識の判定を実施する。当該判定で認識必要と判定された場合、回収可能価額(正味売却価額と使用価値(継続的使用及び使用後の処分の将来キャッシュ・フローの現在価値)のいずれか高い方)を算定し減損損失の測定を行い、回収可能価額まで帳簿価額を減額することとなる。
日本基準では、減損の兆候が生じている資産又は資産グループについて、①割引前将来キャッシュ・フローの総額と帳簿価額を比較することにより「減損損失の認識の判定」を行った上で、②認識必要となった場合は回収可能価額(正味売却価額と使用価値(継続的使用及び使用後の処分の将来キャッシュ・フローの現在価値)のいずれか高い方)まで帳簿価額を減額する「減損損失の測定」を行う2ステップ・アプローチを採用している。
US-GAAPも日本基準と同様、①帳簿価額と割引前の見積もり将来キャッシュ・フローの合計額を比較することにより回収不能の判定を行い、②回収不能と判断された場合は公正価値(期待現在価値が主に用いられる)に基づく減損損失を測定する2ステップ・アプローチを採用している。
一方でIFRSでは、減損の兆候がある場合、日本基準のように割引前将来キャッシュ・フローと帳簿価額を比較することなく、ただちに回収可能価額(処分コスト控除後の公正価値及び使用価値のいずれか高い金額)と帳簿価額を比較し、回収可能価額が帳簿価額を下回る場合には、帳簿価額を回収可能価額まで減額する必要がある(1ステップ・アプローチ)。IFRSでは減損損失の認識と測定は1ステップで行われることに留意が必要である。
【図表3 減損会計の概要】
日本基準 ■2ステップ・アプローチ |
US-GAAP ■2ステップ・アプローチ |
IFRS ■1ステップ・アプローチ |
US-GAAPでは1995年にSFAS121号「長期性資産の減損及び処分予定の長期性資産の会計処理」が公表され、2001 年にSFAS144号「長期性資産の減損又は処分の会計処理」として改訂、現在はASC Subtopic360-10「長期性資産の減損又は処分」にて減損会計が規定されており、IFRSでは1998年に公表されたIAS第36号「資産の減損」にて規定されている。
3. 減損会計の対象資産とグルーピング
(1) 減損会計の対象資産
日本基準における減損会計の対象となる固定資産には、有形固定資産、無形固定資産及び投資その他の資産が含まれる。当該固定資産には、投資不動産、有形固定資産に属する建設仮勘定、のれん及び長期前払費用(但し、長期前払利息など財務活動から生ずる費用に関する経過勘定項目は除く。)が含まれるのに対し、他基準に減損処理に関する定めがある資産(金融資産、繰延税金資産及び市場販売目的のソフトウェア等)は除かれる。
US-GAAPにおける減損会計は、長期性資産及び特定の識別可能無形資産で、保有され使用されるもの及び処分予定のものについて適用される(ASC360-10-15-4)。但し、他基準に定めがあるもの、特にASC350に準拠して減損テストが行われる非償却無形資産及びのれんについてはASC360-10の適用外となることに留意が必要である。
IFRSにおける減損会計は流動資産を含むすべての資産に対して適用される。こちらも日本基準及びUS-GAAPと同様に、IFRSにおける他基準で扱われている項目、例えば棚卸資産(IAS2)、顧客との契約から生じる契約資産(IFRS15)等は除外されている(IAS36.2)。
【図表4 減損会計の対象資産】
日本基準 【減損適用指針】 |
US-GAAP 【ASC360-10】 ただし他の基準に定めがあるもの(のれん、非償却無形資産、サービス資産、金融商品、繰延契約獲得費用、繰延税金資産等)には適用されない。また、以下の各基準の対象資産も適用除外とされている(ASC 360-10-15-5) |
IFRS 【IAS36】 |
(2) 資産のグルーピング
日本基準での減損会計において、減損の兆候の把握、認識の判定及び測定を行う単位として、資産のグルーピングを行う必要がある。資産のグルーピングは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行う(減損会計基準 二 6.(1))こととされており、実務的には管理会計上の区分や投資の意思決定を行う際の単位が考慮される。製造業を営む企業であれば、例えば、工場等の資産と対応して継続的に収支の把握がなされている単位でグルーピングを行う必要がある。
また、取締役会等で資産の処分や事業の廃止に関する意思決定を行い、その代替的な投資も予定されていないときで、当該資産を切り離しても他の資産又は資産グループの使用にほとんど影響を与えない場合、該当する資産のうち重要な資産は独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位として取り扱い、将来の使用が見込まれていない遊休資産も、同様の趣旨で独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位として取り扱われる(減損適用指針8項)。
US-GAAPでは、まず対象資産を①継続使用する資産、②売却予定の長期性資産に分類し、分類ごとに減損テストを実施する。①については、キャッシュ・フローを他の資産グループのものと識別できる最小限度でグルーピングを行うのに対して、②については資産又は処分グループの単位で公正価値等を見積もる。但し、②売却予定の長期性資産は、会社が売却計画にコミットしている、条件が整えば即時に売却が可能である等要件をすべて満たさなければいけない資産に限定されることに留意が必要である。当該要件を充足しない処分予定の長期性資産は、継続使用する資産と同一に扱われる。例えば、COVID-19下による需要の大幅な減少、経済活動の制限等により稼働停止している設備でも、前述の売却予定の長期性資産の要件を満たさない、又は処分されない限りは ①継続使用する資産として取り扱われる。
IFRSにおける減損の単位は、可能な限り個別資産ごとに識別しなければならないが、回収可能価額を見積もれない場合は、他の資産又は資産グループからのキャッシュ・インフローとはおおむね独立したキャッシュ・インフローを生成する資産グループ、つまり資金生成単位(以下、「CGU」)単位で識別される。キャッシュ・インフローの独立性は、製品系列別、事業別、場所別又は地域別、もしくは経営者による意思決定等種々の要因により判断される(IAS36.69)。CGUの識別は機械的に行うものではなく、実態に応じて判断するものであり、また、法的組織構成に縛られるものではない。その他、IFRSでは資産又は資産グループが生産する産出物について活発な市場が存在する場合には、当該資産又は資産グループをCGUとして識別しなければならない(IAS36.70)と定められている。これは産出物の一部又は全部が企業内部で使用される場合であっても、同じである。
【図表5 資産のグルーピング】
日本基準 【減損会計基準】 【減損適用指針】 取締役会や常務会等において、資産の処分や事業の廃止に関する意思決定を行い、その代替的な投資も予定されていないときなど、これらに係る資産を切り離しても他の資産又は資産グループの使用にほとんど影響を与えない場合がある。このような場合に該当する資産のうち重要なものは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位として取り扱う。 |
US-GAAP 【ASC360-10】 |
IFRS 【IAS36】 |
4. 減損の兆候
(1) 営業活動から生ずる損益又はキャッシュ・フローが継続してマイナス
日本基準では、資産又は資産グループが使用されている営業活動から生ずる損益又はキャッシュ・フローが、「継続してマイナス」となっているか、又は、「継続してマイナスとなる見込み」である場合には、減損の兆候となる(減損会計基準二1.①、減損適用指針12項)。「継続してマイナス」とは、おおむね過去2期がマイナスであったことを指し、「継続してマイナスとなる見込み」とは、前期実績がマイナスで、かつ、当期以降の見込みが明らかにマイナスとなる場合を指すとしている(減損適用指針79項)。また、減損適用指針12項(2)には過去2期マイナスの場合でも当期の見込みが明らかにプラスの場合は「継続してマイナス」に該当しないとあるが、過去2期連続してマイナスの状況で、当期の見込みが明らかにプラスといえるかどうか慎重に判断することが求められる。
具体的に2021年3月期の年度決算においては「継続してマイナス」は2020年3月期実績と2021年3月期実績が赤字の場合が当てはまり、「継続してマイナスとなる見込み」は2021年3月期実績と2022年3月期予算が赤字の場合が当てはまる。
よって、例えば、当期実績はCOVID-19の広がりによる影響を受けて少額の赤字であるものの、前期までは業績堅調で黒字であり、翌期についても十分な回復により黒字が見込まれ、その予算が達成可能と判断される場合には、「継続してマイナスとなる見込み」には当たらないケースであると考えられる。
なお、減損の兆候があるかどうかについて、その程度は必ずしも画一的に数値化できるものではなく、状況に応じ個々の企業において判断することが必要である(減損適用指針77項)。固定資産の減損とは、資産の収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった場合に、回収可能性を反映させるように帳簿価額を減額する(固定資産の減損に関する意見書三3.)という趣旨を勘案すると、1期の赤字(前期は黒字であるが翌期以降が明らかに赤字の場合を含む)でも下記の著しい経営環境の悪化に該当するなど、減損の兆候であると判断すべきケースがある点は留意が必要である。
US-GAAPにおいても、継続的な損失を示す予算/予想もしくは過去の営業またはキャッシュ・フロー損失の経験と組み合わされた当期の営業又はキャッシュ・フロー損失(ASC 360-10-35-21 e.)とあり、営業又はキャッシュ・フロー損失の経験という点では日本基準のように2期連続に限られた例示はないが、日本基準と同様に当期の損失だけではなく過去の損失(前期だけではなく、前々期以前も含まれる)もしくは、将来の見込みを使用する(ASC 360-10-35-21 e.)。そのため、当期実績はCOVID-19の広がりによる影響を受けて一時的に少額の赤字であるが、過去継続して黒字の場合で、翌期以降も十分な回復により黒字が確かに見込まれる場合については当該例示による減損の兆候には当たらないケースであると考えられる。
なお、赤字が大きい場合など、日本基準と同様、減損会計の趣旨を踏まえた上で、長期性資産(資産グループ)の価値に影響する重要な不利な法的要素または経済環境の変化(規制当局による不利な対応又は評価を含む)に該当しないかについては留意が必要である。
一方でIFRSにおいては、兆候判定で前期以前の業績を直接使用することや、「継続してマイナス」というような例示はなく、当期の数値を将来の予算上の数値と合計した場合に当該資産に関する営業損失又は正味キャッシュ・アウトフロー(IAS36.14(d))となる場合は、当期に減損している可能性があることを示す証拠となり減損の兆候となる。よって、前期及び翌期の見込みが黒字であり、当期実績が赤字である場合で、将来の予算上の黒字と合計しても当期の赤字分をカバーしきれない場合には減損の兆候に該当することとなる。また、資産から生じる実際の正味キャッシュ・フロー又は営業損益が、予算よりも著しく悪化していること(IAS36.14(b))、当該資産から生じる予算化されていた正味キャッシュ・フロー若しくは営業利益の著しい悪化、又は予算化されていた損失の著しい増加(IAS36.14(c))がある場合、減損の兆候ありと判定される。よって日本基準で「継続してマイナス」に該当しない場合でも、当期実績が予算比で著しい悪化がみられる場合や翌期予算が著しく悪化している場合など(ただし、日本基準・US-GAAPでも、著しい経営環境の悪化等の検討は必要)、IFRSを適用する在外子会社はより幅広い観点から、減損の兆候となる可能性がある点に留意が必要である。
(2) 著しい経営環境の悪化
日本基準では、営業活動から生ずる損益又はキャッシュ・フローが、上記の「継続してマイナス」でない場合でも、経営環境の著しい悪化が生じた場合は、減損の兆候に該当するものと判断する必要がある。著しい経営環境の悪化の例示としては、以下が挙げられている(減損適用指針14項)。
(1) 材料価格の高騰や、製・商品店頭価格やサービス料金、賃料水準の大幅な下落、製・商品販売量の著しい減少などが続いているような市場環境の著しい悪化
(2) 技術革新による著しい陳腐化や特許期間の終了による重要な関連技術の拡散などの技術的環境の著しい悪化
(3) 重要な法律改正、規制緩和や規制強化、重大な法令違反の発生などの法律的環境の著しい悪化
経営環境の著しい悪化は個々の企業において大きく異なるため、その具体的な内容は、個々の企業の状況に応じて判断することが必要(減損適用指針88項)との前提があるものの、基準の例示を出発点として検討を行うと、(2) 技術的環境の悪化、(3) 法律的環境の著しい悪化など、大きく競争力を失う事象の有無を確認の上、(1) 市場環境の著しい悪化に該当するかを判断することがコロナ禍の状況では多いと考えられる。
コロナ禍の製造業では、「製・商品販売量の著しい減少」、「製・商品店頭価格やサービス料金、賃料水準の大幅な下落」「材料価格の高騰」等の、市場環境の著しい悪化が生じることが考えられるが、対象分野や市場により影響度の深刻度、回復度合いは大きく異なる。
よって、販売量の減少、販売価格の下落、材料をはじめとした製造コストの上昇が生じた場合は、それが「著しい減少」、「大幅な下落」、「高騰」に該当するか、また、それがどのくらい「継続している」かが論点になる。この場合、前述の営業活動から生ずる損益又はキャッシュ・フローが、「継続してマイナス」となっていない場合でも、減損の兆候に該当する可能性がある点に留意が必要である。例えば、比較的COVID-19拡大による影響からの回復度合いが高いとされている中国市場向けの事業や経済優先政策をとってきた北米市場向け事業と比べて、欧州・南米などの落ち込みが激しい市場向け事業をどう判断するか、回復度合いが早い自動車産業や半導体産業と比べて、回復度合いの鈍い設備投資産業や航空・重工業産業をどう判断するかなど期末までの外部環境の状況を慎重に検討する必要がある。
なお、US-GAAPにおいてはASC 360-10-35-21 c.に長期性資産(資産グループ)の価値に影響する重要な不利な法的要素または経済環境の変化(規制当局による不利な対応又は評価を含む)、IFRSにおいてはIAS36.12 (b)に、企業に悪影響を及ぼす著しい変化の発生又は発生見込みがある場合という例がそれぞれ示されており、この点では大きなGAAP差はないと考えられる。
【図表6 減損の兆候の例示】
日本基準 【減損会計基準】 【減損適用指針】 資産又は資産グループが使用されている事業に関連した経営環境の著しい悪化は、個々の企業において大きく異なるため、本適用指針では、考えられる例示を示すにとどめている。したがって、その具体的な内容は、個々の企業の状況に応じて判断することが必要と考えられる(減損適用指針88項) |
US-GAAP 【ASC360-10】 |
IFRS 【IAS36】 内部報告から得られる証拠のうち、資産が減損している可能性があることを示す証拠には、次のものの存在が含まれる(IAS36.14) |
以 上
参考文献
長谷川茂男(2019)『米国財務会計基準の実務(第11版)』中央経済社
佐瀬剛「減損会計における実務上の留意点①」『本誌2018年1月号(Vol.497)』
近藤雅治「固定資産の減損③」『本誌2017年1月号(Vol.485)』
本記事に関する留意事項
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