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気候変動に関するパリ協定に沿ったコーポレート・レポーティングに対する投資家の需要
A Closer Look | 月刊誌『会計情報』2021年2月号
トーマツIFRSセンター・オブ・エクセレンス
目次
- パリ協定の背景
- 「パリ協定準拠」の仮定とはどういう意味か?
- 「In Brief:IFRS基準と気候関連の開示」及び教育マテリアルで強調されている要求事項は何か、実務においてこれらがどのように適用されるのか?
注:本資料はDeloitteのIFRS Global Officeが作成し、有限責任監査法人トーマツが翻訳したものです。この日本語版は、読者のご理解の参考までに作成したものであり、原文については英語版ニュースレターをご参照下さい。
2020年11月16日、気候変動に関する機関投資家グループ(IIGCC-33兆ユーロ以上の資産を代表するヨーロッパの投資家グループ)は、レポート「取締役及び監査人によるパリ協定準拠の会計の提供に対する投資家の期待-資産、負債、利益及び損失に対して2050年までにネットでゼロの排出量に達する影響を適切に反映する会計書類」を公表した。当レポートは、「その後にのみ、経営者、投資家及び債権者がパリ協定と整合的な方法で資本を展開するために必要な情報を有する」と述べ、取締役、監査委員会、監査人によるこの目的を達成するための行動、及びIFRS財団の公表物「In Brief:IFRS基準と気候関連開示」 *1で強調されている要求事項の適用を求めている。具体的には、IIGCCは、年次報告書と会計書類に以下を含めることを求めている。
- パリ協定の目標が、会計書類を作成する上で考慮されたことの確認(affirmation)
- 重要な仮定及び見積りがどのように「パリ協定に準拠している(Paris-aligned)」か、又はなぜそうではないのかについての説明
- これらの判断又は見積りの変動に関連する感応度分析の結果
- パリ協定準拠の配当支払能力への影響
- 気候リスクに関する説明的な報告と会計上の仮定との間の整合性の確認、又は不整合の説明
本文書は、他の投資家グループからの同様のイニシアチブ(例えば、103兆ドルを超える運用資産を代表する世界中の投資家グループからのオープンレター *2)に続くものであり、気候変動の影響を反映することに関する作成者と監査人の両方に対する期待は、(期待される追加の考慮事項及び開示の観点から)過去の年度と比較して増加し、より具体的になることを明確にしている。
IIGCCレポートに続いて、IFRS財団は、IFRS基準を適用して作成された財務諸表に対する気候関連事項の影響に関するさらなる議論を含む追加の教育マテリアル(「教育マテリアル *3」)を公表した。
パリ協定の背景
パリ協定 *4(パリ気候協定とも呼ばれる)は、196カ国を代表する国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国によって2015年12月12日に成立した。
パリ協定の中心的な目的は、今世紀の世界の気温上昇を工業化以前の水準から2°C以下に抑え、気温上昇をさらに1.5°Cに抑える取組みを追求することで、気候変動の脅威に対する世界的な対応を強化することである。この目的を達成するために、本協定は、以下を含む行動の重要な分野を識別している。
- 世界全体のピークと「気候中立性」-各国は、できる限り速やかに温室効果ガスの排出量(GHG)のピークへの到達を目指す。
- 緩和-各国が貢献を設定し、通報し、それを達成するための国内措置を追求するための拘束力のあるコミットメント。
- 吸収源及び貯蔵庫-各国は、森林を含むGHGの吸収源と貯蔵庫を保全し、強化することが奨励されている。
- 任意の協力/市場ベース及び非市場ベースのアプローチ-より高い目標を追求するために署名国間の任意の協力を奨励し、その目的のための原則を設定する。
- 適応-適応に関する能力を向上し、気候変動に対する強靭性を強化し、脆弱性を低減するという世界全体の目標を定める。締約国は、自国の適応に関する計画を実施し、その優先順位、ニーズ、計画、行動を説明し、定期的に通報しなければならない。
- 損失及び損害-締約国は、気候変動の悪影響から生じる損失及び損害に関する理解、行動、支援を強化することにコミットする。
- 資金、技術、能力開発支援-先進国が、クリーンで気候に対して強靭な未来に向けて進む努力を支援する義務を再確認する。
- 透明性、実施、遵守-各締約国が提出した情報は、国際的な技術専門家のレビューを受ける。
- 世界全体の実施状況-パリ協定の目標達成に向けた進捗状況を評価するため、2023年とその後5年ごとに「世界全体の実施状況」を検討する。
現在までに、189カ国がパリ協定を批准し、その実施にコミットしている。
「パリ協定準拠」の仮定とはどういう意味か?
以下で詳しく説明するように、IFRS基準には、財務諸表で認識又は開示される項目に影響を与える予想を策定することにより、企業が「将来を予測する」ことを要求するいくつかの側面がある。これらの仮定は、外部要因(マクロ経済状況、政府の行動等)、企業自体の計画的な行動又は両者の組合わせによって動く可能性がある。
いずれの場合も、財務諸表の作成に適用される仮定は、必要に応じて証拠により裏付けられる企業の最善の見積りを反映しなければならない。しかし、以下の点に留意が必要である。
- パリ協定を批准し、それに基づいてコミットした法域では、政府の行動の影響に対する企業の期待は、当該コミットメントを反映すべきである。
- 信頼可能で、公的に入手可能なマクロ経済予測は、気候変動の影響の予測をますます組み込んでいる。企業の予測にこれが組み込まれていない場合、それらはチャレンジされる可能性が高い。
- 企業自身の行動の予測は、報告日における企業の意図を反映しなければならない。ただし、将来行われる決定の反映に関するIFRS基準の特定の制限に従う必要がある。(例えば、企業がその行動にコミットする前に、使用価値にリストラクチャリングを織り込むことに対するIAS第36号の制限)。しかし、これらの意図がパリ協定と整合的でない場合、又はパリ協定(又はそれに起因する政府の行動)に応じて大きく変更されている場合、(IAS第1号に基づく重要な判断又は見積りとして、又は特定の基準のより具体的な要求事項による)開示が要求される可能性が高い。パリ協定と整合的でない行動が政府の行動又は消費者の態度の側面で結果をもたらすと予想される場合は、それも適切に反映しなければならない。
多くの場合(特に長期的なマクロ経済予測)では、複数の可能性のあるシナリオ及び/又は可能性のある結果が考えられる。これにより、使用する仮定の明確な開示及び他の可能性のある結果に対する感応度の必要性が高まる。
「In Brief:IFRS基準と気候関連の開示」及び教育マテリアルで強調されている要求事項は何か、実務においてこれらがどのように適用されるのか?
「In Brief:IFRS基準と気候関連の開示」は、ニック・アンダーソンIASB理事(投資家としての経歴がある)が執筆し、その前のオーストラリア会計基準審議会(AASB)及び監査保証審議会(AUASB)による公表物 *5に基づいている。教育マテリアルは、このトピックに関するさらなる情報に対する利害関係者の要望に対応して開発された。どちらの出版物も、財務報告の次の特定の分野について議論している。
どちらの出版物も、IAS第1号のより一般的な開示の要求事項についても説明している。具体的には、以下の通り。
- IAS第1号122項の要求事項により、経営者が会計方針を適用する過程で行った判断のうち、財務諸表で認識されている金額に最も重要な影響を与えているものを開示する。
- IAS第1号125項の要求事項により、将来に関して行う仮定及び見積りの不確実性の他の主要な発生要因のうち、翌事業年度中に資産及び負債の帳簿価額に重要性がある修正を生じる重要なリスクがあるものに関する情報を開示する。
- IAS第1号31項の要求事項により、「IFRSにおける具体的な要求事項に準拠するだけでは、特定の取引、その他の事象及び状況が企業の財政状態及び財務業績に与えている影響を財務諸表利用者が理解できるようにするのに不十分である場合には、追加的な開示を提供すべきかどうかも検討する。」
「IFRS in Focus – Closing Out 2019 *6」で説明されているように、これらの要求事項は、規制上注視されており、かつ依然として注視されている分野である。これは、気候関連の判断及び見積りへの注目の高まりが継続し、織り込まれることが予想される。したがって、企業がパリ協定の影響に関して重要な判断を下した場合、又はそれらの影響を会計上の見積りに織り込んだ場合、当該影響に対する特定のIFRS基準の要求事項がない場合においても、(他の判断又は仮定に関して)評価し、重要性がある場合開示しなければならない。
教育マテリアルも、以下の気候関連事項が及ぼす可能性のある影響を強調している。
- 企業の継続企業の評価。IAS第1号は、企業が継続企業としての存続能力に対して重大な疑義を生じさせる事象又は状態に関連する重要な不確実性についての開示、又は継続企業の前提に関連する重要な不確実性がないと結論付ける際に行われた重要な判断についての開示を要求している。
- 棚卸資産の正味実現可能価額。販売価格が低下する又は完成までに要する原価が増加する場合。
- 繰延税金資産の認識。気候関連の問題が、将来の課税利益の見積りの減少を生じる場合。
- 契約上のキャッシュ・フローを、気候関連の目標の達成に結びつける条件を含むローン契約の測定。貸手にとってこのような特性は、金融資産が元本及び元本残高に対する利息の支払いのみであるキャッシュ・フローを生じるものではないことを意味する可能性がある(したがって、IFRS第9号での償却原価の測定に適格ではない)。借手にとっては、主契約から分離し、純損益を通じて公正価値で測定することが要求される組込デリバティブが生じる可能性がある。
- IFRS第17号での負債の測定。気候関連の事項が、保険事故の頻度又は規模を増加させるか、又はそれらの発生のタイミングを加速させる場合。
「In Brief:IFRS基準と気候関連の開示」はまた、「気候関連情報の多くは現在、財務諸表ではなく経営者による説明の中で開示されている」と指摘している。説明的な報告(例えば、MD&A又は戦略報告書)に気候関連の問題の議論が含まれている場合(例えば、気候関連財務情報開示タスクフォースの勧告 *7に含まれていることにより)、財務諸表における開示は、当該報告と整合的であるだけでなく、依然として包括的であることが重要である。単に重要性のある情報が年次報告書の他の場所に含まれていることをもって、重要性のある情報を財務諸表から除外してはならない。財務諸表と年次報告書のその他の要素の両方に関連性があるかもしれないその他のコンテンツについては、年次報告書全体の作成に対する結合(joined-up)アプローチの必要性が強調されている。
以上
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*1 IASBのウェブサイトを参照いただきたい。(https://cdn.ifrs.org/-/media/feature/news/2019/november/in-brief-climate-change-nick-anderson.pdf)
*2 Principles for Responsible Investmentのウェブサイトを参照いただきたい。(https://www.unpri.org/accounting-for-climate-change/public-letter-investment-groupings/6432.article)
*3 IASBのウェブサイトを参照いただきたい。(https://cdn.ifrs.org/-/media/feature/supporting-implementation/documents/effects-of-climate-related-matters-on-financial-statements.pdf)
*4 IIGCCのウェブサイトを参照いただきたい。(https://www.iigcc.org/resource/investor-expectations-for-paris-aligned-accounts/)
*5 AASBのウェブサイトを参照いただきたい。(https://www.aasb.gov.au/admin/file/content102/c3/AASB_AUASBJointBulletin.pdf)
*6 本誌2020年2月号を参照いただきたい。(https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/get-connected/pub/atc/202002/kaikeijyoho-202002-04.html)
*7 気候関連財務情報開示タスクフォースのウェブサイトを参照いただきたい。(https://assets.bbhub.io/company/sites/60/2020/10/FINAL-2017-TCFD-Report-11052018.pdf)
本記事に関する留意事項
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