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2020年IPO市場の動向
月刊誌『会計情報』2021年3月号
IPO戦略統括室 公認会計士 山口 誠二
はじめに
2020年における株式市場は、世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症の影響により、一時急激に減速したものの、各国の経済対策やワクチン開発による経済活動の再開等への期待から、日経平均株価は30年ぶりの水準にまで回復をした。株式市場が回復する中、2020年の国内IPO企業数は103社(TOKYO PRO Marketへの上場10社を含む)となり、2019年の95社(TOKYO PRO Marketへの上場9社を含む)から更に増加する結果となった。一方で上場承認を受けた企業のうち、年間で19社(2020年12月末時点で10社は再度承認を受け上場)が上場延期・中止するなど、IPO市場においても新型コロナウイルス感染症の影響を受けることになった。新型コロナウイルス感染症の影響を受けながらも、IPO企業数は2008年以降で最も高い水準で推移しており、国内IPO市場は引き続き活況といえる。以下、2020年の国内IPO市場の動向と特徴を整理してみることとする。
2.2020年のIPOの特徴
2020年のIPOの主な特徴を要約すると、以下のとおりである。各項目の詳細については後述する。
① 市場別…引き続きマザーズ市場へのIPOの割合は高く、全体の61%を占めている。
② 業種別…情報通信業が全体の36%を占めた。また、初値の公開価格割れ企業が23社と突出した。
③ 上場承認取消し…上場延期・中止のため承認を受けた企業のうち19社が上場申請を取下げた。
④ 発行総額…発行総額10億円未満の企業が増加し、比較的中小型のIPOが多い傾向にあった。
⑤ IPOのタイミング…年度末月での上場数が最も多い一方で、期越え上場数が30%を占めている。
⑥ IFRS適用によるIPO…投資ファンドが主要株主となっている企業4社がIFRSを適用した。
⑦ 時価総額…初値時価総額500億円以上の企業は11社あり、前年比5社増加した。
⑧ 赤字上場…上場直前期の当期純損失企業は18社あり、前年と同水準で推移した。
① 市場別
直近の市場別のIPO企業数は、図表2のとおりである。2020年のマザーズへのIPO企業数は63社、全体に占める割合は61%と引き続き高い水準である。また、東証本則へ上場する企業数は前年の12社から15社に増加し、JASDAQへの上場は前年の6社から14社に大幅な増加をしている。なお、名古屋証券取引所で1社、TOKYO PRO Market では10社の上場があった。
② 業種別
2020年にIPOした企業の業種別の内訳は図表3のとおりである。2020年では情報通信業37社、サービス業28社となり、2業種合計では65社と全体の63%を占めている。代表的な情報通信業では、クラウド型CX(顧客体験)プラットフォーム「KARTE」を提供する㈱プレイドがあり、後述する初値時価総額では2020年で最大値となっている。サービス業では、フィットネスクラブを展開する㈱カーブスホールディングスや、営業ソ
リューションサービスを提供する㈱ダイレクトマーケティングミックスが、初値時価総額500億円を超えるIPOとなった。
一方で、不動産業はマザーズ及びTOKYO PRO Marketへの上場がそれぞれ1社となり、過年度からの推移と比較し、減少傾向にある。
また、初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は図表4のとおりである。革新的な技術やサービスの提供が期待される企業やWith/Afterコロナの影響を踏まえた成長が期待できる企業や巣ごもり需要の恩恵を受けるビジネス等に対する投資家の期待が高い傾向にあった。これらに加えて、初値と公開価格の倍率が高かったIPO企業は、新型コロナウイルス感染症拡大による株式市場の混乱が収まった後、株式市場が回復基調に転じた6月以降の上場となっている。
一方で、初値が公開価格を下回った公開価格割れのIPO企業数の推移が図表5のとおりである。2020年が突出しており、新型コロナウイルス感染症拡大による株式市場の混乱の影響を受けたと考えられる。なお、公開価格割れしたIPO企業数23社のうち、18社が2020年3月〜4月に上場した企業となっている。
③ 上場承認取消し
上場承認後に承認取消しとなった企業数の推移は図表6のとおりである。2020年が突出しており、19社のうち18社が2020年3月〜4月にかけて上場を予定していた企業からの上場延期・中止の申し出に基づいて、上場承認が取消されている。前述の初値が公開価格を下回ったIPO企業数と同様に、新型コロナウイルス感染症拡大の影響による株式市場の混乱を懸念した企業からの申請取下げと考えられる。
なお、2020年12月末時点では、10社(㈱ロコガイド、㈱コパ・コーポレーション、㈱コマースOneホールディングス、㈱Speee、GMOフィナンシャルゲート㈱、㈱アイキューブドシステムズ、㈱さくらさくプラス、バリオセキュア㈱、㈱Fast Fitness Japan、SANEI㈱)は再度上場申請のうえ、新規上場を果たしている。
④ 発行総額
公募金額及び売出し金額を合計した発行総額レンジ別のIPO企業数は、図表7のとおりである。2020年の特徴として、発行総額100億円以上のIPO企業8社のみとなっており、2018年通期の12社、2019年通期の9社に対して、IPO全体に占める割合は8.6%に低下している。一方で発行総額10億円未満の企業が増加しており、発行総額は比較的中小規模のIPOが増加傾向にある。
また、図表8のとおり、海外オファリングの増加が目立った。海外での募集・売出しを実施したIPOは16社であり、グローバル・オファリングを実施した3社
(フォーラムエンジニア、ローランド、プレイド)のほか、特に中型のIPOにおいて、臨時報告書方式により株式の一部を海外投資家へ販売するオファリング方法が増加傾向にある。
⑤ IPOのタイミング
最近はIPOのタイミングが上場申請期の期初から長い企業が多い傾向にあるが、2020年も同様の傾向にある。図表9では、2018年、2019年及び2020年の上場申請期の期初からIPOするまでの月数別の企業数を示している。
上場申請期の第4四半期期末月(=上場申請期の期初から数えて12か月目)に上場する企業数は、2020年では34社あり、他の月と比較して最も多い月となった。また、上場申請期の期初から数えて13か月目から15か月目での上場、いわゆる「期越え上場」については、図表10で示すとおり、2020年は31社と全体の30%を占めている。これは、業績予想の達成状況を慎重に見極めてから上場する会社が多いことに起因していると考えられ、今後もこの傾向が続くことが予想される。
⑥ IFRS適用によるIPO
2020年にIFRS(国際財務報告基準)を適用して上場した企業は、㈱雪国まいたけ等4社である。前述の通り、2020年は比較的中小規模のIPOの割合が膨らんだが、IFRSを適用した4社のうち、2社(㈱雪国まいたけ、㈱ダイレクトマーケティングミックス)は、初値時価総額500億円を超える企業であり、2020年のIPOの中でも、比較的規模の大きい企業がIFRSを適用している。
また、最近のIFRSを適用して上場した企業は図表11のとおりであり、投資ファンドが主要株主となっているか若しくは資本上位会社がIFRSを適用している会社であった。IPO企業において、投資ファンドが多くを出資するケースでは上場する際にIFRSを適用する傾向が見受けられる。
⑦ 時価総額
2020年に初値時価総額1,000億円を超えたIPOは㈱プレイドの1社である。㈱プレイドの上場初値は3,190円(公募価格1,600円)をつけ、初値時価総額1,188億円となった。同社はクラウド型CX(顧客体験)プラットフォーム「KARTE」を提供している。上場前2事業年度の業績をみると、図表12のとおりであり、売上高は毎期増収している一方で、直前々期(2018年9月期)の営業損失は2億円、直前期(2019年9月期)の営業損失は5億円であり、営業損失が拡大している。販売費及び一般管理費に占める人件費や広告宣伝費の割合を高めており、認知度を高めるための先行投資を事業戦略としていることが窺える。上場時の調達資金もシステムの機能強化や事業成長のための人件費等に充当することを目的としており、今後の業容拡大が期待される。
また、初値時価総額レンジ別のIPO企業数は、図表13のとおりであり、初値時価総額500億円から1,000億円のIPOは10社(㈱雪国まいたけ、ローランド㈱、ウェルスナビ㈱、ニューラルポケット㈱、㈱モダリスなど)と前年比で増加した。2020年上期では、初値時価総額500億円以上の企業は3月2日に上場したフィットネスクラブを展開する㈱カーブスホールディングスの1社のみであり、残りの10社は全て下期に上場した企業となる。新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言解除後の下期以降において、株式市場でIPO銘柄が高騰した影響を受けたものと考えられる。
なお、初値時価総額100億円以上の企業の割合は全体の62%、500億円以上は全体の11%であり、過去の割合と比較した場合、初値時価総額が高騰したIPOが増加した結果となった。
⑧ 赤字上場
2016年以降、上場直前期に当期純損失を計上している企業や上場申請期に当期純損失を予想している企業が増加傾向にある。図表14のとおり、2020年においては、上場直前期に当期純損失を計上した企業は18社(TOKYO PRO Marketの3社を含む)あり、前年の19社から1社減少したものの、過去の状況と比べると高い水準にある。また、上場申請期においても当期純損失の業績予想をしている企業は、前年と同数の8社となっている。
3.おわりに
2020年のIPOは、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、上場延期・中止が相次いだものの、株式市場の回復を受け、IPO企業数は引き続き高い水準で推移したことになる。ただし、株式指標の回復については、実体経済との乖離も懸念される。国内の新型コロナウイルス感染症が拡大傾向にあり、再び緊急事態宣言が発令されたことを踏まえると、今後も経営環境の変化等に留意すべき局面が継続していくものと考えられる。
一方、2020年は市場構造の在り方等の見直しにも動きがあった。日本取引所グループより、2020年2月21日に今後の市場区分の見直しに向けた「新市場区分の概要等について」が公表され、新たな上場基準や経過措置等の概要が示された。新市場区分の導入までの工程として、2020年7月29日に「市場区分再編に係る第一次制度改正事項」を公表、現市場における新規上場基準等が見直され、2020年11月1日に施行された。また、2020年12月25日には「市場区分再編に係る第二次制度改正事項」のなかで、新市場区分における上場維持基準等の詳細、既上場会社の新市場区分への移行に係る手続きの詳細、流通株式の定義の見直しなどの内容が公表された。さらに2021年春以降の「市場区分再編に係る第三次制度改正事項」により、コーポレート・ガバナンスコードの改訂等の公表が予定されている。
また、金融庁では2019年12月に「株式新規上場(IPO)に係る監査事務所の選任等に関する連絡協議会」を設置し、IPOに係る監査事務所の選任等に関する問題につき、2020年3月27日に報告書を公表した。報告書では、新規・成長企業がその成長プロセスに応じて適切な監査を受けることができるための環境整備を進めるに当たって、監査事務所のほか、IPO市場関係者が、その必要性についての理解を共有した上で、課題解決を図っていく必要がある旨が示されている。
株式市場の高騰の背景もあり、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けながらも、IPO市場は活況を呈している。2020年は新規上場基準や上場維持基準等の詳細が公表され、監査事務所の選任問題等についても議論されてきた。日本経済の成長のためには、新たな発想や技術を持ったベンチャー企業が生まれ成長していくことが不可欠であり、そのためには資金調達や、株主との対話の場であるIPO市場が活性化されることが重要であろう。また、投資家の信用を損なうような企業の上場を抑制していくことも必要である。IPO関係者がこれまで以上に厳しく見定め、助言、指導していくことが肝要と考える。
以上
本記事に関する留意事項
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