ナレッジ

With / After COVID-19におけるファイナンスタレントマネジメントの在り方

月刊誌『会計情報』2021年3月号

With / After COVID-19におけるファイナンス組織の挑戦 (6)

デロイトトーマツコンサルティング合同会社 藤井 博之、畠山 莉紗

1. はじめに

本連載では、“With / After COVID-19におけるファイナンス組織の挑戦”と題して、今後のファイナンス組織の在り方についての分析・考察を行っている。前号(2021年2月号)からDeloitteの“Finance Wheel”のフレームワークにおけるファイナンスの各機能を有効に機能させるために必要となる“基盤要素(イネーブラー)”を対象にした展望を行っている。基盤要素の展望の第2回である本稿ではファイナンスタレントの在り方について考察する。

763KB, PDF ※PDFダウンロード時には「本記事に関する留意事項」をご確認ください。

2. COVID-19による環境変化とファイナンスタレントに与えた影響

COVID-19を契機に、物理的な場所の制約が無いデジタル空間を中心とした働き方への移行が進んでいる。これは、「ヒトが行うべき業務とは何か、その中でも対面でやるべき業務とは何か」という問いへの答えを考えさせられる機会となる。

まずは、経営・ビジネス側からファイナンス組織に対して期待する役割の変化に関するアンケート調査結果をご覧頂きたい。上位に来るのは、業績見通しや予測情報の提供、コストやキャッシュ・フローの分析結果を踏まえた施策の立案・実行支援であることが見て取れる。今まさに、COVID-19の影響で好調な事業と不調な事業に明暗がわかれ、企業は、この不確実な環境をどのように生き残るかという命題にさらされている。この調査結果は、このような時代の中で、ファイナンス組織が先を見通し、経営・ビジネスの意思決定を支援することが求められている事を示していると言える。

図表1:経営・ビジネス側からファイナンス組織に対して期待する役割の変化(上位3つ選択)
クリックまたはタップすると拡大版をご覧になれます

そして、こうしたファイナンス組織への期待を踏まえてファイナンス組織自身が認識している課題に関するアンケート調査結果もご覧頂きたい。

最上位は、グループに必要な財務・業績指標、予測モデルの定義である。COVID-19のような緊急事態においては、平時に比べて様々な環境変化のシナリオやその中での事業運営シナリオを策定し、それらのシナリオに合わせた業績予測を複数パターン用意することで、経営・ビジネスによる迅速かつ的確な意思決定に資することが必要だと認識していることのあらわれである(具体的なイメージについては第4回の1月号のBusiness Financeの内容を参照)。

次いで、グループのシステム共通基盤・デジタル化の整備がきている。これは、証憑類のペーパーレス化などオペレーションのデジタル化はもとより、財務・業績指標や予測数値の経営・ビジネス側へのタイムリーな提供や焦点を絞った意思決定を支援するインフラの整備に関する必要性が認識されていることがうかがえる。さらには、システムインフラの整備だけではなく、こうした仕組みを活用し、経営・ビジネス側へ意思決定支援が可能な人材の育成や獲得がテーマとして掲げられている。

図表2:ファイナンス組織に対する期待を踏まえて認識している課題(複数選択式)
クリックまたはタップすると拡大版をご覧になれます

このような調査結果を踏まえると、ファイナンスタレントには、データを活用したインサイトに基づく将来のシナリオプランニングと(シナリオ別に)想定されるリスク発生時の対応オプション策定に関する能力が必要になっていくだろうと考察できる。そして、今後、ロケーションの制約の無いリモート環境下での働き方が進展していくと、「個人」ではなく「職務」を起点とした柔軟な配置がされるようになるであろう。こうした環境下では、「担当者の経験」というよりは、より一層職務の定義と、職務遂行に求められるスキルという観点が重要視されるようになっていくものと推察する。

3. With / After COVID-19におけるファイナンスタレント

ここまで述べてきた通り環境変化に伴い、ファイナンス組織・タレントに求められる役割・スキルセットは進化していく。COVID-19に限らず不確実性が高まっている今日において、企業がまず取り組むべきことは、将来のファイナンス組織の役割・機能を定義したうえで必要となるポジション・スキルを再定義することである。足元の課題に追われ、将来求められる提供価値を担う人材要件の定義ができている企業は多くない。しかし人材育成は一朝一夕でできるものではないからこそ、このような環境変化を機に、改めてタレントマネジメントを見直すべきではないだろうか。

人材要件の定義を実施するにあたり、ファイナンスタレントに求められるスキル定義の一例を紹介したい。ここでは「ファイナンスコアスキル」「デジタルスキル」「コンセプチュアルスキル」「ヒューマンスキル」「ビジネスナレッジ」の5つに大別している。

図表3:ファイナンス人材に求められるスキル
クリックまたはタップすると拡大版をご覧になれます

「ファイナンスコアスキル」とは従来からある、アカウンティング・トレジャリー・FP&A(Financial planning & analysis)・タックスの各領域における知識・専門性を意味する。次いで、「デジタルスキル」であるが、デジタル空間での働き方を前提とする際には、欠かせないスキルとなるだろう。ここではデータに対するリテラシー(データ構造を把握し、目的に応じて必要なデータを取得し、適切な分析・判断を行う力、など)、先端テクノロジーに対するリテラシー(先端テクノロジーを業務に適用する力、など)、デジタルツールの導入・活用スキル(テクノロジー、ツールの効果を理解し、適切に導入・活用する力、など)と整理している。また、先に述べたように経営・ビジネス側への意思決定支援という役割を担うためには、「ビジネスナレッジ」を有していることはもとより、「コンセプチュアルスキル」「ヒューマンスキル」の重要性も高まってくるだろう。例えば「コンセプチュアルスキル」としては、多面的視野(顧客へのインパクトを考える力、PLへの影響を考える力、など)、洞察力(先を読み筋道を立てる力、リスクを予見し対応する力、など)が挙げられる。「ヒューマンスキル」としては、リーダーシップ(将来のありたい姿を描く力、そしてその将来に向かって関係者を巻き込みながら変革を主導する力など)、リレーションシップ(利害が対立する人と交渉する力、など)などが挙げられ、今後はこうしたスキルがますます求められるようになるであろう。

ファイナンス組織への期待役割が広がっていくのに合わせて、ファイナンスタレントに求められるスキルもまた広がっていくことを見ていただけたのではないだろうか。こうした変化に伴い、今まで以上に、機能特化型の人材が増えていくであろう。特に日系企業においては、これまで新卒採用からの長期スパンのローテーションを中心に、ジェネラリストの育成に主眼を置いてきた。しかし、今後はより一層、機能に特化した育成が必要となる。組織全体として必要なポジション・スキルを定義し、それぞれの機能に特化したスキルセットを持つ人材がお互いに補完しあう形が望まれる。

図表4:ファイナンス人材に求められるスキルの変化
クリックまたはタップすると拡大版をご覧になれます

以下に、ポジションごとのモデル像・スキルの一例を示す。第1回で紹介した“Finance Wheel”におけるファイナンス組織として具備すべき機能に照らして紹介する。

Operational Finance人材

デジタル空間での業務を前提とし、最新のテクノロジーや外部リソースを活用しながら、常にプロセスを改善・最適化していくことが望まれる。また、会計ポリシー、標準プロセスや業務のデジタル化(デジタルツール)のCenter of Excellence(CoE)としてベストプラクティスをグループ内へ展開していく役割も求められる。彼らには「ファイナンスコアスキル」や「デジタルスキル」に加え、BPOやITツールベンダーのマネジメントにおけるリーダーシップといった「ヒューマンスキル」も求められるだろう。

Business Finance人材

経営・ビジネス側への意思決定支援を通じて、企業価値向上に貢献することが彼らの役割である。変化するビジネス環境において正確に事態を掌握し、提言を行うためには、ビジネスを理解したうえで洞察をするための「ビジネスナレッジ」「コンセプチュアルスキル」が必要となるだろう。また、分析に最新テクノロジーを活用していくため「デジタルスキル」も求められる。

Specialized Finance人材

ファイナンス領域における専門知識・経験を活かし、税務・財務・IR・リスク管理の最適化を担うことが彼らの役割である。「ファイナンスコアスキル」が求められることはもとより、多面的に物事を考える「コンセプチュアルスキル」や自社ビジネスに照らして最適解を提言するための「ビジネスナレッジ」も求められるだろう。

最後にCFO人材について触れたい。CFOは事業を理解し、企業価値の持続的向上に貢献することが求められる。いかなる変化にも対応していくために、事業方針策定、収益管理、リスクマネジメント等の幅広い知見が必要になるだろう。また、言うまでもなく、多面的に物事をとらえ、実践していくために「コンセプチュアルスキル」「ヒューマンスキル」も欠かせない。

このように自社の現在、また将来のファイナンス組織像に合わせてファイナンスタレントのモデル像・スキルセットを定義することがこれからのタレントマネジメントを考える第一歩となる。

4. 今後に向けて

新しい時代におけるファイナンスタレント像を描き、それが求められるスキルを明らかにすることが出来たとして、その先に考えるべきは、いかにして期待する人材を獲得・育成していくかということであろう。

言うまでもなく求める人材の育成は一朝一夕で実現できるものでは無く、中長期的な観点から取組みを設計する事が必要になる。実態把握・要員計画策定・採用・配置・育成・評価のサイクルを循環させていく中で、徐々に個々の能力を向上させ、組織全体の力を底上げしていく必要がある。ここでは、人材マネジメントサイクルの要素ごとに、幾つかのポイントをご紹介しよう。

まずは、実態把握であるが、グループ全体のメンバーに関する現在の保有スキル情報のみならず報酬・評価・職種・経歴、研修履歴等を整備する事が必要になると考える。これらの情報は、人材マネジメントサイクルの各要素を検討する上での基本情報となる。ここで注意するべきなのは、グループ全体の人材マネジメントを有効に機能させるためには、グローバル共通でのファイナンス機能・人材ポリシーに基づき、上述のメンバーの個人情報をグローバル共通の基準に沿って整備するということである。情報の定義が曖昧であったり、区分がバラバラであると、情報を活用するための事前準備に膨大な労力がかかる等、宝の持ち腐れになってしまう可能性があるからである。

次に、要員計画である。ここでは、将来を期待するキー人材を選別し、特にこの要員に関しての綿密なキャリア・育成プランを策定して、計画的なポジションの割当と検証を行う環境を整備する事がポイントとなる。特に優秀な人材に関しては、早期登用や好待遇の報酬等、長期的なリテンションも考慮したい。

採用・配置・育成に関しては、デジタル空間を活用した働き方を想定した設計がポイントになる。採用に関して語るならば、たとえば、従来の週5日8時間のフルタイム人材のみならず、時間制約を許容したシニア層や外国居住者そして副業人材やフリーランスなど様々な勤務形態を想定する事で、求めるスキルを求めるタイミングで確保できるようになると考える。今後、プロフェッショナル人材確保の競争がますます激しくなっていくことを想定すると、同業他社や地域でのプロフェッショナル人材の共同採用などの取組みにもチャレンジしていくべきである。また、配置や育成に関しても、「各自の状況や環境」を踏まえて、「時間・組織・地域で縛らない柔軟性」を持って、「個々に適した個別設計」がますます求められるようになる。

そして、上記の活動を続ける中で、地道な取組みではあるがグローバルで人材情報を適切に更新していくことにより、各人ごとに求められるスキル水準に対する現状の達成度の評価や、今後に向けての各人の目標設定、更には組織としての要員計画の検討に繋げていくことが出来るのである。更には、こうした人材マネジメントのサイクルが好循環を見せるようになると、グループとしての要員配置や人件費の最適化につながっていく。

図表5:人材マネジメントサイクル
クリックまたはタップすると拡大版をご覧になれます

5. おわりに

本稿では、「With / After COVID-19におけるファイナンス組織の挑戦」として、ファイナンスタレントマネジメントの在り方について紹介してきた。

COVID-19感染拡大による環境変化により、ファイナンスタレントが果たすべき役割が改めて問われている。足元の業務遂行だけでなく、将来にわたりファイナンス組織が継続的に価値発揮をしていくために、必要な要件は何か、その実現に向けた人材育成・獲得はどのように行うのか。多くの企業が長期的な視点を持って、人材マネジメントの好循環を構築していくことを期待している。

次回は本連載の最終回として、With/After COVID-19におけるファイナンス組織のDX(デジタルトランスフォーメーション)について考察する。

以 上

 

『With/After COVID-19におけるファイナンス組織の挑戦』連載内容やコンサルティングサービスに関するお問い合わせ先
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 Finance & Performance ユニット

jpngp0000001801@tohmatsu.co.jp

 

本記事に関する留意事項

本記事は皆様への情報提供として一般的な情報を掲載するのみであり、その性質上、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。また、本記事の作成または発行後に、関連する制度その他の適用の前提となる状況について、変動を生じる可能性もあります。個別の事案に適用するためには、当該時点で有効とされる内容により結論等を異にする可能性があることをご留意いただき、本記事の記載のみに依拠して意思決定・行動をされることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

お役に立ちましたか?