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気候変動に関するパリ協定に沿ったコーポレート・レポーティングに対する投資家の要求 

月刊誌『会計情報』2022年7月号

注:本資料はDeloitteの IFRS Global Officeが作成し、有限責任監査法人トーマツが翻訳したものです。この日本語版は、読者のご理解の参考までに作成したものであり、原文については英語版ニュースレターをご参照下さい。

トーマツIFRSセンター・オブ・エクセレンス

本「Closer Look」は、2020年12月に最初に発行したが、その後、2021年11月のグラスゴーでのCOP26会議の成果、及び財務諸表における気候関連情報に関する利害関係者の期待のさらなる表明を取り扱うために更新し、認識されている情報ギャップと、現在のIFRS会計基準においてどのように対処できるかを検討している。

 

過去数年間で、気候変動の物理的及び経済的影響がより顕著になり、地球規模の気温上昇を制限するための行動の必要性が政治的及び社会的議題に上るにつれて、これらの問題に対して、定期的かつ主流の企業報告(アニュアル・レポートを含む)で取り扱う要求が高まっており、もはや炭素集約型産業に限定されていない。投資家から提起された懸念の多くは、IFRS基準の特定の要求事項と投資家グループが重要と考える情報との間の情報格差の拡大を指摘している。ClientEarth*1及びCarbon Tracker Initiative*2により2021年に発行された研究を含め、投資家及び圧力団体は、コーポレート・レポーティングの側面を批判し、「パリ協定準拠」の期待に対応していないとみている。

*1 ClientEarthのウェブサイト「Accountability Emergency: A review of UK-listed companies’ climate change-related reporting (2019-20)」(https://www.clientearth.org/latest/documents/accountability-emergency-a-review-of-uk-listed-companies-climate-change-related-reporting-2019-20/)を参照いただきたい。
*2 Carbon Tracker Initiativeのウェブサイト 「Flying blind: The glaring absence of climate risks in financial reporting」(https://carbontracker.org/reports/flying-blind-the-glaring-absence-of-climate-risks-in-financial-reporting/)を参照いただきたい。

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投資家の要求

投資家は、事業を脱炭素化するために企業がとっている行動と、気候変動の物理的及び経済的影響と低炭素経済への移行が中長期的に事業にどのように影響するかについて、明確で具体的で定量化された情報を求めている。重要なことに、この要求はもはや、主に温室効果ガス排出量の削減に焦点を当てた圧力団体からのみ来ているわけではない。また、主流の投資家グループ及び資産運用会社からも、幅広い産業において、環境がビジネスの長期的な見通しを理解し、資本配分の決定を知らせる上で重要であると考えている。さらに、投資家及び資産運用会社は、ポートフォリオの「脱炭素化」に対する自らのコミットメントを管理するために、この情報を要求する。

気候情報への要求は、気候情報のより広範な採用を含む、新しい形態の報告によってある程度対処されており、今後も引き続き対処される。これには、気候関連財務情報開示タスクフォース*3の勧告、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)の潜在的な将来の基準及びサステナビリティ報告基準に関する欧州タスクフォースなどの法域のイニシアチブ*4が含まれる。これらのイニシアチブは、気候及びサステナビリティの情報を財務業績の「コア」レポートに結びつけ、一貫した方法で企業報告を拡張することを目的としている。それにもかかわらず、財務諸表は、引き続き企業の財務業績及び財政状態についての投資家情報の主要な情報源であり、重要性のある気候情報は、IFRS財務諸表にすでに取り込まれている、又は取り込まれている可能性がある。

投資家は、アニュアル・レポート及び財務諸表に対し、2050年までに炭素排出量をネット・ゼロにすることによって(COP26の誓約と一致して)、又は企業又は地方自治体のコミットメントに応じて早期に達成することによって、世界の気温上昇を産業革命前より1.5°C上回るレベルに抑えるための適切な行動(報告企業自身と他者の両方による)を検討するよう求めている。

気候変動に関する機関投資家グループ(IIGCC - 33兆ユーロ以上の資産を代表するヨーロッパの投資家グループ)のような気候に重点を置いた投資家グループは、2020年11月*5のレポート「取締役及び監査人によるパリ協定準拠の会計の提供に対する投資家の期待-資産、負債、利益及び損失に対して2050年までにネット・ゼロの排出量に達する影響を適切に反映する会計書類」を示している。当レポートはさらに、「経営者、投資家及び債権者が、パリ協定と整合的な方法で資本を展開するために必要な情報を有する」と述べている。IIGCCは、アニュアル・レポート及び会計書類に以下を含めることを求めている。

  • パリ協定の目標が、会計書類を作成する上で考慮されたことの確認(affirmation)
  • 重要な仮定及び見積りがどのように「パリ協定に準拠している(Paris-aligned)」か、又はなぜそうではないのかについての説明
  • これらの判断又は見積りの変動に関連する感応度分析の結果
  • パリ協定準拠の配当支払能力への影響
  • 気候リスクに関する説明的な報告と会計上の仮定との間の整合性の確認、又は不整合の説明

これらの情報のすべてが現在の会計基準では要求されないかもしれないが、投資家は投資決定にとっての重要性を認識しているため、この情報を求めている。IIGCC文書は、2020年9月に、103兆ドル以上の運用資産を代表する世界中の投資家グループから公表されたオープンレター*6のような、他の投資家グループからの同様のイニシアチブに続くものである。投資家は、気候変動の影響を反映することに関する作成者と監査人の両方に対する期待が、(期待される追加の考慮事項及び開示の観点から)過去の年度と比較して増加し、より具体的になることを明確にしている。

主流の投資家と資産運用会社によってなされた資本配分の決定に対するこの情報の重要性は、Larry Fink氏がCEOに宛てた2022年の書簡で強調されている*7。その中で彼は、「限られたことが資本配分の決定に影響を与え、それによってあなたの会社の長期的な価値に影響を与える。それは、ここ数年先の世界的なエネルギーの移行をどのようにあなたがかじ取りするかを超えるものである。」と記述している。

同様に、2022年1月の取締役会メンバーに宛てたState Streetの年次書簡*8では、気候変動を「当社のスチュワードシップ活動の中心であり、気候変動がすべての投資家にシステミック・リスクをもたらすことを示す証拠の増加を反映している。」と記述している。

「私たちがサステナビリティに焦点を合わせているのは、私たちが環境保護主義者だからではなく、私たちが資本家であり、私たちのクライアントの受託者であるからである。そのためには、経済が受けている大きな変化に対して、企業がビジネスをどのように調整しているかを理解する必要がある。

Larry Fink BlackRock会長兼CEO

 

*3 環境省のウェブサイトを参照いただきたい。(https://www.env.go.jp/policy/tcfd.html
*4 EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)のウェブサイト「European Lab PTF on European Sustainability Reporting Standards (PTF-ESRS)」(https://www.efrag.org/EuropeanLab/LabGovernance/45/European-Lab-PTF-on-European-Sustainability-Reporting-Standards?AspxAutoDetectCookieSupport=1)を参照いただきたい。
*5 IIGCCのウェブサイトを参照いただきたい。(https://www.iigcc.org/resource/investor-expectations-for-paris-aligned-accounts/
*6 Principles for Responsible Investmentのウェブサイトを参照いただきたい。(https://www.unpri.org/accounting-for-climate-change/public-letter-investment-groupings/6432.article
*7 Blackrock社のウェブサイト「Larry Fink’s 2022 letter to CEOs The Power of Capitalism」(https://www.blackrock.com/corporate/investor-relations/larry-fink-ceo-letter)を参照いただきたい。
*8 Letter from Cyrus Taraporevala, President and Chief Executive Officer、2022年1月12日(https://prd-ams.ssga.com/library-content/pdfs/insights/ceo-letter-2022-proxy-voting-agenda.pdf)を参照いただきたい。

基準設定主体及び規制当局の対応

基準設定主体及び専門家団体はこの要求に応え、IFRS財団は、IFRS基準を適用して作成された財務諸表に対する気候関連事項の影響を強調する「In Brief:IFRS基準と気候関連開示」(2019年11月)*9及び2020年11月に追加の教育的資料*10を発行した。国際監査保証基準審議会(IAASB)も、国際監査基準(ISA)の下で気候関連リスクにどのように対処すべきかについて、同様のガイダンス*11を作成した。国際会計士連盟(IFAC)も、以下の会計専門家が果たす重要な役割を強調する「企業報告:気候変動情報と2021年報告サイクル」*12を発行した。

  • 気候関連の情報や開示と、企業の気候へのコミットメント、目標及び戦略的意思決定との整合性を図り、統合する。
  • 適当な場合には、気候問題の財務的影響を定量化する。
  • 気候関連の報告が、企業固有の重要性に基づき、重大な欠落や虚偽表示なしに報告要件を遵守することを確保する。
  • 企業価値への重大な影響に対処するために、新しいISSBが設定する基準を通じて、気候及びより広範なサステナビリティに関連した報告を強化するための世界的なイニシアチブを支援する。

また、この要求を満たしていないとみなされる企業が疑問視される可能性があることも明らかになりつつある。資本市場規制当局は、気候関連の問題の適切な開示にますます焦点を当てており、米国証券取引委員会(SEC)の主任会計士代行はスピーチ*13で、「我々の資本市場の投資家は、彼らが(中略)少し異なるものを求めていると我々に言っている。気候リスクの開示に関しては、投資家は手を挙げて規制当局により多くのことを要求している。」ことを強調している。気候関連の問題も、2021年のESMAの共通の執行優先事項*14の核心に初めてなっているようであり、「発行企業及び監査人は、IFRS基準が気候関連事項に明示的に言及していなくても、IFRS財務諸表の作成及び監査に際しては、これらのリスクの影響がこれらの財務諸表にとって重要性がある範囲で、気候リスクを考慮しなければならない」と記述している。英国では、FRCの企業報告年次レビュー*15は、2021/22年のアニュアル・レポートの定期的なモニタリングには、気候リスクについての焦点が含まれることを記述している。

*9 IASBのウェブサイトを参照いただきたい。(https://cdn.ifrs.org/-/media/feature/news/2019/november/in-brief-climate-change-nick-anderson.pdf
*10 IASBのウェブサイトを参照いただきたい。(https://cdn.ifrs.org/-/media/feature/supporting-implementation/documents/effects-of-climate-related-matters-on-financial-statements.pdf
*11 日本公認会計士協会のウェブサイト「監査実務に関するスタッフ文書『財務諸表監査おける気候関連リスクの検討』 の翻訳の公表について」(2022年1月7日)(https://jicpa.or.jp/specialized_field/20220107cff.html)を参照いただきたい。
*12 日本語訳について日本公認会計士協会のウェブサイトを参照いただきたい。(https://jicpa.or.jp/specialized_field/ITI/2021/20211015gjh.html
*13 米国SECのウェブサイト「複雑な環境における質の高い財務報告へのOCAの継続的な注力に関する声明(2021年12月6日)」(https://www.sec.gov/news/statement/munter-oca-2021-12-06)を参照いただきたい。
*14 ESMA(欧州証券市場監督局)のウェブサイト(https://www.esma.europa.eu/sites/default/files/library/esma32-63-1186_public_statement_on_the_european_common_enforcement_priorities_2021.pdf)を参照いただきたい。
*15 英国FRCのウェブサイト(https://www.frc.org.uk/getattachment/8430f391-6f44-4ec3-b1f8-c3d6b00c9a1e/FRC-CRR-Annual-Review_October-2021.pdf)を参照いただきたい。

「パリ協定準拠」の仮定

過去の財務諸表は、その性質上、概ね後ろ向きであるが、以下で議論するように、財務諸表のさまざまな項目の認識、測定又は開示に影響を与える予想を策定することにより、企業に「将来を予測する」ことを要求するいくつかの側面がある。これらの仮定は、外部要因(マクロ経済状況、政府の行動等)、企業自身の計画的な行動又は両者の組合せによって推進される可能性がある。

いずれの場合も、財務諸表の作成に適用される仮定は、必要に応じて証拠により裏付けられる企業の最善の見積りを反映しなければならない。しかし、以下の点に留意が必要である。

  • パリ協定を批准し、それに基づいてコミットメントを行った法域では、政府の行動の影響に対する企業の期待は、当該コミットメントを反映するべきであり、少なくとも、企業自身の行動の予測は、政府の要求の準拠を反映しなければならない。
  • 信頼性が高く、公的に入手可能なマクロ経済予測は、気候変動の影響の予測をますます組み込んでいる。企業の予測にこれが組み込まれていない場合、それらはチャレンジされる可能性が高い。
  • 企業自身の行動の予測は、報告日における企業の意図を反映しなければならない。ただし、将来行われる決定の反映に関するIFRS基準の特定の制限に従う必要がある(例えば、企業がその行動にコミットする前に、使用価値計算にリストラクチャリングを織り込むことに対するIAS第36号の制限)。しかし、これらの意図がパリ協定と整合的でない場合、又はパリ協定(又はそれに起因する政府の行動)に応じて大幅に変更されている場合は、(IAS第1号に基づく重要な判断又は見積りとして、又は特定の基準のより具体的な要求事項により)開示が必要になる可能性が高い。パリ協定と整合的でない行動が、政府の行動又は消費者の態度の側面での結果をもたらすと予想される場合には、それも適切に反映しなければならない。

多くの場合(特に長期的なマクロ経済予測)では、複数の可能性のあるシナリオ及び/又は可能性のある結果の範囲がある。これにより、使用する仮定の明確な開示、及び減損テストのような分野での他の可能性のある結果に対する感応度の必要性が高まる。

パリ協定の背景

パリ協定*16(パリ気候協定とも呼ばれる)は、196カ国を代表する国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の締約国によって2015年12月12日に成立した。

パリ協定の中心的な目的は、今世紀の世界の気温上昇を産業革命前の水準から2°C以下に抑え、気温上昇をさらに1.5°Cに抑える取組みを追求することで、気候変動の脅威に対する世界的な対応を強化することである。 この目的を達成するために、本協定は、以下を含む行動の重要な分野を識別している。

  • 世界全体ピークと「気候中立性」-各国は、できる限り速やかに温室効果ガスの排出量(GHG)のピークへの到達を目指す。
  • 緩和-各国が自国の貢献を設定し、通報し、それを達成するための国内措置を追求するための拘束力のあるコミットメント。
  • 吸収源及び貯蔵庫-各国は、森林を含むGHGの吸収源と貯蔵庫を保全し、強化することが奨励されている。
  • 自発的な協力/市場ベース及び非市場ベースのアプローチ-より高い目標を追求するための署名国間の自発的な協力を奨励し、その目的のための原則を設定する。
  • 適応-適応に関する能力を向上し、気候変動に対する強靭性を強化し、気候変動に対する脆弱性を低減するという世界的な目標を定める。締約国は、自国の適応に関する計画を実施し、その優先事項、ニーズ、計画及び行動を説明し、定期的に通報しなければならない。
  • 損失及び損害-締約国は、気候変動の悪影響から生じる損失及び損害に関する理解、行動及び支援を強化することにコミットする。
  • 資金、技術、能力開発支援-クリーンで気候に強靭な未来に向けて進む発展途上国の努力を、先進国が支援する義務を再確認する。
  • 透明性、実施、順守-各締約国が提出した情報は、国際的な技術専門家のレビューを受ける。
  • 世界全体の実施状況-パリ協定の目標達成に向けた進捗状況を評価するため、2023年とその後5年ごとに「世界全体の実施状況」を検討する。

現在までに、192カ国がパリ協定を批准し、その実施にコミットしている。COP26会議において、パリ協定の目的がどのように達成されるかについてさらなる決定がなされ、各国は、グラスゴー気候合意*17、特に、排出削減対策の講じられていない石炭火力発電の逓減(フェーズダウン)と非効率な化石燃料補助金のフェーズアウトの要求が含まれ、気候変動に対する強靭性を構築するために先進国から発展途上国まで年間1,000億ドルを提供するという誓約を再確認した。

 

*16 環境省のウェブサイトを参照いただきたい。(http://www.env.go.jp/earth/ondanka/cop/shiryo.html#03
*17 環境省のウェブサイトを参照いただきたい。(http://www.env.go.jp/earth/26cop2616cmp16cma10311112.html

「In Brief : IFRS基準と気候関連の開示」及び教育的資料で強調されている現在のIFRSの要求事項は何か、実務においてこれらがどのように適用されるのか?

「In Brief : IFRS基準と気候関連の開示」は、Nick Anderson IASB理事(投資家としての経歴を有する)が執筆し、その前のオーストラリア会計基準審議会(AASB)及び監査保証審議会(AUASB)による公表物*18に基づいている。教育的資料は、このトピックに関するさらなる情報に対する利害関係者の要求に対応して開発された。どちらの出版物も、財務報告の次の特定の分野について議論している。

「In Brief : IFRS基準と気候関連開示」と教育的資料で強調されている気候リスクの可能性のある影響
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どちらの出版物も、IAS第1号のより一般的な開示の要求事項についても説明している。具体的には、以下の通り。

  • IAS第1号122項の要求事項により、経営者が会計方針を適用する過程で行った判断のうち、財務諸表で認識されている金額に最も重要な影響を与えているものを開示する。
  • IAS第1号125項の要求事項により、将来に関して行う仮定及び見積りの不確実性の他の主要な発生要因のうち、翌事業年度中に資産及び負債の帳簿価額に重要性がある修正を生じる重要なリスクがあるものに関する情報を開示する。
  • IAS第1号31項の要求事項により、IFRSにおける具体的な要求事項に準拠するだけでは、特定の取引、その他の事象及び状況が企業の財政状態及び財務業績に与えている影響を財務諸表利用者が理解できるようにするのに不十分である場合には、追加的な開示を提供すべきかどうかも検討する。

「IFRS in Focus Closing Out 2021」*19で説明されているように、これらの要求事項は、規制上焦点が当てられており、かつ依然として焦点が当てられている。これにより、気候関連の判断及び見積りへの注目の高まりが継続し、織り込まれることが予想される。したがって、企業がパリ協定の影響に関して重要な判断を下した場合、又はそれらの影響を会計上の見積りに織り込んだ場合、当該影響に対する特定のIFRS基準の要求事項がない場合においても、(他の判断又は仮定に関して)評価し、重要性がある場合開示しなければならない。

教育的資料も、以下の気候関連事項が及ぼす可能性のある影響を強調している。

  • 企業の継続企業の評価。IAS第1号は、企業が継続企業としての存続能力に対して重大な疑義を生じさせる事象又は状態に関連する重要な不確実性についての開示、又は継続企業の前提に関連する重要な不確実性がないと結論付ける際に行われた重要な判断についての開示を要求している。
  • 棚卸資産の正味実現可能価額。販売価格が低下する又は完成までに要する原価が増加する場合。
  • 繰延税金資産の認識。気候関連の問題が、将来の課税利益の見積りの減少を生じさせる場合。
  • 契約上のキャッシュ・フローを、気候関連の目標の達成に結びつける条件を含むローン契約の測定。貸手にとってこのような特性は、金融資産が元本及び元本残高に対する利息の支払いのみであるキャッシュ・フローを生じるものではないことを意味する可能性がある(したがって、IFRS第9号での償却原価の測定に適格ではない)。借手にとっては、主契約から分離し、純損益を通じて公正価値で測定することが要求される組込デリバティブが生じる可能性がある。
  • IFRS 第17号での負債の測定。気候関連の事項が、保険事故の頻度又は規模を増加させるか、又はそれらの発生のタイミングを加速させる場合。

「In Brief:IFRS基準と気候関連の開示」はまた、「気候関連情報の多くは現在、財務諸表ではなく経営者による説明の中で開示されている」と指摘している。説明的な報告(例えば、MD&A又は戦略報告書)に気候関連の問題の議論が含まれている場合(例えば、気候関連財務情報開示タスクフォースにより提言されている情報に含まれていることにより)、財務諸表における開示は、当該報告と整合的であるだけでなく、依然として包括的であることが重要である。単に重要性のある情報がアニュアル・レポートの他の場所に含まれていることをもって、重要性のある情報を財務諸表から除外してはならない。財務諸表とアニュアル・レポートのその他の要素の両方に関連性があるかもしれないその他のコンテンツについては、アニュアル・レポート全体の作成に対する結合(joined-up)アプローチの必要性が強調されている。

*18 オーストラリア会計基準審議会(AASB)のウェブサイト(https://www.aasb.gov.au/admin/file/content102/c3/AASB_AUASBJointBulletin.pdf)を参照いただきたい。
*19 本誌2022年3月号を参照いただきたい。(https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/get-connected/pub/atc/202203/kaikeijyoho-202203-05.html

情報のギャップ及び現在のIFRS基準においてどのように対処されるか

例えば、ClientEarth及びCarbon Tracker Initiativeによってなされた主な批判、及びそれらに対処するいくつかの可能な方法を以下に説明する。
 

「パリ協定準拠」の経済シナリオ

「パリ協定準拠」の経済シナリオ財務諸表の作成に使用される経済シナリオは、世界の気温上昇を制限するためのタイムリーな行動を反映する上で、透明で「パリ協定準拠」でなければならない。

 

整合性、透明性、及びタイムリーな脱炭素化への明確なコミットメントを求める中で、投資家は特に財務諸表を、将来のキャッシュ・フローの見積りを策定する目的で(もしあれば)どのマクロ経済予測が使用されたかを特定しておらず、したがって、世界の気温上昇を制限するためのタイムリーな行動を反映した予測を使用していない可能性があると批判している。具体的には、Carbon Tracker Initiativeを含むグループは、グローバルレベルでのタイムリーな行動を反映するために、国際エネルギー機関(IEA)の2050年までにネット・ゼロとするシナリオ*20を使用することを期待すると述べている。

これは現在のIFRSの要求事項とどのように対応しているか?

IFRS基準が予測キャッシュ・フローの決定を要求する場合(例えば、減損レビューの一環としての使用価値の計算において)、その予測は「経営者の最善の見積り」に基づいて作成することが要求される。ただし、IFRS基準では、特定のデータ・ソースの使用は要求されていない。例えば、IFRS第13号は、評価手法が観察可能なインプットの使用を最大化することを要求しているが、市場参加者が測定対象の資産又は負債の価格設定時に使用する仮定を反映することを要求することを超えて、どのインプットを使用すべきかは規定していない。

どのようなデータ・ソースが使用されても、それらは、企業自身の行動に関する企業の最善の見積り(使用価値の計算においてリストラクチャリングの影響を含めることに関する以下で議論する制限を条件として)と、より広い経済的な期待(例えば、経営者は企業自身の事業の脱炭素化にコミットしているが、依然としてグローバルな見通しについてより悲観的な見方をしている)を反映しなければならない。

また、パリ協定準拠のシナリオについて普遍的に合意された単一のシナリオはなく、多数の異なる信頼性のある情報源が可能性のある予測を提供していることも注目に値する。その理由の1つは、脱炭素化には異なる経路(又は軌道)があるためである。2050年までのネット・ゼロ・シナリオに加え、IEA自身も、パリ協定が目標とする結果に基づく「サステイナブルな開発」シナリオを提供している。信頼性のある1.5°Cシナリオの他の情報源には、Wood Mackenzie、HIS Markit、金融システム・グリーン化ネットワーク(NGFS)、責任投資原則(PRI)によって委託された避けられない政策対応(Inevitable Policy Response)が含まれる。多くの中央銀行は、多くの場合、NGFSシナリオに基づいているが、完全には一致していない、独自のパリ協定準拠のシナリオを提供している。例えば、イングランド銀行は、ネット・ゼロへの2つのルートを検討している。「早期行動」シナリオ(政策はシナリオのホライゾンで比較的徐々に強化される)と「後期行動」シナリオ(移行を促進する政策は遅れ、その後、より突然で無秩序)である。IEAの「表明された政策シナリオ」では、既存の政策枠組み及び発表された政策の意図の影響も考慮しており、COP26の誓約により、世界は1.5°Cを達成するのではなく、1.8-2.1°Cの軌道に乗ったことを様々な情報源が報告している。

この情報のギャップを埋めるにはどうすればよいか。

のれん及び耐用年数が確定できない無形資産の減損に関しては、減損レビューにおいて使用される主要な仮定の開示とともに、主要な仮定の「合理的に考え得る」変更により減損損失がもたらされる場合の感応度の開示が、IAS第36号134項により要求されている。

過去は、これらの開示は、時にはある意味一般的なもの(例えば、割引率及び直線的な長期成長率に限定される)であった可能性があり、ヘッドルームが限界的でない場合には感応度分析がめったに提供されず、同様にこれらの一般的な仮定の変更のみに限定されていた。しかし、近年、期待が高まっており、気候と減損を生じさせる可能性のある他の要因の双方に関して、より良い洞察が求められている。ベスト・プラクティスは、これらの期待に対応するために進化し、現在では、減損レビューを実行する際に行われた仮定のより有益な説明、及び、ヘッドルームが限界的であるときだけでなく、より有益で意味のある感応度分析が提供されている。公表されたマクロ経済予測を使用して減損レビューが作成された場合、この事実の開示と使用した予測の識別、(それが適用される「基本ケース」でない場合の)パリ協定準拠のシナリオに対する減損評価の感応度は、利用者にとって適切で役立つ。

同様に、ベター・プラクティスには、金融資産の予想信用損失の測定に使用される仮定(マクロ経済情報の使用を含む)の透明性及び開示、及び必要に応じて公表された予測を引用することが含まれる。

より広義には、IFRS基準は、予測に対する企業のアプローチの一般的な開示を要求していない。しかし、IFRS基準はそれを禁止するものではなく、そのような開示は、予測が多くの目的のために作成されている場合に役立つかもしれない。

さらに、IFRS基準における、見積りの不確実性の主要な発生要因の影響を開示するという要求事項は、今後12か月間に資産及び負債の帳簿価額に修正を生じる重大なリスクがある場合に特に適用される。しかし、要求されている情報を覆い隠さない場合、より長期にわたり発生することが見込まれる変更に関する追加の自発的な情報を提供することは禁止されていない。一般に、これは、追加の自発的な情報が、今後1年以内に見込まれる変更に関して要求される情報とは明確に区別されなければならないことを意味する。

*20 国際エネルギー機関(IEA)のウェブサイト「 World Energy Outlook 2021 - Report extract Scenario trajectories and temperature outcomes」(https://www.iea.org/reports/world-energy-outlook-2021/scenario-trajectories-and-temperature-outcomes)を参照いただきたい。
 

減損及び資産の耐用年数

気候関連の問題は、炭素集約型資産の減損の増加と耐用年数の短縮をもたらすはずである。

 

この主張は、炭素集約型又は潜在的な「座礁」資産のいずれかが、気候変動自体の影響(すなわち、物理的気候リスク)又は低炭素経済に移行するための行動(すなわち移行リスク)のいずれかの影響により価値を失い、これが資産の減損に反映されるという仮定に基づいている。

これは現在のIFRS要求事項とどのように対応しているか?

これらの要因は確かに現実のものであるが、直ちに減損損失に至らないかもしれない多数の理由がある。例えば、以下の理由がある。

  • 気候関連の要因は、資産の耐用年数の終了後にのみ影響を与えると見込まれる場合がある。
  • より高いコストは、場合によっては、より高い価格設定を通じて顧客から回収されることがある。しかし、コストの上昇又はその他の気候関連要因が利益マージンに影響を与えないという仮定は、顧客が代替の、おそらく炭素集約度の低いプロバイダーに移行するのではなく、単に企業の財又はサービスに対してより高い価格を支払うかどうかを判断するために慎重に検討しなければならない。
  • 資産の回収可能価額と帳簿価額との間には、気候関連要因の影響により回収可能価額が帳簿価額を下回ることのないような、大きなヘッドルームが存在する可能性がある。
  • 回収可能価額は、使用価値と公正価値のいずれか高い方として定義される。気候関連の要因が公正価値の低下を示している場合でも、使用価値に対応する影響がない可能性がある。逆に、リストラクチャリング及びそれにより生じる便益は、まだ使用価値には反映されていないかもしれないが、すでに公正価値に反映され、回収可能価額が高くなる可能性がある。

関連する論点は、資産の経済的耐用年数の評価であり、資産が「座礁」する又は低炭素の代替品に置き換えられると見込まれる場合、資産の経済的耐用年数が短縮される(その結果、年間の減価償却費又は償却費が増加する)と見込まれる可能性がある。しかし、資産を置き換えるプログラムは、必ずしも予想耐用年数を低下させるとは限らず(例えば、ディーゼル車が通常の使用をやめる日にのみ電気自動車に交換される予定の場合)、耐用年数が短くなることにより残存価額が高くなる可能性がある。さらに、耐用年数の変更による影響は、将来に向かってのみ会計処理される(その結果、当期の単一の減損損失ではなく、将来の多くの期間にわたり減価償却費が高くなる)。

この情報のギャップを埋めるにはどうすればよいか。

前述のように、気候に関する予想の変化が減損損失(又は減価償却費の増加)につながらない理由が存在するかもしれないが、これは事実であると想定してはならない。減損評価で使用される仮定は、慎重に検討しなければならない。例えば、以下が含まれる。

  • 詳細な予測期間を超えたキャッシュ・フローの直線的な成長の期待は、実際に企業の長期予測と一致しているか、それとも将来のある時点での減少は企業の期待をより代表しているか?
  • コスト予測には、例えば、政府賦課金の導入、カーボン・オフセットの取得、又は企業のネット・ゼロ・コミットメントと整合する削減コストの発生から生じるコストの増加が適切に組み込まれているか?
  • 回収可能価額が公正価値ベースで測定される場合、割引キャッシュ・フロー計算又は比較可能な取引分析で使用される仮定は、検討対象の資産に対する市場参加者の見解と整合しているか?例えば、炭素集約型施設は、より効率的な代替施設と同じくらい望ましいのか?

繰り返しになるが、使用された仮定及びその仮定の根拠の明確な開示は、意味のある感応度分析とともに、情報ギャップを埋める効果的な手段である。
 

財務諸表と脱炭素化へのコミットメントとの整合性

財務諸表は、「カーボンニュートラル」の事業に対する表明された方針及びコミットメントと整合していなければならない。

 

この批判は、多くの場合、特定の日までに「カーボンニュートラル」になるという企業の計画の説明的な議論と、このコミットメントの影響を受けていないように見える財務諸表との間の認識されたミスマッチ又は不整合に基づいている(例えば、炭素集約型資産は引き続き減損していないため、脱炭素化のコストに対して負債が認識されない、又は「カーボン・オフセット」スキームに対して負債が認識されない)。

これは現在のIFRS要求事項とどのように対応しているか?

財務諸表が(まだ)、企業の脱炭素化計画の影響を受けない理由はたくさんある。

  • 財務諸表への将来のリストラクチャリングの反映に関する制限-一般に、財務諸表の作成に使用される予測は、企業の意図を反映しなければならない。しかし、IFRS基準には、企業がまだ「コミット」していない行為の組込みを禁止する特定の制限がある。例えば、IAS第36号は、十分に詳細な公式の計画と、その計画が実施されるという影響を受ける人々の妥当な期待がある前に、リストラクチャリングの予測キャッシュ・アウトフロー(又は関連するコスト節減又は便益)を使用価値による減損の計算に組み込むことを認めていない。同じ制限は、将来のリストラクチャリングのコストに関する引当金を認識する場合にも適用される。したがって、事業を脱炭素化するための一般的な方針、又は炭素集約型資産を置き換えるための長期戦略は、それ自体では減損損失又は引当金の認識を生じさせない。
  • 表明された方針に沿って排出量を相殺するための引当金を認識することに関する制限-IAS第37号の下では、たとえ企業が将来の排出量を相殺するという公式声明を行っているとしても、将来の排出量については引当金が認識されない。さらに、企業が法的要求事項の対象となっているか、又は適切に特定の公的なコミットメントを行った場合にのみ、過去の排出量に関して引当金が認識され、その結果、特定の過去の排出量を相殺するための支出が発生すること以外に企業に現実的な選択肢がなくなる。したがって、排出量を相殺するための一般的な方針の表明は、引当金の認識を生じさせる可能性は低い。
この情報のギャップを埋めるにはどうすればよいか。

この認識されたミスマッチは、主に将来の意図に関する説明的な議論と、過去の取引及び事象の影響を主に示すために設計された過去の財務報告との間の概念的な相違の関数である。繰り返しになるが、以前の評価は、それらが適切であり続けるかどうかを判断するために慎重に検討しなればならず、記載された、又は予想される行動が財務諸表にまだ有効に反映されていない理由を説明する自発的な追加開示が役立つ可能性がある。

気候変動の物理的及び経済的影響が投資家や社会全体にとってより焦点となるにつれて、包括的な方法で対応することへの企業に対する圧力が高まることが予想され、「グリーンウォッシング」の非難が、その目標を達成するために取る行動を説明せずに「ネット・ゼロ」の野心の曖昧な主張をする企業に対して浴びせられている。公表された気候コミットメント、TCFDの提言に沿って提供された開示などの他の気候及びサステナビリティ情報、及び財務諸表(例えば、特定の予測又はコミットメントを引用したサステナビリティ報告書であって、これらが財務諸表に反映されているかどうか、又はどのように反映されているかについての可視性がない)との間の(実際の又は認識された)コネクティビティの欠如は、言葉はそれが数字を変えるまでは無意味(hollow)であるという認識に寄与する可能性がある。

アニュアル・レポートの他の情報と同様に、気候関連コンテンツの組織化は非常に重要である。明確な相互参照又は関連データの集約がなく、長い文書に情報が散在している場合、気候変動が企業のビジネスに及ぼす可能性のある影響、又はそれらの影響を軽減するために取った、又は取ろうとしている行動について読者が首尾一貫した理解に達することは困難である。そのため、財務諸表における気候関連情報の集約、又は(ESMAの2021年共通執行優先事項で推奨されているように)財政状態に対する異なる注記の情報間の明確なマッピングは、財務諸表及びアニュアル・レポートの他の部分との間の適切な相互参照とともに検討しなければならない。

時間が経つにつれて、気候変動の影響は、(例えば、ISSBの将来のアウトプットを通じて)コーポレート・レポーティングの基準によってより明確に取り扱われるかもしれないが、それまでは、IFRS財務諸表が気候リスクに関する情報を適切に捕捉し開示できるかどうかについての課題が続くことが見込まれる。将来予測の情報に対する要求(demand)と過去の財務報告の要求事項との間には緊張関係があるが、透明性へのコミットメントは、その隔たりを埋め、さまざまな利害関係者に有用な情報を提供するのに役立つ。

以 上

本記事に関する留意事項

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