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中国におけるデジタル化と人材マネジメントのあり方
Global HR Journey~日本企業のグローバル人事を考える 第二回
「日本企業のグローバル人事化を考える」と題したGlobal HR Journey。第2回目となる今回は、中国に駐在する組織・人事のコンサルタントが、デジタル先進国となった中国と、そこで求められる人材マネジメントを自身の体験談とともにご紹介する。
デジタル先進国となった中国
デロイトの上海事務所は観光客の多くが訪れる外灘エリアにあるが、狭い道が入り組んでおり、古い町並みに馴染んで、家族経営の麺屋や定食屋も多く点在している。ニューヨークに支店のある三ツ星フレンチレストランもあれば、地元民がランニングシャツで蘭州ラーメンを食べている店もある。そんな街の小さな家族経営のmom-and-pop shop(雑貨店)で、3.5元(50円ぐらい)のウーロン茶を手にして、5元札を店主に渡そうとしたところ、支払について現金はもう受け付けないとのこと。電子決済、WeChat(微信)かAlipay(支付宝)でしか支払は出来ない、もうお釣りを置きたくないのでという返答だった。
3年前に赴任した際の常識が既に非常識になる、移り変わりの早い中国市場。筆者も最近はめっきりキャッシュを持ち歩かなくなった。キャッシュを使わないといけない支払いが、中国ではほとんど無くなったのである。例えば、出張時の飛行機や新幹線のチケット、タクシー、食事、その他の買い物等は、すべて携帯電話を通した電子決済(WeChatもしくはAlipay)で完結する。友人とのお金のやり取りもWeChatでお金を送金、飲食後に割り勘にする機能まである。携帯電話にWeChatやAlipayのアプリを入れ、それを銀行口座と繋げるか、そのアプリに入れているお金で決済できるので、財布を取り出す機会がない。携帯画面で選び、携帯画面で購入する。
恐らく世界中のどこよりもデジタル化が進んでいる中国市場、急速にデジタル化が進んだ背景には、中国人のデジタル好きがある。Deloitte Digitalによると、中国のネチズンは米国のそれより、倍以上の時間をオンラインで過ごし、倍の時間ソーシャルメディアで活動する。また、情報を受信するだけでなく、93%のネチズンが自らコンテンツを提供している。
図表1: 世界中のどの国民よりも、中国人にとってはインターネットが重要である
また、中国ではGreat Firewallという言葉が使われるが、Facebook, Google, LINE, YouTube等は政府規制により実質遮断されている。そしてこれらに取って代わるのが、BAT (Baidu, Alibaba, Tencentの略)の“ICT業界の巨人”が提供する国産サービスである。世界的で最も活発な中国のネチズンが、規制により守られた3社が構築するエコシステムの中で完結して、活動する。これがWeChatやAlipayが支払いのデファクトスタンダートであることのみならず、ソーシャルメディア、エンターテインメント、買い物等あらゆる局面でユーザーの生活と密接に繋がっている理由である。
ネット検索をする際にはBaidu、買物はAlibabaの天猫、ソーシャルメディアはTencentのWeChat, 音楽聞くには同じくTencentのQQで、最新の中国ドラマもGame of Thronesも中国でヒットしている深夜食堂もTencentのアプリで見ることが出来る。中国のネチズンは実に50%の時間をBATのうちいずれかが開発したアプリで繋がっている。また、BATがあまりにも圧倒的なために、他のスタートアップが入り込む余地がない。
デジタル化を通した生活の変換
デジタルの潮流は中国における生活様式を完全に変えた。主要都市では手を挙げてもタクシーが中々捕まらないので、アプリでタクシーを、高級車、普通車の中から選んで呼び寄せる(自身の所在地は地図上に表示されるので、行き先を入力する)。近い場所であれば、Mobike等の自転車シェアアプリを活用して、目についた共有自転車を漕いで、目的地にて乗り捨てる。日常のコミュニケーションはWeChatでメッセージを交換する。2016年の独身の日(11月11日)にAlibabaは、1日で1,207億元(1兆8000万円程度)を売り上げた。朝トイレに座ると体重と血圧が分かり、冷蔵庫にある材料から、その日に食べるべき食事と消費カロリーが携帯で見える。
一方、デジタル化により、生活は一変したが、残念ながら多くの場合、それは業務上における変革、生産性向上には結びついていないようだ。つまり、デジタル化は消費者、社員の業務時間外における人生には影響を及ぼしているが、職場、仕事のやり方は多くの場合、旧態依然のままである。特に中国における日系企業にはそのような風潮が強い。
図表2:技術革新に追いつかない業務の生産性
例えば、とあるクライアントと話をしていたところ、「社内のコミュニケーションでWeChatを使っている中国人社員が多く、SNSを仕事中に使うとは言語道断なので、禁止をしようと思う」ということであった。もちろん、社員はSNSを仕事以外のコミュニケーションにも活用している可能性が高いし、筆者が米国駐在していた際には、社内からFacebookに繋がらないようにしている会社も多かった。WeChatを通してではなく、同じ会社にいるのであれば対面でコミュニケーションを図り、また現地現物で仕事をして欲しいという気持ちも良くわかる。
だが、規制をするにはWeChatはコミュニケーションのスタンダードになり過ぎており、手遅れである。社内のやりとりのみならず、取引先や顧客との重要なコミュニケーションにもWeChatが必須だ。我々も関係が良好なクライアントとはほぼ必ずWeChatで繋っており、メールや電話を補完するような形で頻繁にやり取りを行う。社外のみならず、社内コミュニケーションの一環でトップメッセージをWeChatから発信する総経理も多く、社員からもよりフラットに会話が出来ることから、マネジメントにはWeChatでの発言回数を増やしてほしいという要望も良く出る。
デジタル時代の人事施策
社内、取引先とのコミュニケーションにWeChatを活用するのみでは、職場のデジタル化が進んだとは言いづらい。中国における日系企業のデジタルへの取組で最近増えているのは、SNS (特にWeChat)を通したブランディングである。例えば、良い人材を採用したいが、中々集まらないというのは在中国の日系企業からよくいただくご相談である。採用に関しては、処遇とともにソーシングをどこから行うかということと、どのように効率的に選定を行うかという二つの要素があるが、採用ブランディングは双方に対して効果的である。
デジタル的な採用において、何を行うかというと、自社のブランドを体言するデジタルコンテンツ(映像)を作成し、自社の公式WeChatアカウントから配信するのである。コンテンツが面白ければ、社員、そしてそれを見た不特定多数から拡散される。中国においては、採用候補となる全対象者がWeChatのアカウントを持っているといっても過言ではないので、他国と比較しても確実に多くの候補者にメッセージが届けられる。
無数の情報が氾濫する中ではあるので、“面白いコンテンツ”を作ることがキーポイントとなる。どのように面白いコンテンツを作るかというと、マーケティングの手法と同じく、届けたい採用候補者の特性を特定(ペルソナの作成)するところから始め、彼らが就職に辺り何を企業に求めているかを分析し、それに沿ったコンテンツを作成するのである。
例えば、中国の一流大学を卒業するミレニアル世代は、
・フランクでフラットなコミュニケーション
・企業の社会的使命についての説明(利益を上げるだけでなく)
・ライフステージに合わせた多様なキャリア構築
を求めているとする。
となると、作成するコンテンツは、総経理や董事会のメンバーが、自社の業績が如何に右肩上がりで素晴らしいかを説明するのではなく、ミレニアル世代が共感できそうな、社員がフラットな目線で、自社の気に入っているところや課題について語る場面を取り入れる。映像には、社会貢献活動に従事しているメンバーや、ちょっと変わった働き方をしているメンバーも登場する。ターゲットとなる採用候補者層に響くデジタルコンテンツを作成、拡散することにより、候補者数が増えるだけでなく、欲しい人材が募集に反応するので、採用効率も高くなる。デジタル化が進んでいる中国だからこその策となる。
また、業務効率化の一環として、同じく注目されているデジタル施策として、Robotic Process Automation (RPA)の導入がある。RPAとは簡単に言うと、間接部門の自動化であり、Robotという名のソフトウェアが、ルーティンや判断を挟まない業務を人間に取って代わることによって効率化やコストダウンを実現することが出来る。デロイト中国のWorkforce Intelligenceサーベイを見ても、人件費が高まる中、間接部門の要員管理に苦労をしている日系企業が多いことが分かる。
RPAのソフトウェアを導入するだけでは、人件費を減らすことは出来ないが、ロボットとの業務の切り分けで人間がロボットには上手く出来ない業務にフォーカスすることにより、高コスト化、業務量の増大、人材不足等に対応することが可能となる。特に中国においては、
・駐在員がオペレーションを管理・把握できていないため、効率化が実現しにくい
・オペレーション業務が特定の人材に偏る傾向にあり、それなりのリスク管理が必要
・雇用の柔軟性が確保し辛い
・高齢化、人材の高コスト化が更に進む
・デジタル化が進んでいるため、変化を良いこととして受け入れやすい
という状況から、導入企業が増えている。
RPAの効果
RPAの活用は、“ヒト”に高付加価値業務を割り当てる施策として作用する
最後に
デジタル化が日々進化している中国において実感することは、更なる進化はあっても、アナログ時代への退化はあり得ないということである。デジタルは既にスタンダードであり、それによって一遍した生活は既に定着している。一方、デジタルをツールとして業務品質の向上や効率化に活用できている日系企業はまだ多くない。中国におけるデジタル化は日本を凌駕しているので、日本での成功体験を移植できる領域は既に限られている。リバースイノベーションの土壌としても、本社としていかに中国を正しく理解し、デジタル時代にあった施策を導入出来るかが試されている。日本のメディアにおいては、ともすると中国のネガティブな報道が多いが、感情論に左右されては中国で起きているデジタル革新の本質を見失う。中国に来て、WeChatアプリを入れてウーロン茶を買うだけでも、ずいぶん視点が変わるのである。
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