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伝統的日本企業が職能型からジョブ型へ移行することの意味(前編)

Global HR Journey ~ 日本企業のグローバル人事を考える 第二十三回

「日本企業の人事のグローバル化を考える」と題したGlobal HR Journey。今回は昨今話題となっており、またグローバル化を推進する日本企業が避けて通れない検討テーマであるジョブ型の人事制度について論じる。

はじめに

昨今ジョブ型人事制度の導入を検討する日系企業が増加してきた。ジョブ型人事制度への転換は、かつての成果主義への移行とは比較にならない、組織・人材マネジメント全体にわたる甚大な変化をもたらし、社員の意識改革も伴う全社的変革となりうる。しかしながら、日本的な職能型と欧米的なジョブ型の双方を深く理解するだけでなく、職能型の組織をジョブ型へ転換させた経験者が少ないことも相まって、ジョブ型の導入について有用な情報が豊富に存在するわけではない。職能型もジョブ型も歴史ある人事制度であるが、職能型に馴染んだ伝統的な組織をジョブ型へ転換するという行為は、実は前例の少ない新しい取り組みなのである。今回のニュースレターでは、伝統的な日本の組織が職能型からジョブ型へ転換するうえで遭遇する変化やチャレンジについて、組織・人材マネジメント全体の視点や、制度運用上のチャレンジ、意識改革といった幅広いテーマについて概観する。

 

職能型とジョブ型の違い

ジョブ型の人事制度においては「仕事」が根本となる。組織に必要な仕事とポジションを設定し、そのポジションに人を割り当て、その職責に応じて処遇するのがジョブ型である。ポジションごとの職責は職務記述書(ジョブディスクリプション)という形で定義される。この職務記述書の内容をベースとしてポジションごとの仕事の大きさを評価し(いわゆる「職務評価」または「ジョブエバリュエーション」)、この結果に応じて、各ポジションに就く人材の具体的な処遇(等級や基本給等)が決まる。また、各ポジションへの登用にあたっては、職務記述書で示されている仕事をこなせることが基本原則となる。こなせないとみなされた場合はポジションを降りる・降ろす(ポストオフする)ことが求められる。

一方、職能型の人事制度においては、現在就いているポジションではなく、過去の実績の中で体現されたであろう各人が保有する能力に応じて処遇(等級や基本給等)が決まる。従って、ジョブ型のような、組織に必要なポジションや仕事の明確化は、人材を処遇するという点においては必ずしも必須の要件ではない。結果として職能型人事制度のもとで職務記述書が作成されることはきわめて稀である。

以上がジョブ型と職能型の根本的な違いであるが、これら制度上の仕組みの違いは、どのような組織・人材マネジメント上の違いをもたらすのであろうか。以下、主なものを具体的に挙げてみよう(図1参照)。

【図1】

※クリックかタップで拡大画像をご覧いただけます

仕事のアサインメント:既述のとおり、ジョブ型人事制度のもとでは職務記述書で明示されている仕事をこなせることが登用の条件となる。これは、人材の登用プロセスが職能型の場合より厳格になりうることを意味するとともに、各人の担う職務の範囲が明確であることも意味する。このようなことから人に仕事を付与するという行為が少し堅苦しく柔軟性に欠けるといえる。

一方、職能型では職務記述書のような各ポジションの仕事が明示されたような仕組みが存在することは稀で、必ずしも職務範囲が明確ではない場合が多い。このこと自体は、事業や人材の状況に応じた柔軟な仕事のアサインメントを可能としたり、担当が不明確な仕事上の「ポテンヒット」が拾われやすかったりと、使い勝手の良いメカニズムではある。が、ややもすれば「優秀な人に仕事が集まる」ことや、ワークロードが高まりすぎてしまうような問題ある働き方になりやすい原因を孕んでいるともいえる。

 

採用:ジョブ型においては、基本的に組織に存在すべきポジションが全て定義されている。従って、採用はポジションに空きが発生した場合のJust in Timeが基本となる。良くも悪くも人材の在庫を抱えることがないのがジョブ型の原則である。また、職務記述書に示された仕事をこなせることが登用の条件となることから、経験者の採用が合理的となる場合が多い。

一方、職能型では、ポテンシャル重視の新卒採用が成立する。ちなみに、上記の「仕事のアサインメント」で述べた柔軟な仕事のアサインメントを軸とした使い勝手の良いメカニズムを維持しようとすると、いきおい職能型の日本企業(特に未経験者を育成する体力のある大企業)がポテンシャル重視の新卒採用(=潜在的資質が高く色のついていない柔軟な若者の採用)に傾斜しがちだったのは合理的といえなくもない。

 

異動:ジョブ型においては、典型的な日本の大企業にありがちな、その時々の会社の意向に沿って様々な部署をローテーションするという発想は基本的には相容れない。それは、繰り返し述べるように、職務記述書に示された仕事をこなせることが登用の条件となるからであり、結果として人事異動が発生しても同職種内となりがちである。これは人材の専門化が進みプロフェッショナルが輩出されやすく、社員のプロフェッショナリズムが喚起されやすい土壌といえる。このようなプロフェッショナリズムが喚起された環境では、どちらかといえば会社の意向というより社員本人の意向を尊重する異動・配置の方が親和性が高い。社内公募や空きポストの積極的な開示と自律的なキャリア形成はジョブ型においては大事な行為となる。

 

育成:「異動」で述べたことから、ジョブ型においては人材育成も会社主導による階層別研修のような画一的な人材育成プログラムだけでなく、社員本人主導の自律的・継続的な学習を軸とし、会社はその支援や学習環境の整備をすることが大事になってくる。

 

処遇:ジョブ型における処遇の原則は職務との一致である。一方、職能型においては、一度獲得した職務遂行能力が人事評価等のプロセスで低下が認められることは実態上は稀であることから、どうしても年功的な運用になりがちである。少なくとも、現時点で担っている仕事に見合わない厚遇を享受する人材が発生しやすく、その結果組織の人件費が高止まりしやすいのが職能型である。

ジョブ型においても後段で述べるような厳正さを欠いてしまう運用に陥ると、年功的な処遇になってしまうリスクはあるが、職務と処遇の一致の原則の下、人件費が高止まりする事態は相対的に発生しづらいといえる。

処遇上での2つめのポイントとして、ジョブ型では横並びで組織の階段を上がる現象はなく、どちらかといえば限られたポジションを争奪する椅子取りゲームの様相を呈する。これは組織におけるポジションが定義されていることが基本原則であるからである。職能型でもポジションの椅子取りゲームはありえるが、担当課長・担当部長といった争奪戦の緩衝材のようなメカニズムが存在しがちであるとともに、職能で処遇されることから、ポジションで報われなくても、報酬では報われることが多い。

処遇上での3つめのポイントは、外部労働市場とのつながりである。少しテクニカルな話になるが、ジョブ型は外部コンサルタント会社の職務評価(ジョブエバリュエーション)の方法論と、これに連動する報酬ベンチマークデータが確立されている。これは職務評価を通じてある大きさとみなされた仕事について、労働市場における報酬水準が明らかになっていることを意味する。これはつまり、報酬の外部競争力を意識した報酬水準の設計がしやすい、ということになる。職能型ではそのような仕組みは存在しない。伝統的な大企業の人材を中心に、元々人材の流動性が必ずしも高くないかつての日本労働市場においては、外部を意識する必要性はそれほど高くなく、また、長期雇用の環境の中では、外部競争力よりは内部における公平性の担保を重視する仕組が求められてきたといえる。
 

人材のリテンション:「異動」で述べたプロフェッショナルが輩出されやすい状況の出現は、労働市場における自社社員のエンプロイヤビリティ(雇用される能力)が高まることを意味する。また、社員のプロフェッショナリズムが喚起されやすい土壌においては、自らの力を恃み、労働市場全体を土俵として自らのキャリアを発展させるチャンスを積極的に探索するという行為がこれまで以上に日常の状態になる(また、このような行為を後押しする人材の流動化が日本の労働市場でも促進されつつあるといえる)。職能型の伝統的な組織においては、給料の割にパフォーマンスが見合わないままくすぶり続ける「不活性人材」をどのように活性化するか、または組織外に退出させるかが課題であることがまま見られた。ジョブ型の組織においては、エンプロヤビリティの高い優秀な人材のリテンションが大きな問題になりやすい状況となる。

 

ジョブ型人事制度のメリットとチャレンジ

ジョブ型人事制度の特徴をおさらいしたところで、この制度を導入することのメリットを概観したい。図2に示されるように、ジョブ型人事制度は、昨今の事業環境の変化にマッチする側面が多々あるように見える。また、事業環境というよりは、人口動態的な視点であるが、バブル世代という報酬が高止まりした人材が多数存在する人口グループの定年が近づきつつある中、いまこそ職務に見合った処遇とするメカニズムの導入により、人件費コントロールのしやすい組織に生まれ変わる機会が到来しつつあると考える会社も多いと推察される。

前項で論じた職能型・ジョブ型の特徴を念頭に置きつつ、ここで図示されるような事業環境の変化とメリットを眺めると、従来の職能型は仕組みとして様々な面において無理が生じていて、ジョブ型こそがその解決策であるかのように見えなくもない。が、本当にそうであろうか?筆者自身、多くの組織にとっては課題解決の特効薬になりうるが、劇薬にもなりうるのがジョブ型であると考える。ジョブ型人事制度の導入の過程においては大変インパクトの大きいチャレンジがいくつも伴うのだ。

<主なチャレンジ>

  • ジョブ型人事制度へ移行する際におけるチャレンジ ~ 余った管理職人材への対策
  • ジョブ型人事制度の運用におけるチャレンジ 
  • ジョブ型人事制度における組織・人材マネジメントにおけるチャレンジ

以下にて、これらを順々に論じていく。読者はこのようなチャレンジも念頭において、メリットとデメリットを比較すべきであるし、導入の際は万全の対策を講じるべきである。

【図2】

ジョブ型人事制度におけるチャレンジ ~ 制度移行編

このチャレンジは、会社によってどの程度当てはまるかは異なる。だが、職能型を採用する日本企業に程度の差こそあれ概ね当てはまるチャレンジといえる。

一般的に、伝統的な日本企業が職能型からジョブ型へ移行すると、管理職人材が「余ってしまう」ことが多い。というのも、伝統的な職能型の日本企業では、個人の能力の保有・発揮を軸とした処遇に加え、横並び的な取り扱いの風潮が相まって、担当課長や担当部長等、組織機能上の必要性とは必ずしも相容れない非ラインの管理職が一定数存在することが多い。そのような管理職は、ジョブ型人事制度においては「余った人材」とみなされてしまうケースがままある(図3参照)。このような人材をどのように取り扱うかが、ジョブ型人事制度へ移行するにあたって問題になることがある。

この問題の解決策として、「余った人材」を人事制度上における専用の等級区分(管理職の最下位の等級等)にカテゴライズすることが典型的である。そのうえで、このカテゴリーの具体的な処遇の検討にあたっては、この集団の中身を詳らかにすることが大切である。「余った人材」の中には、本来はラインマネジャーに登用できる力量がありながら、ポジション数の制限等の諸事情により登用できなかった人材(ラインマネジャーへの再登板の候補となりえるような人材)も存在すれば、管理職レベルのパフォーマンスを発揮する力量や意識に欠ける人材(むしろ非管理職への降格が相応しい人材)も存在するかもしれない。まずはこの内訳を明らかにすべきである。前者が相応の割合存在する際は、それは会社としてエンゲージすべき人材としてみなし、制度の移行にあたって少なくとも足元では流出しないよう、一定のモチベーション維持をはかるための制度や仕組みを整備する必要性がありえる。例えば、相応の肩書を付与したり、ラインマネジャーへの返り咲き的な抜擢・登用を意図的に作り出し、この集団が“吹き溜まり”でないことを印象付けるといった、体面的な観点からの対策がある。また、一定以上の優秀な業績を上げた人材には賞与によりラインマネジャーと同じかそれ以上の報酬機会を与えるといった、報酬面での対策もありえる。一方、非管理職への降格が相応しい人材に対しては、会社としてエンゲージする必要性が低く、むしろ降格や代謝のメッセージを伝えていく必要がある。加えて、不満などから周囲へのネガティブなハレーションが生じないような対策を講じる必要がある。このように「余った人材」の集団の中身を詳らかにし、バランスの取れた対策を講じることが制度移行面におけるチャレンジである。

後編として、6月号ではジョブ型人事制度の運用におけるチャレンジ、組織・人材マネジメントにおけるチャレンジや、意識・行動改革の必要性について論じる。

【図3】

執筆者紹介

嶋田 聰
アソシエイトディレクター

グローバル人材マネジメント、グローバル共通人事制度、国際人事異動制度の設計・導入支援などに加え、クロスボーダーM&A・PMIや、学習・人材開発等、日系企業のグローバル化の人事領域における支援に数多く携わる。海外におけるプロジェクト経験は北米・南米・欧州・アジア・アフリカ含む約20ヵ国。多国籍チームのプロジェクト・マネジメント経験も豊富。

※所属・役職は執筆時点の情報です。

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