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パラダイムシフト時代を生き抜くためのデザイン思考【前編】

~起点はユーザーから人間性へ~ (Initiative vol.100 発行記念対談)

近年、経営者もしくは経営企画部門に「組織全体の文化を変え、経営戦略として変革を起こすための武器」として“デザイン×経営”を活用する動きが出てきている。Initiative vol.100発行記念として、biotope代表取締役社長であり、イノベーションプロデューサーの佐宗邦威氏と、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員キャメル ヤマモトとの対談を、2回に分けてお送りする。(人事・組織コンサルティング ニュースレター Initiative vol.100)

はじめに

初めに、私(キャメル)から、インタビューの背景・趣旨について簡単に述べます。昨年あたりから、デジタル化時代への変化が組織・人材にダイレクトに影響を及ぼしてきたことをひしひしと感じ始め、それまで注視していたグローバル化を少し後ろに引き、デジタル化を前景に移しました。最近の用語を借りれば、自分は「デジタル・イミグラント」であると自覚しています。ただ、人生100年・職業人生60年時代を迎えた現在、過去の人でいる訳にもいきませんので、新しいことを学ぶため、その先生の一人として旧知の佐宗さんに今年の正月に7、8年ぶりに再会を申込み受けてもらいました。というのも、佐宗さんが、デザイン思考を武器に新しい時代をリードし始めていることを風の便りに聞いていたからです(デザイン思考は、デジタル化時代を生き抜くために必須のスキルとなりつつあります)。

そのとき佐宗さんから聞いた話は文字通り素晴らしい教材で、私一人で独占するのはもったいなく、100号記念企画が持ち上がった時、私は反射的に佐宗さんにインタビューをお願いしました。100号記念は、過去を振り返るのではなく、未来を展望すべきと判断し、時代にふさわしいタレントとそのアイデアを紹介することだと考えました。

結果として、これから紹介する素晴らしい話を伺えました。

ただ、あらかじめお断りしておくと、本インタビューで相当背伸びをしたため、「人事・組織面でビジネス・実務に役立つ情報を提供する」というニュースレターの趣旨が少々看過され、難解なものになりました。もっとも、こういう大変化時代の勉強には、個別の新しい事象やケースを追いかけるだけでなく、それらが組み合わさって一体何を意味するのか、という形で消化・抽象化する作業も必要でしょう。だとすれば、話が少々難しくなることは避けられません。

佐宗さんは、お茶の老舗企業のリブランディングから宇宙関連企業の組織開発まで幅広くデザインコンサルティングに携わっておられます。最近では、新規事業部門や企画部門、デザイン部門からの製品・サービスに関するプロジェクトに加え、経営者もしくは経営企画部門によるビジョンデザインやイノベーション戦略デザイン、組織デザインといった、“デザイン×経営”とも呼べる新しいタイプの依頼が急増しているそうです。

こうした依頼は、「デジタル・エコノミー」に対応するため、大企業が組織のカタチや働き方を根本的に作り直そうとしている動きを反映していると佐宗さんは解釈しています。言い換えると、デザインを「組織全体の文化を変え、経営戦略として変革を起こすための武器」として活用するという動きです。デザイン思考が「プロセス」を生む手段から、「戦略」を実現する組織戦略のOS(基本ソフト)へと進化したと言えるでしょう。

実は、デロイトが毎年おこなっているグローバル・ヒューマン・キャピタル・サーベイの中でも、ここ2年、最も重要と位置づけているのが、デジタル・エコノミーを踏まえた「組織デザイン」です。私たちの対談も、この共通の問題意識の下で行われました。
 
新しいデジタル時代は、すでに私たちの日々の仕事に直接的に影響し始めています。読者におかれましては、ご自身の実務体験や実務思考の中から、多少抽象度の高いこのインタビューに引っかかるところを見つけ、独自の読み方をしていただけるものと信じています。

 

 

リモートワークでは創造的作業の効率が悪い?

キャメル デザイン思考というと真っ先に連想するのはイノベーションです。そこで、ウォーミングアップ的に、イノベーションと、最近私たちが取り組んでいる働き方改革をクロスさせて質問します。端的に、イノベーション(チームや個人単位でのクリエイティビティ)と、リモートワークの相性についてどのようにお考えですか。働き方改革の文脈からしても、リモートワークの時間は増える傾向にあると思います。ただ、チーム内で膝を突き合せて真剣勝負をすることで生まれる、クリエイティブな発想がリモートでは出しにくい傾向があります。

佐宗 おっしゃる通り、創造性とリモートワークの相性は良くはないと思います。リモートワークでは五感や身体などの創造性を高めていく上で大事なインプット、アウトプットのチャネルが使えないため、創造性の生産性が悪いのだと思いますが、そこはバランスだと思います。

身体を物理的に動かすことで生産性が上がります。また「同僚と一緒にいると良いアウトプットが出るので一緒にいたい」というカルチャーを作れる会社が勝つと思います。ただ、リモートワークが前提だとしたら、直接会っている時間の濃縮度をいかに上げるかということです。アメリカのとあるコンサルティングファームは、2か月に1回くらい、2・3日集まって戦略合宿を行い、また世界各地に散ってリモートワークで分業する、濃縮と分散のサイクルを連続してやるスタイルになっているのですが、これは合理的ですね。戦略とエクゼキューション(実行)をオンサイトとリモートで繰り返していくというワークスタイルが現実的かなと思います。

キャメル 在宅勤務OKなんだけど、会社に来た方が楽しいし、心地がいいから全員来る、という状態が理想ですね。会社としては人間関係もオフィスも、そういった心地よい環境を作る必要がありますね。

佐宗 オフィスデザインとか、オフィス内アクティビティとかすごく大事だと思っていて、来たいということ自体がモチベーションになって生産性が上がっていく構造になっているので、オフィスデザインに手を入れることは極めて合理的なことかもしれないですね。

 

写真:佐宗 邦威氏

佐宗 邦威氏

写真:キャメル ヤマモト

キャメル ヤマモト

プロダクトアウトを育てる企業風土が重要

キャメル イノベーションとは、創造的なバリューを生み出すことであるとしたとき、バリューの出し方には、マーケットインとプロダクトアウトという考え方がありますね。どんなものでも需要がなければ意味がないので、市場やクライアント、組織デザインで言えば従業員のニーズを把握しておくこと(マーケットイン)は前提としてあるのかもしれませんが、自分が心から良いと思えるサービスや仕組み(プロダクトアウト)がマーケットニーズとマッチすることが一番ハッピーですよね。

佐宗 前提として、価値創造のフィードバックサイクルが、自社のシステムの中で作れているかどうかが重要なんだと思います。例えば、糸井重里さんの会社(株式会社ほぼ日)では、うまくいく企画というのは社内でおしゃべりした時に、社内の人が聞いた時に「あー、それはいい」と言われるかどうかが大事だという話を聞いたことがあります。周囲が拾ってくれるアイデアは生き残るという文化の中では、アイデアを生みまくり、出しまくるという行動が醸成されます。僕も、チームの中で結構な球数を投げまくった結果、これが響いたという感じでやっていくよう気を付けています。

リモートワークとクリエイティビティの関係性
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キャメル デロイトのグローバル・ヒューマン・キャピタル・サーベイ2017では、人事の10の基本テーマそれぞれについて古いルールと新しいルールを対比しています。これらはつまり、新旧の「組織文化」の対比になっています。また、エンプロイー・エクスペリエンス(従業員が企業で働く際のあらゆる経験の品質)に焦点をあてて、それを充実させるにはどうすればよいかを考察しています。おそらく、エンプロイー・エクスペリエンスに最も影響を与えるのが「組織文化」です。エンプロイー・エクスペリエンスの集約指標ともいえるエンゲージメントは、「従業員が組織文化をどう受け止めているか」と言うことができます。つまり文化はエンゲージメントにとって決定的に重要で、その文化を決めるルールを、今、古いものから新しいものに変える必要があるというのが私たちの認識です。

新しいルールでは、例えば「お互いの性格や強味を活かして、率直に言い合うこと」、「反対意見も含めて多様な意見を、オープン・マインドで受容して、新しいものを創り出すこと」等が重要とされています。言うことは簡単ですが、実行すること、それも、集団として実行することはなかなか困難です。それだけに、文化という次元で新しいルールで皆が動ける企業は、決定的な競争優位性を持つことになるはずです。

佐宗さんのお話は、この新しい文化のエッセンスを、非常に端的かつシンプルな形で、見事に表していると私は受け止めています。まずはプロダクトアウトし、周りの反応でそのプロダクトをぐんぐん上げていく。自分で1個のプロダクトをずっと温めて持っていても意味が無いということを皆がわかっていて、実際に、プロダクトアウトして、皆の反応を引き出し、反応をふまえて次の行動を決めるというお作法が自然にできているわけですね。

佐宗 まさにその通りですね。プロダクトアウトは、独りよがりになってしまう弱点がありますので、試行のスピードを劇的に早める、気軽に出して失敗できる文化づくりが重要ですね。そのために、プロトタイピングが役に立つのは、早く形にするのでアイデアに自分という人格性がなくなることです。クリエーターがアイデアをメモしまくっているのは、自分とアイデアの人格性を切り離しているわけです。愛着が湧くと壊せなくなってしまうから、「早く別の子と思え」というのは本質的な話だと思っています。

とはいえ、時代の市場環境によってプロダクトアウトとマーケットインの重要度は変わると思います。5~6年前のWebサービスのようなものが儲かっていた時代は成功事例を横展開していくマーケットイン先行でよかった。他方、これからAIのようなインフラにより産業のパラダイムが変わる変革期には、時間がかかるインフラとプラットフォームものを構成するプロダクトアウト型の会社が勝つフェーズに入ってきていると思います。逆に、新たなプラットフォームが出来上がった後、数年後にそのプラットフォームの中でのサービスで差別化する時代には、再びマーケットインの方が勝ちやすくなると思います。いずれにしても、アジャイルよりは、ウォーターフォールっぽいアジャイルになっていくと思いますので、自社のプラットフォームやサービスで世界観や信頼性を提供できる骨太な会社の方が持続可能になっていくんじゃないかなというのはあります。

キャメル サステナビリティの話はきっとあって、自分の動機みたいなところ。人から聞いてやりたいと言っている場合は、すぐにリターンがないと保たないですよね。一方、自分だけがやりたくて、しかもかなり偏っていていると真似もされないし。

佐宗 インターネットの時代の最大のチャレンジは、長く続けることなんですよね。ユーザーも、社員も、いろんなものに注意を奪われて、すぐに飽きてしまいますから。5年、ちゃんと死ぬ気でやり続けられたら結構な成功をするのではないかと思います。「やり抜く力」、GRITという言葉も提唱されていますが、昔で言ったら当たり前の続ける力みたいなのを奪うものがあまりにも多すぎるので、逆にそこを深堀りできる行動様式とかカルチャーを持っている会社が強くなるということですね。

キャメル 昔は当たり前だったことで、今もそれは続けたほうがよいことなのに、続けるのが難しくなっていることの例の一つが、GRITですね。人事部として、(新しい取り組みにドライブをかけるという役割と並んで)、昔からの当然にやるべきことを継続させるには、どのようなことに留意したらよいでしょうか。そのヒントとして、佐宗さん個人ではどのようなことに気をつけておられますか。

佐宗 私個人でいうと、一部の人に限られていたクリエイティビティを誰にでも使えるものにして民主化し、解放するのを支援するというミッションは20~30年はきっと変わらないだろうなという確信があります。その支援のやり方は、事業でもトレーニングでもこだわりはなく、20年続けていればきっと面白いことになるだろうなというくらいの感覚で日々制約を設けずにやっているのである意味幸せです。

キャメル なるほど。GRITも歯を食いしばって頑張るみたいな古いルールではなくて、ミッション力の民主化のような新しいルールで書き換えるべきかもしれませんね。
 

クリエーションがニーズを引き出すカギ

キャメル クリエイティビティの話をもう少し続けます。最近はシステムエンジニアを集めた技術で勝負する企業でも、ユーザーエクスペリエンスの視点でデザイン思考をしていかなければいけないという相談をよく受けます。クリエイティビティの方向性が、技術からデザインに移ってきたのかなと受け止めていますがいかがでしょうか。

佐宗 そういう方向性の変化がわかりやすいのは、特にB2Bの産業ですね。昔の営業は、ニーズを引き出して埋める世界でしたが、今はクリエーションをして、モノをみせながら、相手のしたいことを、潜在意識レベルでしたいことまで引き出すところから始まります。そんな方向にマーケットがシフトし始めていると感じます。

 

上流デザインからKPI、実装イメージまでを提案することが必要

キャメル その場合のクリエーションとはデザインからプロトタイプを作るくらいまでのところを指しているのでしょうか?

佐宗 プロダクトやサービスのプロトタイプもあれば、それを社内にインプリメンテーションするプロセスをデザインしたり、その落とし込みとしてマニュアル作りまでやることもあります。

キャメル 具体的にはどのようなものをインプリメンテーションしますか?

佐宗  私が前職で立ち上げに関わったソニーの社長直轄の新規事業創出プログラムSeed Acceleration Program (SAP)は一例ですが、新規事業を創出する仕組みなどは、制度でもあるし、一種の新しいものを創造していく社内起業家に向けたユーザー体験でもあるんですね。別々の施策を一貫して体験していく連続体験をデザインします。

キャメル なるほど。コンサルティングの世界だと「制度を作ってどう実行するか」という際の「実行」をインプリと捉えていますが、デザイン思考においては、改善する前提のプロトタイプのような、初めの一歩のところから全部クリエイトするところが入っているんですね。

佐宗 答えがあってインプリメンテーションするという発想はそもそもなくて、個別推論的にある程度モデルを作って、最小限でモデル化して、小さいスケールでインプリメンテーションしてみて、そこで分かった学びから、それをラージスケールの構想に変えていくみたいなスタートアップのようなアプローチをやることが多いですね。

キャメル そういう新しいやり方に、「じゃあすぐそのやり方でやろう」とのってくるクライアントが、結構でてきているのですか。

佐宗 キャメルさんもよくご存知だと思うんですが、どの組織にも2~3人はいる変革者、辺境にいて好きなことをやっている人がいます。ここ1,2年だと、オープンイノベーションとかのキーワードが響く、外にネットワークを作って出てくる人です。新しい空気を育てていく時に、会社の中で新しいものを生み出すカルチャーも仕組みも無いので、今実験的にやっているものをどう発展して仕組みに変えていけるかという構想も一緒に練っていきます。

キャメル うまくいくか分からないけど、インパクトはある、みたいな。

佐宗 はい、そうなるとKPIが大事になってきます。だいたい新しいものが潰される時というのはKPIが間違っていることがほとんどです。失敗の数、ユーザー数など蓄積していく先行指標が必要なのに、売上や利益率などの結果指標をみてしまうことで、閾値に達する前に失敗と判断されてしまうことが多いです。

KPIが将来こうなっていくという絵を指数関数的に描いて、プロトタイプでこうやりましょうと提案して持っていくことが重要です。

キャメル 最近、働き方改革PJでもKPI設定について支援を行う機会が増えてきました。時間外労働時間や、従業員満足度のみをKPIとしていた諸企業が、途中のプロセス指標や、時間外削減ではない本来の目的をより具体的に定めて追及していかないと、方向性を見誤ると判断し、いい方向に一歩踏み出したと受け止めています。佐宗さんが挙げられたクリエーションを強めるようなKPIについての工夫にまで駒を進めていけば、KPIは「新しいルール」の実践にとって欠かかせない武器となるでしょうね。

 

“Why”に対するデザイン思考は「人間性中心」にシフト

キャメル 少しギアチェンジして、デザイン思考そのものに迫ってみたいと思います。今、私が一番関心があるのは、Whyに対するデザイン思考の可能性です。ここでいうWhyとは、すごく広い意味で、世界情勢とか、デジタル化とか、第四次産業革命とか、少子高齢化とか、潜在的なニーズやギャップです。そこに相対するケイパビリティがWhatで、これを今までだとコンピテンシーなどと決めつけてしまっているのですが、Whyはどんどん変わるし、繋がりが膨大なので、そこをどうやってケイパビリティがキャプチャーしていくか、そういう「WhyからWhatへの変換・翻訳」がすごく大事だと思っています。「組織」はいわばWhatケイパビリティの集合体ですから、そういう「組織」向けに、デザイン思考が使えたら面白いと考えますがどうでしょう。いいかえると、デザイン思考をそういう方向でストレッチする可能性はいかがでしょうか。

佐宗 前提として、デザイン思考の背景となる歴史について、特にその源流について簡単にお話しましょう。その原点は、1930年代のドイツのバウハウスで、そこでは産業革命によって大量生産したモノでは決して人々の美的感覚やうれしいという感情には寄与できないという、人間中心の考えが拡大していきました。以降、人間にとって心地のいいものとは何だろうと「ユーザー中心」という概念にシフトしていて、それがさらに最近一皮むけて元来の「人間中心」に戻りつつ広がっています。

普通のデザイン思考はユーザー体験とか、お客さんのために作るという域を出ていないのですが、僕がbiotopeで行なっているのは、個人やプロジェクトのミッションを、人類、個人の人間性の視座に問いの設定をした上で、プロジェクトをスタートをする、いわば「人間性中心デザイン」です。特に今の時代は、AIの進展などでテクノロジー・デザインの領域が増えてきています。元来テクノロジーは毒にも薬にもなるので、それをどう使うかのコントロールとしてエシックス(倫理)・哲学が重要になります。「AI×デザイン思考」が象徴する今の時代に、人間として必要なものは哲学です。テクノロジーは何のためにあるのか?誰のためにどういう役割を果たしたらそれが全員の気持ち良さとか幸せとかという感性価値になっていくのか?こういう部分が必要なのですが欠けています。

特に、ポストAI時代は、人間自体の付加価値が再構築される時代です。色々な人の多様な価値観は価値相対主義の下で収束しえません。そういう状況で誰かが価値観を表出し、他の人々の共感を得て、結果的にそれが人々の安心感や所属欲求みたいなものに繋がり、満足感を覚える、というプロセスをリードする手段の一つが人間性中心で考えるOSとも言えるデザイン思考だと思っています。拠り所が無くなった時代に、デザインが果たしていくべき役割は大きいと思っています。ばっさりいうと、作り手の感情や価値観や哲学を前面に押し出して、主観的に設計していくという発想です。それは、マーケットイン型というよりプロダクトアウト型です。

キャメル そこは新しい方向へのジャンプですよね。今までのユーザーエクスペリエンス起点のデザイン思考ではなくて、起点は作る側、活動している人の人間性やクリエイティビティや喜び、生き甲斐や働き甲斐といった、AIとは違う何かに焦点を当てようとしている。

佐宗 人間にとっての良い体験とは何かという問いをベースに考えるというところは共通しています。その方針をもとに、あるユーザーを設定し良い体験を考えるという意味での人間中心のアプローチに対し、人間性の発露という観点で意味があるものをどう作るかという問いかけを作り手自身に対して投げかけていくところからスタートするのがオーソドックスな人間中心を転用しているやり方です。例えば「(インタビューで)引き出し、統合し、プロトタイプし、可視化して、戦略作りをする」という、ミンツバーグ的なアプローチです。

キャメル 佐宗さんの中ではプロダクトアウト型の方が先を行っているということですね。

佐宗 私の興味も、ビジョン・ドリブン・イノベーションという、そもそものWhyである会社のミッション・世界観を実現したいので、やることが変わってくるというところにあります。今は、ユニークなものだとしたらそこにファンが残るし、ユニークでなかったとしたらすぐに廃れてしまうという時代だと思います。Whyをいかに引き出してきて、そのビジョンをアップデートしていくコミュニティをいかに作っていくかというのが、生き残れるかのカギになるのではないかなと思っています。

キャメル 僕の中ではWhy1とWhy2に分けていて、Why1は先ほど言ったような世界情勢や技術状況です。Why2は、そこから生まれるビジョンだと思うのですが、その人にとってWhy1と2を、どうキャプチャーして、どんなことを実現したいというところは、佐宗さんのビジョン・ドリブン・イノベーションとつながりますね。要約すると、テーマ・目的設定がWhy2で、その背景・理由がWhy1です。欧米系のグローバルリーダー達と一緒に仕事をすると、彼らは、Why1,2に時間をかけて議論し、その後、実際の作業を進める中でも、常に、Why1、2に立ち返って、高いレベルでの目的との整合性に留意し続けます。価値観の異なる多様な人材と共創することに慣れている彼らの間では、拠り所としてのWhyの確立・合意が基本的なお作法になっています。

佐宗 なるほど。他方で、Why1とWhy2をどちらから手をつけるべきかの順番は、僕には答えがないですね。自然科学的にいうと、環境があってビジョンが正解なんですが、社会科学的な見方だと逆の見方をします。要は主観が正しくて、主観がぶつかりあってしまう時代で、正義が何もない、共通項が何もない世の中になってるのが今の時代ではないかと思っています。

キャメル 正義のところの議論は難しいですね。ビジョンが主観ドリブンだとすれば、諸ビジョンの間で比較して正義、非正義と分類するのは受け入れられなくなりますから。

佐宗 倫理や哲学をベースにユーザー体験を突き詰めて世界観をデザインしていったとき、いい世界観であればそれはプラットフォームとして進化・繁栄します。つまり、進化論的な選択に委ねることになります。ただ、これを突き詰めすぎると、宗教戦争に話が及んでしまうので解はないなと思っています。他方、たとえばApple信者のように、みんなが求めている拠り所(プラットフォーム)が生まれてそれがビジネスとして繁栄するといった形で、いろんなところで細かく、小さく起こっていくことになるのではと思っています。

 

美学が求められる時代

キャメル ダイバーシティ&インクルージョン時代の正義を考えるには、それなりの知的武装が必要かなと思い始めています。少し話が難しくなりますが、哲学の世界を覗くことも有益かもしれません。誤解を恐れずに言えば、正義(「善」)の替わりに、「美」に焦点をあてる動きが出てきていると私は受け止めています。たとえば、哲学の世界では「有限性のあとで」とか、「モノたちの宇宙」など、数年前からカントによる抑制的な理性の位置づけ(有限性)から解き放たれて、主観的価値観の対立を「美」で解いてしまう動きがでています。ホワイトヘッドの復活です。

佐宗 美学ですか。面白いですね。

キャメル 美学の中でも、どちらかというとハーモニーとか、何を美と感じるかみたいなところに拠り所を求めていますね。

佐宗 なるほど。世界観で勝負しているからハーモニーがすごく大事ということですよね。その場所にいて、快か不快かということでしか幸せが測れなくなっていますよね。Gross Happiness Indexなどの主観の指標かも真面目に検討されていますよね。

キャメル 広い意味での性善説なんですけど、善悪というよりも美的にgoodかbadかという美的価値観ですね。

佐宗 私は、美の感覚について、これからのトップリーダーの人材要件としても注目していますが、次回お話しますね。

キャメル 次回は、デザイン思考が誰にでもできるのか、というテーマで対談を再開し、トップリーダーの話まで展開したいと思います。 

価値感と生産活動の変化
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対談者プロフィール

佐宗 邦威氏

株式会社biotope 代表取締役社長

さそう・くにたけ◎ イノベーションファーム biotope 代表取締役社長。イノベーションプロデューサー。イリノイ工科大学Institute of design修士課程修了。

P&Gマーケティング部入社。ヒット商品ファブリーズ、柔軟剤のレノアを担当後、P&Gとジレットの企業合併のさなか男性用髭剃りブランドジレットのブランドマネージャーを務め、世界初5枚刃のFusionの発売を手がける。2008年10月ソニーに入社。クリエイティブセンターにて商品開発プロセス変革プロジェクトやグローバルカスタマーインサイト部門の立ち上げ、グローバルエスノグラフィープロジェクトの全社導入を行う。

2012年8月よりイリノイ工科大学Institute of design, master of design methodsコースに入学し2013年卒業。グローバルトレンドリサーチや、人間中心デザインの方法論を活用した新規事業のインキュベーションを担当している。

米デザインスクールの留学記ブログ「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者。

◇主な著書
『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング) 2015

 

キャメル ヤマモト

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員

きゃめる・やまもと◎ デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員。東京大学法学部卒、青山大学大学院国際政経学科修士、オックスフォード大学セントアントニーカレッジ・シニアアソシエイトメンバー。

外務省(アラビスト)、外資系コンサルティング2社を経て2007年より現職。
現在は主に日本企業のグローバル化を組織・人材面で支援。
2010年からビジネスブレークスルー大学でリーダーシップ論を教えている。
2013年から(海外経験が少ない人のための)グローバル人材育成のためのFuture Global Habits(FGH)プログラム開発、提供中。

◇主な著書
『グローバルリーダー開発シナリオ』(日本経済新聞社) 2009
『世界標準の仕事術』(日本実業出版社) 2010
『世界水準の思考法』(日本実業出版社) 2011

 

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