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第2回 デジタルリーダーの条件とは何か

未来を成功に導くビジネスリーダーの条件 ~これからの経営者を組織的に育てる方法

本連載の第1回では、「組織は新しいリーダーシップ能力の発揮を望みながらも、従来型の育成施策を推進しているのではないか」と述べた。また、それを伝統的なリーダーシップ能力と並行して、追加的に発揮することが求められているのが現実だ。これらを踏まえ、今回はデジタルを駆使したビジネス・経営の意思決定で成功を収めるリーダーを輩出するための取り組みについて紹介したい。

1.求められるデジタルリーダー

デジタル化は昨今の経営・事業アジェンダには避けられないテーマだ。

日本情報システム・ユーザー協会では、「事業のデジタル化」を「ITの進化により、様々なヒト・モノ・コトの情報がつながることで、競争優位性の高い新たなサービスやビジネスモデルを実現すること、プロセスの高度化を実現すること」と定義し、東証1部上場クラスの企業における取り組み状況について調査を行っている。その2018年調査結果によると、「商品・サービスのデジタル化(ビジネス自体の変革や商品・サービスの創造)」や「プロセスのデジタル化(業務プロセスの変革・自動化、状態の見える化、データ活用)」の両方を「実施中」と回答した割合は20%で、前年調査に比べて9ポイント増加している[*1]。

また、日本能率協会が2019年に行った調査でも、人材不足が深刻化し、今後の経営に「影響がある」と回答した企業が9割を占める中でも、IT/ソフトウェア投資については増やすと回答が75.1%、人材投資についても増やすとする比率が74.6%に上っている。これらの結果からも、デジタル技術の進化に対応し、並行して活躍できる人材を確保していく取り組みが企業内で優先度高く扱われている傾向が見える[*2]。

本連載の第1回では、「組織は新しいリーダーシップ能力の発揮を望みながらも、従来型の育成施策を推進しているのではないか」と述べた。また、それを伝統的なリーダーシップ能力と並行して、追加的に発揮することが求められているのが現実だ。

これらを踏まえ、今回はデジタルを駆使したビジネス・経営の意思決定で成功を収めるリーダーを輩出するための取り組みについて紹介したい。

2.一般的なリーダーシップとの違い

「デジタル化に適したリーダーシップ能力とは何か」という問い掛けが、さまざまな企業からしばしば寄せられる。まず、デジタルリーダーに最も必要と考えられるのは、「従業員」から「社内起業家」へのマインドセットのシフトだ。そして、デジタル技術を駆使した新しいソリューションやビジネスプロセスを構想し、実現するリーダーに求められる力を分析した結果から、新しい技術を使って「何をするか」という目的によって、発揮されるべき能力とそれを左右するポテンシャル(潜在能力)が異なることが浮き彫りになってきた。リーダーとして、目的達成に導く新しい認知・行動・協調を具現化するために、より目的にマッチした能力発揮と、それを後押しするポテンシャルとの組み合わせを得ることが必要となるわけである[図表1]。

[図表1]「デジタル」化による変革を成功に導くリーダーに求められる認知・行動・協調の行動例
※クリックかタップで拡大版をご覧いただけます。

 

もとより、発揮されるべき能力自体は普遍的なものであり、伝統的なリーダーシップ能力が、デジタルの場面でもそうでない場面でも必要であることに変わりはない。一方で、それぞれの認知・行動・協調を言動に起こしやすい人材と、なかなかそれが言動として実現できない人材に分かれるのも事実である。その理由は、それぞれの言動を起こす際に、ポテンシャルが影響力を持つからだ。

ポテンシャルとは、伸びしろという意味ではなく、一人ひとりが持つ潜在能力であり、それぞれが生まれ育って培ってきた個性・価値観から醸成される。そして、連載第1回でも説明したように、各人のポテンシャルに働き掛ける能力開発機会を提供することが、今の時代に求められる能力を効率良く伸ばすカギとなる。そこで、第1回の解説でも紹介した、能力発揮とポテンシャルとの相関を確認しながら具体例を見てみよう[図表2]。

 

[図表2]求められるリーダーシップ能力発揮の在り方と、その実現を後押しするポテンシャルとの相関
※クリックかタップで拡大版をご覧いただけます。※連載第1回[図表5]より再掲

 

例えば、新商品のデジタル化を検討する、デジタルを取り入れた事業の効率化を計画するなど、構想策定が目的となる場面では、新しいアイデアをより早いスピードで情報収集し、すべての情報がそろわない中でも意思決定をする力が求められる。この場合は、「ビジネスをけん引する力(判断力・ビジネスにおける優位性)」能力の発揮が成功につながる。その基礎となるポテンシャルが、「変革への前向きさ(革新を好む)」と「明確な判断(直観的に決断する)」である。これらのポテンシャルを持つ人の方が、能力をストレス無く発揮できるのに加え、「概念的思考(抽象的思考を好む)」ポテンシャルが高い傾向にある人ほど、その能力発揮を"加速"させることができる。

一方で、構想を実現することが目的の場合、例えば、新しいテクノロジーやインフラに巨額な投資をしつつも、進捗が遅れ課題が明確になりきっていない状況で、プロジェクトの要員や予算を削減する判断をしなければならないときは、より高い「起業力(組織を巻き込む力、方向性の指示)」が必要だ。この能力を発揮する人は、基礎として「精神的なタフネス(情緒安定的な言動)」や、「視野の広さ(多角的考察を好む)」ポテンシャルを持っている。さらに、「自己信念(自律的に取り組む)」ポテンシャルが高ければ高いほど、失敗を恐れずに飛び込んで、周りを巻き込みながら解決策を探求する力が加速する。従来の事業推進におけるマネジメントを徹底する力がどれだけ強くても、新しい技術を使った商品や事業を創出するには、特定の力がとりわけ高くないと、十分な成果が得られなかったり、スピードが落ちたりすることがあり得るのだ。

また、新しいデジタルの取り組みの特徴として、従来の組織構造を横断した影響や成果を見込んでいることが多いため、複数の事業や機能の関係者と継続的に情報を共有し、課題解決をし、意思決定をしながら進める必要がある。その場面において、「推進力(推進力、人材を育む力)」は欠かせない。さらに、能力発揮を支える「推進意欲(期待を超える)」と「他者への敬意(常に許容する)」ポテンシャルを基礎として持ち、「リスク志向(鈍感さを誇示する)」を備える人材は、反対勢力や納得していない関係者、外部協力者を説得したり、課題解決に向けた施策の案出しに意欲的に取り組み、高いパフォーマンスを発揮する可能性が高い。

以上のように、デジタルを扱うリーダーとして人材を登用・配置する際には、デジタルを扱った何を目的とするミッションであるかの定義に加え、そのフェーズごとに必要となる能力を持つ人材を配置・登用していくことが肝だ。また、一人の人間がすべての能力に長けることには限界がある(特にポテンシャルも含めると)。ゆえに、デジタル化推進チームというような、異なる能力・ポテンシャルを持つ人材を掛け合わせたパフォーマンスで変革を推進することも有益と考えられる。



3.デジタルリーダー育成事例

既存事業やビジネスプロセスの変革を目指して、さまざまな企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)に取り組む中、実際に成功した企業は世界中を見渡してみても限られている。ほとんどのDXは、新しいテクノロジーの導入や業務の効率化を第一に考えているが、推進に当たって重要なのは、それを率いるデジタルリーダーを選抜・育成することである。

具体例として、インドネシア最大の通信会社(X社)の事例を紹介したい。X社は顧客に対し、最先端のデジタルサービスを提供しているものの、社内のリーダー(特に中間管理職以上)のマインドセット(考え方)やリーダーシップスタイルは従来のままであった。

X社の典型的なリーダーの特徴は、大学を卒業後15年以上X社に在籍し、決められた業績指標(KPI)の達成を目標に仕事を設計し、決まったテンプレートを使って日常業務だけをこなし、顧客(エンドユーザー)との接点はほとんどないままオペレーションを運営するというものであった。

そのような状況下でX社の経営陣は、DXを推進するため、リーダーらのマインドセットや行動変革を目的とする当社のプログラムを採用。「Digital X」と名付けた3カ月間のデジタルリーダー育成プログラムを立ち上げ、延べ9カ月をかけて全社の本部長、部長層の90%以上に対し、このプログラムを展開した。

プログラムの内容は、部署・部門を横断したメンバーで複数のプロジェクトチームを立ち上げ、仮想スタートアップ企業としてビジネスミッションを設定し、3カ月間で新しいサービス開発のための仮説検証を複数回実施するというものであった。プログラムは3段階で構成されており、題目には以下のようなアジェンダを含んだ。

1.キックオフ

(1)チーム組成とビジネスミッション設定

(2)デジタルツールトレンド理解の促進

(3)外部の起業家、ベンチャー・スタートアップ企業のリーダー、投資家などとの講義や相談会

2.スプリント

(1)チームで仮説検証を継続的に実施

(2)デロイトのデジタルコーチからの働き方・進め方のアドバイス

(3)プロトタイプを作成し、顧客とユーザーテストを実施

3.成果報告会

役員や投資家に対して成果を発表

 

X社の100人以上の管理職が22のチームを形成し、500人以上の外部顧客との面談を通じて課題設定を行い、結果、22のプロトタイプのサービス・商品を開発した。

成果の一つである、モバイルゲームの新規商品開発に目を付けたチームAの活動を紹介したい。モバイルゲームはX社にとってホワイトスペース(未開拓)の事業セグメントであったが、なかなかマーケットに参入するための施策を打てない課題があった。

チームAは、毎週モバイルゲーマーが集まるジャカルタ市内のカフェを渡り歩き、実際にモバイルゲームを楽しむユーザーと時間を共有しながら彼らの行動を考察した。その結果、モバイルゲームユーザーは、コミュニティへの帰属意識が強いことや集団でゲームを楽しむという仮説からヒントを得て、街中の商業施設でオフラインイベントを企画。イベントのチラシをゲームユーザーのコミュニティへ配布したところ、初回にして数百人のモバイルゲームユーザーが集まり、コミュニティイベントへの需要を検証することができた。

このイベントを機に継続的なゲーマーコミュニティの形成に成功し、6カ月でイベントの登録者5万ユーザーのコミュニティを築いた。この実績により、ゲーム会社Yとの提携が実現し、さらにインドネシア最大のオンラインゲームイベントの主催者として業界でのブランド力が高まり、X社ユーザーの増加にもつながった。さらには、このコミュニティ向けの高額データパッケージを開発し、顧客単価の増加も実現している。それまで、複数回にわたりゲーマーコミュニティ向けにサービスを開発してきたX社であったが、顧客目線で開発した今回のサービスが初の成功鍵となった。

すべてのプロトタイプが新規事業施策として採用されるわけではなかったものの、従来の機能・事業横断型のチームで共通の課題解決を行う過程では、あるべきリーダーシップ像の定義と個人としての強み、成長課題も定義することで、次世代リーダーの可視化と能力の底上げも実現する契機となった。

このような「実験」できる経験を提供する育成プログラムを企画するだけでは、必ずしもリーダーは育たない。このプログラムを有効に機能させる上では、その過程を伴走する上位者の配置、また、その上位者や外部専門家を起用した定期的なコーチング機会の設置が一番の決め手となる。コーチングの目的は、個人のリーダーシップ能力の強みや成長課題を定義・腹落ちさせることだけでなく、振り返り・相談の場を提供することで、一人一人の活躍の歩みを支援する点にある。

これらの経験から分かってきたのは、デジタルをうまく扱えるリーダー人材の識別や育成機会の創出が、実はデジタル戦略の実現に向けては早道であるということだ。新しい技術を使った商品や事業プロセスを作るという課題解決自体をプロジェクト化し、その実現を通じてリーダーを育成することが投資効率良く成果を得ることにつながる。

また、このような施策の効果は、個人の育成のみにとどまらない。社内外の事業環境をめぐる情報や人材の循環までを可視化し、不確実に絶え間なく変化する外部環境下でもより早く意思決定する強い組織をつくり、さらには、トライアル&エラーで失敗から学ぶ実行・検証型のチームを組成することにもつながる[図表3]。

 

※クリックかタップで拡大版をご覧いただけます。

これまでの主軸である事業で成果を出すことと並行して、新しい事業を創ることが求められる昨今の企業にとって、両輪の経営(従来ビジネスと、デジタルを活用した新ビジネス)を実現するためには、このようなプロジェクト実践を通じたデジタルリーダーの育成が有効と考える。

 

《参考文献》
*1 日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査2019」
*2 日本能率協会「第40回 当面する企業経営課題に関する調査」
*3 デロイト トーマツ コンサルティング合同会社「2019 デロイト グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンド――ソーシャルエンタープライズへの進化:人間中心の組織改革」
 

著者:櫻井 希(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)

   髙倉美里ステファニー(デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー)

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労務行政研究所『WEB労政時報』への寄稿記事を転載したものです。

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