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デューデリジェンスにおいて人事部門が戦略的パートナーとして活躍するために

海外の人事関連M&A事情(1)

人事領域におけるデューデリジェンスで「人」に関する定量化できないリスクを把握することにより、M&Aの正否に関わる重要な側面において有効な対応策を講じることが可能となります。人事部門が戦略的なパートナーとしてM&Aの初期のフェーズから取り組みに参画する方法や、人事領域のデューデリジェンスをサポートする人事部門内のチームを立ち上げる方法について4つのステップに沿って解説します。(人事・組織コンサルティング ニュースレター Initiative Vol.27)

はじめに

M&Aのデューデリジェンス(以下、DD)においては、時間が非常に限定的であるため、相手企業の財務状況の精査や、条件交渉に盛り込む内容の検討、戦略の策定などに重点をおくことが普通です。

その結果、人事領域におけるDDは、大きなリスクを孕む領域のひとつであるにもかかわらず、人件費削減機会の特定といった財務的な視点に基づく定量的分析に終始しがちとなります。人事のバックグラウンドを持つ人がDDのメンバーとして存在しない場合は、ますますこの傾向が強まります。

「人」に関する財務的なリスクは、氷山の一角に過ぎません。むしろ定量化できないリスクを把握することにより、M&Aに伴う組織改編、人材のリテンション、企業文化の融和といった、M&Aの成否に関わる重要な側面において、有効な対応策を講じることが可能となるのです。

M&Aに伴う組織改編:

無事にM&Aをクローズさせ、また最終的な成功に導くためには、統合後の組織の設計や人員の選定を適切に行う必要があります。またここでは、組織改編の移行期においても問題なく事業が継続されるよう、段階的に人員を削減するといった対応策も必要となります。人件費削減機会の特定などといった定量的分析だけでは、とてもこのような取り組みを効果的に行うことはできないでしょう。

人材のリテンション:

M&Aに際して、事業運営に必要な知識やスキルを持った人材の特定と引き留めが必要になります。有効なリテンション施策が存在しない場合、事業運営のカギとなる人材が、最も必要とされる時に失われてしまうような事態になりかねません。ここでも単純な財務分析・定量分析の枠を超えた情報の分析が不可欠となります。

企業文化の融和:

会社が合併するとき、文化的な衝突は避けられません。そしてこの衝突は、統合の取り組み全体を台無しにしかねません。この問題に対応するためには、相手企業のリーダーシップのスタイル、意思決定のプロセス、変化への受容性、ワークスタイル、従業員同士の交流のあり方、キャリア観や仕事観といった点における、相手企業との文化的相違についての理解が欠かせません。

もし読者の皆さんが人事部門を率いる立場であれば、M&Aにおいて「人」に関するリスクを単純化し過ぎることにより、不適切な統合計画の策定、正確さを欠いたシナジーの予測、予期していない費用の発生、重要な人材の流出といった事態を招いてしまうことは想像に難くないと思います。

このような事態を食い止めるためのアプローチとして、人事部門が戦略的なパートナーとしてM&Aの初期のフェーズから取り組みに参画する方法や、人事領域のDDをサポートする人事部門内のチームを立ち上げる方法が考えられます。このアプローチについてステップに沿って解説します。

ステップ1. 経営企画部門との連携

多くの企業において、M&A戦略の全般的なプランニングや相手企業の選定など、M&A推進の中心的な役割を担うのは経営企画部門です。人事部門は、経営企画部門との間に良好なパートナーとしての関係を築き、相手企業の選定や戦略の策定といった、M&Aにおける初期のフェーズから取り組みに関与すべきです。

初期段階から人事部門がM&Aの推進に関与することで、M&Aの目的を十分に理解することが可能になり、場合によってはM&Aの実施可否に関する意思決定を左右するような、「人」に関する課題について有益な示唆を提供することができるようになります。

例えば、新しい戦略の方向性として、既存の事業ポートフォリオへの新事業の追加、事業領域の水平・垂直方向への拡大、事業のグローバル展開といったシナリオが検討されている場合、それぞれの戦略シナリオの実行における必要人材のスペックは全く異なります。

このような戦略レベルの方向性を熟知することにより、人事部門は「人」に関わるコストや統合の課題、シナジーなどを検討するために相手企業からどのような情報を収集すべきかを特定することができ、DDに携わる(しばしば人事のバックグラウンドを持たない)メンバーを効果的に支援することが可能となるのです。

さらに、人事部門がM&A実行の背景となる戦略を十分理解することは、M&A実施後に戦略に合致した適切な組織を設計するためにも必須といえます。

ステップ2. 人事部門におけるM&Aチームの設置

会社がM&Aを成長戦略の主要な手段として位置づけ、また実際にM&Aに着手し始めるような段階に差し掛かると、人事部門は自部門内においても、あらかじめM&Aチームを組成しておくことが必要になります。もちろん急にチームを立ち上げることはできません。会社からの適切な支援、メンバーのトレーニング、そしてM&Aの知識・経験を積むための時間が不可欠となります。

人事M&Aチームの規模や求められる能力・ツールは、将来見込まれるM&Aの頻度や複雑さに応じて、様々なバリエーションが考えられます。もし会社が1回だけM&Aを実施するのであれば、案件発生時に人事部門のスタッフから適任者を選べばよいでしょう。もし複雑で長期に及ぶM&Aを行うのであれば、人事のスペシャリストにより構成されるチームを設置し、育成していくことが必要になります。

図1は、人事M&Aチームのケイパビリティレベルを示しています。経験が乏しく、一貫したパフォーマンスをあげることのできない限定的な能力しか持たないチームは、レベル1か2に位置づけられます。その後、チームの規模が拡大し、実際にM&Aの経験が蓄積されてくるにつれて、複雑な案件に取り組むことができる能力が高まります。なお、M&Aの経験を豊富に持つ外部のサポートや、知識、スキル、ツール、トレーニングを活用することにより、チームの成長を加速させることも重要です。

図1 M&Aチームのケイパビリティレベル

ステップ3. ハイポテンシャルメンバーを集め育成

人事M&Aチームの候補者を探す際には、不確実性が高く変化の激しい環境でも活躍できる人材を選出することが何よりも重要となります。また、考え方の違う他の機能のメンバーとも上手く協働する能力も大切な要素といえます。図2は人事M&Aチームメンバーの候補者に求められる要件を挙げています。

 もし社内に即戦力となる候補者が見当たらない場合は、次のような方法でチームの知識やスキルを高めていくことをお勧めします。

 

•外部の専門家を活用し知識ベースを確立する

 多くの会社では、初めてのM&A実施に際して、M&A領域を専門とした人事コンサルタントといった外部の支援を活用し、また同時にこれら外部支援を通じて社内におけるM&Aのケイパビリティを高める工夫を行っています。外部専門家を活用するメリットは、人事M&Aチームが、統合プランの策定・実行等への参画を通じて、将来のM&Aで応用できる実地トレーニングや経験を得られることにあります。加えて、外部専門家の知識、ツールや方法論を学ぶこともできます。但し、費用の発生は避けられません。

•経験者の採用

 外部からM&Aに対する経験が豊富な人材を採用することで、自社の人事M&Aチームの人材にその個人の持つ知識・経験を還元し、また育成することを担ってもらうという方法もあります。しかしながら、適任者を探すのは困難な場合が多く、また、費用の面から見て、ある程度高い頻度でM&Aが発生することが見込まれる場合にのみ適切な方法といえます。

•長期にわたって内部のケイパビリティを高める

 外部の支援を活用しなくても、試行錯誤しながら実際の案件に繰り返し携わることで、知識や経験の蓄積は可能です。このアプローチの場合、M&Aチームの立ち上げ当初は、多少の非効率さやリスクは覚悟する必要があります。一方、外部に頼らないアプローチは、中長期的にはコストを低く抑えることができ、また経験を蓄積していくにつれてチームのパフォーマンスは向上することでしょう。

図2 M&A専任チームメンバーに求められる要件

ステップ4. ツールを整備しDDプロセスを標準化

DDのプロセスを確立することにより、人事M&Aチームのパフォーマンスの質を高めることが可能となります。将来にわたって複数のM&Aが見込まれるのであれば、あらかじめ標準化されたプロセスを設計しておくことが、DDの質を担保するうえで大変有益となります。DDのプロセスは次のような方法により設計することができます。
 

•自社の現状を文書化する

 まずは、自社の報酬制度、福利厚生制度、人事システム、人材マネジメントポリシーなどを、参照用の冊子として全て整理・文書化することが第一歩となります。自社の人事諸制度およびオペレーションの全体像を可視化しておくことができれば、相手企業と統合する際のコストを評価する作業が容易になります。

•作業効率を高めるツールを作成する

 次のようなツールやテンプレートはDDにおける情報収集作業の効率性を高めます。

 - 相手企業に提供を依頼する情報項目の一覧

 - DD作業における詳細なチェックリスト

 - 報酬・福利厚生制度等、内容の詳細を相手企業と比較する際のテンプレート

 - DDレポートの標準テンプレート

 (財務分析チームのレポートに盛り込まれる定量的なデータや、経営トップに報告する人事領域における定性的なリスク情報などを含む、相手企業の「人」に関するリスクについて網羅的に記載するレポートのテンプレート)

最後に

人事部門はM&Aにおいて見過ごされがちな「人」に関する重要なリスクの情報を提供することができます。M&Aの初期のフェーズから経営企画部門におけるM&A推進チームと連携し、また人事部門内にM&Aチームを立ち上げることにより、財務的なリスクだけでなく人材や企業文化に関わるリスクも特定し、これを低減することが可能となります。また、情報でしっかり武装しておくことにより、M&Aの投資コストと将来得られるシナジーの効果に見合った、適切な価格交渉を有利に進めることが可能となるのです。

※本記事はデロイトコンサルティングUSのM&Aチーム作成の「Where is HR? Positioning Human Resources as a strategic due diligence partner」を翻訳したものです。

次回は、トーマツグループの人事コンサルティング領域においてM&Aサービスのグローバルリーダーを務めるダニエル・ルーディン(在ニューヨーク事務所)に対して、弊社M&Aチームが行ったインタビューをお届けします。人事コンサルタントとして、日本企業も含め数多くのM&A案件を支援したルーディンが、アメリカで企業買収を行う際の人事領域における基本ポイントをお話します。

ニュースレター情報

Initiative Vol.27

著者: グレン・ラプキン Glen Lipkin
(プリンシパル/デロイト コンサルティングUS・ニュージャージー事務所)他

翻訳:デロイト トーマツ コンサルティング 
ヒューマン キャピタルグループ M&Aチーム 

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