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米国での企業買収における人事領域のポイント

海外の人事関連M&A事情 (2)

今回は、トーマツグループの人事コンサルティング領域におけるグローバルM&Aサービスのリーダーであるダニエル・ルーディン(デロイトUS・ニューヨーク事務所)に対して、トーマツグループのヒューマン キャピタルグループのM&Aチームが行ったインタビューをお届けします。日本企業も含め数多くのM&A案件を支援した経験を持つルーディンが、米国で企業買収を行う際の人事領域における基本的なポイントをお話します。(人事・組織コンサルティング ニュースレター Initiative Vol.28)

はじめに

弊社ヒューマン キャピタルグループ M&Aチーム(以下、M&Aチーム):

本日は、米国で企業買収を行う際に知っておくべき人事領域における基本的なポイントについて、日本のクライアント企業から日頃よく質問を寄せられるデューデリジェンス、リテンション、ターゲット企業の役員報酬の取り扱いといったテーマに焦点をあて、お話ししてもらいたいと思います。

 

ダニエル・ルーディン Daniel Rudin (以下、Rudin):

米国での企業買収は様々な点で日本と勝手が違うように感じています。このような機会を通じて米国企業を買収する際の人事領域のポイントについて、少しでも多く知っていただきたいと思います。

デューデリジェンス

M&Aチーム:まず、米国企業を買収する際の、人事領域におけるデューデリジェンス(以下、DD)のポイントをお聞かせください。

 

Rudin:DDにおける重要な調査のポイントとして、まずターゲット企業の役員報酬の内容があげられます。ご存知かと思いますが、米国企業の役員報酬は非常に高額となるケースがありますので、詳細な調査が欠かせません。年金や退職金等も含め、十分な注意が必要です。

また、同じく重要なポイントとして、役員の雇用・委任契約等におけるChange of Control条項(買収のような経営権の移動が発生した際の取り扱いルール)があります。大多数の米国企業は、Change of Control条項にて、買収が発生した場合、または買収により役員が退任する場合、役員に手当や退職慰労金などの金銭的利益を供与するというルールを設定しています。これはしばしば「ゴールデンパラシュート」などと呼ばれていますが、この利益が当該者の数年分の年収にも匹敵することがあります。

ターゲット企業の規模にもよりますが、Change of Control条項で定められた金銭的な負担に、退職金や年金の負担を加えると、20名あまりの役員だけで100億円を超えるような極めて高額な負担となるケースもありますので、十分な精査が必要です。

 

M&Aチーム:このような情報はターゲット企業から十分開示されるのでしょうか?

 

Rudin:米国においては、ターゲット企業が上場企業であれば、企業のウェブサイトなどにも掲載されているアニュアルレポートや株主総会の委任状勧誘書類(「Proxy Statement」)など、多くの公開ソースから情報を入手することができます。

 

M&Aチーム:これらは、役員の中でもトップ数名の情報のみ記載されているようなケースも多いように見受けられます。

 

Rudin:確かに詳細は不明な場合もあります。ただ、ターゲット企業は多くの場合において情報の開示に協力的です。もし、十分に情報が開示されないのであれば、ターゲット企業はディールの成立を真剣に考えていないのかもしれません。

一方で、情報開示のタイミングは別の話です。DDの開始直後に全ての情報を開示するのではなく、買い手が怯んでしまう可能性のあるようなネガティブな情報の開示は終盤まで行わなかったり、段階的に情報を開示するようなケースも往々にして存在します。

 

M&Aチーム:情報の開示についても、まさに駆け引きの一環と捉えられるかもしれませんね。

リテンション

M&Aチーム:米国における人材のリテンションの一般的なやり方について教えてください。米国では買収に際してリテンションボーナスといった一時金が支払われる等、金銭的な手段が主なリテンション施策であるようなイメージを持っている日本人も多いように思います。

 

Rudin:米国においても、金銭・非金銭の双方の手段が人材のリテンションに重要となります。非金銭的手段の中でも最も重要なのは、買収以前のポジションを維持することだと感じています。さらに、買収の目的・意義や買収後の経営戦略などを明確にコミュニケーションすることにより、ターゲット企業の人材に期待感・信頼感を持ってもらうとともに、買収後も引き続き会社に留まる価値があると実感してもらうことが大切となります。

尚、買収に際しての従業員コミュニケーションという意味では、管理職層を意識した取り組みがとりわけ重要だと感じています。なぜなら、従業員の大多数を占める一般社員は、買収側やターゲット企業の経営陣が発信する公式の情報ではなく、直属上司の言葉や態度に最も大きな影響を受けるからです。管理職層の人材が買収について好意的に受け取らない限り、従業員全体に期待感・信頼感を醸成することはできないでしょう。

 

M&Aチーム:日本ではあまり馴染みのないリテンションボーナス(一時金)について教えてください。

 

Rudin:米国においては、買収に際して、事業の運営にキーとなる人材、またはターゲット企業における特定の機能・組織に所属する全員を対象とし、短期的な引き留めを目的とした一時金を支給することがよく行われます。

役員や上級管理職レベルの場合、買収後半年間会社に留まれば基本給の半年分を、1年留まれば1年分の基本給を通常の給与に加えて支給するというのが一般的な相場感でしょうか。尚、私自身の経験では1年を期間とする場合が多いように思います。また、管理職・一般従業員レベルの場合、こちらもケース・バイ・ケースなので一概には言えませんが、1年留まれば基本給の3~6ヶ月分程度支給するというのが一般的と思われます。

また、言うまでもありませんが、リテンションボーナスに中長期的な効果はありません。リテンションボーナスで買収後の短期的な引き留めをしつつ、一方で従業員コミュニケーション等をはじめとする中長期的な引き留め施策を実施することが不可欠といえます。

ターゲット企業の役員報酬制度の取り扱い

M&Aチーム:買収に際してのターゲット企業の役員報酬制度の取り扱いについて、米国における一般的な考え方を教えてください。

 

Rudin:米国企業の役員報酬は、一般的に基本給・年次賞与・長期インセンティブ・福利厚生にて構成されていますが、まず基本給は現状を維持するケースがほとんどです。

年次賞与について、金額の水準は概ね維持しますが、金額決定の根拠となる業績評価の指標や達成目標などは、買収企業の方針や支給対象者にコミットしてもらいたい経営目標等に基づいて、新たに設定する場合が大半です。

ストックオプションなどの長期インセンティブについて、買収の際は既存のインセンティブを一旦精算する取り決めとなっているケースが一般的です。従って、通常は買収に際して既存のインセンティブに代わる新しいスキームを導入することになります。

その際、買収企業のポリシー、対象者にコミットしてもらいたい経営目標、およびリテンションの観点等を勘案しつつ、インセンティブ供与や権利行使の条件・期間、用いる業績指標や達成目標等を全面的に刷新し、結果として既存のものと大きく異なるスキームを導入するケースは珍しくありません。投資ファンドが買収したケース等で多いのですが、インセンティブの対象者を大幅に減らすようなケースもあります。

 

M&Aチーム:多くの日本企業は長期インセンティブを導入していないこともあり、米国の企業を買収した際、対応に苦慮するケースもあります。人材のリテンションの観点や、ターゲット企業の人材に買収企業や買収そのものについてネガティブな印象を抱いてもらわないようにするためにも、既存と同等の利益を供与するインセンティブを新たに導入することが基本的なアプローチなのだと思います。

一方で、日本の親会社にも存在しないストックオプション制度を急にターゲット企業に導入するというような対応は現実的ではないようにも思います。また、そもそもターゲット企業の人材にとって、日本の親会社の株式をベースとしたインセンティブの魅力度は未知数ともいえます。

 

 

Rudin:米国における長期インセンティブのスキームは、大半が株式を用いたものとなっていますが、SAR(*1)やパフォーマンスユニット(*2)といった、株式を用いない現金ベースの長期インセンティブを導入する方法もあります。米国では買収後にどのような長期インセンティブを導入するかについて、一般的なやり方というものは存在しません。

先ほども触れたように、買収企業の考えを大きく反映させ、既存のインセンティブと大きく異なるスキームを導入するケースはよくあることです。そもそも新たな長期インセンティブを導入する代わりに、年次賞与の金額水準を高めるような対応も十分現実的といえます。ターゲット企業の人々にも受け容れられるようなスキームを導入することは大切な視点ですが、一方で買収側が持つスキームの設計における自由度は一般的にかなり高いといえます。

むしろ重要なのはスキームのテクニック論ではなく、長期インセンティブの導入を通じ、買収企業としての報酬のポリシーや、ターゲット企業の人材に何をコミットメントさせたいのか、どの程度リテンションしたいのか、といったインセンティブ設計のベースとなる考え方をしっかり練って明確にしておくことだと思います。

(*1)SAR: Stock Appreciation Rightの略。ストックオプションと同様に受益者の利益が株価に連動するが、実際の株式を用いない現金ベースのインセンティブ。権利行使日の株価と予め設定されている権利行使価格の差額を、会社から現金報酬にて受け取る仕組み。

(*2)パフォーマンスユニット: 一定期間(通常3~5年)の業績など、一定の目標に対する達成状況に応じ、予め付与されたユニット数に基づき現金報酬を受け取る仕組み。

 

M&Aチーム:ところで、買収に際して既存の長期インセンティブが精算された結果、多額の現金を手にする人が現れることがあります。これらの人々はしばしば重要なリテンション対象である一方、大金を手にした結果、引き続き会社に留まる意欲を失い離職してしまう可能性もあるかと思います。そこで、このような離職を食い止めるべく、例えば相応のプレミアムを付加することと引き換えに、インセンティブ精算による利益の享受を一定期間延期してもらうような交渉はできないものでしょうか?

 

Rudin:相手との交渉次第だとは思いますが、一般的なリテンションのやり方とは言えないと思います。自身の経験でも、そのような取り扱いを聞いたことはありません。プレミアムの設定は至難ですし、交渉は難航すると思います。

尚、多少似た話なのですが、ターゲット企業の経営者(しばしば創業メンバー)らが買収時の株式売却により莫大な現金を手にするという場面では少し事情が違います。これは非上場企業買収のケースに限った話ですが、例えば株式売却により獲得する現金のうちの何割かの部分について、半年後にその50%、一年後に25%、一年半後に残りの25%を受け取るという分割払いのアレンジを設定することがあります。

この分割払いの期間内に自己都合で離職する場合は現金受け取りの権利を喪失するというルールを設定することにより、当該者のリテンションを担保するのです。繰り返しますが、これは株式の売却先が買収企業に限られる非上場企業がターゲットの場合です。市場で株式を自由に売却できる上場企業が買収のターゲットである場合は当てはまりません。

 

M&Aチーム:今日は有難うございました。最後に日本の皆さんに一言メッセージをお願いします。

 

Rudin:デロイトは世界の140カ国以上で展開するグローバルファームであるとともに、監査、税務、コンサルティング、ファイナンシャル アドバイザリーという幅広い領域をカバーしています。各国・各領域のプロフェッショナルが集まり、クロスボーダーのM&A案件に一つのチームとして包括的な支援を提供できることが大きな強みです。

また、デロイトはM&A戦略立案から実行、M&A後の組織統合といったM&Aのライフサイクルの全般にわたって支援する体制を有する数少ないプロフェッショナルファームです。米国をはじめ、海外でのM&Aを考える日本企業の皆さんにはきっと心強いパートナーになれると信じています。

 

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次回は、デロイトUSでM&Aにおける人事領域のプラクティスをリードするコンサルタントの一人である、アイリーン・フェルナンデスによるM&A後のリテンションに関する記事をお送りします。

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