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M&Aにおける企業文化の課題(前編)

海外の人事関連M&A事情 (4)

どのようにすれば規模の経済やグローバルブランドの確立といった、M&Aによる企業価値の向上を実現することができるのでしょうか?この答えとして、「企業文化」への対応がM&A後の統合の成否を左右する重要な要素のひとつであると考えられます。異なる文化的背景を持つ企業同士の統合により誕生した企業においては、しばしば迅速かつ正確な意思決定や効果的な事業運営は困難であるといえます。(人事・組織コンサルティング ニュースレター Initiative Vol.30)

はじめに

昨今のビジネスシーンにおいて企業の合併・買収は日常的に行われています。企業経営者たちは、新しい技術の獲得や規模の経済の追求、あるいは世界各国でのプレゼンスによるグローバルブランドの確立等、企業価値を高める手段として、企業の合併・買収やジョイントベンチャーの設立に取り組んでいます。また、「市場では主力プレイヤーの上位3社だけが利益を享受することができ、3社より多いプレイヤーが存在する場合には合併は避けられない」と広く信じられていることも、経営者が合併・買収を志向する理由としてあげられます。

 

一方、M&Aによる統合後に企業の価値が損なわれてしまった例は数多く存在しています。では、どのようにすれば規模の経済やグローバルブランドの確立といった、M&Aによる企業価値の向上を実現することができるのでしょうか?

 

この答えとして、「企業文化」への対応がM&A後の統合の成否を左右する重要な要素のひとつであると考えられます。ある調査によれば、失敗に終わったと考えられる企業統合のうち、30%のケースにおいて企業文化が主な失敗の原因であると報告されています。異なる文化的背景を持つ企業同士の統合により誕生した企業においては、しばしば迅速かつ正確な意思決定や効果的な事業運営は困難であるといえます。

文化とは?

文化とは、企業(や社会)において暗黙的に共有された価値観・信念・前提であり、そこに所属する人々の行動や態度、考えに影響を与え、長期間にわたって存在し続けるものです。

 

文化は暗黙的である ― ある文化を共有する人々にとって、その文化を自ら認識することは至難といえます。一方、文化を共有しない外部の人にとって、その文化は全く暗黙的ではありません。このことからも、ある文化についてすぐれた洞察が可能なのは常に外部の観察者であるといえます。

 

文化は人々の行動・振る舞いやその意味づけに影響を与える ― この結果として、文化に根ざした信念や振る舞いは、その文化を共有する人々にとっては正当と映る一方で、自らの振る舞いがなぜ正しいのかを説明することや、自分たちとは異なる振る舞い方について思いを巡らすことが難しいのです。

 

文化は長期にわたって存続する ― 文化は流行とは全く異なり長期にわたり存在し続けます。また、それは、文化が暗黙的であるということも一因といえます。既に述べたように、ある文化に属する人々にとっては、自分たちの文化をはっきりと認識したり、その文化が自分たちの行動に対してどのような影響を与えているかを知ったりすることは困難といえます。 文化が長期にわたって存続する理由は、人々にそれが正しいと思わせるためであり、外から押し付けられた新しい文化が人々の根底にある考え方や信念を大きく変えてしまうようなことはめったに起こりません。

企業の統合における文化の影響

経済学者が考えるように、もし人々が合理的な判断のみに基づいて振る舞うのであれば、企業合併の成否は当該の案件がビジネス的な観点から見て理にかなっているか否かにだけ左右されると考えられます。しかしながら、企業合併の主役は組織にて共有される文化や個人の性格に影響される生身の人間であり、企業文化による影響は計り知れないほど大きくなる可能性があります。 

企業文化の側面 図表

© 2010 Deloitte Tohmatsu Consulting Co., Ltd. 

統合を成功に導くための企業文化への対応

文化は実体のない概念です。人々に対して暗黙的に影響を与える要素の集合体であり、完全かつ正確に説明することが困難といえます。一方、合併前のデューデリジェンスにおいては、多くのケースにおいて財務的な観点に焦点が絞られ、測定可能な事柄についてのみ調査が行われがちです。

 

企業風土調査や測定ツールの活用によって企業文化を調査することはできますが、これらの取り組みには長い時間が必要であるとともに、そもそもディールを成立させるということに重点が置かれることから、あえて企業文化の調査に踏み込むケースは多くありません。また、もしデューデリジェンスにおいて企業文化の調査が行われ、双方の企業の文化は相容れないという結果が出たとしても、提案されているディールが中止に追い込まれてしまうことはほとんどないように思われます。

 

企業文化の問題があるか否かに関わらずディール自体は実行されてしまう以上、企業文化を原因として統合の成果が損なわれしまうことのないように必要な対策を講じることが、統合を推進する担当者にとって重要な責務であるといえます。企業文化への対応策のうち最も一般的なアプローチのひとつとして、当該案件において望ましい文化(顧客志向、創造的・革新的、企業家精神、決断力があること、チームワーク、他人の尊重)を明確化し、従業員に対して日々の実践を促すという方法が考えられます。

 

この方法においては、社内で貼り出されるポスターや、配布されるスクリーンセーバー・マグカップ・マウスパッドなど、至るところに望ましい行動を促すメッセージが織り込まれます。しかしながら、このアプローチの成功事例はそれほど多く存在しないのが実情のようです。というのも、実際に織り込まれるメッセージは一般的な表現にならざるをえず、また従業員にとっては大きな方向性としてのレベルではともかく、細かいニュアンスのレベルでは理解には苦しんだり同意できなかったりすることが多いのです。

 

M&A後の統合フェーズにおいては、しばしば厳しい時間的なプレッシャーに追われ、多くの作業が迅速に行われる必要があります。このような状況においては、企業文化に関する綿密な診断や、成果が上がるか不明である一方で長期に及ぶ可能性のある企業文化の変革プロジェクトを行うような余裕はないと考えられます。

 

我々トーマツグループではこの解決案として、問題となりがちな事項にピンポイントで対応するアプローチをご提案しています。これは組織を統合する過程において比較的大きなリスクが伴うと考えられる取り組みを特定し、このリスクが高まる可能性のある行動・振る舞いを抑制すべく従業員に働きかけるといったアプローチです。

 

企業の統合におけるリスクは千差万別であり、案件ごとに明らかにされる必要がありますが、トーマツグループではリスクの明確化を助けるツールとして、比較的大きなリスクが伴うと考えられる取り組みのリストをクライアントに提供しています。尚、このリストに含まれる例として次のような取り組みがあります。

• 統合する二つの企業の間を繋ぐ重要なインターフェースを効果的に機能させる取り組み

• 新しい企業において社内向けのブランドを確立する取り組み

 (社内向けのブランドとは、新しく誕生する企業の一員となってもらうにあたり、従業員に感じてもらう企業の価値を意味し、双方の企業の従業員にとって魅力的なものとなりうるような言葉で表現されます。尚、ブランドの具体的な内容は、当該案件が対等の合併やジョイントベンチャーであるのか、対等でない吸収による合併であるか等によって異なります。対等でない場合、買収する側の企業文化やブランドがより色濃く反映される一方で、買収された側の従業員にとっても価値を感じられるものであることが求められます。このことは敵対的な状況で買収を行った企業が従業員をリテンションするケースにおいて特に重要となります。また、対等の合併の場合、全く新しい企業文化を創ることが最も現実的なアプローチであると考えられます。)

• 統合する企業の双方の報酬制度を把握し、自らの利益にかなっていると従業員に感じてもらえるような形で統一するためのステップを提示する取り組み

 

次回の後編では、M&Aの文化面の課題への対応策として具体的な7つのアプローチをご紹介します。

ニュースレター情報

Initiative Vol.30

著者: フレデリック・D・ミラー Frederick D. Miller
(ディレクター/デロイト コンサルティングUS・ニューヨーク事務所)他

翻訳:デロイト トーマツ コンサルティング ヒューマン キャピタルグループ M&Aチーム

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