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中国市場における人事ガバナンスのあり方

本稿では、世界最大の中間層を抱える中国で戦い続ける日系企業のために、経営課題や労働市場特性、他国資本会社の現地での人材マネジメントモデルを踏まえて、中国市場における人事ガバナンスのポイントについて述べたい。(人事・組織コンサルティング ニュースレター Initiative Vol.79)

はじめに

安価な人件費により「世界の工場」と呼ばれ、日本を含む多くの外資系企業が生産拠点を作ってきた中国。人件費の上昇によりその優位性が薄れてきたと言われて久しいが、減速しつつあるとはいえGDP成長率が5%を優に超え、世界最大の中間層を抱える市場としての魅力は衰えていないだろう。

本稿では、今後も中国で戦い続ける日系企業のために、経営課題や労働市場特性、他国資本会社の現地での人材マネジメントモデルを踏まえて、中国市場における人事ガバナンスのポイントについて述べたい。
 

中国ビジネスにおける人材マネジメントの重要性

ジェトロが2013年発表した調査結果によると、日系企業の抱える経営課題のうち、ヒト関連課題がトップ5のうち3点を占めており、「従業員の賃金上昇」「現地人材の能力・意識」「従業員の質」といった点が挙げられている(図表1)。

また、日中投資促進機構が2013年発表した現地化に関する調査結果では、現地化の阻害要因の上位7項目のうち5項目がヒト関連課題となっている。「現地の人材不足、経営を任せられる人材育成ができていない」「現地社員に判断を任せることに対して不安がある」「現地法人の派遣されている日本人駐在員の力量不足」「現地社員とのコミュニケーションの不足」「現地社員と信頼関係が構築できていない」といった点が現地化推進のボトルネックになっているという(図表2)。

以上から、在中国日系企業では、人材マネジメントの重要性が非常に高く、社内において喫緊で対処しなければならない優先課題と認識されていると言えよう。

図表1 中国で事業展開する日系企業の経営上の問題点

出所:JETRO『在アジア・オセアニア日系企業実態調査-中国編-(2013年度調査)』を基にデロイト トーマツ コンサルティング(DTC)作成 

図表2 中国の「経営の現地化」を推進するに当たっての課題

出所:日中投資促進機構『経営の現地化について 2013/3』を基に DTC作成

日本留学経験者に実際に聞いた日本企業の良い点・改善点

それでは企業側の視点ではなく、働く立場の視点からはどうか。日本への留学経験があり、中国現地で現在活躍する中国人にインタビューを試みた(図表3)。

いずれの方も日系企業の特徴である「長期雇用」「安定性」「人材育成重視」「誠実さ」を長所とあげる一方で「日本人出向者のマネジメント力・コミュニケーション力不足」「昇進スピードの遅さ」「欧米系との報酬格差」を課題と指摘している。日本の伝統的な企業風土は一定の評価がなされながらも前述の企業側認識と同様にマネジメントやコミュニケーションという人材マネジメント面の対応遅れが指摘されており、加えて報酬や昇進という人事制度面における欧米系企業との違いも指摘されている。

〔PDF, 121KB〕

日本人が誤解しがちな中国労働市場と就労観

そもそも政治的な緊張関係もあるなかで更に人材マネジメント上の課題を多く抱えている日系企業は中国において現地人材を獲得し、育成・登用・定着化を上手くできるのか。多くの日系企業にとっては特に中国での現地採用活動は悲観的な状況と思われているはずだ。

しかし、現地での調査結果からは違った姿が浮かび上がる。例えば中国では伝統的にホワイトカラーを中心にした日本語労働市場が存在する。中国の日本語学習者数を定点観測している国際交流基金の『日本語教育機関調査』によれば1998年に24.5万人だった日本語学習者数が右肩上がりで上昇を続け、2012年には100万人を突破している(図表4)。そのうち、高等教育機関(日本の大学・専門学校)での学習者数は68万人程度であることから、毎年10-20万人程度の卒業生が新卒者として輩出されていると推測される。日本の2012年大卒者数は55万人のため、その規模の大きさがうかがえる。100万人を突破した背景には、政治や文化の壁を越えて、日系企業への就職等の実利的なニーズが存在することや、日本のアニメ・マンガ、ファッション、ポップカルチャー、観光などの側面で日本文化への興味・関心が高まってきていることが大きいと言われている(出所:前出『日本語教育機関調査』)。

大卒者の就労観を知るには、中华英才网(ChinaHR.com)の2013年の大卒者アンケートが参考になる。仕事を選ぶ際に重視したポイントのランキング第1位・2位は「社会から認められ、尊重される」「良好な経済収益が得られる」であり、第3位は「仕事が安定し、保障される」となっている。さらに、上海復旦大学による80后(1980年代出生者)の若手層を対象にしたアンケートでは、「転職経験がない人」が40%、「1回以下の人」では50%強となっている。特にリーマンショック以降は、当時花型だった欧米系企業が大規模リストラに着手したため、短期間で高収入や昇格を狙うより、長期雇用や安定性を求める若手・中堅ホワイトカラーが増えているとも言われている(出所:『綱易財形 1/1』)。

つまり、“欧米人に近いキャリア志向で3年に1回は転職し、キャリアを自ら開拓する”といった日本人が想像しがちな典型的な中国人の行動特性とは異なるタイプが存在し、“安定志向で中長期的なキャリアを志向し、日本語を話せる”といった日系企業に親和性が高そうな人材が一定の母数で中国内に存在することは注目に値する。

図表4 中国における日本語学習者数の推移

出所:国際交流基金『日本語教育機関調査』を基に DTC作成 

中国進出企業における各国別人材マネジメントモデル

次に競合を含め、どのような人材マネジメントを志向しているか、ケース別に見ていきたい。

世界の人材マネジメントモデルをあえて簡略化すると、日本型モデルと米国型モデルに二分されると考えられる(図表5)。

日本型モデルは大卒新卒者を人材供給源の母集団として、社内の序列で秩序を保ちながら、中長期的に育成・選抜して組織ピラミッドを作るモデルである。一方、欧米型モデルでは人材供給源は労働市場そのものであり、“Up or Out”のポリシーの下、優秀な人間だけを囲い込み、投資・育成し、競争力を上げていくモデルである。

現在中国で起きていることは、基本的には出身国の人材マネジメントモデルを持ち込む企業が多く、米系企業はグローバルトップダウンで米国型を導入し、日系企業は日本型を持ち込んでいる。ただし、日本型は中国人のマインド・働き方に合致しない点(ガラスの天井の存在・比較的遅い昇進等)が多いために育成しても優秀な人材が外部流出し、結果としてローカル管理職層が育たないという事象を引き起こしている。そのような状態に対し日系企業は、直感的に日本型が機能不全を起こしているのはわかりながらも米国型への移行まで舵を切ることはできず、成り行き任せ、もしくは両社間の手探り状態であるように見える。

一方で中国国営系企業についても言及したい。以前国営系は日本型と似ていたが、政府機関から天下りしてきたマネジメント層の高齢化や業務領域のグローバル化に伴い、現在は日米のハイブリッドを目指しているように見える。一般社員には手厚い社会保険や安定性を強調して惹きつける一方、マネジメント層には海外の中国人エリート層を中国国内に呼び戻し、着任させる傾向が出てきているという。安定性や福利厚生の充実といった以前からの強みは残しつつ、欧米で培われた高いマネジメント能力や戦略策定力をうまく組み込み、競争力強化を志向しているようだ。

韓国系も伝統的には儒教思想があるため、年功序列の階級社会であった。しかし、近年のグローバル企業(サムスン電子や現代自動車等)は、優秀な若手人材への飛び級昇進制度や、マネジメント層に対するグローバル統一の報酬制度等、米国企業のマネジメント要素を多く取り入れ、移行してきたと思われる。

このように、中国における人材マネジメントは特に中国国営企業やアジア諸国も各国とも独自のポリシーを持ちながらも時代や戦略に応じて深化させているように見受けられる。日系企業も同様な考え方で中国労働市場に対峙していくべきだろう。

図表5 中国における各国の人材マネジメントモデル

日系企業に求められる人材マネジメント

それでは今在中国の日系企業に求められる人材マネジメントはどのようなものか?3つの視点から提言したい。

1. 日本型モデル+αの確立

中国人の志向や労働市場を踏まえると、決して日本型モデルが否定されているわけではない。つまり、「人材を中長期的な視点で複数の職務経験やOJTを通じて、多様な能力を開発・育成し、人材の層を厚くする。その中からマネジメント人材を選抜し、一体感のある強い組織を創る」というヒト中心の人材マネジメントモデルは中国においても有効と考えられる。ただし、中国人の特性を踏まえ、+αの工夫が必要となる。

(1) 職務内容の明確化
中国人は元々縦割りの意識が強く、自己と他者の仕事を分ける傾向が強い。そのため、職務内容を明確化し、本人に求められる仕事・役割・目標を明確化・可視化し、本人に認識させることが必要となる。近年、日本国内では目標設定が浸透したため、人材マネジメントの基礎として認知されているものの、中国国内では徹底されていないことが多い。初歩的だが、役割や目標をまず認識させて仕事を振ることがまず第一歩である。中国人に「阿吽の呼吸」や「空気を読む」ことを期待してはならない。

(2) わかりやすい評価基準策定と評価結果のフィードバック徹底
こちらも日本国内の人事施策としては浸透しているものだが、中国人に対して行えている企業はまだまだ少ない。具体的にどの点が良かったのか、至らなかったのかを事実をベースに評価を行い、本人の能力開発を目標としたフィードバックをしっかり実施する。できたところは褒め、更なる飛躍が必要な領域は厳しく指導するという姿勢が重要となる。フィードバック内容に妥当性があれば、中国人もしっかり聞くし、改善しようと動き出す。

2. 日本人派遣者による徹底した育成

中国現地スタッフの能力・意識や従業員の質が低く、現地化推進の足枷になっていると日本人マネジメント層や派遣者は嘆いているが、インタビューを重ねて伺ってみると、原因は相手にあるのではなく自分達にあることが多い。ある企業では、「日本人派遣者が中国人スタッフに企画業務を任せず、設立後10年間オペレーション中心の業務しか任せていない」、「日本人派遣者は3年という派遣期間を“乗り切る”ことに集中しており、骨が折れ、自分の赴任期間に成果を得られるか分からない人材育成は行わない」という実態が浮かび上がってきた。「1. 赴任後、中国人スタッフが“使えるか”様子見」→「2. 企画業務には“使えない”ことがわかる」→「3. 企画業務はスポットで発生する職務であり、赴任期間通算でも多くはないため、残業・土日出勤をしてでも“乗り切ってしまう”」→「4. 日本帰任後、あのリソース不足の中、よく乗り切ったと言って称えられる=“中国赴任者の成功モデル”と認知される」→「5. 次の赴任者が成功モデルを体現する」→「1. …… 」。このような日本人赴任者を企画/戦略担当としたモデルが確固なものと認識されればされるほど、現地優秀人材は失望し、言われたことをやるだけのオペレーション担当者しか残らなくなっていく。結果、いつまでも現地人材の能力・意識や従業員の質が低い状態から脱することができない。

日本人赴任者の方には、今こそ中国人に対して、山本五十六の名言を体現頂きたいと切に願う。

『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』
『話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず』
『やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず』

派遣者を送る側の日本本社人事部としても、本人のミッションとして、中国人スタッフの育成を目標設定として掲げ、具体的に誰にどの仕事を一人で回せるよう指導・育成することとコミットさせることが必要であり、実行度合いのモニタリングまでしていただきたい。

3. ガラパゴス本社人事部からの脱却

一方で現実的には中国現地に赴任しているメンバーだけで問題解決は困難である。日本本社の人事部側も奮起が必要である。貴社もこのような状況に陥ってはいないだろうか。

  • 現地法人の人事制度は90年代の職能型人事制度から変わっていない。日本人総経理は10年以上中国に赴任しているため、日本の成果主義型人事制度の意図・メリットについて理解しておらず、いまだ90年代の旧来型人事制度に対する執着心を持っている。
  • 制度導入した10年前は小さい事業向けの人事制度だったが、事業規模も社員も10倍以上となった現在では戦略や事業規模も変わったため、人事制度が機能不全を起こしている。

このような状態であっても現地法人での事業部の力が強く、本社人事部が口出しできる状況ではない。せっかく日本本社はこの10数年間の人事変革で成果主義人事制度や先進的な人材開発の仕組みが作られてきたにも関わらず、海外に影響力がないので、それを横展開できないのである。

これまでグローバル化と言いながら「本社人事部が最もグローバル化されていない組織」と揶揄されてきた時代から、「真にグローバル戦略を人材面から支える参謀」として日本の本社人事部が活躍する時代」に移行すべきである。

まずは人事企画担当者を現場に送り込み、社内インタビューやデータ分析を通じて現状の課題を特定し、施策の方向性について本社人事企画と相談しながら検討すべきだろう。人事メンバーに中国の事業経験が少ないなら海外事業部/現場から企画担当者を追加アサインしたり、現地法人の中国人スタッフを巻き込むことも有用である。特に中国人スタッフの巻き込みは戦略業務・企画業務を体感するいい場になるため、ぜひ検討いただきたい。また、外部知見が必要であれば外部コンサルタントを活用するのも有効となる。ある日系企業の中国人人事部は、1年前はオペレーション中心でモチベーションも低く言われたこともやりきれない状態だった。しかし、半年以上の人事改革プロジェクトの中で、制度の理解はもちろんのこと、企画業務の回し方・資料の効果的な作り方・説明のストーリーの立て方についても習得し、成果を上げられる集団に生まれ変った。これには日本人マネジメント層も驚嘆の声を上げられたという。人事組織のグローバル化対応というケイパビリティを構築するのは時間がかかり骨の折れることだが、ぜひ粘り強く推進いただきたいと思う。

おわりに

新しい仕組みの導入・運用には、その理念・魂を十分承知した現地人材による運用体制が不可欠である。日系企業の人材マネジメント上の課題の克服に向け、仕組み・体制の両面から問題解決に着手いただくことを切に願う。

※本記事は、株式会社ビジネスパブリッシングの許諾を得て、2014年9月号の記事を転載したものです。

ニュースレター情報

Initiative Vol.79

著者: デロイト トーマツ コンサルティング 
マネジャー   澤田 修一
コンサルタント 白 晶圭

2015.01.26

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

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