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変革期を迎えた日本型労務管理の今後

日本型人事のブレイクスルー 第9回

企業の海外進出、グローバル化の進展により、労務担当者はもはや日本国内だけに目を向けておけば済む時代ではなくなりつつある。従業員をきめ細かく管理するためには、それぞれのニーズや状況を正しく理解する必要がある。今回は、「日本型人事」のなかでも大きな転換期を迎えている「労務管理」に焦点を当てたい。(人事・組織コンサルティング ニュースレター Initiative Vol.89)

重要度が増す海外事業所の労務管理

(1)海外労務管理の変化

今回は、「日本型人事」のなかでも大きな転換期を迎えている「労務管理」に焦点を当てたい。労務管理といえば、国内拠点、特に生産拠点(工場)における労働者や労働環境・就業条件の管理を思い浮かべることが多いが、企業の海外進出、グローバル化の進展により、もはや本社がある日本国内だけに目を向けておけば済む時代ではなくなりつつある。

これまでの日本企業は、自前で設立した海外拠点において、日本人派遣者が中心となって拠点運営を担ってきた経緯がある。ところが、一部の先進的な日本企業は、数十年にわたる日本人派遣者中心の拠点運営から脱却し、現地プロパー従業員を重要ポジションに登用したり、権限を委譲したりするなど、「海外拠点の現地化」を進めようとしている。

こういった流れを受けて労務担当の仕事が現地プロパー従業員の責任範囲となった場合は、本社側からすると当該拠点の状況がブラックボックス化し、ともすれば深刻な状況になるまで変化に気づけない事態も想定される。また、日本型労務管理の手法やノウハウを現地プロパー従業員に十分に委譲しきれず、労務管理上の抑止がきかなくなることで、逆にリスクが高まってしまうことも懸念される(図表1)。これらはグローバル化のステージを進めようとするがゆえに生じる問題であり、先進企業がまさに今抱え、対応に苦慮している、最先端の悩みといえよう。

図表1 グローバル化の進展に伴う労務管理上の想定リスクと打ち手

(2)海外事業所における労務管理上のリスクと対策例

海外事業所、特に製造拠点における「労務リスク」といった場合、労働者個々人のパフォーマンス低下や離職が生じる段階( ステージ(1) )から、職場単位での操業に影響が出る段階( ステージ(2) )、最悪の場合は拠点全体の操業に影響が出る、あるいは停止してしまう段階( ステージ(3) )まで、拠点の操業に及ぼす影響度の大きさに応じてその範囲は多岐にわたる(図表2)。

「日本型人事」における労務管理の特徴は、労使協調路線等を通じた安定的な従業員コミュニケーションを前提とし、労働者や労働環境、就業条件等をきめ細かく、かつ丁寧に管理することを通じて上記ステージ(1)のようなリスクを最小化すること、ひいては商品やサービスレベルの品質を維持、向上することであるといえよう。そのため、日本国内でステージ(2)に進むことは極めて稀であるが、海外拠点ではステージ(2)はおろか、ステージ(3)にまで進んでしまうことは日系企業・非日系企業を問わずあるのが実態だ。

「海外拠点の現地化」を進める際は、それらを理解したうえで具体的な対策を検討し、講じておくことが望ましい。以下に対策例を示す。

図表2 海外事業所における労務管理上のリスク

【対策例1】海外拠点の人事ガバナンスを強化する

拠点をブラックボックス化させないためには、まずはガバナンス体制の整備から着手したい。そのことを通じて本社が拠点の状況を把握しやすい状態を作り上げる。筆者は海外拠点の人事ガバナンス強化には、以下の4つのポイントがあると捉えている。

(1) 権限:どこまで統制/委譲するか?
(2) 制度:どこまで共通化するか?
(3) 情報:何を管理すべきか?
(4) ヒト:どのような立場・職種の人を派遣するか?

特に(1) 権限の整備は重要な役割を果たす。本社と海外拠点間の「人事権限規程」や「報告経路」等を整備し、本社が各拠点の意思決定に関与する体制を整備することが重要だ。少なくとも、どこまでの意思決定に本社が踏み込むかを明確にすることに意味があると考えている。昨今は、各エリアに地域統括会社を設立する会社もあるが、その場合は、本社・地域統括会社・拠点それぞれの役割や責任、権限を明確化しておきたい。
 

【対策例2】拠点の労務状況を可視化する

● トップダウンアプローチ

一度有事が発生すると、自社の損失にとどまらず、取引先に対しても多大な損失を与えるリスクがあることを踏まえ、最近ではグローバル規模での労務管理を行う事例が少しずつではあるが出てきている。サプライヤー自ら実施することもあるが、メーカーが自社の操業リスクを最小化するべく、主要サプライヤーに対して実施を要請する場合もある。

具体的には、各拠点を対象に労務リスクの診断を定期的に行い、状況をつぶさに点検する会社主導の取り組みとなる。海外拠点における組織や労務管理上の課題を多面的な視点から抽出し、取り組むべき優先課題を特定するアプローチである。

人事労務に関わる様々な側面を網羅した質問項目に基づき、当該拠点の各階層の従業員に対してインタビューやアンケート調査等を実施し、その結果を分析したうえで、本社人事主導で取り組むべき拠点共通の優先課題および拠点内で解決すべき固有の課題を明確にする。

この取り組みは、一度行えば良いというものではなく、望むらくは毎年実施し、状況変化を常に把握しておくことでその意義が増すものと考えられる。また、拠点単独で診断するのではなく、同一の観点で複数拠点を調査し、拠点間での比較分析も有用だ。その結果として重点管理拠点が明らかになり、本社の資源を効率的に活用した対応が可能となる。
 

● ボトムアップアプローチ

一方で、前述したような会社主導の従業員インタビューやアンケートとは別に、複数の情報収集活動を通じて事業所が抱える大小様々なリスクを洗い出し、対策を練ることも重要だ。情報源は下記の通り多岐にわたるため、地道、かつ根気や人的工数を要する作業ではある。しかし、得られた情報によって早めに対策を講じたことで深刻な状況に陥る前に沈静化できた事例も多々ある。
 

<情報源例(1)>離職者(依願退職者)

事業所が抱えるリスクや問題点の核心に最も近い立場にいるのは、当社を依願退職の形で去ろうとしている従業員であることは想像に難くない。もちろん、キャリアアップや一身上の都合で退職するケースもあるが、何らかの不満や問題意識を持って不本意な形で会社を離れるケースも少なからずあることから、その者たちから離職を決意するに至った経緯をヒアリングすることが望ましい。多くの企業では「退職者面談」を退職手続きに組み込んではいるものの、抜かりなく実践されている例は多くない。

海外事業所、特に新興国では急に会社に来なくなり、そのまま退職となる従業員がいるなど、そこまで追うことは現実的に難しいケースもあるが、そうでない場合は例外なく面談を行うようにする。その際のポイントは、面談を本人の職場に委ねるのではなく、労務担当部署が行うことである。離職者の不満や問題意識は職場やその上司にあることが多く、直属の上司が行う面談ではそれらが本人の口から語られにくい。そのため、第三者の立場として労務担当者がヒアリングするほうが有用な面談となることが多い。
 

<情報源例(2)>同一地区内の他社の労務担当者

同一地区内の他社で起きた労務リスクは、そのまま当社の労務リスクとなる可能性があるので、会社間での情報共有、情報交換は欠かさずに行うようにしたい。その際、どのような事象が発生したのか、その表面的な事実を聞くだけではなく、その背景や対策にまで踏み込んで把握しておくことが望ましい。これらの情報の効果的な分析を通じ、自社での潜在リスクや、有事発生時の対応方法のヒントにつながっていくはずだ。

こういった情報は会社としては外に出したくない類のものであるため、他社の労務担当者との日頃からの関係構築・維持が重要であることはいうまでもない。
 

<情報源例(3)>人材紹介会社

求職者と日頃から接している人材紹介会社の情報も貴重なソースとなりうる。求職者同士で共有されている情報、あるいは自社を離れて求職活動を行っている者から入手した情報、会社に関する評判なども、労務リスクの把握につながる。もちろん、なかには噂話レベルで、事実と全く異なる情報が紛れ込んでいることも少なくないが、情報の真偽を判断する冷静な「目」と「耳」を持ち、会社のなかだけでは得られない貴重な情報源として活用していきたい。

この場合も、有用な情報を得ようとすれば、人材紹介会社の担当者との関係構築が非常に重要となってくる。
 

<情報源例(4)>WEB上の情報

最後に、対人ではなく、パソコンの画面を通じた情報収集にも触れておきたい。以前は(あるいは今も)トイレや更衣室等の落書きから会社に対するネガティブな情報を把握するのは労務管理の常套手段であったが、昨今はその場がインターネット上の掲示板や各種SNSになってきた。より目につきにくくなった一方で、閲覧者は社内にとどまらず、外部の人間にまで及ぶ可能性があることにこの問題の難しさ、厄介さがあるといえよう。事実と異なる情報に影響され、求職者が当社への転職を踏みとどまったり、社内の人間が結託して会社の不利益につながるような行動に出てしまったりするリスクも否定できない。

数人の労務担当者が、インターネット上の情報すべてにあたることは現実的ではないが、当地で知名度の高い掲示板を定期的にチェックすることや、社内の従業員との日常の対話を通じ、そういった情報源に会社が把握すべき書き込みがないかを確認することは有用であろう。
 

【対策例3】労務管理のノウハウを明文化する

さらに一歩進んだ対応として、労務管理の手法やノウハウをマニュアルという形で整備し、海外拠点に全面展開する事例もある。日本で実践されている、あるいは日本人派遣者が有する労務管理のノウハウを明文化することで、当該業務の現地プロパー従業員への委譲をより確かなものとするのが目的だ。

また、日本型の労務管理手法にとどまらず、日本ではなかなか経験しなくなったストライキ等への対応についても各地の状況や事例を踏まえて初動対応を整理している点も重要だ。筆者がご支援したクライアントでは、大規模な労使トラブルが発生することを前提に、有事発生時に「どこに連絡するのか」「構内のどこで集会を許可するのか」「誰がどういった役割を担うのか」「生産活動は継続するのか」「別拠点からの応援を受けるのか」「在庫をどのように扱うか」等々、必要な対応事項を網羅的に定めたマニュアルを整備した。

こういった労務管理マニュアルの章立てのなか(あるいは別マニュアルの形)で、パンデミック(感染症の世界的規模での同時流行)や災害等が発生した場合の人事面の初動対応や体制を定めておく事例も出てきている。

現地の労務トラブルを仕組みで解決する力

拠点の現地化に移行する段階にはまだ至っておらず、引き続き日本人派遣者が中心となって労務管理を行う場合でも、上述した取り組みは有用といえよう。

国内拠点の労務管理に長けていた労務担当者が海外拠点でも同じように高い成果を挙げられるかといえば、必ずしもそうではない。海外では言葉も文化も異なり、職場で起きていること、あるいは潜在的に起きようとしていることの察知は決して容易ではない。日本人派遣者は図表2 のステージ(2)や(3)といった深刻な事態を経験したことがほとんどないということも、その要因として挙げられよう。

社内では“労務管理の第一人者”として一目を置かれていた労務担当者が、海外事業所の立ち上げプロジェクトに本社の人事部門を代表して参画したものの、現地プロパー従業員とのコミュニケーションや現地の労働慣習の理解に苦しみ、期待された成果を挙げられないまま思い半ばで帰国した事例は枚挙に暇がない。

海外事業所の日本人派遣者の方々と話していると、海外拠点の労務管理を日本本社が主導することは非常に難しいという声をよく耳にする。現地の状況をある程度は理解できても、管理を仕切ることまでは現実的に不可能だとの声である。海外拠点の労務管理は日本本社が必要な支援を提供しつつも、基本的には現地主導で行っていく。そうしたなかで、労務担当者の属人的な経験やノウハウに依存するのではなく、また、特定の海外拠点での有事発生に個別対応するのではなく、仕組みで管理し(リスクを抑えにかかる)、高度に標準化された危機対応を取っていくことが今後の潮流となっていくものと考える。アジア諸国に進出している欧米企業も現地の労務管理にはいろいろな苦労をしており、例えば社内のコミュニケーション活性化施策(例:イントラネットや社内SNSを活用した情報伝達、専任のキャリアカウンセラーによるガス抜きやキャリア指南、よろず相談窓口設置による業務外の相談対応、等)を種々講じることを通じ、リスクを低減する取り組みを行う事例もあるようだ。一見地味な取り組みではあるが、こういったことの必要性・重要性を現地プロパー従業員、日本人派遣者、そして日本本社の海外人事担当者がそれぞれ理解し、それぞれが持ち場、立場で当たり前に実践していくことこそが、日本型労務管理のブレークスルーにつながっていくのではなかろうか。

様々な視点を取り込み多様化に対応する

労務管理は本来、広範な領域を対象とした業務であり、本稿でもスペースの関係上、極めて限定的な内容にしか言及できなかった。今回はグローバル化のなかでの労務管理のあり方をご紹介したが、本社が所在する日本国内における労務管理においても、改善の余地は多々あろう。

筆者がここで強く主張したいのは、昨今は従業員の多様化やグローバル化の進展により、一律の管理は通用しづらい状況になりつつあるということである。具体的には、女性・外国人・障がい者等、従業員をきめ細かく管理するためには、それぞれのニーズや状況を正しく理解する必要がある。

労務担当者といえば、これまでは「総合職の男性従業員」が相場であったが、これからは、女性従業員や外国人従業員、障がいを抱える従業員等にもその役割の一端を担ってもらうことが望ましい。当事者だからこそ分かる問題点や改善点もきっとあるはずだし、従業員とのコミュニケーションもより円滑になろう。

労務管理は日常の事業活動のなかで安定的に行われるべき性格のものであるため、とかく過去の成功体験等に囚われがちだ。一見「守り」のイメージを持たれやすい労務担当業務(労務担当者)だが、今後は異なる立場や価値観を受け入れ、それらを結びつけたり統制したりするために情報の取得や議論を積極的・主体的に進めていく姿勢が求められるのではなかろうか。

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ニュースレター情報

Initiative Vol.89

著者: デロイト トーマツ コンサルティング 
マネジャー 横山 裕司
シニアコンサルタント 鈴木 琢哉

2016.5.18

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

本コラムは、株式会社ビジネスパブリッシングの許諾を得て、月刊人事マネジメントの記事(2015年9月号掲載)を転載したものです。

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