人材マネジメント改革への挑戦 ブックマークが追加されました
《ストーリー編》
事例 :
尾張マシナリー(機械メーカー)
登場人物 :
有田…人事本部長、風土改革プロジェクトリーダー
瀬戸…人事部次長、HRBPの立ち上げを担う人事部改革のプロジェクトリーダー
最上…外部コンサルタントのリーダー
大野…外部コンサルタントのHRBP担当リーダー
前回までのあらすじ
ビジネスパートナー制が本格始動した。活動目標は,業務時間の50%。しかし,コトはそう容易に進まない。多忙過ぎて時間を割けない部員や,担当本部からの課題提起を見過ごしそうになる部員。リーダーである瀬戸と外部コンサルタントの大野は,ビジネスパートナーが足並みを揃え,かつ自律的に取り組めるよう,PDCAの流れと体制を整備した。併せて,個々人へのきめ細やかなフォローを続けた。こうして,少しずつ部員のなかに,ビジネスパートナー活動が根付いていった。
“御用聞き”からの脱却に向けて~本部の人材マネジメント計画を立ててみよう~
PDCAの整備や,大野のビジネスパートナーへのフォローが効いて,週次を基本サイクルとしたビジネスパートナー活動は,徐々に軌道に乗っていった。次の一手として大野が用意していたのは,人材マネジメント計画の立案だ。各ビジネスパートナーが数ヵ月かけて得た情報と洞察を踏まえて,本部が解くべき課題や施策を年間単位で企画するものだ。
“御用聞き”から始まったビジネスパートナー活動だが,効果的な年間計画を立てるためには,「いろいろやることがあるなかで,なぜ,これをやるべきなのか」「この取り組みをすることで,本部の事業計画にどう貢献できるか」といった,目的起点・将来目線への転換が必要だ。また,計画倒れに終わらせないためには,本部との理解を醸成し,巻き込んでいくことが求められる。大野が目論んでいたのは,“御用聞き”から,“自ら仕掛けるビジネスパートナー”への脱皮だった。
瀬戸は大野の目論見に同意しつつも,ビジネスパートナーの経験値・実力値に照らすとハードルが高そうだと漏らした。大野も,現状のままで計画立案ができると思っていたわけではない。ビジネスパートナーの大半は,業績低迷期に「とにかく,コストをかけずに,やらねばならない仕事に集中しろ」と言われ続けた世代だ。年間という長いスパンで,やることを一から定義し,実行した経験のあるメンバーはほとんどいない。
そこで大野が取り出したのは,人材マネジメント計画立案のためのフォーマットだ。このフォーマットのミソは,計画立案のために収集・整理すべき情報や考えるべき事項が網羅されていることだ。
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(1) 本部の問題(事象として起こっている「悪い状態」)と,その原因
(2) 本部にとって望ましい状態
(3) 本部の問題を取り除き,望ましい状態に近づくために取り組みたいこと
(4) 取り組みの実行スケジュール(年間)
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フォーマットでやるべきこと・考えるべきことを可視化したうえで,大野は,ビジネスパートナー全体会議で「課題設定トレーニング」を実施した。問題と課題の違い,論理的思考,望んだ成果を手にするための課題設定等々……。
「課題特定」という聞き慣れてはいるが奥深いテーマに,ビジネスパートナーたちは四苦八苦した。「本部のあるべき姿って何?」「本部の部員でもない自分たちが計画を立てても,受け入れてもらえるかなぁ」「自分の本来業務もあるのに年間計画なんて,キャパオーバーだよ」と,及び腰の発言が出始めた頃に放った瀬戸の一言が,場の雰囲気を変えた。
「本来業務とビジネスパートナー活動の区別なんてない。ビジネスパートナーこそ本業なんだ」
業績低迷期を人事部員として過ごした瀬戸は,社員を「守る」ことが人事パーソンの務めだと強く信じており,「改革」という言葉は好きではなかった。しかし,会社の将来を案じる有田,尾張マシナリーを変えたいと奔走する最上や大野の姿を見て,考えが変わってきていた。
「今あるものを守るだけじゃダメだ。会社も世の中も,めまぐるしく変化している。我々は,将来の尾張マシナリーのために,ときには摩擦を恐れずにやりきることが必要だ。私は,それがビジネスパートナーのミッションだと思っている」
瀬戸の言葉に,有田は深くうなずいた。
「1人でやろうと思わなくていい。私や瀬戸,他の人事部員をどんどん巻き込んでくれ。最上さんや大野さんの知見を,どんどん盗んでくれ。全員野球で取り組んでいこう」
全体会議の翌週。大野は,ビジネスパートナーとの個人面談を設定した。人材マネジメント計画の完成に向け,ビジネスパートナーが自身の思考を深める「壁打ち」役を務めるためだ。一巡目の個人面談で大野は「本部の情報はかなり充実している。でも,ビジネスパートナー自身の思考をもっと深めてほしいな」と感じた。全体会議でトレーニングしたものの,理論と実践はやはり違う。多くのビジネスパートナーの人材マネジメント計画は,これまで本部から聞いた情報をフォーマットに転記しただけにとどまっていた。
大野は,ひたすら「なぜ?」「これをやると何が変わるのか?」「これをやることで,副作用が生まれないか?」を問い続けた。例えば,「人が足りない,だから増員しよう」では,その場はしのげても,早晩同じ問題にぶつかる。さらに,全本部で増員してしまうと,人件費は大幅に膨らみ,会社の成長を阻害してしまう。大野は,決して自分から答えや方向性を提示することはなかったが,ビジネスパートナーが問いに答えられるようになるまで個人面談を続けた。
本部横断的な課題へのチャレンジ
大野は,ビジネスパートナー立ち上がりの16週間を, 3段階に分けていた。第1段階は“御用聞き”による信頼関係づく。第2段階は,ビジネスパートナーが,本部の問題点や真因を見極めて,課題を提起すること(人材マネジメント計画の立案)。そして第3段階は,限られたリソースで最大の効果を生み出すために,本部をまたいだ調整や連携を仕掛けること。
尾張マシナリーは長期の業績不振で苦しむなか,予算をぎりぎりまで切り詰め,そのときにどうしてもやらなければいけないことにのみ集中せざるをえなかった。業績が上向かず優秀な社員が去っていく状況で,残った社員たちは,自分たちの持ち場を守りきることに精いっぱいだった。その結果生まれたのが,人事も含めた「内向きな思考」「全社最適より個別最適」の風土だった(連載第1回の図表「現在の人事・部門のカバー範囲の整理」を参照)。質・量ともに人不足が深刻な尾張マシナリーだが,内向きのままでは前進しない。大野は,何としても,ビジネスパートナー発信で,本部横断的・全社的な改革のうねりを生み出したいと考えていた。
一方,瀬戸は,改めて各ビジネスパートナーが作成した人材マネジメント計画を眺めていた。それぞれ,本部の直面している問題と,それに対する課題・打ち手が書かれている。
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□今の部員構成は40代以上に偏っているので,
後継者育成のために若手社員がほしい
□残業の長時間化傾向がみられるので改善したい
□部門教育の充実化のため,人事部員を助っ人として派遣してほしい……
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「これで会社が変わるんだろうか。本部の要望に応えながらも,もっと根本的で,持続的なやり方を,ビジネスパートナー全体で提言できないだろうか」
瀬戸は大野に相談した。
「ビジネスパートナーの書いた人材マネジメント計画を読みました。書いてあること1つひとつは確かにその通りだと思ったのですが,これらを,すべて個別に取り組んでいてはキリがないようにも感じました。それから気づいたのですが,似たような課題提起をしているビジネスパートナーも何人かいました。各自がバラバラに動くのも非効率な気がするのですが,どう進めるのがよいのでしょうか」
うなずきながら話を聞いていた大野は,「ビジネスパートナーによる,発散型ワークショップをやりましょう」と提案した。
「ビジネスパートナーの皆さんは“担当している本部のために,何に取り組むべきか”という観点で計画を立てています。これは大変よい動きです。一方で,瀬戸さんがおっしゃる通り,課題や打ち手が他の本部とも共通している場合には,他のビジネスパートナーと協働したり,人事職制の課題に取り込んだりしたほうが有効です。従って,次に私が取り組みたいと思っているのは,人材マネジメント計画を材料に,本部横断で解決に当たるべき課題を特定することです」
大野は続けた。
「ビジネスパートナーの皆さんには,本部横断的な課題解決にもぜひ取り組んでほしいと思っています。だからワークショップが有効なのです。本部から仕入れた生の情報だけを頼りに施策を打とうとしても,視野が狭くなってしまいます。とはいえ,人事が本部の都合も聞かず,勝手に施策を作っても意味がありませんよね。それなら,人事パーソンでもあり,本部が何に困っているのかも分かるビジネスパートナーに,人事やビジネスパートナーが連携してやるべきことを自由に提言してもらってはどうでしょうか。ディスカッション形式にすれば,相互に気づきが生まれて,ビジネスパートナーご自身の視野もより広がりますしね」
こうして,次回の全体会議のテーマは,「ビジネスパートナー提言ワークショップ」に決定したのだった。
改革分科会の立ち上げ
3月のワークショップ当日。瀬戸は,会議室に集まったビジネスパートナーを前にこう切り出した。
「今日の全体会議は,大野さんと相談して,皆に自由に発言してもらうワークショップ形式にしたよ。ビジネスパートナーになって3ヵ月,本部からいろいろな情報をもらって,それぞれ考えていることもあると思う。それを吐き出して,人事パーソンでもありビジネスパートナーでもある我々に何ができるのか,知恵を絞ってほしいんだ」
瀬戸の言葉に続いて,大野がワークショップのやり方を説明した。
「今日は, 4人1組のグループディスカッションをやりましょう。まず,自分の担当本部から聞く問題やその背景を,どんどん付箋に書いていってください。次に,それをグループメンバーと共有し,ざっくばらんに意見交換しましょう。意見交換するなかで,“これは自分が担当する本部とも共通するなぁ”というものが出てくると思います。それは“共通課題”としてリスト化していってください。これは,今後の人事改革のネタになるものです。今日のワークショップの最後に,このリストを全体で共有しましょう」
2時間後。会議室の壁には色とりどりの付箋が貼られていた(図表)。
図表 ワークショップで貼り出された付箋のイメージ